2014.05.02

大改革案:地域医療・介護総合確保推進法案を考える

結城康博 社会保障論 / 社会福祉学

福祉 #地域医療#介護

今国会で審議されている「地域医療・介護総合確保推進法案(地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律案)」は、これまでの慣例にない、医療法と介護保険法の改正案をセットで議論するもので、野党からは「性質の異なる分野の法改正をまとめて審議することに違和感を覚える」といった批判もあり、注目度が増している。

確かに、医療と介護は表裏一体であり、両者をセットで議論することは間違いではない。しかし、今回の介護保険法改正案は、2000年に介護保険制度が創設されてから、2度目となる大改革案であり丹念な議論が必要不可欠である。

前回の2011年の介護保険法改正の内容であれば、小幅にとどまるため医療法とセットで審議することも効率的であっただろう。しかし、今回の改正案の中身は、高齢者にとって大きな影響があり、セットで議論されると論点が絞れず好ましくない。その意味では、法案審議の方法論としても粗い印象を受ける。

医療法改正における基金の創設

医療法の改正のポイントとしては消費税増税分の一部を財源に(約900億円規模)、都道府県に基金を設け医療関連人材確保の方策を打ち出すこととなっている。具体的には、「医療従事者等の確保・養成」「看護職員等確保対策」「在宅医療(歯科を含む)の推進」などが使途目的である。

消費税引き上げ分によって医療施策に財配分する法改正は、一定の評価ができる。とくに、医師や看護師といった人材確保に診療報酬以外で財源確保がなされることは重要である。

いっぽう2014年診療報酬改定においては、消費税5%から8%の引き上げに伴う薬価や医療材料の仕入れ負担増などへの対応として、診察報酬が1.36%(診療報酬本体0.63%+薬価・医療材料分0.73%)引き上がった。しかし、消費税増税分を加味しなければ、診療報酬本体は0.1%の引き上げにとどまり、薬価・医療材料分は1.36%引き下げとなった(結果的にマイナス1.26%引き下げ)。

graph1

結果的に、基金は創設されたものの診療報酬本体部分の引き上げはわずかであったため、今後の医療施策の拡充は期待できないと考える。

病床区分の変更

また、今回の法律改正に伴う医療制度改革においては、「急性期医療」をはじめとする医療機能の分化の方向性が示された。具体的には、従来の一般病院である急性期病院を高度なものと、そうでないものに区分けし、病床を再編することが盛り込まれた。

そして、退院において「在宅復帰率」という数値が病院経営で本格的に導入され、結果的に患者側にすれば、さらなる退院促進が迫られる可能性が見受けられる。

地域医療・介護総合確保推進法案の骨子は、在宅医療・介護の促進であるため、医療法改正のねらいは入院医療の短縮化にある。しかし、現在でさえもベット回転を高めるなどを理由に、病院をたらい回しにされてしまう「患者難民」といった問題が顕在化しており、行き場のない患者がさらに増えるのではないかと懸念される。

改正介護保険制度の要支援者への影響

次に、改正介護保険制度について考えてみると、政府案は利用者目線が薄い印象を受ける。とくに、要支援1・2が対象となる現行の「予防給付」においては、介護保険制度内とはいえ、訪問介護(ヘルパ-)と通所介護(デイサービス)が市町村の「地域支援事業」に移行されることになった。「給付」と「事業」では明らかにサービス形態、活用方法、理念などが異なる。とくに、「給付」は国の基準で決定されるが、「事業」は保険者である市町村の裁量が強くなる。その意味で、改正後、全国画一のサービスが保障されるかは未知数だ。

まして、ボランティアやNPO法人などの社会資源も、大きな比重を占める施策になっている。今後、制度改正によって要支援者における「訪問介護」「通所介護」部分の財源の伸び率が抑制されるため、財政が苦しい自治体ではサービスを絞ることは当然予測される。また、ボランティアなどのマンパワー不足問題も懸念材料としてあげられる。

なお、「給付」ではないので、介護事業所は当該自治体とのやりとりが重要となる。これまではサービス提供方法や人員基準など、一定の全国統一的なルールで事業を展開してきたが、いわば「介護サービスの地方分権化」によって、当該の市町村のルールに則って事業を展開することになる。もちろん、国もガイドラインを設けているため、それらの動向も重要ではあるが、同時に市町村のルールにも注意しておかなければならない。

はじめての自己負担2割導入

今回の改正では初めて、所得額が一定以上の高齢者の介護費自己負担割合を、1割から2割に引き上げることになっている。政府案では、年収280万円もしくは290万円がカットラインとなっている。

筆者は2割負担導入に関してはやむなしと考えるが、所得水準の線引きは慎重にすべきと審議会では意見した。今後、年金額が伸び悩む一方で、介護や医療の保険料は定期的に上がっていく。消費増税もあり、高齢者の可処分所得は確実に目減りするであろう。そうした中で利用者負担が2倍になれば、週2回使っていたデイサービスを週1回に、週3回利用していたヘルパーを週2回に、と利用を手控える高齢者も出てくるだろう。

介護サービスの利用を手控えた結果、重度者が増えることになり、かえって財政が逼迫してしまうのではないか。確かに、2割負担の導入などによって一時的には厚労省の試算どおり財源が節約できたとしても、中長期的にはかえって費用がかさむおそれがある。2割負担は、まず医療保険の現役並み所得(単身で383万円、夫婦で520万円以上)に限定し、政策効果を確かめながら徐々に広げていくべきだと考える。

保険料徴収の標準段階見直し

今回の改正では、第1号被保険者の保険料段階の見直しも実施される。具体的には「所得の再分配」の幅を拡げるため、国基準を6段階から9段階に見直す提案が厚労省から出された。新1段階で標準保険料の0.3倍となり、新9段階で標準保険料の1.7倍となる見通しである。

現行でも市町村(保険者)の創意工夫で多段階保険料設定が導入されているが、新制度によってさらに多段階設定の幅が拡げられ、市町村格差が生じると考えられる。

なお、一定所得者以上の高額介護サービス費の利用者負担限度額の見直しも実施される見通しである。現行では所得に関係なく37200円が限度額の最高となっているが、改正後は医療保険制度に当てはめて現役並み所得の被保険者は44400円に引き上げられる。

保険外サービスとの関連

今回の改正案では、サービス付高齢者向け住宅(サ高住)が「住宅地特例」の適用対象となることがあげられている。

保険サービスと保険外サービスを組み合わせて利用する際、介護事業所が必要のないサービスまで提供して利益をえようとする可能性がある。例えば、介護施設を提供している事業所が利用者と賃貸契約を結ぶときに、併せて入居者に介護保険サービスを提供させた場合、それが利用者にとって必要かつ効率的なサービス提供であれば問題ないが、必要ないサービスまで提供されるおそれがある。それによって「過度な供給が需要を生む」といった流れに拍車がかかることが考えられる。

その意味で、介護事業所は適切な「ケアマネジメント」「サービス調整」などに心がけていくべきで、利潤追求主義に陥らないように、あくまで適正な利潤を考慮に入れながら事業展開していく必要がある。

介護保険サービスは、「準市場」であり「完全市場」ではないため、過度な競争原理によって無駄な給付費を生じさせる危険性をはらんでいる。つまり、これまで以上に事業所の倫理観が問われるといえる。

市町村の力量が焦点

今回の改正で大きな役割が課せられるのが、市町村(保険者)であると言える。政府(厚労省)からの裁量権が市町村にかなり移譲されることで、保険者の役割が焦点となる。

筆者の感覚では、介護保険利用者が約1500万人もいる一方で、介護施策に力量のある市町村は全体の2割程度であり、あとの8割は事務的に介護業務をこなしているに過ぎない。市役所等の組織運営では人事異動も頻繁で、水道局とか図書館に従事していた職員が介護部署の担当者になっている。

今後、数年間で市町村が介護現場力を備えられるとは考えにくい。つまり、多少乱暴な言い方をすれば、利用者はよいサービスを受けられるかどうか「運次第」になってしまう。

とくに、今回の改正で「地域ケア会議」の法制化の方向で進む市町村の「地域づくり」に差が生じるであろう。その意味で、今後、国によるガイドラインが示される予定であり、市町村はそれに沿って業務を着実に遂行できるかが焦点であり、その動向について注視が必要である。

その他

既述の外にもいくつかの改正事項はある。例えば、特別養護老人ホームの入所要件の厳格化ということで、原則、要介護3以上からとなった。しかし、要介護1・2であっても、市町村が主体となって決める例外規定と、それに伴う各施設の入所判定員会において、入所申込できる場合もあるので、地域ごとの動向について注視する必要がある。

また、介護人材不足といったマンパワー対策も重要だが、今回の改正では抜本的な内容は盛り込まれなかったので、これまでどおり地道に魅力ある介護職場づくりに心がけ、離職率を減らしていくしかいであろう。

まとめ

いくら政府が在宅医療・介護を促進する法改正に努めても、人材育成の視点で改革がなされなければ机上の空論に終わるであろう。

例えば、現在、在宅医(総合医)としての教育システムは十分に確立しておらず、一部の先駆的な医師に在宅医療は依存されている。とくに、医師の多くは介護部門と連携する姿勢が薄い印象を受ける。もう少し地域のなかでの開業医の意識づけが必要であろう。

また、既に述べたように介護人材不足対策は不十分であり、例えば、介護福祉士の養成課程に准看のカリキュラムを入れ、現在の短大教育を3年に延長し、介護福祉士を准看レベルの医療行為ができるような大改革が必要ではなかったのではないだろうか。

そうなれば、看護師不足もかなり解消される一方、介護福祉士の賃金も上がり介護人材も集まると考える。その意味では、人材確保対策は盛り込まれ一定の評価はできるものの、やはり本改正では不十分であった。

いずれにしても、今回の法律改正は大きな内容が盛り込まれている。今後の国会の動きを注意深く見ていく必要がある。

サムネイル「AWARD AND INVITE BLINK AGAIN LEVEL 1」Jason Rodhouse

http://www.flickr.com/photos/gagam13/12743138564

 

プロフィール

結城康博社会保障論 / 社会福祉学

淑徳大学総合福祉学部教授。淑徳大学社会福祉学部社会福祉学科卒業。法政大学大学院修士課程修了(経済学修士)。法政大学大学院博士課程修了(政治学博士)。社会福祉士・介護福祉士・ケアマネジャー。地域包括支援センター及び民間居宅介護支援事業所勤務経験をもつ。専門は、社会保障論、社会福祉学。著書に『日本の介護システム-政策決定過程と現場ニーズの分析(岩波書店2011年)』『国民健康保険(岩波ブックレットNo.787)』(岩波書店、2010年)、『介護入門―親の老後にいくらかかるか?』(ちくま新書、2010年)、『介護の値段―老後を生き抜くコスト』(毎日新聞社、2009年)、『介護―現場からの検証』(岩波新書、2008年)など多数。

この執筆者の記事