民主主義は問題解決にならないか

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「タブー」はあるか

 

論理的には、このほかにも色々な手段が考えられる。しかし、民主主義の機能不全という点に関してもっとも強力な処方箋のひとつとして、政治的参加の経路と動機を断ち切る、というものが残されている。つまり、民主主義がひとつの決定を下すに際して障害となるのは、共同体の構成員の1人1人が何らかの利害を有しているからである。現状維持から脱して、物事を決定する場合、多かれ少なかれ既存の利害関係を組み直すことが必要とされるから、当然その決定に抵抗し、異議申し立てを行う動機が生まれる。歴史的にみた場合、フランコ体制下のスペインや東南アジアの「開発独裁」といった、いわゆる「権威主義体制」と呼ばれた政体は、これに近い。

 

すなわち、政治的な異議申し立ては徹底的に(場合によっては暴力的手段によって)排除されるから、人々は公的権威によって保証されている基本的生存権・社会権を超えて、政治参加を行おうとはしないのである。少なくとも、民主的意思決定が下されるプロセスにおける「ノイズ」も「抵抗勢力」も排除されるから、瞬時性と効率性という意味では、民主主義(ここでいう民主主義とは、包摂と抵抗の契機双方を持ち合わせる「ポリアーキー」ということになる)よりも勝っているかもしれないのである。

 

実際、昨今喧伝されるように、少なくとも公的な政治参加に関心を持たない有権者は、若年層を含めて増えつつある。この傾向が続けば、政治参加の回路そのものが空洞化する可能性もあるかもしれない。

 

ちなみに、民主制度から一旦権威主義体制へと移行した場合、外部からの影響なしにふたたび民主制を回復した事例は、歴史的にみてフランスの第五共和制(ドゴール大統領)しかなかったというのが、多くの専門家の診断である。つまり、いったん権威主義体制を採用した場合、民主化を行うのはきわめて困難であるというのが少なくとも経験則である。

 

以上のように考えると、今の状況下で、なぜ改めて「民主主義」かということを突き詰めて考える必要が出て来るように思える。

 

 

敢えて「民主主義」の3つの理由

 

その答えも、差し当たって三つある。

 

ひとつは、民主主義は原則的に持続可能な政治体制であるという点にある。民主主義は自由主義の伝統と組み合わさったことによって少数派の権利の擁護という特質を持つ。少数派の権利が擁護されなければならないのは、規範的な意味もあるが、他方で現在の多数派が誤った判断を下して共同体の厚生が損なわれてしまった場合、その有力なオルターナティブを提供するという、機能的特性を持っているからである。次元は異なるが、英国政治において「野党(オポジション)」が公式的な地位を与えられているのは、一定の振幅に収まる政権交代によって異なる政策体系を打ち出すことの重要性が理解されているためだ。

 

もうひとつは、立場の互換性を前提とした平等の論理を内包しているからである。主権者の立場は、フィクショナルにではあるが、民主制においては互いに平等であることを原則としている。それが民主制を民主制たらしめている品質保証のようなものなのだ。そうすると、共同体に何らかの深刻な危機が発生した場合、そのダメージは主権者によって平等に分かち合わなければならないという原則が機能することになる。なぜなら、立場や権利が平等であることを保証するためには権利とともに負担においても平等でなければならないという、トートロジーを民主主義は持っているからだ。この原則は、民主主義を改変するのではなく、むしろその特性を徹底させることが自分にとっての負担を緩和するというロジックにつながることになるのである(今さらだが、だから赤木智弘の「若者を見殺しにする国」でのテーゼは、戦争による死という究極の「平等的な状態」を仮想する民主主義擁護論なのである)。

 

最後に、現代の流動的かつ自己言及的な「第二の近代」において、民主主義はもっとも適合的な政治の形式と論じることも可能である(宇野重規・田村哲樹・山口望『デモクラシーの擁護 ―再帰化する現代社会で―』ナカニシヤ出版)。個人の行動選択に際しての「意味供給源」が枯渇し、公的領域の衰退による問題が山積し、多様な価値観の間での衝突が現代社会の特徴であるならば、解答のない世界において解答を暫定的に協働して作り出していくのが民主主義の持つポテンシャルなのである。第一の点とも関わるが、不確実性が増大する近代であるからこそ、民主主義が内在させている多様性がフィットするのである。

 

不十分ながらも、民主主義という政治システムについての貸借対照表をつくってみた。その限りでいえるのは、民主主義は欠点と同じ程度に長所も持っているということである。そして、欠点を克服する以上に、政体が持つ長所の潜在性を発掘していくことも、「民主主義という問題」を解くのに必要であり、何よりもそれを可能にするのが民主主義なのでもある。今、必要なのは、民主主義をひとつの「問題」ではなく「解答」へと持っていく意思である。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.267 

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