正当性と正統性

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不信任・問責と正統性

 

正当性が満たされていないことと正統性の問題とは、直結していない。統治者が被治者に対して服従を要求する根拠を欠いているという、つまり不信任決議・問責決議の根拠は、したがって正統性の問題でなくてはならない。正当性の欠如のみを根拠にできるのなら野党は(つまり彼らの視点からはほぼつねに政府の政策は不当だということになるであろうから)たちまちに不信任決議を提出するだろうということでもあるし、そもそも不満があっても決まったことは守るというのが民主政の前提として組み込まれていたはずだからという説明の仕方もある。

 

不信任決議案の否決を受けて、西岡武夫・参議院議長が「所感」を発表したそうである。通読したが基本的にはすべて現在の菅政権のしていること、あるいは同決議案採決前後の対応が正しくないとか、それが首相個人の能力不足に起因しているということであって、つまり正当性の問題である。そんなことを理由にしていいのであれば野党には最初から菅総理は無能だという評価を持っていた人も多いだろうから、何もいままで待つこともなかったということになってしまうだろう。参議院において議事運営のルールを破ったとか、つまり正当性をめぐる議論から中立な・正統性に関わる問題があったのなら議長として批判することも正当だろうが、これでは特定の正当性にコミットしていると批判されてもやむを得まい。

 

一方、北沢俊美・防衛相は「所感」に対して、同じ民主党なのだから問題があれば首相に是正を要求すべきだと批判したという。これについても、会派から離脱していることに象徴的に示されているように《対立する諸党派からの中立性》ということが議院における議長の権威を支える正統性の根拠であることを考えれば、やはり正当とは思われない。要するにふたつの正しさと「せいとうせい」の違いに鈍感な人々というのが政治内部のあちらこちらにもいるものだ、ということなのではあろう。

 

だが、では菅政権の現状には正統性の観点からの問題はないのだろうか。ここからはまた少し別の話になる。

 

 

推薦図書

 

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民主政が合意にもとづく統治だというのはじつは「便利な嘘」にすぎない、多数派による少数派支配の制度化であるということを正面から認めた上で、人民の欲求の忠実な実現をその目的とする「反映的民主主義」と、悪政に対する批判可能性を担保することを重視する「批判的民主主義」の対比によってさまざまな民主政のあり方を分析しようとする。コンセンサス社会日本の変革について論じる部分はとくに、その後の局面に立つ現在のわれわれにとって示唆的である。

 

 

 

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