2018.06.29

がんと就労――病気になっても働ける環境をめざして

桜井なおみ CSRプロジェクト代表理事

社会 #がん

もし、あなたが今「がんです」と言われたら、最初にどんなことが頭に浮かびますか? そして、あなたは、今の仕事が継続できると思いますか?

はじめに

 

「がん」は、日本人の死因の第一位となっており、2人に1人が生涯に1度はがんにかかり、3人に1人ががんで亡くなっています。

私も、今から14年前にがんの診断を受けましたが、健康には自信がありましたし、これといった症状もなかったので、「なぜ私が?」と本当に驚きました。死ぬかもしれないという衝撃のほかに頭に思い浮かんだのは、「仕事をどうしようか?」「親になんて言おうか?」「治療費はいくらかかるのだろう?」という3つのことでした。

少子高齢社会の日本では、雇用年齢の長期化も進むでしょう。人によっては60代、70代、それ以上の年齢になっても、生きがいや生活費のために働き続けたい、働き続けなければならない人もいることでしょう。ですからこれからは、自分のキャリアにおいて、「病気になることを前提にした生き方を考える」ことも大切なのです。

独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センターによれば、2013年にがんと診断された患者さんの数は952,500人と推計されています。このうち、20-64歳の方は296,209人(全体の31.1%)、20-69歳で見ると426,680人(全体の44.8%)と、がん患者の半分程度は就労可能世代で罹患しているのが現状です(図1参照)。がんは、決して高齢者だけの病気ではなく、あらゆる世代に降りかかる病気なのです。

 

図1:私たちとがん

 

病気は迷惑なことなのでしょうか?

 

これだけ身近な病気ですが、そのイメージはどうでしょうか?

がん治療は、ここ十数年で大きく進歩を遂げました。治療形態は入院を中心としたものから外来通院を中心としたものへと、大きく変化をしています。また、5年相対生存率も、部位による違いはありますが、53.2%(1993年~1996年の診断)から62.1%(2006年~2008年の診断)へと、この十数年で10%ほど改善されています(国立がん研究センターがん対策情報センター)。

ところが、こうした現状とは異なり、がんのイメージは一向に改善されていません。平成26年度に行われた「がん対策に関する世論調査(内閣府)」では、がんに対する印象について、「どちらかといえばこわいと思う」「こわいと思う」と答えた者(1,339人)を対象に、その理由を聞いています。

結果は、「がんで死に至る場合があるから(72.9%)」がもっとも高く、以下、「がんそのものや治療により、痛みなどの症状が出る場合があるから(53.9%)」、「がんの治療費が高額になる場合があるから(45.9%)」、「がんに対する治療や療養には、家族や親しい友人などの協力が必要な場合があるから(35.5%)」が上位4位となりました。つまり、「がんを怖いと思う」のは、「死ぬかもしれない」だけではなく、「人に迷惑をかける」「治療費が高い」という社会的な理由が関係しているのです。

この調査では、「がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合、働きつづけられる環境だと思うか」という質問も行っていますが、「そう思う(28.9%)」、「そう思わない(65.7%)」と、世の中の7割の人は、「がんと職業生活の両立は困難」と感じています。治療形態が変化をし、健康な人とそう変わらない日常生活をすることが可能になっているにもかかわらずです。

では、「病気になることは迷惑なこと」なのでしょうか? 

たしかに、社会人の場合、通院などで一時的に労働時間が減少するため、周囲にいる同僚の労働時間は増える可能性もあります。それは「迷惑なこと」かもしれません。でも、本当に迷惑なのは、その人が「職場からいなくなること(辞める)」ではないでしょうか? 新しい人材を募集し、仕事を任せられるようになるまで育てるには、相当な時間と費用、さらには人手がかかります。人手不足が叫ばれる中、ひょっとしたら募集をしても人が集まらない可能性すらあります。

病気になることは、その人が悪いからではありません。もちろん、できることをしっかりやっていくという本人の努力も必要ではありますが、私は、それ以上に、周囲にいる人が「配慮」をしていくことが大切だと思っています。困った時こそお互い様。ほんの少しだけ人に頼る、頼られる企業文化を育てること。つまり、「個人モデルから社会モデル」へ切り替えた「お互いさまの社会」が必要なのです(図2参照)。

図2 個人モデルと社会モデル

就労継続への影響要因は何か?

 

私たちは2006年から毎年、がん患者の診断後の就労状況について調査を行っています。調査に協力してくれた患者の男女比や年代によって多少の差はありますが、おおむね、がん患者の3~4人に1人が、「働きたい」という意欲を持ちながらも、診断後に離職しています。ではなぜ辞めてしまうのでしょうか?

(1)体力低下とメンタル低下が原因

2015年に、がん罹患時に就労していた300人を対象に、「がん患者白書2016・がん罹患と就労(当事者編)」というwebアンケートを行いました。この結果、就労継続に影響を及ぼした背景要因の第1位は「体力低下」、次いで「価値観の変化」、「薬物療法に伴う副作用」、「迷惑をかけると思った」、「通院時間の確保が困難」が上位5位となりました。

就労問題の背景には、「企業側に理解がないからでは?」という理由があると思われがちです。でも、じつは、手術後の後遺症や薬物療法の副作用からくる「医学的要因」と「メンタル低下」が相互に重なりあった混乱状態に、患者は陥っていることがわかります。そして、こうした「心身の低下に応じた柔軟な働き方」が現状の社会にはないのです。

また、離職した時期には2つのピークがあることも分かっています。一つ目は診断から1カ月以内の早期離職が約26%、診断から1年以上経過してからの離職が35%もあるのです。私は、前者を「びっくり退社」、後者を迷惑をかけるからという「切腹退社」と呼んでいます。

辞めるのは簡単、辞表を提出すれば済みますから。でも、サラリーマンの方なら本来利用できていたはずの公的な社会保障制度もその瞬間に失ってしまいます。ですから、「即断即決はしない」ことが大切です。

また、企業の側も、「働くか、働かないか」の二択ではなく、その中間の働き方を提供していくことが大切です。たとえば、時短勤務制度や在宅勤務制度、リハビリ出勤などもあるでしょう。また、傷病手当金なども分割して取得できるようになったら、企業の大きさに関わらず、みんなが利用できる休暇制度になることでしょう。

図3 就労継続に影響を及ぼした事項

私たちはどのように対応すれば良いのでしょうか?

 

本人はめいっぱい、冷静に見えていても混乱状態です。ですから、どうか、周囲にいる皆さんが少しだけ患者さんの心に寄り添ってもらえればと思います。

3月末に書籍をだしました。本のタイトルは『あのひとががんになったら』(中央公論社)。なぜこんな本を出したかというと、じつは、一番多いのが「職場の同僚が、家族が、友人が、がんになったのだけど、どのように接したら良いのかわからない」という相談なのです。

患者さんの周囲には、必ず「何かできることがあればしたい」という気持ちを持っている方がいます。そんなときにどうして欲しいと思っているのかを患者目線でまとめてみたのがこの本になります。別名、「患者さんの取り扱い説明書」とも呼んでいます。

必要なのは「頼る勇気」と「頼られる準備」です。がんと就労についても「チームを作る」こと、つまり「社会モデル」を作ることがこれから目指すべき方向性です。がんを考えることをきっかけに、他の病気など様々な生きづらさを抱える人をも包み込むような社会になってもらいたいと心から願っています。

少子高齢化を迎える我が国においては、働き盛りを生きる時間はこれまで以上に長くなり、病気治療だけではなく、子育てや介護など、様々なライフイベントに私たちは遭遇することになるでしょう。予防や検診だけではなく、病気になっても働ける環境を創ることで、人と経済の好循環を生み出そうという「健康経営」という考え方も拡がっています。

「お互い様だから」という社会モデルを創っていくことこそ、超高齢社会に必要ではないでしょうか。

プロフィール

桜井なおみCSRプロジェクト代表理事

東京生まれ。大学で都市計画を学んだ後、都市計画や環境学習などに従事。2004年夏、30代でがんの診断を受ける。働き盛りで罹患した自らのがん経験、就労体験を活かし、患者・家族の支援活動を開始、現在に至る。社会福祉士、技術士(建設部門)、産業カウンセラー。著書に『がんと一緒に働こう(合同出版)』、『がんサバイバーのための就活BOOK(合同出版)』などがある。

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