2017.06.27

裸足で、いっしょに逃げる

上間陽子×岸政彦、『裸足で逃げる』刊行記念トークイベント

社会 #沖縄#裸足で逃げる

沖縄の夜の街に生きる若い女性たちへの聞き取りをまとめた、『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)が話題となっている。家族や恋人からの暴力、見知らぬ男性からの性暴力から逃げ、自分で居場所を作り上げていくまでの記録である。ひとの語りを聞くこと、沖縄を語ることとはどういうことなのか。2017年03月28日ジュンク堂池袋本店で開催された、著者の上間陽子氏、社会学者の岸政彦氏による刊行記念トークイベントより抄録する。(構成/大谷佳名)

「何が食べたい?」「なんでもいい」

 彼女たちへの調査は、いつごろから始められたのですか。

上間 2012年からです。それまでは東京で調査を行っていました。地元である沖縄に帰った後、大学の教員を勤めながらスーパーバイザーの依頼を受け始めます。暴力、虐待、少女買春など、複雑な問題を抱える未成年の子どもたちへの対応について学校の教師やNPO団体の方々から相談を受け、その子たちにどう介入していくか、本人の持っているネットワークの中でどう支援していくかという見立てをする仕事です。

その中で、相談にあがっていない、まだ誰にも話を聞いてもらえない子どもはたくさんいるはずだ、その子たちの現実を明らかにするためには、やはり調査しかないなと思うようになりました。

 調査を始めたきっかけなどはありましたか。

上間 2010年に起きた集団暴行事件です。14歳の女の子が集団レイプを受け、自死したという事件で、大きなニュースにもなりました。

2013年にも、中高生13人を含む19人の未成年者が県外で管理的な売春をさせられていたという事件が起きました。この事件も大きく取り上げられ、沖縄県教育委員会と県警の主催で県民集会が開かれました。そこで、沖縄の中高生の女の子がスピーチを行ったのですが、それは「(売春をさせられていた)被害者の子の気持ちが、私には理解できない」、「被害防止のために、おうちの人と相談して、携帯電話のフィルタリングをするべきだ」といった内容だったのです。

少し考えれば分かると思いますが、中高生で援助交際や風俗店で働く方は、かなりしんどい育ち方をされているケースが多いんですね。だから、「子どもが危険なサイトにアクセスしないように」とか、「子どもがどんな学校生活を送っているか」とか、親が心配してくれるような家庭ではないんです。それなのに、集会では事件の背景には一切触れず、むしろ被害者の子を責めるような言葉が飛び交っていた。悔しくて、その日は泣きながら帰ったのを覚えています。同時に、これはきちんと事実を伝えていくために、調査を続行しなければいけないなと思いました。

 

 風俗店で働く女の子たちの調査は、同じく沖縄でフィールドワークをしている打越正行さんと一緒に始められたんですよね。

上間 はい。打越さんは暴走族やヤンキーの若者の調査をしているので、風俗店のオーナーを何人か紹介していただきました。夜の仕事をしている女の子に接触する上で、まずはオーナー層に会う必要があるからです。また、オーナー層からの紹介ではないケースも、打越さんと一緒に協力して調査を進めてきました。

 本を読んでいると、女の子たちが上間さんに対して、ほかの人には絶対に言わないようなことを相談しているのが分かります。彼女たちは他に相談できる人がいないのでしょうか。

上間 人によっては、そういう子もいます。調査してはっきり分かってきたのは、ヤンキーの子の場合は友達がいるんですよね。それは必ずしも最初から互助的な関係ではないけれど、たとえばグループの中でトラブルが起きた時、危機的な状況があった時には、お互いの状況をシェアできる。だから、これは自分たちでは手に負えないという判断もできる。それが支援してくれる人に繋がるきっかけになることもあります。

しかし、そうしたネットワークを持たない子、男性とのつながりしか持たない子は、危険な状況を察知する力が弱いように感じます。たとえば、中学生のころから性風俗産業に入っている子は、学校に行けなくても、お店に出ていれば、客もつきお金ももらえ、オーナーに可愛がってもらえるからそこが居場所になってしまう。でも、性的な関係というのは、それほど言葉を交わさなくてもとても親しくなった気がしますよね。そのため、早い時期から性的な関係で相手と繋がる手段しかなかった子の場合、コミュニケーションをとる上で、互助的な物言いを覚えるのに時間がかかるんだなと思います。加えて、自分のことを話すことが苦手な子が多い。

 

 僕もこの本の中で一番印象に残ったのは、自分の欲望が言えない子が出てくるんですよね。一緒にファミレスに行って、「何が食べたい?」と聞いても、「なんでもいい」と言う。

上間 そう言う子は多いですね。援助交際などの場合は、初対面の男性と一対一で会うので、そうしたリスクの高い状況の中で自分の気持ちを言うより相手に合わせる方がメリットが大きいからそうしているという側面もある。いびつではありますが、彼女の賢さでもあるだと思います。

 相手を怒らせないコミュニケーションが発達していくんですね。

上間氏
上間氏

この交差点まで逃げてきてね 

 この本に書かれている話は、ものすごく深刻なケースなのですが、ディテールの描き方がどこか優しいんですよね。でも、前向きでもない。たとえば印象に残っているのが、テレビを買う話です。

上間 翼さんのお話ですね。彼女は現在シングルマザーなのですが、結婚していたころに4年間ずっと夫に暴行されていてボコボコにされていたんです。顔を殴られて、全治一カ月のひどい怪我を負ったこともありました。その時に、彼女の友達が一番に駆けつけてくれたんです。その友達は、彼女を見て「大丈夫?」って聞かなかったんですね。その代わりに自分も殴られてあざがあるような化粧をして、「一緒に写真を撮ろう」って言ったんです。その時に、翼さんは、「夫と別れよう」と決めたのだそうです。

でも、彼女が離婚を切り出したとき、夫は「親権は俺が取る」と言ったんですね。それはおそらく、本当に親権が欲しいからではなくて、彼女にとってそれがアキレス腱だと知っているから。

 一番大事なものを奪って脅してやろうと。

上間 そう。結局は翼さんが親権を得て離婚が成立したのですが、夫がアパートから出ていく時、彼女がキャバクラで働いて買ったテレビを勝手に持ち出して行ったんです。でも彼女はその足で家電ショップに行って、テレビを買って帰ってくるんです。これまでと何も変わらない生活を送ろうと決めた、ということなんですね。

 ここでテレビを買うということが、人間の尊厳なんだと思いますね。

この本に出てくるのは暴力から抜け出した子の話ですが、現に今、恋人や家族から暴力を受けている子もいるわけですよね。しかも、彼女たちは相手ではなくて自分を責めてしまったりする。そういう時に、どう声をかけてあげればいいのでしょうか。「そんな男とは別れろ!」と言っても、簡単には別れられないですよね。

上間 私は、「私だったら別れるよぉ」とは言います。でもそれは彼女の気持ちを引き出すために、とりあえず言うという感じです。だから、彼女が自分の言葉で反論できるような形で言うんですね。なぜ今動けないのかをきちんと考えるための合わせ鏡になっているつもりで。そうしつつ、次の一手を考えます。

この本の中だと、優歌さんがそうでした。「別れた方がいいと思うよ」と何度も言っていたのですが、なかなか別れない。でもそれは仕方ないですよね。「明日は笑ってくれるかもしれない」と言う彼女に、私は「今日笑わなかったやつは明日も笑わないよ」「でも、いまは仕方ないんだね」と言ったこともありました。

それでも、そうやって彼女と会って話をした後には、車に一緒に乗って、「このルートから逃げられるよね」という相談はしていました。「ここまで逃げてきたら私に電話をかけて来てね」、「もし私が電話に出られなかったら警察に電話してね」、「警察に行くにはこのルートだよ」とか。いくつかの方法を準備しておくんです。

 僕がいつもすごいなと思うのは、上間さんのアドバイスって具体的なんですよね。「お前にも尊厳があるんだ!」なんて絶対に言わない。「この交差点まで逃げてきてね」、「このファミレスは24時間やっているからここに来てもいいよ」とか、その子がすぐ実行できそうな方法を提示するんですよね。今、被害にあっている子に対して、「お前には尊厳がないのか」、「お前も個人として自立するべきだ」なんて言っても、それができないから悩んでいるわけなので。

僕も昔、失敗したことがあって、「なんで別れないんだ!」と説教してしまったんです。「そんなやつと付き合ってたらダメだ」と言えば言うほど、逆に頑なになってしまうんですよね。それは「その男と付き合っているお前がバカなんだ」というメッセージになってしまう。

 

本の中で、キャバクラで働きながら看護師になった女の子の話がありましたね。彼氏からDVを受けていて辛いときに、看護師さんから優しくしてもらって、それがきっかけで看護師になったという。

上間 そう、彼女は脳性麻痺のお子さんを育てていて、子どものお見舞いで病院に通っていたんですね。本人はDVのことを誰にも打ち明けていなくて、殴られた傷跡をメイクで隠して病院に行っていたんです。でも、看護師さんたちはみんな気づいていて。「病院は24時間空いているから、何かあったらここに逃げてきて」と声をかけてくれたり、「いつでも連絡して」と自分の携帯電話の番号を書いた紙を手渡してくれたりしたんです。彼女は、今でも看護師の方からもらった手紙を大切に手帳に挟んで持ち歩いています。この看護師たちのように、その方の力を奪わないように、そしてその方の工夫や努力を最大化するように話は聞かないといけないと思います。

沖縄だけの話ではない

 本の中でも書かれていましたが、女の子たちが受けている暴力の背景には、男同士のネットワークがあるんですよね。

上間 これについては、私なんかよりも打越さんが徹底して調査されています。でも、あえて話すと、沖縄では男の子たちのネットワークがすごく強固なんです。先輩の言うことは絶対という、先輩・後輩(しーじゃー・うっとう)関係の文化が根強くあるんです。その中で、誰と付き合っていたか、どういう性体験をしたか、どの性感染症に罹っていたかという情報までやりとりされている。男の子同士のポジショニングの際に、女性とどういう関係を持っているかは重要なテーマにありますよね。そこに、彼女たちの身体が投入されています。

 「あいつはヤれる」とか、地元の風俗店のオーナーとつながっていて「あいつは売り物になる」という情報が共有されている。性風俗では「男が男に女を売る」と言われますが、やはり男同士のネットワークを含め、全体の構造を見ないと分からない部分もある。上間さんは調査の中で、殴っている彼氏に会って話を聞くこともあったんですよね。

上間 はい。直接話を聞くと、その子も先輩や親から殴られていること、厳しい生育環境の中で育ったことが分かります。もちろん、彼ら殴る人になるまでの歴史はあるんです。

先ほど話した、優歌の彼氏にも何度かお会いしていますが、顔を見ていたら彼が親に殴られて育ったことや、でも中学校の中でも二番手だったなって分かります。トップ層のヤンキーであれば、ある時期に暴力を卒業するんですね。でも、それができないまま残っている子なんです。そういった背景があることも分かってはいるけれど、だからと言って許せないと思います。

 これは一度しっかり伺いたいと思っていたのですが、相手の文脈を理解することって、「あなたが悪いんじゃない」って言ってあげることですよね。殴る男も別のところで殴られているという場合に、相手を理解するというのはどういうことなのでしょうか。

上間 加害に至るまでのプロセスは理解します。でも、殴ること自体を許す必要はないと思っています。だから、親しい関係になったら、彼にも「殴らないでもいい方法があるよ」とは言います。ただ、なぜ殴るのかというと、殴ることを許してしまう場所だから。それは大きいと思います。

 暴力の根源を突き詰めていくと、沖縄社会の構造にまで広がっていきますよね。

上間さんご自身も沖縄の中部出身で、小・中学校の同級生が同じような経験をしていたのを間近で見ている。調査をされる中で、ときどきご自分の記憶と重なる部分もありながら、「ずっとこの場所で繰り返されてきたことなんだ」、と書かれていました。彼女たちが経験してきたことは、沖縄では誰もが知っている身近な話なんですよね。

上間 調査地を歩いている中で気づいたのは、彼女たちが逃げたコースや暮らしている場所というのは、米軍基地のフェンスの近くなんですよね。それを見ていると、しみじみこのフェンスは、彼女たちに逃げ込ませないものなんだな、向こうにあるものを守っているだけであって、沖縄の人たちのためにはないなって思います。

フェンスのそばの真っ暗な道を、延々と逃げてきた子が何人もいたんです。それを見ながら大人になるというのは、どういうことなのだろうかと。軍隊という巨大な暴力装置がそばにあることが、彼女たちの付き合う男性や家族、彼女たちの中にも、暴力を許すという状況をつくりだしていると思っています。ただ今回、直接的なデータがそれを語っているわけではないので、本の中では書いていません。

 上間さんがされている仕事は、「あなただけじゃない」と言っているんだと感じます。おそらく、この本を読んだ人はみんな「これは沖縄だけの話じゃないな」と思うはずです。それほど貧困層でなくても、ここに書かれている話は自分のこととして読める。そして、彼女たちのような子が世界中にいるんだ、と感じさせられる。一つのケースを掘り下げて書くと、ここまで普遍的になるというのは、同じ仕事をしている僕らとしても希望だなと思います。

「これからも話を聞かせてね」

 上間さんは調査相手の子と一人ずつ信頼関係を作り上げていて、ときには調査の範囲を超えて介入されていますよね。一緒に病院に行ったり、警察について行ったり、出産に立ち会ったり。調査者というよりは、親戚みたいな関係ですね。

上間 女の子たちからすると、「お節介なおばさん」という感じなのだと思います(笑)。もちろん、人によって関係性は異なりますが、なんとなく色々知っていそうだし、心配な時はついて来てくれるし、ということで話すのかなと思います。

 質的調査で僕ら全員が悩むことなのですが、調査対象者とどうやって関係を作っていけばいいのでしょうか。

上間 私は、相手と親しくなる必要はないと思っています。お話を聞かせていただくことが仕事なので、それをきちんとやりきることを中核に置いています。どのお方にお話を聞く時も、ぶれていないのはそこです。あとは、どの調査でもそうでしたが、お話を聞いている時や、終わった後に手紙やメールで感想は伝えています。今日お話を聞いて、こういうところに納得した、こういう工夫をしているんだなと分かった、とか。

 調査相手の子から過剰に依存されるようなことはないのですか。

上間 それがこの調査では、まったくないんです。彼女たちは、14、15歳くらいの歳から一人で生きて行くって決めた子たちなので、いまさら誰かが助けてくれるなんて思っていないんです。だから、「助けて」なんて絶対に言わないです。むしろ何かあったらすぐに駆けつけられるように、私のほうがアンテナを立ててないといけません。

 本当に敏感なんですよね。女の子との待ち合わせ場所がドラッグストアの駐車場だったというだけで、「妊娠の心配があったんじゃないか(妊娠検査薬を買いたかったんじゃないか)」と気づいた、というお話がありましたが、そういうアンテナの張り方はすごいなって思いました。

素朴な質問なのですが、この本に出てくるような、しんどい状況にある子が身近にいたら、どう声をかけてあげたらいいのでしょうか。

上間 私は「これからも話を聞かせてね」と言います。悲しい話は、こちらも泣きながら聞いていることもあって、その時は、なぜ泣いてるのか説明します。「そういう出来事があったとは、大変だったね」とか、「よくこんな風に殴れるなって私は思う」って。そして、これからもずっと聞いているね」と伝えます。

彼女たちとじっくり4年間付き合ってきて分かってきたのは、今の状況から抜け出るタイミングはどこかにあるんです。どんなにしんどい出来事があっても、暴力に怯える日々がずっと続いていくような気がしていても、どこかでそれが過去の出来事になるんだと、話しているうちに気づく。それは私ではなくて、本人が見つけていくんだなあと思います。

岸氏
岸氏

「かわいそう」でも「たくましい」でもない

 ただ、女性の貧困や性被害にかかわる話は、安易に消費されやすいんですよね。僕は上間さんの出版が決まった時、この本が話題になって「エグい話を面白おかしく書いてくれ」というオファーがたくさん来るだろうと心配していたんです。

上間 今回は出版のお話をいただいた時から、編集者の柴山さんが「絶対にそういう本にはしない」と言ってくださっていました。書き手としては、どこに届くかまったく分からない、読者が見えないなかで書いているんですよね。ただ、彼女たちの尊厳を失わないように書きたいというのは、はっきりしていました。他者について書くということは暴力的な行為になります。だから、こ当人がどこまで納得のいくものにしていくかが大事だと思いました。

調査では、お話を聞かせていただいた後にトランスクリプトを作成して一緒に読み合わせをすること、出来上がった原稿を本人に読んでもらえるまで関係を続けていくことを大事にしていました。それは、まだ若い彼女たちの身に今起きていることなので、落ち着くまでは世に出せないと思ったからです。もう一つは、どんなにしんどい話でも、自分の生きてきた物語として本人が受け入れることに、私は希望を見出しているからです。そのためにも、話しを聞く人としてそばにいて、困ったときには一緒に作戦を練る人はいた方がいいと思っていたんです。

 ここ20〜30年の間、日本の質的調査は足踏み状態で、「当事者の声を搾取している」という罪悪感から何も書けなくなってしまう人も多かった。その中で、当事者とここまでしっかり関係を築きながら、ここまでの物語を書ききる人がやっと登場してくれて、学問的にも一つのハードルを越えたと感じています。

そして今、沖縄の語り方の話法が「かわいそう」か「たくましい」か、どちらかに限られている状況の中で、非常に微妙なところをあっさりと描いている。沖縄は本土の人間にとっては特別な場所なので、憧れたり、勝手に可能性を見出したりしがちなんですよね。とくに沖縄の女性は、非常にロマンチックに描かれる。沖縄の女性はたくましいんだ、性的な抑圧から自由なんだ、とか。自分の居場所のなさだったり、行き場のない感情を、勝手に沖縄に託してしまうんです。そんな中で、この本は沖縄社会のハードな部分を淡々と描いています。

ただ、調査の中で当然、予想よりもはるかに深刻なケースもあるわけですよね。上間さんは、調査をやめたいと思ったことはないのでしょうか。

上間 やめたいと思ったことはないですね。いつも、質的な調査を始める最初の頃は、精神的なダメージは大きいです。でも、やめようとは思わない。それは、本当に話を聞くことが好きだからなんだと思います。この子はどういう職業についているのか、夜の仕事ではどんな工夫をして頑張っているのか、普段の生活はどうなのか、幼少のころにどんな出来事があったのか、人の話は、いつも面白いなと思って聞いています。

 次書くとしたら、どんな話を書きたいですか?

上間 男の子たちの話を書かないといけないと思っています。たとえば、この調査と並行して続けていた、沖縄の刺青スタジオの話です。そこは若い海兵隊員の子たちがよく来るんです。それも、「明日までに入れて欲しい」と言って。部隊の内部ではいじめや暴力が日常的にあるので、とにかく早く刺青をいれて箔をつけたいんですね。そのお店には、ほかに地元の元ヤンキーの男性たちも彫りにきていて。彼らは言葉を交わさないまでも、同じ空間にいるんですね。はっきり分からないけど、なんとなく近さを感じて一緒にいる。そういった暴力やマッチョさが醸成される場所のことも書かないといけないなと思っています。

 上間さんのこれからの仕事が楽しみです。今日はありがとうございました。

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裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち (太田出版)

上間陽子 (著)、岡本尚文 (写真)

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断片的なものの社会学(朝日出版社)

岸 政彦 (著)

プロフィール

上間陽子教育学

1972年、沖縄県生まれ。琉球大学教育学部研究科教授。専攻は教育学、生活指導の観点から主に非行少年少女の問題を研究。1990年代後半から2014年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年の少女たちの調査・支援に携わる。著書に『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)、共著に『若者と貧困』(明石書店)。

この執筆者の記事

岸政彦社会学

1967年生まれ。社会学者。大阪市立大学大学院文学研究科単位取得退学。博士(文学)。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。研究テーマは沖縄、生活史、社会調査方法論。著書に『同化と他者化──戦後沖縄の本土就職者たち』(ナカニシヤ出版、2013年)、『街の人生』(勁草書房、2014年)、『断片的なものの社会学』(朝日出版社、2015年)、『ビニール傘』(新潮社、2017年)など。

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