“手乗り家畜”昆虫が拓く養殖ビジネスの展望

食用としての昆虫養殖

 

昆虫が家畜の飼料として活用されつつある一方、人間の食材として昆虫を養殖する試みも盛んに行われている。特に食用昆虫として養殖が進んでいるのはコオロギだ。

 

コオロギ養殖の研究をしている高松裕希氏によれば、タイでは15年ほど前より世界に先駆けて食用コオロギの養殖が始まり、他の農業とコオロギの養殖を営む兼業農家が多数存在している。農家はコンケン大学と協力しながらコオロギの商品に関するアイディアを生み出しているという。

 

また、ラオスの大学ではFAOの支援のもと、コオロギ養殖の研究が進められている。さらに、ヨーロッパにおいてもフランスのKIBO社が食用コオロギの商品化を進めている。

 

コオロギの中でも養殖に用いられているイエコオロギ(Acheta domesticus)に関しては鶏肉、豚肉、牛肉の生産コストと比較した報告が多数ある。イエコオロギ1 kgを生産する際に必要な飼料を家畜と比較すると、鶏では2.5 kg、豚では5 kg、牛では10 kgの飼料が必要であるのに対し、イエコオロギの場合は1.7 kgですむ(図1)。

 

さらに、可食部のみで換算するとイエコオロギは脚(体重の17%)と難消化性のキチン(同3%)を除いた体重の80%が可食部であることから、可食部の飼料変換効率は鶏肉の2倍、豚肉の4倍、牛肉の12倍程度高いことになる。

 

この大きな飼料変換効率の差が生じる原因は、恒温動物である家畜と比較して昆虫が体温維持にコストを割かない変温動物であることが大きいと考えられる。

 

 

図1.家畜肉とコオロギの飼料変換効率 [水野壮(生物科学, 2015)より]

図1.家畜肉とコオロギの飼料変換効率 [水野壮(生物科学, 2015)より]

 

 

家畜と昆虫の排出する温室効果ガスの比較

 

人間の経済活動で生じる温室効果ガス排出量のなかでも、家畜の放出する温室効果ガスは高い割合を占めている。持続可能な畜産業として昆虫を大規模に生産していく際は、温室効果ガスの放出量も考慮する必要がある。

 

オランダのワーゲニンゲン大学のDenis Oonincxらは、体重を1 kg増加させるのに必要な温室効果ガス排出量(二酸化炭素換算)を繁殖力の高い昆虫5種で計測し、豚や牛と比較した。その結果、昆虫5種中4種は豚や牛と比べて低いことがわかった。

 

昆虫はライフサイクルの短さも大きなメリットと言える。牛や豚は発生からそれぞれ30か月、6か月程度で出荷されるが、イエバエなど成長の早い昆虫は1週間、カイコ等では1か月程度で成虫まで成長する。このため、出荷までの飼育期間は非常に短い。

 

出荷までの日数が短期間でかつ温室効果ガスの放出量も少ない場合、出荷する個体をすべて含めた総体重あたりの温室効果ガス放出量は、牛や豚と比較してかなり低く見積もることができるはずだ。

 

ただし、昆虫養殖の際には温度維持にかかるコストがネックになる可能性がある。変温動物のメリットが温度管理にかけてはデメリットとなる。環境負荷の程度は、養殖する環境によって変わってくることは注意が必要だ。

 

 

持続可能な昆虫養殖モデル――防除の対象から積極的な機能利用へ

 

昆虫は飼料としての用途だけでなく、従来の農畜産業・漁業と組み合わせた持続可能な生産活動を行うことが期待できる、高機能なバイオ工場だ。

 

イエバエやアメリカミズアブなどの雑食の食植生昆虫は、農作物の残渣を有用なタンパク質に変換する。一方、雑食でない昆虫も特定の食品廃棄物をコントロールしたい時に有用である。雑食系とは違いトレーサブルな生産物であることも利点となる可能性がある。

 

神戸大学大学院の佐伯真二郎氏は、サツマイモの収穫時に出る農業残渣の処理を昆虫に担わせることを考えている。「鹿児島県においてサツマイモの葉や茎の残渣は年間約37万トンに上り、現在もこの資源の有用な活用方法が課題となっている。サツマイモの葉を食べる害虫エビガラスズメをうまく活用すれば、良質で安全なタンパク質に変換することが可能だ。害虫とはいえ、見方を変えれば有益な昆虫となる。

 

植物の生葉を高品質な動物性タンパク質へ変換する植食性昆虫の利用が、ひとつの技術革新になると考えている」と述べている。ちなみに、エビガラスズメは大振りで食べ甲斐があり、茹でてポン酢で食べると豆腐のように濃厚な味だという。

 

昆虫が排泄した糞はさらに肥料として利用することも可能だ。前述のAgriproteinやEnviroFlightでは飼料だけでなく幼虫から排出された糞を良質な肥料として販売している。また、高松氏によれば、タイのコオロギ養殖農家は、コオロギの排出された糞も農作物の肥料に利用しているという。カイコの糞の場合は「蚕沙」として漢方に利用されるなど、医薬品として利用できる可能性もある。

 

 

図2.持続可能な昆虫利用モデル [水野壮(生物科学, 2015)より改変]

図2.持続可能な昆虫利用モデル [水野壮(生物科学, 2015)より改変]

 

 

魚の養殖技術は、豊かな食生活を維持していくための一つの手段である。昆虫は、私たちの食卓へウナギやマグロを運び続ける優れた黒子であると同時に、自らも食卓に上り、一層豊かな食生活を与えてくれる存在になる可能性がある。

 

これまで昆虫は人間にとって有用な機能が知られながらも、カイコなどの一部の昆虫を除き家畜化がなされてこなかった。今後は魚類や家畜の飼料、人間の食料としてより適した品種が生まれてくる可能性がある。

 

昆虫養殖業の発展には、食用昆虫の品種改良技術と飼育技術が欠かせない。応用昆虫学の分野では、すでに様々な昆虫の飼育方法をはじめ、生理機能や遺伝子改変に関する知見の蓄積がある。

 

これらの豊富な研究成果の生かされる先は、これまでの“昆虫を排除する”害虫防除への利用から、“昆虫を積極的に活用する”昆虫養殖業へと広がっていくことが考えられる。昆虫が小さな「手乗り家畜」となっていく未来に大いに期待したい。

 

 

関連記事

 

「昆虫は痛みを感じているか?――小さな「手乗り家畜」の動物福祉」水野壮

「食材としての昆虫とそのリスク――野外で採集し調理する『プチジビエ』を楽しむには」水野壮・三橋亮太

 

サムネイル:「Silkworm」 白石崖

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

 

シノドスのコンテンツ

 

●ファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

●電子メールマガジン「αシノドス」

⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

●少人数制セミナー「シノドス・サークル」

⇒ https://synodos.jp/article/20937

 

 

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.3.15 

・中西啓喜「学力格差と家庭背景」
・竹端寛「対話を実りあるものにするために」
・佐々木葉月「日本のテロ対策の展開」

・小野寺研太「「市民」再考――小田実にみる「市民」の哲学」
・久保田さゆり「学びなおしの5冊〈動物〉」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(5)――設立準備期、郵政民営化選挙前」
・山本宏樹「これからの校則の話をしよう」