日本経済停滞の脱出策を政治学から考える ―― 選挙と利益誘導の関係

ただ乗り問題

 

ここで、政権与党の座にある政治家の側から選挙を眺めてみましょう。

 

権力の座を維持するのはそれなりに大変です。支持率はマスコミの報道によって乱高下します。どんなときでも選挙に勝てる体制を整えるためには、広く一般に支持を呼びかけるだけではダメなのです。だからこそ、継続的に確実に投票してくれる支持者をもつ必要があるのです。

 

では、支持基盤を養うためにどうすればよいでしょうか?

 

自分に投票してもらった見返りに、支持者に何らかのかたちで利益を分配することは、利益誘導そのものです。自民党はこの利益誘導によって、長く政権の座に あったと考えられています。つまりフダとカネを交換する行為に他ならないのですが、これは口でいうほど簡単ではありません。

 

まず政治家の側からみたら、特定の有権者が自分に投票してくれたかを検証するのは容易ではありません。有権者の側からみれば、政治家が自分に利益を供与する約束を守るかは、不安で仕方がないことでしょう。

 

まず、有権者が自分に確実に投票したことを確認するためには、何らかの監視ネットワークを構築する必要があります。ただでさえ、建前としては秘密投票原則が あり、誰が誰に投票したかはわからないことになっています。誰が誰に投票したかまったくわからない状況なら、心の底では野党を支持している有権者なら、分 配される利益だけせしめて、野党に投票するのが合理的です。

 

さらに、自分に投票してくれた人に利益を分配するにはどうすればよいでしょうか。政治家がこのような約束を実施するためにはそれなりのコストがかかります。できることなら、何もしないで票だけもらえたらと考えるのではないでしょうか。

 

選挙での支持の見返りに、現金や物品を提供する、あるいは酒食でもてなすなどの行為は、公職選挙法で禁止されており、違反で検挙されるリスクを考えなければなりません。自ら好んでスキャンダルの餌食になり、失脚することを選ぶ政治家はいません。

 

反面、利益が誰にでも及ぶような政策を取れば、感謝されるかもしれませんが、確実に票が入るとはかぎりません。たとえば景気がよくなれば、与党の支持者にも野党の支持者にも恩恵が及びます。新幹線が開通すれば、野党の支持者も与党の支持者もこれを利用することができます。

 

つまり、有権者の側も政治家の側も、「ただメシ食い」あるいは「ただ乗り」問題が発生する可能性につねに直面しながら、どのようにして票と利益を交換するかを考えなければならないのです。ここに、利益誘導政治にまつわる問題の根幹があります。

 

 

日本型選挙の特殊性

 

日本の選挙、とくに自民党の集票マシーンは、ただ乗り問題が発生しないように考え抜かれたものでした。実際のところ、日本の選挙運動は秘密投票原則を乗り越 えて、誰が誰に投票したかを把握するための活動に他なりませんでした。後援会名簿を手がかりに、電話かけをして投票を依頼するとともに、投票意向を探る。 投票所で、後ろを隠すカーテンもない状況で、肘の動きを頼りに誰に投票したか探る、程度の差こそあれ、こうした監視態勢が敷かれることになりました。

 

一方で政策便益の提供では、与党の支持者にのみ利益が発生するような政策が好んで選ばれることになりました。たとえば農業を保護する政策は、米価を維持するものから、徐々に減反への奨励金と公共事業を組み合わせたかたちに変化していきました。

 

全国一律に生産者米価を設定した時代、与党である自民党を支持していた農家だけでなく、社会党や共産党を支持していた農家にも、等しくその恩恵が及びまし た。この時代、農村には少なからず野党を支持する農家がいました。農協の組合長が社会党員だった地域も珍しくはありません。

 

これは、与党からみれば望ましい状況ではありません。自分に投票してくれない人は締め出し、選挙の支持の見返りに利益を発生させるためには、ただ乗り問題が発生しない かたちをとらなければならないのです。つまり、公共事業や就職の斡旋などの方法を取った方が有利であり、実際にときが経つにしたがい、政策の重心はそうし た方向に変化していきました。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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