失った声を取り戻す――「ボイスバンクプロジェクト」の挑戦

無意味文テスト

 

――どの程度、音声を修復できているのでしょうか。

 

実際にどのくらい聞きやすい声になったのか、調査してみました。あるALS患者の方に、長期的な収録に協力してもらいました。初期、中期、さらに進行した状態で段階的に収録して、それぞれの段階で音声合成器をつくりました。はじめの段階で音声を収録していたので、本人としては必要ないのですが、研究のために協力してもらった形です。

 

ほぼ健常時の声で作った音声合成器と、障害が起った後の段階での音声合成器を比較しました。方法としては、人工的に無意味文をつくって聞き取りテストをしてもらいました。

 

 

――無意味文ってなんですか?

 

意味のある文章でやると、次に何を言うのか予測できてしまいます。ですが、それは音声合成器の評価にはならないですよね。ですので、次にくる単語が全く予測できない無意味文を用意して、何を言っているのか書き起こしてもらいました。

 

無意味文の書き起こしは非常に難しいです。健常時の声でつくると誤りが20%ほどでした。一方、障害のある声そのままでつくると50%。そこに修復プロセスを加えると、誤りが30%でしたので、聞きやすさを改善することができたと言えます。

 

やはり、健常時の声で出来るのが一番良いのですが、障害がおこってしまった段階であっても、ある程度は聞きやすさを改善できるということですね。

 

 

ボイスバンクプロジェクト

 

ポジティブな結果が得られたので、2011年ごろからスケールを広げてスコットランドを中心に、大規模に取り組むことにしました。数種類の運動ニューロンがかかわっている病気を対象にしたそのプロジェクトを「ボイスバンクプロジェクト」と呼んでいます。

 

 

――「ボイスバンク」良い名前ですね。

 

ここまで、説明してきたように、音声合成器を安く提供したり、障害のある声を修復するためには、患者さんの声だけではなくボランティアの方の声も必要です。

 

ボランティアの方に声の提供を募って、声のデータベースをつくり、そこから平均声をつくっています。最終的にはスコットランド全域の患者さんに音声合成器を提供することを目標にしています。

 

 

――ボランティアはどのように呼びかけているんですか。

 

パンフレットを大学病院などにおいています。「スタジオに来て喋るだけで、声に障害のある方の音声合成器の質が良くなります」と呼びかけています。それを読んで趣旨に同意してもらった方に、ホームページ上で収録するスタジオを選んでもらっています。

 

スタジオは、私のオフィスがある場所と、大学病院、スコットランドの国会議事堂にあります。

 

 

――国会議事堂にあるんですか。意外です。

 

国会議事堂にある記者室を無理やりスタジオに改装しています(笑)。隣にはBBCの方なんかもいますね。

 

実は、国会議事堂って声のサンプルを集めるのにとてもいい場所なんです。なぜなら、スコットランド全域から、小選挙区制で均等に選ばれた代表の方々がいるので、各地の方言を効果的に収集することができるんですね。

 

国会議員とそのサポーターの方を収集すれば、かなりの方言をカバーできることになります。国会議員というのは、地域の代表であると同時に、方言の代表そのものでもあるんです。

 

おかげさまで、国会議員の協力も得られましたので、沢山の地域の方言のサンプルが手に入りました。

 

実は、ボイスバンクのボランティアに参加することにはメリットがあります。万が一自分にも同じ病気が起こった時に、健常時の声を録音できているわけですから、それを基にした音声合成器を提供することができますよね。

 

 

――患者さんのためだけではく、ゆくゆくは自分のためになるかもしれないと。どのくらいの方がボランティアに参加されているのでしょうか。

 

2011年6月~2012年の5月までの1年間で400人ぐらい来ていただいています。今も少しずつ参加者が増えている状態です。

 

 

――使った方からの感想などはありましたか。

 

これまで30名ほどの患者さんの収録を終えました。スコットランド全域のALSの方の10%に相当します。その中で、10名の方の病気が進行しましたので、音声合成器をお届けしました。

 

そのうち8名の患者さんと、その家族からフィードバックをいただいています。5段階評価で平均して、「本人にどのくらい似ているのか」には3.5、「どのくらい明瞭に聞こえるのか」には4をいただきました。

 

「他の音声合成器と比べてどうか」という質問には、8名中7名の方がより良いと、評価してもらいました。

 

 

――高い評価ですね。

 

金銭、時間の面でも、患者さんの負担にならず、既存の音声合成器より質の高い

ものが提供できたのではと感じています。

 

 

自分の声が誰かの役に立つ

 

イギリスで、このような英語版のシステムを作ったので、似たような日本語のシステムにも取り組んでいます。ボランティアの方の声を日本全国4か所で収録しているんです。

 

今は500人ほどの収録が完了しました。もう少しデータがそろってきたら、これをベースに先ほど紹介した平均声と、声を修復するときのデータベースをつくる予定です。

 

 

――お話を聞いていると、ボイスバンクは痛くない献血のようだと思いました。

 

そうですね。実際にみなさん、困っている方を助けたいという気持ちはあると思うんですが、献血や臓器提供は勇気が必要ですよね。それに対して、ボイスバンクは気軽なので、やりたいと思ってくださる方が多くいらっしゃいます。

 

 

――日本ではどのような方が参加しているんですか。

 

身近に声の障害を抱えている人がいる、という方が多いです。患者の親戚の方、医療関係者の方が中心ですね。こういう領域はあまり知られていないので、知っている方は大変さをよく理解して、協力してくれます。

 

それと、意外に多いのは声優さんです。ボランティアで声を募るわけですから、声が商品の声優さんにはあまり受け入れてもらえないのではと、最初は思っていたのですが、みなさん協力していただけました。

 

みんなの声を混ぜて平均声をつくるので、必ずしも声優さんの声が単体で使われるわけではありません。声優さんたちもそのまま使われるわけじゃないので、安心して収録できます。

 

あとは、視覚障害者の方に本を音読してオーディオブックを作っている、音訳者の方々にもよく来ていただいています。

 

声に関わる活動をしている方には「自分たちが喋るだけで、困っている人を助けられる」というインパクトがあったようで、多くの方が協力してくださりました。

 

まだまだ、「ボイスバンク」はボランティアの方を募集しています。(特に、男性からの参加が少なく、重点募集をしております。) ぜひ、参加していただければと思いますね。

 

日本語ボイスバンクプロジェクトはこちら→http://www.nii.ac.jp/research/voicebank/

 

 

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