2022.04.20

「月曜日のたわわ」を人々はどう見るか

田中辰雄 計量経済学

社会

1.はじめに

日経新聞に載った「月曜日のたわわ」の広告は波紋を呼んだ。「月曜日のたわわ」は青年漫画誌の連載漫画であり、その漫画のキャラを使った広告が不適切であるとして批判されたのである。批判の趣旨は、広告で描かれた絵は女子高生を性的に扱っており、新聞の広告として不適切という点にある。これに対し、表現の自由で許される範囲であるという反論がなされ、活発な論争が起きている。

これに類似の論争はこれまでに何度も繰り返されてきた。古くは、人工知能学会表紙事件(2014年)、新しくは宇崎ちゃん献血ポスター事件(2019年)、そして直近では温泉むすめの事件(2020年)が記憶に新しい。

これらの論争では、人々がその表現をどう受け取るかが争点の一つである。しかし、騒動の渦中に人々がその表現をどう受け取っているかが調べられた例は多くはない。本稿ではこれを試みる。この広告に対して批判する意見、容認する意見はどれくらいあるのか、また、それを決定づける要因は何であるかを調べるのが課題である。

この種の問題は、かつては炎上してしまい、ほとんど議論が不可能であったが、今回は多少なりとも議論の兆しが見える。議論ならば事実分析を踏まえるのが建設的である。このレポートはそれに資することを意図している。

調査時点は2022年4月14日、調査会社はサーベロイド社で、ウエブモニター調査である。対象者は20歳~59歳までの男女で、年齢と性別で均等割り付けを行った。きちんと設問文を読んで答えているかのチェック設問をおき、これを通過した3154人がサンプルである。

最初に結論を述べておくと、この広告に問題ありとしたのは女性の3割強である。5割程度の人は容認しており、容認する人の方が多い。年齢別にみると若年層ほど容認的であり、20代の女性で広告に問題ありとする人は40代以上の人の半分程度にとどまる。若年層が容認的とすると、時間の経過とともに容認する人がしだいに増えていくという予想が成り立つ。また、今回の事件に限らず、一般的な傾向として言論・表現の自由を重視する人が容認的で、一般的傾向として正義を重視する人が問題ありと考えている。

2.広告に問題を感じるか

最初に、誘導を排した初見での反応を見るため、この広告が論争になっていることは伏せて次のように聞いた。

Q1 下の絵は4月のある月曜、日経新聞の1面を全面をつかった広告として出たものです。「月曜日のたわわ」という漫画の登場キャラが「今週も素敵な1週間になりますように」と述べています。左下をみるとこの漫画の宣伝でもあることがわかります。あなたが新聞でこの広告を見たとして、なにかまずい問題を感じるでしょうか。感じないでしょうか。

1 問題を感じる 2 問題を感じない

<広告を掲示>

問題を感じるかどうか、とだけ書いてどんな問題かを書かなかったのは誘導を排するためである。「まずい」という形容をつけたのは、否定的な意味での問題であることを回答者に伝えるためである。広告が日経新聞に載ったという情報は重要なので設問文にいれた。この問いへの回答の結果は図1のとおりである。

図1

図1の一番上のバーが全体の結果で、この広告に問題を感じると答えた人は20.5%で、感じないと答えた人が79.6%であった。問題を感じないと答えた人のほうが8割をしめて多数派である。

問題を感じない人が8割と多いのは、この広告が論争になっていることを知らないからかもしれない。そこで2番目のバーではすでに事件を知っていた636人だけに限った。が、それでも、結果は変わらなかった。このアンケートで初めてこの広告を目にして状況がよく分からないので問題に気づかない、ということはないようである。

なお、知っていた人は636人と少なく、事件の認知率は2割ていどでしかない。この事件はネットでは話題であるが、新聞・テレビにとりあげられていないこともあってか、人々の認知率はそれほど高くない。回答者のうち8割は、このアンケートで初めて広告を見て回答していることに留意されたい。言い換えれば8割の回答者は先入観を持たず設問に答えていることになる。

広告への批判は女性の視点からなされている。したがってこの問題では女性の見解が大切であり、女性だけに限ると問題を感じる人が増えることが予想される。そこで、図1の一番下のバーは女性のみとした場合である。予想通り問題ありとする回答が上昇し、28.6%になった。3割程度の女性が問題を感じていることになる。

3.意見の詳細

背景説明なしに問題を感じるかと問うことは、誘導を排し、かつ包括的である利点があるものの、何を問題視しているのかがわからないため趣旨が曖昧になる欠点がある。ひょっとすると全く関係ない視点から広告を見ている可能性すらある。たとえば広告デザインをしている人が絵の色あいにインパクトないな、と考えて問題ありと答えているのかもしれない。

そこで設問を変えてみる。この広告が論争になっていることを述べたうえで事件について意見を7つ提示して、賛同するかどうかを4段階で尋ねた。設問は下記のとおりである。

Q2 日経新聞に載ったこの広告については、女子高生を性的に扱っており問題だという意見と、この程度なら表現の自由の範囲で問題ないという意見が対立しています。これについて以下でいくつか意見を述べます。これらの意見に対しあなたはどう思いますか? そう思うか、思わないかをお答えください。どちらでもない、あるいは分からない場合は、わからないを選んでください。

1)男性目線のいやらしさを感じる
2)新聞の広告としては止めるべきであった
3)全体として女子高生を性的に扱っており問題だと思う
4)はっきり言って不快である

5)性的な要素はあるとしてもこの程度なら問題ないと思う
6)女の子がかわいくて素敵な絵だと思う
7)全体としてこの程度なら表現の自由の範囲で問題ないと思う

回答選択枝
1そう思う 2やや思う 3あまり思わない 4思わない
5わからない/どちらでもない

結果は図2にまとめられている。7つの意見のうち、上半分の1)~4)は、広告への批判的な見解である。図2を見ると、1)の男性目線であるという批判に同意する人が34.1%で最も高く。2)の新聞広告としてふさわしくないと、3)女子高生を性的に扱って問題である、への賛同が25%程度で続いている。8)の不快である、に賛同しているのは15%程度である。ならしてみるとこれら批判的見解に同意する人の割合は25%程度である。

一方、下半分の5)~7)までは広告を容認する見解である。多少の問題はあっても表現の自由として容認できるという立場で、図2をみると6割弱程度の賛同を集めている。比較すると、容認する意見の賛同者の方が多い。ただ、これは男性と女性があわさった結果であり、女性だけに限った意見を見る必要がある。それが図3である。

図2

図3を見ると、広告への批判的な意見への賛同者が増えている。1)から4)までの賛同者の比率を図2と図3で比較すると、10ポイント程度増加しており、予想通り女性の方が広告に批判的な人が多い。1)~4)をならしてみると女性のほぼ3割強の人が広告に批判的な感想を持っていると言えそうである。この数値はQ1の問いで問題だと答えた女性の割合、3割に近い。以上をまとめて、女性のなかでこの広告に批判的な感想を持つ人は3割強と見積もってよいだろう。

ただ、そう思わない人も5割程度いることにも留意する必要がある。1)~4)で思わないと答えた人が5割程度は存在する。また、5)~7)の広告の容認論のほうを見ても、賛同者は5割を維持している。女性に限っても表現の自由を支持する人の方が数としては多い。

まとめてみると、この広告に批判的な意見を持つ人は女性の3割強である。5割程度は表現の自由の範囲として容認していることになる。3割強という数字を大きいとみるか、小さいとみるとかは、論者の視点によるだろう。3割強「しか」いないと見ることもできるし、3割強「も」いると見ることもできる。多数決で考えれば少数派である。が、被害者と見れば大きな数字である。少数派だから間違っているわけではないし、むしろ少数だからこそ声をあげる必要があるという議論もあり得る。ただ、いずれにせよ広告を問題視する側は現状で多数派ではないので、それが女性の総意であるかのような立論は避けるべきであろう。 

図3

4.年齢効果

次に、意見の相違に影響を及ぼしている要因を考えよう。すぐに思いつくのは年齢の効果である。年齢の効果にはまったく相反する二つの仮説が考えられる。ひとつはジェンダー論の広がりという時代の流れを受けて、若い人ほど広告に批判的になっている可能性である。もうひとつはこのような「萌え絵」に慣れ親しんでいない高齢者ほど批判的になっている可能性である。仮説としてはどちらもありうるので、年齢別に結果を見てみよう。Q1の問題を感じるかという問いを例にとる(Q2の意見群を使ってもよいが定性的な結果はほぼ同じである)。図4がその結果である。横軸は年齢別の区分けで、縦軸はこの広告に問題を感じる人の割合である。朱色が女性、青が男性、灰色が全体である。

全般にすべて右上がりで、高齢者ほど問題を感じる人が増えている。とくに女性で上昇が顕著であり、20代の女性ではこの広告に問題を感じるのは18%しかいないのが、30代で27%に増え、40代と50代では34%と33%に増加する。20代の女性と40代以上の女性では2倍に近い差がある。年齢による感じ方の差は大きい。

日経新聞ではこの広告は社内審査で問題ないとされたとしている。かりに日経社内で実質的な審査をしたのが20代の若手であるとすると問題なしとされたのは自然である。図4をみると20代でこの広告に問題を感じるのは男性で9%、女性で18%に過ぎないからである。

図4

最初の問題意識に戻ると、高齢者ほど広告に批判的なので、先に述べたジェンダー論の広がり仮説と萌え絵への慣れ仮説では、萌え絵への慣れ仮説の方が支持されたことになる。漫画やアニメ調の絵が電車や街角ポスターなどに大々的に出始めたのはおそらく2000年ごろ以降である。現在の20代の若年層にとって萌え絵は生まれたときから周りにある日常風景であり、抵抗が少ない。これに対し40代以上の人にとっては萌え絵の日常世界への大量進出は大人になってから体験した出来事であり、違和感がぬぐえないのではないかと考えられる。 

もしこの解釈が正しいとすると、価値観のアプデートが必要という議論には注意が必要である。しばしばこの種の論争では、表現を批判する側が価値観のアプデートが必要と述べることがある。その趣旨は新しい価値観に切り替えるべきということであるが、この年齢別のグラフが世代の違いを表すなら、批判側の思惑とは逆になる。時間の経過ともに萌え絵に抵抗を感じない人が増え、広告を容認する人が増えるからである。時代の流れに乗ることがアプデートなら、アプデートとは萌え絵を容認することを意味する。

5.その他決定要因1:個人属性

年齢以外の決定要因を考える。ただし、一つ一つグラフを描くのは煩雑なため、まとめて統計処理を行う。決定要因の候補は次の11個である。

1)年齢(10歳単位)
2)女性(1585)
3)既婚(1491) 

4)この漫画「月曜日のたわわ」を読んだことがある。(234)
5)全般的に漫画が好きでよく読む(996)
6)趣味としてあるいはセミプロとしてイラスト・漫画を描いている(151)

7)女子中学・高校生の娘がいる(219)
8)痴漢は初犯でも刑務所にいれるなど厳罰を科すべきだと思う(1881)

9)性別役割分業志向
10)男性優先社会の認識
11)言論・表現の自由と正義

(2)から(8)まではあてはまるかどうかのダミー変数で、文章の後のカッコ内はその条件が該当する人の人数である。被説明変数として、Q1の広告に問題を感じるかどうかをとり、上記11変数にロジット回帰する。得られた係数(限界効果)をグラフにしたのが図5である。

この図は説明変数が1単位あがったときに広告を問題と感じる人の比率がどれくらい変化したかを表している。たとえば一番上の1)の年齢のところの2.8%とは、年齢が1単位(10歳)上がると、広告に問題を感じる人がパーセントで2.8ポイントだけ増えることを意味する。灰色は全サンプル、朱色は女性だけの場合であり、統計的に有意でない場合は色を薄くしてある。以下、各変数について順に見ていく

図5

1)の年齢はプラスであり、年齢が上がるにつれて広告を問題視する人が増える。2.8%は小さいように思えるが、20代と50代では30歳の違いがあるので、その差は2.8×3=8.4%となりかなりの大きさとなる。2)は性別で、女性であると9.6%批判者が増える。ここまではこれまでの知見通りである。

3)は婚姻の有無で、既婚者は未婚者より広告を問題視する人が5~6%多い。なぜ既婚者が広告に批判的なのかはわからない。子供を守りたいからかというとそういうわけではない。子供の有無は入れても有意にならず、のちに見るように中高生の娘がいるかどうかも有意でないからである。子供とは無関係に結婚しているかどうかだけが効いている。男女で差がないので、なにかしら男女共通の心理的要因が働いていると考えられるがそれが何であるかはよくわからない。

4)から6)までは漫画という趣味に関する要因である。4)ではこの漫画「月曜日のたわわ」を読んだことがあるかどうかを聞いた。この広告への批判のなかには、広告中の絵柄ではなく設定やストーリーなど漫画の中身を問題視するものがある。もし漫画の中身が問題であるなら、読んだ人と読んでいない人で差が出てくるだろう。結果としては、図5に見るように有意にはならず、差は認められない。この漫画を読んだ人でも読んでいない人でも広告への評価に差がないということは、漫画の中身は問題ではないことを示唆する。

5)では全般的に漫画が好きかどうかを聞いた。漫画好きであればこのような萌え絵に慣れており、批判的にならないだろう。予想通り有意にマイナスであり、漫画好きでは4%程度、問題視する人が減っている。

6)は絵やイラストを描くクリエイターの意見である。意外なことに、10%を超える大幅なプラスであり、クリエイターはこの広告に問題ありとしている。クリエイターが表現の自由を重視するなら、広告表現にも自由を求めてもよさそうなものである。しかし、まったくの逆であり、月曜日たわわの広告は問題だとする人が一般の人よりずっと多い。これはなぜだろうか。

仮説として相反する二つの説明が考えられる。ひとつは、クリエイターだからこそ絵の持つ問題、たとえば女子高生を性的に描くことの危うさに気づいているという説明である。もうひとつは、萌え絵の炎上が続いたためクリエイターが過敏になり、批判を恐れて委縮、あるいは世間に忖度をしているという説明である。前者はこの広告がクリエイターからも問題とされていることになるので広告批判側のサポート材料である。後者は表現規制が行き過ぎていることになるので表現の自由側のサポート材料である。どちらが正しいかはクリエイターにインタビュー調査をしないとわからない。

7)と8)は性被害の要因である。この広告への批判の一つとして、この絵は痴漢などの性被害を連想させ、それを容認しているように見えるという意見がある。この意見に妥当性があるかどうかを見るため2つの問を用意した。結果は図5に見るように2つの結果が一致しない。痴漢に厳罰を課すべきとした人はこの広告には強く拒否反応を示しており、特に女性の場合の13%増は女性だけ回帰の全要因のなかで最も高い。一方、中高生の娘がいる親はこの広告に対し特に反応しておらず、有意にならない。

この不一致はどう理解したらよいだろうか。痴漢に厳罰を望む人は、自分が性被害にあったか、あるいは正義感が強くて性被害に強い憤りを持つ人と考えられる。このような性被害への問題意識の高い人は一定数おり、彼らが広告から性被害を連想したと解釈できる。

一方、女子中学生、高校生を持つ親は、常日頃から子供が性被害にあわないように気をつけているはずで、痴漢のニュースには最も反応してしかるべき人たちである。彼らが特に反応していないということは、この広告から性被害を連想することはそれほど一般的ではないことを示唆する。もし一般的に連想するのならもっとも反応すべき人たちが反応していないからである。

6.その他決定要因2:一般的要因

最後の9)~11)は一般的な性格や思想傾向をみたものである。この事件自体はひとつの広告の事件にすぎないが、類似の事件はこれまでにも何度も起きてきた。そこでより一般的な枠組みでの理解はできないかを考えてみる。候補として3つの要因を試みる。なお、この3要因は別の事件(呉座・オープンレター事件)で筆者が試みた要因と同じものである。

※田中辰雄、2022、「呉座・オープンレター事件の対立軸――キャンセルカルチャーだったのか?」シノドス、https://synodos.jp/opinion/society/27733/

まず、9)では、回答者に男女の役割分業意識がどれくらいあるかを見る。この広告への批判として、かわいい、女らしいなど女性のステレオタイプを強調しているという批判がある。もしこの批判どおりなら、ステレオタイプを肯定的に見る人と否定的に見る人では広告への反応に違いが出るはずである。性別役割分業意識が薄く、ステレオタイプに批判的な人は、広告により違和感を覚えるだろう。

性別役割分業意識の測定方法としては2021年に内閣府男女共同参画局が行った「性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」を使う。この調査から、男女の役割や思い込みの項目を6個抽出して用いる。回答者に以下6項目を示し、そう思うかどうかを4段階で尋ねた。

1男性は仕事をして家計を支えるべきだ
2デートや食事のお金は男性が負担すべきだ
3女性には女性らしい感性があるものだ
4女性は感情的になりやすい
5育児期間中の女性は重要な仕事を担当すべきでない
6共働きでも男性は家庭より仕事を優先すべきだ

回答選択肢
1 そう思う 2ややそう思う 3あまり思わない 4思わない

そう思うという答えが多いほど男女の性別役割分業意識が強いことになる。そう思うを4点、思わないを1点として平均点を求め、標準化して説明変数に入れた。結果は、図5の9)で見るように、有意ではなかった。したがって、男女のステレオタイプに批判的な人ほどこの広告に問題を感じたという事実はない。一般的なステレオタイプについての認識は、今回の広告の是非とは無関係のようである。

10)は、フェミニズム要因である。この広告への批判はフェミニストからなされることが多い。そこで回答者のフェミニズム傾向との関係を見てみる。つかった設問は東京都生活文化局が2020年に実施した「男女平等参画に関する世論調査」での男性が優遇されているかどうかの設問からとった。下記の意見に対して賛同するかどうかを4段階で答えてもらい指数化して標準化する(文言は同調査のものを少し修正した)

1(現在の日本では)職場において男性が優遇されている
2(同上、以下同じ)家庭生活において男性が優遇されている
3法律や制度の上で男性が優遇されている
4学校教育において男性が優遇されている

現在の社会では男性が優遇されているというのはフェミニズムの基本命題の一つであり、それに賛同する度合いで、回答者のフェミニズム傾向を測ることになる。結果は図5に見るように男女ともに7%程度、批判者が増えている。フェミニズムに賛同する人ほどこの広告に批判的になるという傾向は確かに存在する。

最後に、11)では言論・表現の自由と正義の対立をとりあげた。言論・表現の自由vs(何らかの)正義の対立は、昔からある古典的な対立軸である。言論・表現の自由は、自由で民主主義的社会にとっては大事にされなければならない。しかし、その社会にとって重要な価値すなわち正義に反する時は、言論・表現が制限されてもしかたがないという考え方もある。この対立は、ヘイトスピーチをスピーチとして認めるか、などの形で古くから形を変えて議論されてきた問題であり、近年話題のキャンセルカルチャーもこの対立の一種とみなせる。

言論・表現の自由と正義のどちらを優先するかの指標をつくるため、この問題に関連する11個の意見を示し、賛同するかどうかをやはり4段階で尋ねた。以下少し長いが意見の一覧を示す。このうち星印がついているのは言論・表現の自由を優先する意見、無印は何らかの正義のもとに言論の自由を制限する事があって良いという意見である。

*1どのような下劣な意見でも持つのは自由でありまた発言も出来る社会であるべきだ
2差別的なことを言う人に言論の自由は無い
*3言論には言論で対抗すべきであり、それ以外の方法を使うべきではない
4間違った発言で炎上した人は、公の場から消えるまで徹底的に叩くべきである
5ヘイトスピーチを罰則つきで禁止する法律が必要だ
6天皇を侮辱する表現は規制されるべきだ
*7テレビの放送禁止用語は表現の自由を奪っており嘆かわしい
*8ポリコレ(ポリティカルコレクト)は言論・表現活動を委縮させている
*9不愉快な考えの相手とも共存するのが自由な社会だ
10間違った考えの人には再教育をうけさせ、考えを改めさせるべきだ
11公共放送たるNHKに反日的な論客を出演させるべきではない

そう思うから思わないまでの4段階の回答に、方向をそろえて点数を振り、11問の平均値をとる。方向は値が大きいほど言論・表現の自由を優先するようにそろえた。

推定結果は、図5の11)に示すように有意であり、値も10.7%と高かった。標準化してあるので、この10.7%とは標準偏差1単位分の変化の効果である。すなわち、言論・表現の自由と正義のどちらを優先するかの人々の意見分布のうえで、標準偏差1単位分変化したときの効果である。標準偏差1単位分の変化で広告についての意見が10.7%変化するなら、影響の大きさとしては十分大きい。

この結果は注目に値する。なぜなら、言論・表現の自由と正義の指標のもとになった上記11個の意見のなかには、漫画表現や性被害、フェミニズムなど今回の広告問題に直接関連する話題はひとつもはいっていないからである。その点でこの指標はきわめて一般的な自由と正義の対立指標である。これだけ一般的な指標であるにもかかわらず、今回の広告の是非に有意に影響を与えている。これは、今回の広告問題は、小さい問題ではあるが言論・表現の自由と正義の対立という一般的な対立の一ケースとしてとらえることができることを示している。すなわち、この個別問題に限らず、一般論として言論・表現の自由を重視する人が広告を容認し、一般論として正義を重視する人が広告を問題視しているのである。

7.結語

「月曜のたわわ」広告について人々がどう思っているかを調査した。結果は次のようにまとめられる。

(1)この広告に問題を感じているのは女性のうち3割強である。5割程度は表現の自由として容認している。3割強を小さいと見るか大きいと見るかは論者によるだろう。

(2)年齢が若くなるほど容認派が増える。20代女性で問題を感じる人は40代以上の女性の半分程度にとどまっている。若年層に容認派が多いのは、彼らはこの種の萌え絵に子供のころから接して慣れているからと考えられる。もしそうだとすれば、時間の経過とともに容認派が増える可能性が高い。

(3)一方、広告を問題視する人が多いのは、既婚者、クリエイター、痴漢に厳罰を求める人、フェミニズム賛同者である。クリエイターに広告を問題視する人が多いことには意外性がある。ただ、複数の解釈が可能で、含意は確定しない。

(4)古くからある正義vs言論・表現の自由の対立軸がここでも働いている。一般論として正義を重視する人が広告を批判し、言論・表現の自由を重視する人が広告を容認している。

プロフィール

田中辰雄計量経済学

東京大学経済学部大学院卒、コロンビア大学客員研究員を経て、現在横浜商科大学教授兼国際大学GLOCOM主幹研究員。著書に『ネット炎上の研究』(共著)勁草書房、『ネットは社会を分断しない』(共著)角川新書、がある。

 

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