2011.11.02

「アノニマス」の歴史とその思想

塚越健司 情報社会学・社会哲学

社会 #ウィキリークス#アノニマス#ハッカー#サイエントロジー#アノニマス・アナリティクス

「アノニマス(Anonymous)」。それは英語で「匿名」を意味する集団である。奇妙な仮面を被り、ネット上で高らかと攻撃を宣言し、実際にデモに参加することもある。2011年4月には、ソニーの運営する「プレイステーション・ネットワーク」を攻撃したことでも知られる彼らは、しばしばメディアで「ハッカー集団」という言葉で形容されているが、これはじつは正しくない。

昨今の情報社会は、一方でサイバー犯罪と情報流出が叫ばれ、他方で内部告発とウィキリークスに代表される「リーク社会化」の波が押し寄せている。本稿はアノニマスという組織の詳細を追いながら、アノニマスやハッカーが共有する「大義」と今後の企業のあり方について論じたい。

アノニマスの起源

アノニマスとは特定の人物を指す言葉ではなく、「ネットの自由」という大義を共有する緩やかな組織団体だと言われている。彼らの起源はアメリカの4chanという巨大画像掲示板にある(4chanは日本の画像掲示板「ふたば☆ちゃんねる」を模したもの)。この掲示板に書きこむ際のデフォルトのハンドルネームがアノニマス(匿名)であり、日本の巨大掲示板2ちゃんねる上において匿名で発言する際につけられる「名無しさん」と同様である。

4chan住人は日本の「2ちゃんねる」の住人と同じく年齢も職業もさまざまで流動的な存在であるが、緩やかなつながりのなかで、ことあるごとに特定の団体への抗議活動を行いはじめる。これは日本のネット上でもしばしば行われる「祭り」に合わせて集まるものに近いものだと想像していただきたい。ただし彼らは「情報の自由」という大義を共有しており、これを侵害する者たちに抵抗するのであり、日本の祭りと比較すれば、一定の指針がある。

アノニマスVSサイエントロジー ―― 2008年

アノニマスの簡単な歴史を振り返りたい。セキュリティリサーチャーのNegishi Masafumi氏はブログにて、アノニマスの歴史について詳細に記述している。本稿ではNegishi氏のまとめに依拠しながら論をすすめる。http://d.hatena.ne.jp/ukky3/20110908/1315536752

アノニマスは4chan内で2006年頃には形としては成立していたようであるが、彼らを一躍有名にしたのが2008年、アメリカの宗教団体「サイエントロジー」への抗議活動である。詳細を割愛して述べれば、アノニマスはYoutubeに投稿されたあるビデオの削除をサイエントロジーが求めたことに反対するための活動を開始した。サイエントロジーとしては広まって欲しくない映像であるが、情報としての映像を削除することは「情報の自由」への侵害なのである。

当初のアノニマスは相手のサーバをダウンさせる違法行為のDDoS攻撃といった、いわゆるサイバー攻撃も行われたが、最終的に平和的なデモ活動に落ち着いた。2008年2月10日に行われたデモは、世界93都市で7000人が参加したと言われている。このときサイエントロジーから個人の顔を特定されることを避けるために仮面がつけられたが、これこそがその後、彼らの存在を決定的に特徴づける。

この仮面は、イギリスで80年代に描かれたコミック『Vフォー・ヴェンデッタ』に登場する。『Vフォー・ヴェンデッタ』は、全体主義国家となった近未来のイギリスにおいて、体制に抵抗する主人公「V」の活躍を描いた作品であるが、仮面は17世紀のイギリスに実在したガイ・フォークスという人物を模したもので、彼が体制への反逆者であったことから「V」を被っている。自由の抑制に対する抵抗を、仮面が証明するというわけだ(ちなみにこのコミックの映画が2006年に公開されている)。

対サイエントロジー活動後にアノニマスは4chan内へと戻るのであるが、対サイエントロジー活動を継続するものたちも現れた。彼らは一般に「チャノロジー(Chanology)」と呼ばれ、合法的なデモ行為を行ないつづける。チャノロジーは大枠としてはアノニマスに包括される集団ではあるが、アノニマスという組織のなかにチャノロジーという分派が現れたという意味において、アノニマスの第一の分裂である。

オペレーション・ペイバックとアノニマスの分裂 ―― 2010年

アノニマスは「情報の自由」を守る、という大義を共有しており、ゆるやかの集合性は保もちながら活動を継続してきた。ただし、2010年頃からは一層過激な集団がアノニマス内に現れる。

2010年、アノニマス内にオペレーション・ペイバック(Operation Payback)と名付けられた活動がはじまった。これは情報の自由を掲げ、海賊版の合法化などを主張する「海賊党」という政党に対して行われた攻撃に対抗するためのものであった。オペレーション・ペイバックはその後2010年末、ウィキリークスがビザカードやマスターカードから寄付受付を停止され締め出しを受けた際にも、これら企業への攻撃を開始する。その際に使われたのが、DDoS攻撃などのいわゆる違法なサイバー攻撃であった。

合法的な抗議活動を志向するチャノロジー一派はこれらの活動に反対し、両者は袂を分かつこととなった。しかし両者ともに「アノニマス」という看板とガイ・フォークスの仮面を外すことはなかったがゆえに、「アノニマス」内にふたつの派閥が存在することになった。合法的な集団=チャノロジーの一方で、非合法活動を推進する方はメディアで取り上げられるが故に、ここに一般にアノニマスを形容する際の「ハッカー集団」という誤解が成立する。「情報の自由」という大義は共有すれども、その目的を達成させる「手段」はアノニマス内部でもさまざまにあるのだ。ただし両派を行き来したり、同時に両派に所属するものもいると言われており、両派のあいだに完全な確執があるとも思われない。

ちなみに、この頃になるとチャノロジー、オペレーション・ペイバックの参加者共に4chanから、IRCというインターネットを利用した専用のチャットシステムを利用し、専用サーバによるネットワークのなかで、より密度の濃いコミュニケーションを取り始めている。そして以降チャノロジーはAnonNetと呼ばれ、ペイバック参加者はAnonOpsと呼ばれる。名前から分かる通り「Anon=Anonymousの略」をつけながら、異なる活動を行うというわけである。

アノニマス・アナリティクス ―― 2011年

2011年は、さらに「アノニマス・アナリティクス(Anonymous Analytics)」という集団も現れた。「アノニマス・アナリティクス」は、アノニマスメンバーが設立した「内部告発サイト」であり、ウィキリークス同様リーク情報を受け付けている。彼らはウィキリークスのようにリーク情報をそのまま公開するだけでは一般人には文脈がわからないとし、リーク情報をもとに彼ら自らが調査報道を行う。今年9月に立ち上げられたサイトには、「超大現代農業(チャオダ・モダン・アグリカルチャー)」という企業の株価操作に関する疑惑を指摘するレポートを提出している。

現在のアノニマス内では、中東の革命を支援するための活動や、SonyへのDDoS攻撃など、オペレーションごとにさまざまな人びとが出入りを繰り返しており、複数の活動に参加するものもおり、ますます複雑である。さらにアノニマスのメンバーがアノニマスから完全に独立してつくられた「ロウズセック(LulzSec)」は、50日限定の活動期間のなかで、企業をクラックして盗み出した個人情報を彼らのHP上で公開し、アノニマスメンバーからの批判も浴びた。しかしロウズセックメンバーの大半は、その活動終了後にはアノニマスに戻っていったとされている。

このように、アノニマスの活動は多岐に渡っており、外側からだけでは彼らの構成人数などの内実は見えてこない。唯一彼らを彼らたらしめる証が、「情報の自由」という大義と「ガイ・フォークスの仮面」である。

大義とアイコン

これらの複雑な歴史を参照するだけでも、アノニマスをたんに「ハッカー集団」と名指すことの不正確さが読者にもお分かりいただけたと思う。彼らは「情報の自由を守る」といった大義を共有しさえすれば、大義遂行への手段は、合法、違法、調査報道まで幅広い。つまり、彼らは情報の自由を守るという「大義」を名目に集合し、明確なリーダーの代わりに、ガイフォークスの仮面という「アイコン」を媒介に、世界中に価値を訴える理念集団としか形容できない存在なのだ。ただし、個々の作戦内での統率は取れても、アノニマス全体に組織性はあまりない。それどころか、誰でも仮面を被って宣言すれば「自称アノニマス」として振舞うことすら可能になる。

見えない仮面に隠された思想を見抜け

ウォール街のデモに端を発する昨今の世界規模の「オキュパイ」運動においてもアノニマスは積極的に活動し、銀行を困らすために預金をすべて特定の日に一斉に引き出せ、というキャンペーンなども行なっている。こうした宣言はすべてネット上で仮面やアノニマスのロゴをアイコンして伝えられる。実際の攻撃はDDoS攻撃であったりデモであったりと、ここでも大義遂行のための手段が複数存在する。

こうした彼らの試みは、ハック(hack)とアクティヴィズム(Activism)を足して「ハクティヴィズム(Hacktivism)」と呼ばれる。情報技術を駆使してさまざまな問題を解決しようという思想である。ハクティヴィズムを志向する団体としては、アノニマスのほかにもウィキリークスなどが有名である。

アノニマスを企業の側からみればどうであろう。今後の企業・政府運営は見えない仮面につねに見張られていることを意識せねばならなくなった。彼らが何を目指し、何に対して敵意を抱くのかといった彼らの思想を分析しなければ、今後の企業は思わぬ躓きをすることになるかもしれない。注意すべきは「法的正当性」があればいいというわけではないということだ。たとえば「ソニー」は、2011年4月にアノニマスをはじめとするハッカー集団に攻撃され、1億件以上の個人情報を流出させ、その信用を失墜させられた。ソニーがアノニマスに目をつけられたのは、あるハッカーに対する過度な法的処罰を求めたためである。

ソニーの判断は「法的」には「正当」であったかもしれない。しかし、「情報の自由」という思想に対処するには、それだけでは足りない何かがある。「法」に依存するだけでは、企業とアノニマスの対立はますます過激化し、とめどないサイバー戦争が繰り広げられるだけであろう。もちろんたんにアノニマスに譲歩すればいいというわけでもない。コンプライアンスを超えた「大義」への対処をしてはじめて「経営」が成立する社会が、われわれの目の前に近づいているのである。

アノニマスについてはその歴史を語るだけで紙面がいくつあっても足りない。いずれ稿を改めて様々な論点を考察したい。

※訂正 オペレーション・ペイバック開始のきっかけは海賊党ではなく、ファイル共有ソフトBit Torrentの検索サイトである、The Pirates Bayというスウェーデンのサイトに対する攻撃への報復でした。お詫びして訂正いたします。

プロフィール

塚越健司情報社会学・社会哲学

1984年生。拓殖大学非常勤講師。専門は情報社会学、社会哲学。ハッカー研究を中心に、コンピュータと人間の関係を哲学、社会学の視点から研究。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップレギュラー出演中。

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