2012.08.29
障害者スポーツの拡大を目指して
ロンドンパラリンピックが29日、開幕する。NPO法人STAND代表理事の伊藤数子さんは、障害者スポーツの魅力を伝えるためのスポーツサイト「挑戦者たち」や「The Road to LONDON」を立ち上げ、ロンドンパラリンピックに挑戦するアスリートたちの姿を追っている。取り組みを始めたきっかけや障害者スポーツの課題などについて話を伺った。(聞き手/荻上チキ、構成/宮崎直子)
きっかけは、たった一人の選手のために
―― 活動内容について教えてください。
主にウェブで障害者スポーツに関する記事配信を行っています。STAND(http://i-project.jp/stand/)は2005年に立ち上げました。最初に始めたのは、ケータイとインターネットを使ったモバイル中継(「モバチュウ」http://i-project.jp/stand/mobachoo/index.html)です。車椅子バスケットボール、車いすテニスなどの試合を動画配信しました。
トップアスリートたちが出場し、競技性も高く、コンテンツとして非常に価値のあるものですが、いかんせんテレビで取り上げられることはありません。当たり前ですが、市場主義ですので視聴率があがらないとスポンサーがつきませんね。
この中継を始めたきっかけは、2003年に行われた電動車椅子サッカーの大会でした。この競技は、筋ジストロフィや脳性まひの重度障害者のみ参加可能なスポーツです。
当時から私は金沢で企画会社を経営しており、「金沢ベストブラザーズ」という電動車椅子サッカーチームのファンでした。その年、このチームがブロック大会で優勝して全国大会に出場することになったのですが、選手の一人にドクターストップがかかり、試合に参加できなくなったのです。彼は脳性まひです。体調の悪化により、外泊と長距離移動が禁止されました。私は「ここまで勝ち抜いたのに……」と本当にショックを受けました。
参加できなくても、なんとか家で試合を見ることはできないかと考え、二人でテレビ電話を試しました。しかし通信料がかかりすぎてしまい、ケータイ会社に相談をしてサポートをしていただいたんです。せっかくだから、二人だけじゃなくてみんなで見られるようにしようということで、インターネット生中継を始めることになりました。
とても評判になり、翌年の2004年の大会前に、日本電動車椅子サッカー協会の会長から「今年もやってもらえませんか?」と直々に相談がありました。ただ、協会も運営資金が足りなくて困っており、私たちは手弁当で業務を引き受けました。2005年には横浜の選手からも要望があり、三年目にしてやっと「これは継続してやらなきゃだめだ、みんなが待っている」と気付きました。そうした経緯でNPOを立ち上げるに至っています。
スポーツの視点で、その魅力を伝える
インターネットライブ中継「モバチュウ」と同時に、障害者スポーツ総合サイト「アスリート・ビレッジ」(http://www.athletes-village.jp)も開設しています。ここでは、障害者スポーツに関する最新のニュース、チームや選手の情報、アスリートのコラムなどを配信しています。さらに2010年3月にスタートした「挑戦者たち」(http://challengers.tv)は、スポーツジャーナリストの二宮清純さんに協力していただき、人気のサイトとなっています。
モバチュウでは、多いときで年間10競技ほどの試合を放送しています。車いすテニスのような大きな大会になると、一週間で4、5万アクセスほどあります。アクセス数は毎年少しずつ増えていき、関係者の方から「来年もありますか?」という声をいただくようになりました。
私たちの活動は、障害者スポーツにかかわっている選手・友達・関係者の間で、地道に定着していっています。しかし、裏を返せば、それ以上の少数のサポーター以外の層には広がらないという現状がありました。世間では障害者に対する偏見や差別がまだまだ根強くあります。気持ち悪い、汚い、グロテスクという感想をもらす人もいます。
私たちはそういう人たちに訴えるのではなく、まずはスポーツ好きの人をコアターゲットにしたいと考えました。日頃から大リーグやJリーグなどを見て楽しんでいるスポーツ好きの人たちに、スポーツとしての魅力を、障害者スポーツにも見つけてもらいたいと思ったんです。
そんな時に、二宮清純さんのサイトに出合いました。そこでは二宮さんのコラムやレポートが毎日配信されていました。障害者スポーツにも、スポーツとしての面白さがある。それを伝えることはできないかと相談に伺い、「挑戦者たち」をスタートすることになりました。
やりがいや善意だけでは続かない
―― 活動を続けていくにあたっていろんな壁があったと思いますが、資金、人集めなどで苦労したことはありますか。
NPOを設立してからはずっと走りっぱなしです。一つは事業に対する考え方のギャップ。私はもともと民間人なので感覚が乖離するところが多々あります。
たとえば中継をやるにもお金がかかりますので、私たちはスポンサーを探したり、助成金に応募したりすることから始めなければなりません。でも、ボランティアでまかなってきた中では、「事業化」と聞くと手を引いていく人もたくさんいました。
「あなたたちは障害者をさらし者にして、何か商売でもする気か」という批判も何度も受けています。「さらし者」にする気はありませんが、「商売をする」ことに対しては、また、事業化するという意味ではその通りだと答えたいわけです。
今まで行われていたことすべてを事業に置き換えようといっているわけではありません。行政、税金でまかなえていること、ボランティアで成り立っていることが、それがいい状態であるならば、わざわざお金に置き換える必要はないと思っています。
しかし、ボランティアだけでは不可能な経費のかかる事業、とりわけそれが今後必要と思われるものに対しては、上手く運営していける仕組みづくりを考えなくてはいけません。
―― NPOやボランティアというのは、やりがいや善意だけで続いていけるものでは決してありませんね。市場原理主義なんてみたいな形で、障害者スポーツはスポンサーすら受け入れてもらえないという状況であること、しかしお金は必要だという問題を、もっとシェアしていかなければならないと思います。
来春からスポーツクラブを
―― 今後、別事業を考えていますか。
スポーツには「する・見る・支える」というかかわり方があります。見ることと支えることは提供していますが、まだ手をつけていなかった「する」ことに関して、来春を目処に、スポーツクラブを開催する予定です。どんな障害を持つ人でも参加できるサッカースクールです。
サッカーは障害者スポーツの中でも一番種類が多く、世界で最も人気があります。目が見えない人のための「ブラインドサッカー」や、松葉杖を使用する「アンプティーサッカー」など、ご存知の方も多いのではないでしょうか。私たちは、週1~2回の小さなスクールを開催し、月謝制にして運営していこうと考えています。
会員制のスポーツクラブは、障害者は断られるケースが多いです。障害のあるなしにかかわらず、すべての人がスポーツを楽しめる場所を作りたい。やりたいスポーツをやれる環境を、障害者にも提供したいと思います。
まずは知ることから
―― 「障害者スポーツ」の課題は何でしょうか。
とにかく、まだまだ知られていないことです。たとえば健常である小学生に将来の夢をきくと、男の子も女の子も「スポーツ選手」を多くあげます。しかし、障害のある小学生に同じ質問をしたら、スポーツ選手は絶対に出てこない。なぜかというと「知らない」から。
特別支援学校の先生たちの中には、体育の授業に見学の子供がいるとほっとする人もいます。何かあったら大変ですからね。「障害者ができるスポーツ」は学校でも知らされていないし、親も地域の人も知らない。結果、スポーツというのは「見る」カテゴリーに入ってしまいました。
たとえば、私たちにとって映画は「見る」カテゴリーで「出る」カテゴリーではない。同じように、障害者にとってスポーツは「見る」カテゴリーで「する」カテゴリーではないんですね。「する」の前に「知らない」のです。
近所で誰かがランニングしているのを見たり、テレビや雑誌でいろんな競技があることを知って、やってみたけど上手くいかないという経験をしていきます。日常的に、自分たちができるスポーツを見ることがない。まずはそれを知ってもらう活動を進めていくことが重要で、学校教育やマスメディアで求められているのではないかと思います。
昨年「スポーツ基本法」ができました。これからスポーツが文化として認知され、障害者にとってもいい施策が整っていければいいですね。
ロンドンへ、それぞれの道がある
―― 今年はロンドンパラリンピックがメインイベントですね。
ロンドンパラリンピックに出場する選手たちをインタビューした、「The Road to LONDON」(http://www.challengers.tv/london/)では、前例のない道を自らの手で切り拓いてきた選手たちの魅力を、迫力ある写真と記事でお届けしています。イノベーターや識者の方々に「応援メッセージ」も寄せていただきました。
パラリンピックでは、今まで障害者スポーツに興味のなかった人たちにも、トップアスリートたちの活躍をぜひ見ていただきたいです。車いすテニスの世界王者は、日本人の国枝慎吾さんです(http://www.challengers.tv/topics/2012/08/1695.html)。日本人はなかなか勝てない競技といわれているテニス界の期待のホープです。みんなで応援したいですね。
プロフィール
伊藤数子
新潟県生まれ。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車椅子陸上を観戦したことがきっかけで、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行い、その一環として障害者スポーツ事業を展開している。著書に『ようこそ、障害者スポーツへ パラリンピックを目指すアスリートたち』(廣済堂出版)など。