科学者が発言するということ

ここ数年、書店に行くとかなり多くの科学系著作物をみかけるようになった。だが、そうした書籍が詰まれた棚から何冊かを手に取ると、逆に暗澹たる気分にさせられてしまう。

 

 

脳科学の現在

 

たとえば「脳」にかかわる書籍である。脳は何秒だかで恋をする、脳がグングン動き出すナントカ式勉強法、なんて飛びつきやすい言葉が並んでいる。現在の脳科学は、そんなことを示せているのだろうか。

 

たしかに、さまざまな新しい技術が生まれ、脳科学は発展しつづけている。頭皮の上からニューロン(神経細胞)で生じた電位変化を測定するEEG、脳内の電流によって生じる磁界を測定するMEGといった、脳の活動を電気生理的に調べようとするもの。また、fMRIなどといって、ニューロン活動が盛んな脳部位をモニターすることができるようになる装置があげられる。

 

こうした機器を駆使することによって、ある条件下において、脳がどのような活動を示すかということを理解することは、たしかに可能になった。しかし、その結果をみたところで、決して「恋している」と断ずることができるわけではない。

 

脳から得られる信号と、その活動している場所や度合いを測れたところで、心理的なものがどう動いているのか、外部で再構成できるほどのデータは含まれない。被験者が誰かの姿をみたときに、脳のどの部分が活動しているかはわかっても、現状では生じた電気的信号の意味を、正確に外部で読み取ることは不可能なのである。

 

 

コラーゲンは体内で製造できる?

 

脳科学関連書と並んで売れ行き好調な科学系の図書に、分子生物学者、福岡伸一氏による書籍がある。氏の著作『動的平衡』のなかには、「コラーゲン添加食品の空虚」という一節がある。大意としては、現状のコラーゲン信仰に一石を投じようというもので、たしかに食品としてコラーゲンを摂取しても、広告が謳うほどの効果がないという指摘には筆者も同意する。

 

しかし、見逃せない内容がそこにはある。コラーゲンは非・必須アミノ酸なので、人は体内で製造できるという、なかなかユニークな知見である。

 

「コラーゲンを構成するアミノ酸はグリシン、プロリン、アラニンといった、どこにでもある、ありきたりなアミノ酸であり、あらゆる食品タンパク質から補給される。また、他のアミノ酸を作り替えることによって体内でも合成できる、つまり非・必須アミノ酸である」(『動的平衡』、p77)という。

 

一応コラーゲンについて説明を加えておくと、真皮、靱帯、腱、骨、軟骨などを構成するタンパク質で、ヒトの体内に存在しているコラーゲンの総量は、全タンパク質のほぼ30%を占める。また、タンパク質とはアミノ酸という分子が数千個つながった物質である。ヒトの真皮には、I型と呼ばれるコラーゲンが豊富に含まれており、これを構成するタンパク質のアミノ酸配列は、インターネット上でもみることができる。 (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/110349772 )

 

このなかには、本当に必須アミノ酸は存在しないのか。たとえば真ん中付近の50個を例にとってみると、グリシン、プロリン、アラニンといった、必須アミノ酸ではないアミノ酸は多い。だがやはり、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、リジン、スレオニンといった、必須アミノ酸がきっちりと含まれていることがわかる。

 

 

『生物と無生物のあいだ』への違和感

 

こうした話は勘違いのひとつ、として片付けることも可能かもしれない。しかし、福岡氏の声望を高めた著作、『生物と無生物のあいだ』を読んだときに抱いた、氏の科学への態度に、根本的な不信感を忘れることができない。

 

彼は盛んに「動的平衡」という言葉によって生命現象を捉えようとする。それは、生命の特質を実現する生命固有のメカニズムであり、シェーンハイマーの発見した生体の構成成分の絶えざる入れ替わり(シェーンハイマーは「身体構成成分の動的な状態」と述べている)であるという。

 

福岡氏はある遺伝子欠損マウスについて研究を行っているときに、その着想を得たとしているが、何故そこに変化が生じなかったのかを追い求めるのではなく、「動的平衡」という曖昧な概念をもちだして、変化が生じないことをよしとしている点に、筆者はまず不信感を覚えた。

 

彼がどの程度このマウスの解析を行なったのかは、論文がないので知るすべがない。しかし、ある遺伝子の欠損がカバーされたとすれば、その遺伝子をカバーするために何らかの分子が動員されていることは間違いない。それを一つひとつ解明していくことも、分子生物学の大切な仕事であり、彼の「動的平衡」論はそれを放棄したことを正当化する言葉でしかないと感じたからだ。

 

 

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