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ポピュリズムが民主主義を危機に晒すのではない、民主主義が危機だからこそポピュリズムが起こるのだ

 

既存の民主主義のあり方や制度によって「人々」が不利益を被っていると感じるとき、「人々」は原初的な民主政治における社会契約を更新しようとする。そうした意味において、ポピュリズムは現代の民主政治のリトマス試験紙のようなものだ。

 

つまり、ポピュリズムによって必ずしも民主政治が危機に陥るわけではない。「民主主義という約束」(ノルベルト・ボッビオ)が果たされなかったときに、ポピュリズムが頭をもたげるのだ。ポピュリズムとは民主主義の「内破」なのである。それゆえに、この本は「民主主義への再入門」を副題としている。

 

政治理論家エルネスト・ラクラウは、ポピュリズムが政治エリートのヘゲモニーが揺らぐときに発生すると指摘している。そして、相互に関連をもたないがゆえに平等な地位にある社会のなかの様々な要求が、新たな政治モードによって結束させられるとき、ポピュリズムが生起するのだという。彼の言葉を借りれば、既存の政治の枠組みが揺らぎ、ラディカルな民主主義が現われるとき、それはいつの時代もポピュリスト的たらざるをえないのである。

 

このことは、ポピュリズムは必然的に特定の政治リーダーを頂く政治現象であることを意味している。そのため、この本では、政治的リーダーシップ論や近年先進デモクラシーに共通してみられる「大統領制化」の現象についても言及し、ポピュリズムにおける「政治的カリスマ」がはたす役割にも注目している。

 

そもそもポピュリズムは「右=保守」のものでも「左=革新」のものでもない。むしろ、エリート同士による保守と革新の政治対立が「みせかけ」にすぎず、「真」の解決策を提供しないことを告発するような「否定の政治」を核心にしている。それゆえ、多くの極右政党は政治の主流から疎外されるようになった労働者層の支持をとりつけ、また極左も反グローバル化や貧困問題を梃子に「サイレント・マジョリティ」を動員しうる。ポピュリズムは、硬直しきった政治を揺り動かす民主主義の起爆剤として作用する。

 

もちろん、ポピュリズムにも負の側面がないわけではない。とりわけ、不可逆的な社会的紐帯の欠落を、政治リーダー=ポピュリストとフォロワー=サイレント・マジョリティとの情念による結びつきによって回復しようとし、様々なシンボルや記号でもって「敵」を作り上げることで政治的動員を図ろうとすることは、場合によっては危険な方向へ共同体を向かわせる。

 

しかし、本来的なポピュリズムは、共同体の内部の異質性を包摂しつつ、これに新たな集団的なアイデンティティを付与することで、民主主義をいま一度活性化する作用をもつ。そのために必要な条件は、まず「リベラリズム(自由主義)」という、現在の政治経済のモードの土台となっている理念を今一度精査し、その上で、どのような「参加の論理」を紡ぎだすかにある。

 

ポピュリズムは、ポピュリズムを唾棄することでもって胡散霧消などはしない。そうではなく、なぜポピュリズムが生じるのかについての冷静な現状判断を、民主政治を通じて考察し、その上でそのポテンシャルに思いをめぐらせてみること――もはや不可避となったポピュリズムの時代において必要なのは、そのような政治的意思なのである。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

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