2024.04.27

東京は「ブラックホール」なのか?(その1):少子化にまつわるエトセトラ

中里透 マクロ経済学・財政運営

社会

出生率に関するデータが公表されると、きまって東京の出生率が低いことが話題となり、「子育て支援策の充実を」「子供を産み育てやすい街づくりを」という趣旨のコメントが新聞やテレビに登場する。

出生率が低い東京に全国から若者が集まってくるから(就学・就職などで)、そうなると次の世代を担う子ども達が生まれにくくなり、少子化と人口減少がますます加速する。東京は若者を飲み込む「ブラックホール」だから、日本の国力の衰退を止めるには今こそ東京一極集中の是正と地方分散を、という話になる。

だが、このような見立てはどこまで妥当性を持つものなのだろうか。議論に大きな見落としはないのだろうか。以下ではこれらの点について考えてみることとしたい。

1.東京の「出生率」は低いのか?

合計特殊出生率の「分母」と「分子」

東京の出生率は低いという議論がなされるときに参照されるのは、合計特殊出生率と呼ばれる指標である。「特殊」とあるとややこしいものと思われるかもしれないが、おおまかにいうと、出産可能年齢(15~49歳)の女性が1年間に産んだ子どもの数(出生数)を、その年齢層の女性の数(女性人口)で割ることによって求められる出生率の指標だ(実際には各年齢階層ごとに、女性人口対比でみた出生率を計算し、その値を15歳から49歳まで足し合わせることで指標が作成される)。この指標は出生数や総人口の推移をながめるうえでとても便利な指標となっている。

だが、この指標をもとに出生率の地域差を議論する場合には、注意しなくてはならないことがある。それは合計特殊出生率を算出する際の「分母」には未婚の女性の数も含まれており、しかも対象が15歳からとなっているということだ。したがって、子育て中の世帯が多く、高校に通う人が数多くいる地域では、計算上は出生率が低くなる(高校生がいる世帯を「子育て中」と呼んでよいのかというコメントがあるかもしれないが、いま国会で審議されている法案が可決すれば高校生にも「児童手当」が支給されることになるので、これからは高校生も「児童」と呼んで差し支えないことになるだろう)。

市町村単位で出生率をながめる場合には、大学などの施設の立地によってこの指標が影響を受けることがある点にも留意が必要となる。京都市東山区は合計特殊出生率が全国の市区町村の中で最低ということで知られるが、同区の人口構成をみると、18~23歳の年齢層の性比(男女比)に3対7と大幅な偏りがある。しかも、この年齢層の女性人口は同区の15~49歳女性人口の3割弱を占める。この偏りが同区の合計特殊出生率の数値に与える影響を十分に考慮しないと、出生率が全国最低ということばかりが強調されて、誤った認識が広まってしまうおそれがある。

東京23区と京都市東山区と『Hanako』の街

試みに東京都特別区(23区)と京都市東山区のデータをもとに各区の未婚率と合計特殊出生率の関係をながめると(図表1)、きれいな負の相関があることが確認できる(未婚率の計算に国勢調査のデータが必要なため、ここでは「令和2年国勢調査」(総務省)が利用できる2020年のデータを利用して分析を行っている)。一番右下の点が京都市東山区だ。

図表1 未婚率と出生率(東京都特別区と京都市東山区・2020年)

(資料出所)総務省「国勢調査」、厚生労働省「人口動態統計」

ここからわかるのは、合計特殊出生率のデータをもとに各地域の出生の状況を論じる場合には、未婚率のことをきちんと意識してデータをみる必要があるということである。

このグラフからは他にも面白いことがわかる。この散布図の左上にある3つの点は東京の都心3区(千代田区・中央区・港区)のデータであり、これら3区の出生率は全国平均(1.33)を上回るか、遜色のない水準となっている(千代田区(1.32)、中央区(1.43)、港区(1.34)。ただし、全国の数値と市区町村の数値では算出方法に若干の違いがあることに留意)。

この事実は「東京の出生率は低い」と思っている人にとって意外なことと感じられるだろう。「東京ブラックホール」の中は一様ではなく、その中心には少子化と人口減少の流れから影響を受けない「台風の目」もあるということになる(千代田区と中央区は人口増加率も全国でトップクラスになっている)。

23区の中で未婚率が最も低いのは港区だ。「港区女子」というと『東京カレンダー』に描かれるような自由奔放な独身女性というイメージになるが、実際に港区に居住する女性の中には、結婚して子育てに追われ、あるいは子育てを楽しんで毎日を過ごしている人がたくさんいるということになるのだろう。

合計特殊出生率が東京都全体の平均(1.12)を下回る区は9つあり、練馬区、豊島区、板橋区を除くと、いずれも都庁のある新宿区の西あるいは南西に位置する区となっている(練馬区(1.10)、板橋区(1.03)、豊島区(0.91)、新宿区(1.00)、中野区(0.97)、杉並区(1.00)、渋谷区(1.04)、目黒区(1.02)、世田谷区(1.00)。区の表記の右にあるカッコの中の数字は2020年の合計特殊出生率)。

これらの区では総じて未婚率が高い。これらの区の多くは『Hanako』(マガジンハウス)や『OZmagazine』(スターツ出版)などでしばしば特集される、女性に人気のある街が所在する地域とも重なる。もっとも、出生率が相対的に低い区の地理的な分布がなぜこのような形になっているのかということについては引き続き精査が必要となる。

有配偶出生率でみると?

出生率のデータというと合計特殊出生率ばかりが注目されるが、さきほどみたように、この指標には未婚者の状況に伴うノイズが入り込む。この点を踏まえると、有配偶出生率の状況も併せて確認しておくほうがよいだろう。有配偶出生率は出産可能年齢の有配偶女性1,000人当たりでみた場合の出生数に基づく指標である。日本では非嫡出子(婚外子)の割合がとても少ないから、有配偶出生率は十分に有益な参照指標となる。

そこで、東京都特別区(23区)と全国の2020年時点における状況を確認すると(図表2)、世田谷区以外の区では、いずれも全国平均と同じか、それを上回る出生率となっている。ここからわかるのは、東京が子育てに適していない場所だというのは印象論であり、少なくとも最近時点についてはその感覚が実態に合わなくなっているということだ。かつては待機児童の問題をはじめ子育てをめぐるさまざまな困難があり、そのことが子どもを持つ際の大きな支障になっていたが、多年にわたる少子化対策の取り組みの結果、これらの問題は相当に緩和されつつある。 

図表2 有配偶出生率(2020年)

(資料出所)総務省「国勢調査」、厚生労働省「人口動態統計」

2.東京は「ブラックホール」なのか

有配偶出生率の状況からすると、東京が子どもを産み育てる環境に恵まれない場所だというのは「都市伝説」に過ぎないということになるが、なぜこのようなイメージが持たれるのかというのは興味深い問題である。そこには「過密都市・東京」というフレーズに象徴されるような地方分散の論理が隠れているようにも思われる。東京一極集中の是正を訴える自治体のホームページ(ウェブサイトの当該欄)をながめると、東京の過密は限度を超え、通勤・通学時の電車の混雑ぶりは半端なく、地価が高いために住宅を買うのも大変だという趣旨のことが綴られている。

令和版「過疎」と「過密」の同時解消?

「東京に青空を」。これは美濃部都知事が、保守陣営から革新陣営への都政の転換を目指して1967年の都知事選に挑んだときに陣営が掲げたキャッチフレーズである。「青空」という表現には、人口の急増で過密の問題が生じる中、工場の煤煙や自動車の排気ガスによる大気汚染などの公害が深刻な問題となり、その解決に向けた対応が急務となっていた当時の状況がよく表われている。

同じ頃、地方では出稼ぎにとどまらず離農、離村をして家族全員で都市へ移転する動きが強まり(挙家離村)、過疎が深刻な社会問題となりつつあった(「過疎」という言葉が政府の公式の文書に初めて登場したのは、1966年の経済審議会地域部会の報告書においてである)。

こうした中、過疎と過密の同時解消を目指す動きが次第に強まり、それは「国土の均衡ある発展」という言葉に言い換えられて、東京一極集中の是正と地方分散が今日まで大きな政策課題とされてきた。「東京ブラックホール論」はこの系譜に連なるものであるが、高速道路や空港などのインフラ整備ではなく、少子化の問題と関連づけて過疎と過密の問題が論じられているところに大きな特徴がある。

豊島区が「消滅可能性都市」として有名になったことからもわかるように、消滅可能性都市(自治体)は「都市」(大都市圏)と「地方」(地方圏)の一方のみを念頭に置いた概念ではないが、先日公表された人口戦略会議の報告書(令和6年・地方自治体「持続可能性」分析レポート)に掲げられた自治体の一覧をみると、「消滅可能性自治体」は過疎に悩む地方の自治体が中心となっていることがわかる。これに対し、「ブラックホール型自治体」はその過半が東京都特別区だ。

東京一極集中と地方分散をめぐるこれまでの議論がそうであったのと同じように、提言に参加した人達の好むと好まざるとにかかわらず、この話は政治的な色合いを帯びることになる。人口戦略会議の報告書については、早くも複数の知事から「これは国全体の問題だ」「強力な少子化対策を望む」という声があがっている。

人口戦略会議の「一極集中」とこの問題の難しさ

今年の1月に人口戦略会議から公表された「人口ビジョン2100」も精緻な分析に基づく興味深いレポートであるが、この報告書には本文以外の部分にも有益な情報がある。それはこの会議の参加者とその所属組織のリスト(一覧)だ。

このリストをもとに、各参加者が所属する組織の本社や本部などの所在地を確認すると、28(総数)の企業・団体のうち4分の3以上(22件)の所在地が東京都特別区(23区)となっており、ここでも一極集中が生じていることがわかる。そして、このことは東京一極集中の是正と地方分散をめぐる問題の難しさを物語るものだ。

人口戦略会議に関連する組織の所在地の分布に偏りが生じているとしても、それらの企業や団体はさまざまな制約条件のもとで最適な場所を選んで立地の選択を行っているはずだから、東京の都心部への立地には十分な合理性があるものと理解される。多くの企業や団体が立地することは東京の生産性を高め、都市としての魅力を増すことにも寄与していることになる。となれば、全国各地から東京へ人が集まることにも十分な合理性がある。仮にその中に未婚・非婚を選択する女性がいたとしても、もちろんそれを制止することはできない。

「ブラックホール」である東京に全国から人が集まらないようにするということだけを考えれば、「翔んで埼玉」で描かれたように東京都に隣接する県との境に関所を設けることも一案かもしれないが、となれば、それと同時に東京の都心部に立地する企業を対象に大都市事業所税を課税したり(移転を促進)、事務所立地規制を行ったり(立地を抑制)することも考えないといけないという筋合いになる。

東京と埼玉の境に関所を設けるという提案が公的になされたことはないが、大都市事業所税は1970年代前半に、事務所立地規制は1990年代初頭に政府部内で実際に検討されたことがある。もちろん、このような取り組みがさまざまな活動に歪みをもたらさないという保証はない。

これらのことを「出生率」をめぐる実際の状況と併せて考えると、「東京はブラックホール」という議論については、相当に割り引いて受けとめないといけないということになる。もちろん、東京の都心への過度の集中にはリスクがあり、適度な分散が必要というのがコロナ禍のもとで得られた大事な教訓だから、都市機能の適正配置に向けた対応は引き続き進めていく必要がある。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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