2011.03.17

東日本大震災、救援から取り残される「周辺化された人びと」

大野更紗 医療社会学

社会 #震災復興

東日本大震災の発生から6日が経過した。いまなお、未曾有の被害が、現在進行形で生まれ続けている。

わたしは難病患者の1人でもある。その一当事者の視点からみて、被災地、避難所における、難治性疾患患者、慢性疾患患者、障害を持つ人びとに対する具体的な配慮、対処法について、公的機関やマスメディアでのアナウンスが非常に少ないことを、心から憂慮している。

時間の経過とともに、あらゆる被災者は疲弊し、追い詰められてゆく。これまで特に疾患に罹患せず健康に生活してきた人でさえ、そうなのだ。常に生命の危機に瀕するリスクを負っている難病患者や障害者については、言うに及ばないだろう。そこで、彼らが抱えているリスクについて、最低限の「現実」を共有しておきたい。

・医療行為、医薬品の投与が常に生命維持に不可欠

・感染症罹患リスクが高く、衛生管理が長期的に不可欠

・東北地方の医療機関が機能不全・物的欠乏に陥っている

・自力で動くことができない

・疾患、障害は見た目で判断することができない

・疾患、障害の種類や必要な処置は多種多様である

・視聴覚障害がある場合、必要な情報を得にくく、コミュニケーションにも困難を生じる

被災地、避難所という特殊な状況下では、場の全体が緊張し、欠乏し、誰もが「我慢」を強いられる。欠乏の雰囲気の中で、見た目ではわからない疾患や障害を抱えた人は、たとえそれが自らの生死を即左右する問題であっても、助けや要望を発せない心理的プレッシャーにさらされていることは、容易に想像がつく。

大地震は、首都圏においても二次災害を生じさせている。自治体により状況は異なるが、現在、難治性疾患患者、慢性疾患患者や障害者に対する支援ライン、医療ラインが物理的に滞りつつある。多くの患者は具体的に、次のような難題に直面している。

・自力で動くことが困難

・避難することが困難

・必要な物資・食料・水等を調達することが困難

・計画停電が実施される地域では、人工呼吸器等の在宅医療機器を使用している当事者は、発電機、外部バッテリーの確保、適切な医療機関へのアクセスができなかった場合、生命の危機にさらされる

・医療・福祉に携わるワーカーの移動手段が遮断されつつある

・首都圏の医療・福祉機関の機能不全、生命維持に不可欠な医薬品・物品の流通が滞る事態だけは避けなくてはならない

患者や障害者に限らず、3月11日以前から「周辺化」されていたあらゆる人びとは、余裕を失い混乱した状況下の膨大な情報の流れのなかで、取り残されてゆく。

「周辺化」の実態や現実について、言論やメディアの担い手の多くの認識や想像力には、限界がある。「周辺化」された人々の抱える実際の課題は、平時でさえ「中心」では語られてこなかった。語られるとしても、特殊な悲劇的存在として美化され抽象化されるか、そうでなければ無力な存在として無視されるか、二元的で極端な扱われ方をしてきた。

彼らが人として当たり前にどう生きているのか、その実像に関する情報は、社会のメインストリームでは共有されてこなかった。そうしたメディアから発せられる情報や判断が、現実のニーズと乖離するのは、当然であるとも言える。

しかしそれでも言論は、救援や支援の方向性、社会の動き、明日の新たな現実そのものを、いままさにつくりあげている。<当事者>のことを決めるのは、いつも大抵、その場には暮らしたこともなく、その悩みも抱えたこともない、その人たちを知らない<誰か>だった。

大地震・津波発生直後から、ツイッター等のインターネット媒体を通じて、被災地の患者、障害者、医療・福祉機関から、多くの瀕死の声が寄せられている。時間が経過するにつれ、追い詰められ、行き場と生きる術を失くす人の数が増えてゆくという事態は、絶対に、避けなくてはならない。こうした声を、是が非でも活かしてほしい。

アイデアを提案し、制度や社会のユーザビリティーの非合理性を変えていく事は、わずかずつでも可能なのだ。実際、政府のテレビ会見放送には、手話がつけられた。NHKは、緊急多言語放送を実施している。現時点で「周辺化」されている当事者や、彼らのニーズを知る周囲の人々が声を発することによって、言論が反応し、さまざまな担い手が努力を行う。その協同が、今必要とされている。

「こういう問題を抱えている人がいる」という基本的な情報が共有されるだけでも、当事者の心理的負担や現場の対応は変わる。そうした事実が知らされることで、現実は、変わる。何が必要か、どう対応してほしいかは、当事者自身、あるいはそのケアに携わっている家族や医療・福祉従事者が最もよく知っている。助かった生身の人間を、失わないために、彼らによる具体的な要望に、耳を傾けてほしい。

追記:本稿は3月17日時点で至急の課題を簡潔に述べたものであり、中長期的な問題については機会をあらためて論じたい。

プロフィール

大野更紗医療社会学

専攻は医療社会学。難病の医療政策、難治性疾患のジェネティック・シティズンシップ(遺伝学的市民権)、患者の社会経済的負担に関する研究等が専門。日本学術振興会特別研究員DC1。Website: https://sites.google.com/site/saori1984watanabe/

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