選挙よ、これからどこへ行く――ネット選挙から公職選挙法まで語りつくす

部分社会の声しか届かない

 

松田 公職選挙法が1950年に制定されてから、何度も改正はされていますが、基本的な内容はほとんど変わっていません。今回のネット選挙解禁が、63年間の歴史の中で一番大きな変化だったと思います。

 

私は、ネット選挙が当たり前になっていくことで、若年層の政治への関心が高くなることを期待しています。基本的に投票率は世代が上がるごとに増加していくものです。20代が一番低く、30代、40代……と、年代に比例して上昇していきます。参院選は投票率が下がったので、ネット選挙に投票率を上げる効果はなかったという論調もありますが、昨年末の衆院選や都議選の下げ幅に比べれば、思ったより下がらなかったと思っています。

 

とはいえ、現場で感じたのは、結局、ネット選挙解禁は現行の公職選挙法の+αに過ぎないということです。政治活動期間は使えていたものを、選挙期間中も使えるようにしたというだけなので、その効果は限定的に捉える必要があると思います。

 

荻上 現場で変化したことはありますか。

 

松田 一番の変化は、選挙の情報公開が進んだ点です。これまでは、公職選挙法の縛りがきつく、選挙期間中のPR活動が大きく制限されてきました。その結果、有権者は一番選挙の情報が必要な時に、ろくに候補者の情報を受け取ることができないというとんでもない状態になっていました。

 

荻上 「公職選挙法のしばり」とは具体的になんですか?

 

松田 選挙期間中には、候補者の名前や顔写真の入った印刷物や看板の類には、その量と配布や掲示の方法などについて厳しい制限があります。例えば選挙ポスターであれば、基本的に掲示板の置いてある場所にしか貼れませんし、ビラなどの枚数も制限されています。ほとんどの選挙で、配布が認められた印刷物の枚数は有権者数にまったく足りていないんです。都知事選なんて顔と名前が入っているビラは30万枚しか配布することができませんし、個別訪問やポスティングも禁止で新聞折込はOK。有権者数は900万人以上いますし、新聞を購読していない世帯もあるのにおかしな話です。

 

候補者が個人演説会というイベントを開催する際、日時や場所を書いたビラを陣営が作成して、配ることもできませんでした。「荻上チキ個人演説会」と書くと、候補者名が記載されてしまい、法定外文書図画になってしまうからです。ネット選挙解禁前は、コンピューターのディスプレイに表示されたものも文書図画に値するということで、ホームページやSNSでの告知も禁止されてきました。有権者が候補者の演説を聞きたいと思ってホームページも見ても載っていない。自分で事務所に問い合わせないといけないと分からなかったんです。わざわざ電話してくる人なんてほとんどいませんよね。

 

荻上 有権者も断片的な情報しか得られなかったということですね。ビラの枚数が制限されているならば、政治家自身が情報を発信するというのが難しかった。

 

松田 そうなんです。ネット選挙が解禁されて、ようやくインターネットで情報提供することができるようになりました。ビラやポスターのPDFをホームページにアップロードし、有権者にダウンロードしてもらうこともできるようになりましたし、どこで演説をするのかといった情報も、ホームページでもSNSでも発信できるようになりました。これは小さいけれど大きな一歩です。実際に現場にいると、「Twitterやfacebookを見て演説を聞きにきました」という人にも会いました。これまで以上に、候補者の演説を聞きたいと少しでも興味を持ってもらった人に届くようになりました。

 

候補者の選挙期間中の動きが可視化されたのも大きなポイントです。選挙期間中に候補者や事務所がどのような動きをしているのか、有権者からは非常に見えにくかったのですが、ネット選挙解禁にともなって日々の動きや事務所の様子もどんどん公開され、有権者にも選挙がどんなものか、少しは知ってもらえるようになったと思います。

 

荻上 今までは、リタイヤした世代と、働いている現役世代では圧倒的な情報格差があったように感じます。そこが、ネット選挙の導入によって縮められた部分もあったのでしょうね。

 

また、電話などでしか告知をしない場合、自分の電話帳の中に入っている、「特定市民」ばかりを意識するようになり、彼らの声がより政治家自身にとっても大きくなってきますよね。

 

今までは組合や組織が部分社会の声を届けてもらうための装置として政治家を活用していました。政治資金を援助してもらったり選挙協力をする代わりに族議員としてやってもらっていた。この関係を覆さなければいけないと、ぼくは考えているのだけど、その為には、選挙制度そのものを変えなければいけない。

 

部分社会だけに耳を傾けるのではなくて、その他大勢の声も取り上げていくような、積極的なヒアリング装置として政治家が動けるような選挙システムじゃないといけないと思います。それは同時に、漠然とした全体の声ではなく、部分社会の声にもまた、耳を傾けられる形でなくてはいけない。そもそも、公職選挙法の設定自体が、政治に関心の高い部分社会だけを相手にしようというものですよね。部分社会にしかアピールしないからこそ、ビラの枚数が限られていても問題が無かった。

 

ネット選挙はその他大勢の声を届ける手段としての役割を部分的に果たす可能性があると感じました。しかし、ネット選挙を解禁しろという人も、公職選挙法そのもの設計には目が向いていないというイメージがあります。

 

松田 今回、そこまで議論が深まりませんでしたね。散々不安や期待感をあおっていたのに、終わってみたら「そんなに効果がなかったじゃん」という論調が多く残念でした。

 

荻上 多くの人達がネット選挙に期待したものは、ネット選挙が公職選挙法の一部として組み込まれるよりも、ネット選挙がバグになって公職選挙法そのものを侵食していくイメージだったと思うんですよ。でも、ネット選挙のプログラムは、そんなに感染力の高いものではなかった。あくまで、元々の公職選挙法にビルトインされていた思想にマッチする部分でしか機能しないアプリだったわけです。であれば、もともとの公職選挙法を書き変えないとネット選挙は生きない。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.272 

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