2013.11.15

フィリピンを襲った観測史上例を見ないほど猛烈な台風30号

織部資永 参加型地域社会開発研究所

社会 #フィリピン#震災復興#レイテ島

観測史上例をみないほどの猛烈さ

『過去に類を見ないほど猛烈』(*1)と形容された台風30号(国際名:Haiyan ハイエン、フィリピン名:Yolanda ヨランダ)。

2013年11月8日(金曜日)現地時間午前4時40分(日本時間午前5時40分)、サマール島南端(東サマール州)のギワン町に上陸、そこから時速33キロで西へ進み、レイテ島、セブ島北部、パナイ島、そしてパラワン州北部へと次々と上陸し、翌9日午後3時30分に南シナ海のフィリピン担当地域外へと抜けた。

(*1)「台風30号の接近に伴う注意喚起(その3)」在フィリピン日本大使館

台風30号進路図 【出典】 “Typhoon Haiyan (Yolanda) Landfall” UN Office for the Coordination of Humanitarian Affairs
台風30号進路図
【出典】 “Typhoon Haiyan (Yolanda) Landfall” UN Office for the Coordination of Humanitarian Affairs

気象庁(日本)によると、台風の勢力は上陸時点で中心気圧895hPa、最大風速65m/s、最大瞬間風速90m/sと発表されており、これは上陸した台風としては観測史上例をみないほど猛烈なものとなる(*2)。さらに米軍合同台風警報センター(JTWC)は最大風速84.7m/s(一分平均)、最大瞬間風速102.7m/sとしており、アメリカのニュースチャンネルCNNは「ハリケーン・カトリーナとサンディを合わせたよりも強い」(*3)と表現した。

(*2)観測史上中心気圧が最も低い台風は1979年に発生した台風20号(国際名:TIP)の870hPaであるが、これは太平洋上で記録したものであり、上陸時点では弱い台風となっていた。

(*3)“Typhoon Haiyan stronger than Katrina and Sandy combined” CNN News

アメリカ海洋大気庁(NOAA)による記録(*4)を見ると4日(協定世界時3日)に発生した台風は発達を続け、フィリピンに上陸した午前4時40分(協定世界時7日20時40分)には884.6hPaという最も低い中心気圧となり、正午過ぎまでの約7時間、900hPa以下の勢力を保っていたことが確認できる。

(*4) National Oceanic and Atmospheric Administration (NOAA)

【出典】ABS-CBN Weather Centerからのキャプチャー画像
上陸直前の台風30号
【出典】ABS-CBN Weather Centerからのキャプチャー画像(*5)

(*5)ABS-CBN Weather Center

日本に上陸した台風と比較してみると、観測史上最も強烈だった室戸台風でも中心気圧は911hPaなので、在フィリピン日本大使館が『過去に類を見ないほど強烈』と表現したことにも頷ける。

台風30号による被害を受けた地域

フィリピンは大小7000を超える島々からなり、大きくルソン地域(北部)、ビサヤ地域(中部)、そしてミンダナオ地域(南部)の3つに分けられる。このうち、台風30号は中部のビサヤ地域を東から西に横切る形で通過し、ビサヤ地域のボホール島とシキホール島を除くほぼ全域(13州)、ルソン地域の一部(5州)、そしてミンダナオ地域の1州の合計19州、人口にして約1700万人が居住する広範な地域に対して、フィリピンの台風警報で最高段階にあたるシグナルNo.4が発令された。シグナルNo.4とは風速51m/s以上の風が12時間以内に予想される場合に発令される警報であり、その影響はココナツ農園に大被害を及ぼし、大木が根こそぎ倒れ、ほとんどの家屋や施設に深刻な被害が及び、停電及び通信網は大規模に断絶し、地域全体で深刻な被害が想定されるというものである(*6)。

(*6)THE PHILIPPINE PUBLIC STORM WARNING SIGNALS

今回の台風は風速51m/sどころか、瞬間最大風速100m/sに迫る暴風が吹いた。特に、台風の目が通過したサマール島南端地域、レイテ島北部(タクロバンからオルモックにかけて)、セブ島北端ダーンバンタヤン町、セブ州バンタヤン島及びパナイ島北部の被害が甚大であると考えられる。

YolandaPSWS
【出典】LEXTRIKE氏作成

台風30号による被害状況

この台風に伴う被害状況は被災から6日目の現時点(11月13日午後11時)でも未だに全貌は明らかではない。フィリピンの災害対策を取りまとめる政府機関であるフィリピン国家災害対策評議会(NDRRMC)は、被災から2日目の10日の時点では犠牲者の数を229人と発表していた。一説には1万人の犠牲者が発生(*7)しているとされている一方で、公式発表の数がこれだけだったということは、むしろ、被害規模が大きすぎて被害状況さえ正確に把握できていなかったという事態の深刻さを意味していた(発表される犠牲者の数は日を追うごとに増加し、14日午前6時の発表で2357人となっている)。

(*7) 広く報道された「犠牲者数1万人」という数字は、11月10日にフィリピン国家警察ビサヤ地方局長Elmer Soria氏が「知事との話」として語ったもの。 “’Yolanda’ kills at least 10,000, official says” ABS-CBN News

「Typhoon Haiyan Devastates the Philippines」Photo Unit http://www.flickr.com/photos/101268966@N04/10941449693/
高潮で壊滅的被害を受けたレイテ島タナワン町
「Typhoon Haiyan Devastates the Philippines」UNHCR
http://www.flickr.com/photos/101268966@N04/10941449693/

今回の被害の中心とされているのは、レイテ島の州都タクロバン市(人口20万人)であるが、その原因は高潮によるものだった。高潮とは、台風による気圧の低下による海水面の上昇(1hPa下がる毎に1cmの上昇)と暴風による海水の吹き寄せ効果により発生するものであり、別名「風津波」とも呼ばれる。台風の目の北側に位置したタクロバン市には台風の進行方向である東から西に向かって最大風速80m/sの暴風が吹付け、約5mの高潮が街を飲み込んだ。隣のサマール島とレイテ島に挟まれたレイテ湾の海水が狭い海峡部分に向けて吹き寄せられ海水面が上昇したものと考えられる(*8)。

(*8) Jonathan Amos “Ferocious winds drove Tacloban surge” BBC News

NDRRMCは各自治体に対して、海岸部は最高7mの高波に襲われる可能性があることを警告していたものの、これまで、フィリピンでの台風による大きな被害は、その多くが土砂崩れ及び鉄砲水、そして火山性のラハール(土石流)であったため、高潮への警戒が不十分であったこと、そして住民にとっては「Storm Surge(高潮)」という英語の意味が十分には理解できなかったことが被害を大きくしたと考えられる。タクロバン市では小学校に避難していた子供や老人も犠牲になったと伝えられており(*9)、被災者は口々に「まるでTSUNAMI(津波)のようだった」と当時の状況を形容している。

(*9) “Children, elderly drown as flood waters swallow Tacloban evac center” ABS-CBN News

報道では高潮により多くの犠牲者を出したタクロバンの被害が中心に伝えられているものの、タクロバンの対岸に位置するサマール島のバセイ町(人口5万人)でも同様の高潮被害が発生しており、多数の死者・不明者が報告されている(*10)。

(*10)“`Yokanda’ kills 433 in Basey town in Samar” Manila Bulletin

また、今回の台風では最大瞬間風速100m/sを超えたとされる猛烈な暴風雨による被害も甚大であった。例えば、台風30号が最初に上陸したサマール島の南端ギワン町(人口4万7千人)では、猛烈な暴風により、木製家屋からコンクリート製建造物に至るまで完全に破壊され、まるで更地のようになってしまったことが確認できる(*11)。また、台風の目が通過したレイテ島オルモック市(人口19万人)も被害の原因は強風であり、この街も木造家屋はことごとく倒壊した。同じくセブ島の北に位置する観光地としても有名なバンタヤン島(人口13万人)も家屋や木々がなぎ倒された(*12)。

(*11)“’Yolanda’ flattens Guiuan, Samar” GMA News

(*12) “Bantayan Island, 3 Cebu towns completely isolated” Rappler

しかし、8日の台風上陸時点での様子を映したテレビ映像は多くはない。フィリピンにはABS-CBNとGMAという2大テレビネットワークがあるが、当日は、レイテ島タクロバン、セブ島セブ市、それにルソン島のビコール地方など限られた地点での実況中継を行っていたのみであり、むしろ、Youtube等のソーシャルメディアにアップロードされた、個人がスマートフォンで撮影した映像が当時の状況を伝えている。

上の映像はレイテ島タクロバン市で撮影されたものであるが、風が異様な速さで吹いていたことが確認できる。

風速30mを超えると、トタン屋根が飛ばされ、木の枝が折れたり、マンゴーのような根の浅い木が倒れたりする被害が発生し、風速50mを超えると木製住宅は吹き飛び、ブロック製の住宅でも壁が破壊される被害が発生する。それが、もし、JTWCが発表するような最大風速84.7m、最大瞬間風速100mを超えるようなものとなると車が宙に舞い、建て付けの良い家やすべての木造家屋が完全に破壊されるような壊滅的な被害が出てもおかしくない。

NDRRMCの11日午前6時の発表によると、台風30号の被災者数はビサヤ地域を中心に41州で960万人(200万世帯)に達し、そのうち61万人(12万8千世帯)が避難。43万人が1444の避難所で、また18万人は野外で生活している。13日時点で全壊・半壊した家屋の合計は約15万軒とされているものの、この数字には特に被害が大きかったサマール島、レイテ島、バンタヤン島等の数字が加えられていないので、正確な数を表していない。

難航する救援・復旧活動

被災地では飛行場、道路、電気、通信網といった全てのインフラが破壊され、被災範囲がビサヤ地域全体に広がり、また、自治体によっては職員自身が被災するなどして行政機構も十分には機能しなくなっていることから、これまでの他の災害と較べても救援・復旧活動は格段に困難となっている。

フィリピンでは通常、大災害が起こると、防衛省を中心に内務省、社会福祉開発省をはじめとする政府各省庁及び関係機関の代表者から構成されるNDRRMCが災害対策をとりまとめ、各地方(リージョン)、州および市町の自治体レベルに設置されたそれぞれの災害対策評議会と連携した上で被災者の救出、避難所の設置、救援物資の配給、インフラの復旧などの救援活動を行うことになっている。また、地域コミュニテイレベルでは、最小自治体であるバランガイ(村)の役員が中心となり、救援物資の配給や復興活動を担うようになっている(*13)。

(*13)Philippine Disaster Risk Reduction and Management Act of 2010

しかし今回は、交通および通信網の断絶により、救援物資運搬どころか、被害状況の特定もできていない状況にあり、さらには、被災地自治体の所有していた重機やトラックなど、救援・復興活動に用いられるべき資機材が大破。また、地域によっては全家屋が壊滅し、もといた地域にいられないという状況が生まれている。タクロバン市では救援物資の運搬に使えるトラックが一台しか残っておらず、市内138のバランガイのうち物資を配給できたのは1日で2カ所にすぎない(*14)。

(*14)ABS-CBN News  2013年11月13日放送

台風が最初に上陸した地点から近い東サマール州ヘルナニ町 「Residents walk past debris, East Samar, Philippines」Oxfam International http://www.flickr.com/photos/oxfam/10868094615/
台風が最初に上陸した地点から近い東サマール州ヘルナニ町
「Residents walk past debris, East Samar, Philippines」Oxfam International
http://www.flickr.com/photos/oxfam/10868094615/

こうした状況に対し、アキノ大統領は11日午後、国家災害宣言を発令し、これまでに準備してあった187億ペソ(約430億円)に加え、新たに11億ペソ(約25億円)を緊急対応費として社会福祉開発省および公共事業省へ支出することを決定した(*15)。

(*15)“Aquino Declares state of national calamity” Inquirer News

現時点では未だ何の情報も入って来ていない被災地が多数あり、もちろん、そうした地域には政府の救援物資も届けられていない。被災地からの情報がないことは、それだけ被害が大きいことを意味しており、今後、それらの遠隔地に援助関係者が到着するにつれて発表される被害規模がさらに拡大することも予想される。

災害からの復興は、災害から「命を守る」ための緊急段階、避難所での生活を支援し「一時的な生活を確保」する応急段階、そして日常生活へと復帰してゆく復旧・復興段階といったフェーズの違いがあるが、フィリピンの被災地は現在はまだ緊急・応急段階にあり、一日も早く圧倒的な物量投入による緊急援助を行う必要がある。被災地では家も、食料も、飲料水も、薬も、衣服も確保できていないところが多く、被災後「この3日間何も食べていない」「台風では生き残ったが、このままだと餓死する」と口にする被災者がニュースに映しだされている。

壊滅的被害を受けたタクロバン市の南に位置するパロ町(人口6万2千人)でも12日の時点で何の援助も届いていないと報道されており(*16)、また、甚大な被害を受けた地域の一つ、レイテ島オルモック市に政府の救援物資が到着したのは被災から6日目の13日であった(*17)。現時点では被害が甚大な地域ほど、被害状況も把握できず、また、救援物資も届かないという状況が生まれている。

(*16)ABS-CBS ”Bandila” 2013年11月12日放送

(*17)ABS-CBN “Bandila” 2013年11月13日放送

チャリティの機運が高まるフィリピン

フィリピンでは政府はもとより、NGOやテレビ局が精力的に救援活動を行っている。社会福祉開発省は被災地へ送るための救援物資の袋詰作業場を首都圏マニラ、ミンダナオ島ダバオ市、セブ島セブ市、パナイ島イロイロ市などに設け、連日、学生や社会人、多くのボランティアが駆けつけ、24時間体制での作業を行っている。テレビ局であるABS-CBNおよびGMAはそれぞれの持つ社会奉仕財団を通して寄付の受付と救援物資の仕分け作業を同じく多くのボランティアの協力により行っている。多くの大学でも募金や寄付の受付が行われ、テレビタレントや有名バンドによるチャリティ・コンサートやガレージセールなども開催されている。こうした動きはこれからチャリティの機運が高まるクリスマス・シーズンに向けてさらに加速するだろう。

国際的な支援も活発になってきた。11日には米軍部隊が現地入りし、救援物資の運搬を開始(*18)するとともに、今後、さらなる増援が予定されている。13日までに少なくとも31カ国および5つの国際機関がフィリピンへの支援を表明し、その総額は38億ペソ(約87億円)に達する(*19)。日本政府も12日、国際緊急援助隊・医療チームの派遣等に加え、1000万ドルの緊急無償資金協力を行うことを決定(*20)し、13日には最大1000人規模の自衛隊員の派遣に向けた準備を進めていることを明らかにした(*21)。

(*18) US marines in Philippines typhoon rescue race

(*19)PNoy thanks countries and donors giving aid, assistance to Yolanda victims

(*20)官房長官記者会見 2013年11月12日

(*21)「比支援へ千人規模の自衛隊員派遣を準備…防衛相」 読売新聞

また、日本赤十字をはじめとして、数多くのNGOが被災者の支援に向けての募金活動を開始し、現地へスタッフを派遣するなどして支援活動を行っている。これらフィリピン国内のみならず、国際的な政府、個人による支援が一日も早く被災者の手に渡ることを願いたい

参考

「台風30号の接近に伴う注意喚起(その3)」在フィリピン日本大使館

http://www.ph.emb-japan.go.jp/pressandspeech/osirase/2013/110713.html

“Typhoon Haiyan (Yolanda) Landfall” OCHA

http://reliefweb.int/map/philippines/philippines-typhoon-haiyan-yolanda-landfall-08-nov-2013-5pm

“Typhoon Haiyan stronger than Katrina and Sandy combined” CNN News

http://www.youtube.com/watch?v=8UJW84Fqhgw

 

National Oceanic and Atmospheric Administration (NOAA)

http://www.ssd.noaa.gov/PS/TROP/DATA/2013/adt/text/31W-list.txt

LEXTRIKE “Super Typhoon Yolanda”

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/52/YolandaPSWS.png

THE PHILIPPINE PUBLIC STORM WARNING SIGNALS

http://kidlat.pagasa.dost.gov.ph/genmet/psws.html

 Jonathan Amos “Ferocious winds drove Tacloban surge” BBC News

http://www.bbc.co.uk/news/science-environment-24903698

 “Children, elderly drown as flood waters swallow Tacloban evac center” ABS-CBN News

http://www.abs-cbnnews.com/focus/11/09/13/children-elderly-drown-waters-swallow-tacloban-evac-center

`Yolanda’ kills at least 10,000, official says” ABS-CBN News

http://www.abs-cbnnews.com/nation/regions/11/10/13/philippines-estimates-least-10000-died-yolanda

 “`Yokanda’ kills 433 in Basey town in Samar” Manila Bulletin

http://www.mb.com.ph/yolanda-kills-433-in-basey-town-in-samar/

 “’Yolanda’ flattens Guiuan, Samar” GMA News

http://www.gmanetwork.com/news/photo/48227/yolanda-flattens-guiuan-samar

 “Bantayan Island, 3 Cebu towns completely isolated” Rappler

http://www.rappler.com/nation/43319-cebu-municipalities-isolated

Philippine Disaster Risk Reduction and Management Act of 2010

ABS-CBN News  2013年11月13日放送

“Aquino Declares state of national calamity” Inquirer News

http://newsinfo.inquirer.net/525395/aquino-declares-state-of-national-calamity-2

ABS-CBS ”Bandila” 2013年11月12日放送

US marines in Philippines typhoon rescue race

http://news.yahoo.com/us-military-joins-philippines-typhoon-rescue-race-105127682.html

官房長官記者会見 2013年11月12日

http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201311/12_a.html

「比支援へ千人規模の自衛隊員派遣を準備…防衛相」 読売新聞

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20131113-OYT1T00999.htm?from=ylist

プロフィール

織部資永参加型地域社会開発研究所

参加型地域社会開発研究所 フィリピン事務所長。大学在学中よりNGO活動に取り組む。96年よりフィリピンへ渡り、開発援助研究および参加型開発事業に従事。住民参加型・地域主導型地域社会開発事業に携わる一方、2006年11月のTyphoon Reming(台風21号)、09年5月のTyphoon Emong(台風2号)では台風被災者支援活動に取り組み、09年9月のTyphoon Ondoy(台風16号)では筆者自身がマニラで被災。日本福祉大学・福祉社会開発研究所研究員、JICA草の根技術協力事業・プロジェクトマネージャーなどを歴任。専門は参加型地域社会開発。

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