2012.08.29
東松島市、デンマークのロラン市との震災復興協定を締結
東日本大震災からの復興を目指す宮城県東松島市は、去る7月9日、デンマーク・ロラン市との連携・協力協定を締結した。また、ロラン市にある持ち株会社で、同市の再生可能エネルギープロジェクトやインテリジェントなエネルギーソルーションに対して融資するLOKE A/S(Lolland Energi Holding)が、在日デンマーク大使館の立ち上げた東松島復興コンソーシアムのメンバーになるなど、日本とデンマークの地方自治体のユニークな復興コラボレーションが活発化している。
再生可能エネルギーを柱とした復興へ
デンマークからは、東北大の震災支援チームの紹介で、昨年の大震災直後からフランツ=ミカエル・スキョル・メルビン前駐日大使が東松島市を幾度となく訪れ、同年6月にはフレデリック皇太子も東松島市を訪問、子どもたちと給食やサッカーで交流を図るなど、同市を通じて日本との親交を深めている。デンマークの企業から寄せられた東松島市への義援金も1億2千万円を超え、レゴ社が同市の子どもたちのためにおもちゃなどを寄付するといった物的支援も行なわれてきた。
津波で壊滅的な被害を受けた東松島市は、被災以降、復興へ向けて、モデルケースとなる事例や情報を国内外から幅広く集めていた。その過程で、ロラン市が基幹産業であった造船業の衰退を経て、自治体の基本政策を環境エネルギー事業へと転換し、地域の再生を図ったことを知る。東松島市も、再生可能エネルギーを柱とした復興を目指したいと考えていたことから、少しずつ両市の交流が始まった。
今年1月には、菅直人前総理と共に、東松島市の復興政策課の方々のロラン市訪問が実現し、藻イノヴェーションセンターや水素コミュニティなど、産官学、それに民も連携した『トリプル・ヘリックス』の手法で行なわれている環境エネルギープロジェクトを視察。さらに、震災からちょうど1年が経った3月には、ロラン市で環境エネルギープロジェクトを手がける『ミスター・エネルギー』レオ・クリステンセン市議が来日して東松島市を訪問。日本全国11都市で選定された環境未来都市のひとつとして、東松島市の復興プランにおいてどのように協力し合えるかを話し合った。
そして、5月1日には在日デンマーク大使館が発起人となり、Grundfos、BWSC、DHI、Plan Architgects、Scandinavian Livingの5社と共にコンソーシアムを設立。7月にはロラン市長をはじめ、ロラン市の産官学の代表も来日を果たして、9日に在京デンマーク大使公邸において、A. カーステン・ダムスゴー大使立ち会いのもと調印式を行ない、LOKEもコンソーシアムのメンバーとなった。
コンソーシアムの目的は、東松島市の持続可能な町づくりのためのアイデアやソルーションを提供すること。設立の最大のメリットのひとつは、コンソーシアムを通じて、東松島市のプロジェクトに産官学で関わっていけるということにある。そうすることで、これまで日本では取り組みがなかったり、法律上難しかったりしたプロジェクトや技術開発も、東松島市という、いわば『特区』を通して行なうことで、ブレイクスルーにつながる期待も高まっている。
東松島市とロラン市をつなぐ「藻プロジェクト」
東松島市とロラン市との間では、震災復興に向けた連携および協力についての協定が締結された。東松島市の阿部秀保市長と、ロラン市のスティ・ヴェスタゴー市長が協定書に調印。具体的には、①東松島市における総合的な再生エネルギー政策に関すること、②東松島市における再生可能エネルギー技術、環境教育、人材育成に関すること、③再生可能エネルギー技術の地域利用に関する実験などに関すること、④再生可能エネルギー資源の活用と保全に関することについて連携及び協力をする、ということで合意している。
現在、両市の間でコラボレーションをしていこうとしている分野のひとつが、藻のプロジェクトだ。ロラン市では現在、藻を様々な方法で利用する研究や実証実験が盛んに行なわれている。ひとつは調整池や遊水池を使った藻の培養で、ここで畑から海に流れ出る水を浄化し、その養分と空気中の二酸化炭素を吸い、光合成をして育った藻からプロテインやオイル、色素成分など高付加価値成分を取り出してそれを産業化し、残りをバイオガス化してエネルギー源にする。畑からの水を浄化する過程で、リンを回収することも期待されており、この成分が残ったカスを天然の肥料とすることで、農地を守ることもできる。
もうひとつは、下水処理に藻を使う実証実験で、これまで二次処理で利用されてきた微生物に代わり、藻を利用する。ロラン市では、下水処理場に隣接されている地域暖房施設から出る二酸化炭素を利用することで、藻の光合成を促すほか、ここでもリンの回収が重要なポイントとなる。成長した藻はバイオガス化してエネルギー源として利用し、リンを含んだ残りカスは、天然の肥料として利用する。
東松島市は伝統的にノリやカキの養殖が盛んなエリアで、海のバイオマス(ブルーバイオマス)に関する知識に長けている。一方、ロラン市には、北欧最大の藻イノヴェーションセンターを有し、淡水における藻の研究が進んでいるが、海水におけるブルーバイオマスの研究についてはまだこれからの分野である。また、日本とデンマークでは環境が違うので、培養できる藻の種類や、得られる実証実験の結果も異なるはず。
だからこそ、これまでロラン市や藻イノヴェーションセンターで取り組んできた藻の研究の成果を生かしながら、両市で実証実験に取り組むことができれば、東松島市にとっては、これまでの伝統や地域の資源を生かした新たな産業を生み出す契機となり、同時に再生可能エネルギーの生産と地産地消、それに二酸化炭素の排出問題、さらには農地保全にも取り組むことができる。
一方、ロラン市にとっては、東松島市での実証実験の結果をシェアすることで、さらに藻の研究と藻を利用した産業の構築に役立てることができる上、将来的に目指したいと考えている、海洋ブルーバイオマスの有効利用(藻をはじめ、海藻、魚介類の養殖など)のための知恵を、東松島市から得ることができるのである。そこから、両市とつながりのある大学や研究所とも連携が進み、産業化へ向けて、地域の、もしくは新規の民間企業とのつながりもできてくるはずである。
トリプル・ヘリックスによる知識社会の創造
また、再生可能エネルギーの貯蔵という観点での共同研究も進みそうだ。日本の多くの地域と同じように、東松島市にも山があり、これは再生可能エネルギーを貯めておくためには非常によい立地である。なぜなら、夜間の過剰な電力で、山を使った揚水発電の可能性があるからだ。
最高地点が海抜25メートルというロラン島では、風力などの余剰電力を水素で貯めるなどのやり方が必要だが、山のある地域なら、その地理的特徴を生かした蓄電、畜エネルギーの方法が見いだせるのではないか。また、圧縮空気エネルギーの貯蔵についても検討していく予定だ。
日本では、これまで産学連携やPPP(官民のパートナーシップ)はあっても、産官学の連携はまれで、とくに県や自治体が関わったトリプル・ヘリックスによる知識社会の創造という考え方はあまり伝統的ではなかった。そもそも、こうした考え方が欧米で注目を集めるきっかけとなったのは、2000年に欧州理事会で議決されたリスボン戦略である。
EUは「よりよい職業をより多く創出し、社会的連帯を強化した上で、持続的な経済成長を達成しうる、世界中で最もダイナミック、かつ、競争力のある知識経済」を目標とし、その実践方法のひとつとしてトリプル・ヘリックスという考え方が注目されるようになった。それをいち早く、地方自治体の成長戦略として落とし込むという大胆な試みをし、自治体、大学もしくは研究所、企業との間で対話を生み出すことで成果を上げているのがロラン市なのである。
デンマークでは、再生可能エネルギーの主力産業である風力発電に関して、国立研究所やデンマーク工科大学、オルボー大学、それに国内の主力メーカーであるヴェスタスやシーメンス・ウインドパワー、さらには電力会社などがメンバーの『デンマーク風力研究コンソーシアム』が存在する。
日本では、大企業ともなると、デンマークとは比べ物にならないほどのスケールなので、各企業内に独自の研究センターを持つケースも多いが、今後、より世界規模での競争力を高めていくためには、同業者同士が国内で基礎研究を共同で行ってその結果をシェアし、それを各社独自のイノヴェーションにつなげていく方が有効であろう。その方が、よりホリスティックな視野で捉えることができるからだ。
そう考えると、国レベルで大学や研究所、そしてメーカーの産官学で起こしていくイノヴェーションの他に、地方で、そこにある企業と地域の自治体、そして大学が連携して取り組む産官学のイノヴェーション、この両方が日本の持続可能な成長にとって大切な取り組みになっていくのではないだろうか。こうした地方のイノヴェーションのきっかけをまさに日本で作ろうとしているのが東松島市であり、ここから国内やデンマークの他の自治体、大学、産業にも新しいイノヴェーションの波が広がっていけば、というのが東松島市、ロラン市の両市が目指すところだ。
環境未来都市の可能性
現在、および今後は、在京デンマーク大使館の復興コンソーシアムを通して東松島市とコンタクトをとる一方で、10月にはふたたびロラン市の関係者、そして隣のグルボースン市市長と、両市の環境エネルギープロジェクトに関わっている地域のクリーンテック企業の代表らが東松島市を訪れ、現地サイトを視察しながら、復興のための共同プロジェクトについてさらに踏み込んだ、具体的なプランを考え、固めていく予定である。
こうした企業の中には、すでに日本と取引のある会社もあれば、これから共同で事業を始めたい企業もある。今後、事業を始める上で、地域に産業をもたらすために、現地生産をすぐに行なうのか、ライセンス契約を行なうのかなどの詳細についても話し合うことになるはずだ。また、こうした新しい産業で働く人材を育成する機関やメソッドなども、ロラン市、グルボースン市のCTF(コミュニティ・テスティング・ファシリティーズ)モデルをもとに、共同事業として開発されていくことになる。
何よりも大切なのは、東松島市がとくに関心を寄せている、電気、上下水道、廃棄物、コージェネレーションなど、ロラン市の自治体としての技術インフラについての考え方を、上手く町づくりに生かしていくということである。将来的には、東松島市モデルが、日本の自治体技術インフラモデルになっていけば理想的である。
また、ロラン市議のレオ・クリステンセン氏によれば、現在ロラン市およびロラン市、グルボースン市のビジネス協議会であるビジネス・ロラン・ファルスタでは、日本の大学や研究所、商社などと共に、東松島市やその他日本全土の再生可能エネルギー資源の洗い出しとエネルギーマップの作成を検討しているそうだ。
ロラン市やデンマークで行なってきたエネルギーマップづくりのノウハウを生かしながら日本独自のエネルギーマップを作成することで、今後、日本の各自治体が地域の資源に根ざした再生可能エネルギーへの取り組みや、この先10年単位で整備すべきインフラの計画立案に役立てることができるだろう。これをオープンにしていくことで、隣接した自治体が共同でインフラの技術や設備投資をしたり、またCTFコンセプトを使って実務用と実証実験用インフラを同時に作り、その結果をもとに開発された新しいインフラ技術や設備のノウハウを他の自治体に販売することもできるなど、技術開発や雇用、教育分野の可能性もさらに広がることが見込まれる。
東松島市とロラン市のコラボレーションは、まだまだ始まったばかり。これからの数年間、お互いを学び合いながら、ネットワークを上手く広げ、シェアしながら、根気よく対話をしあい、関係を深めていくことになるだろう。今まで他のどこでも見たことのないような環境未来都市が日本に出現するのも、そう遠い未来ではないかもしれない。
プロフィール
ニールセン北村朋子
日本の会社に7年、その後アメリカ留学を経て同国の会社でコーディネーターとして4年勤務。その間、映像翻訳コースを修了し、1998年フリーの映像翻訳家としてデビュー。サッカーなどスポーツ番組/コンテンツの翻訳に従事する。結婚を機に2001年10月よりデンマークに移住し、ジャーナリスト、ライターとして取材執筆活動を開始。日本のメディア(TV、新聞、雑誌、ウェブ)の取材コーディネート、通訳、翻訳も手がける。再生可能エネルギー等の環境や食など、地球と人にうれしいライフスタイル追求がライフワーク。2012年 ロラン島など、デンマークの地方自治体の再生可能エネルギーや持続可能な取り組みについて、これまでのデンマーク・ジャーナリズムにない視点で国内外に伝えた活動が評価され、デンマーク・ジャーナリスト協会の『Kreds 2 Prize』受賞。2012年7月、野草社より初めての本『ロラン島のエコ・チャレンジ〜デンマーク発、自然エネルギー100%の島〜』を上梓。