スピリチュアリズムの危険性――『反オカルト論』

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矢作直樹氏の「人は死なない」?

 

教授 東大教授で附属病院医師といえば、何よりも理性的な判断が求められるはずだ。なぜ矢作直樹氏は、スピリチュアリズムに傾倒するようになったのか……。

 

助手 矢作氏は、次のように書いています。「大学で医学を学び、臨床医として医療に従事するようになると、間近に接する人の生と死を通して生命の神秘に触れ、それまでの医学の常識では説明がつかないことを経験するようになり、様々なことを考えさせられました。そうした経験のせいもあって、私は極限の体験をした人たちの報告、臨死に関するレポート、科学者たちが残した近代スピリチュアリズム関係の文献を読むようになりました」(前掲書)

 

教授 たしかに、多種多様な人間の「死」と日々直面しなければならない臨床・救急医療の従事者には、我々に計り知れない心労があるのかもしれない。

 

とはいえ、必ずしもそこから「スピリチュアリズム」に飛躍する必然性もないわけだがね。それで、どんな文献を参照したんだろう?

 

助手 驚いたことに、矢作氏は、フォックス姉妹のイタズラだった「ラップ現象」を「近代スピリチュアリズム史上初の他界との交信、すなわち人間の死後存続を証明する事例」と認めています。さらに、ウィリアム・クルックスを「イギリス科学界の重鎮」、シャルル・リシェを「ノーベル生理学・医学賞を受賞した第一級の科学者」と紹介し、彼らの心霊研究を学界で認められた既成事実であるかのように引用しています。

 

教授 矢作氏は、その二人の著名な科学者が、霊媒師アンナ・フェイやミナ・クランドンに騙されたことも、調査していないんじゃないか。もちろん、フォックス姉妹についても、まったく理解していないようだ。

 

スピリチュアリズム関係の文献には、平気で嘘を真実のように並べたものもある。しかし、彼も研究者である以上、文献を安易に受け入れてはならず、批判的文献を比較検討して信憑性を明らかにしなければならないことなど、重々承知しているはずだが……。

 

助手 二〇〇七年五月、矢作氏の母親が入浴中に孤独死しました。遺体は死後三日間、発見されず、矢作氏が検視に立ち会った際、「遺体の傷み方がひどく、水没した顔は皮膚が弾けんばかりに膨れて、本人の確認ができないほど」だったそうです。

 

「私は、生前の母に対して親孝行らしきこともせず、また晩年の母にも十分な対応をしてやれなかったことがひどく心残りで、毎晩寝る前にそうした悔悟の念を込めて手を合わせていました」(前掲書)

 

この事件が矢作氏の大きな「自責の念」に繋がり、その後「交霊」によって「母と再会」したことによって、肉体は滅びても霊魂は生き続けると「確信」するようになったそうです。

 

教授 すでに触れたコナン・ドイルや浅野和三郎をはじめ、家族の死をきっかけにスピリチュアリズムに没頭するようになる事例は多い。

 

助手 だから、交通事故で突然、無残な姿になった父を看取った私の母も、矢作氏の本を読んで共感したみたいです。父の霊魂が別世界で生きていると思う方が、母も精神的に安定できるらしくて。その気持ちは、娘の私もよくわかるのですが……。

 

教授 もし人間の本質が「霊魂」であれば、「死」そのものが存在しなくなり、いわば「生きる世界」が変わるだけの話になる。これは、何も目新しい発想ではなく、世界各地の古代社会から散見される信仰形態の一つだからね。

 

助手 でも、いくら気が楽になるからといって、母には「来世」ばかりに執着してほしくないのです。

 

そもそも、どうして矢作氏のように立派な肩書の科学者が、霊媒師を疑うことも追及することもなく、「母と再会」したという「交霊」をナイーブに事実として受け入れ、それを根拠に「霊魂」の存在を「確信」し、さらに「人は死なない」と断言できるのでしょうか。

 

教授 人間は、見たいものを見て、信じたいものを信じるという顕著な一例だね。

 

 

矢作直樹氏の「手かざし」?

 

助手 矢作直樹氏は、二〇一一年の『人は死なない』に続けて、二〇一四年には『おかげさまで生きる』というベストセラー書籍を生み出しました。

 

こちらの本の表紙は、青い医療用ウエアを着た矢作氏の写真。帯には「死を心配する必要はない・救急医療の第一線で命と向き合い、たどりついた、『人はなぜ生きるのか』の答え」とあります。

 

教授 いかにも多くの読者を惹きつけそうなタイトルだが、なぜ「死を心配する必要はない」のかな?

 

助手 その理由は、「そもそも私たちの本質は肉体ではなく魂ですから、病気も加齢も本当は何も怖がる必要はないのです」ということで、一貫していますね。

 

さらにこの本には「肉体の死は誰にも等しくやって来ますが、死後の世界はいつも私たちの身近にある別世界であり、再会したい人とも会えます」と書いてあります。

 

教授 どうしてそこまで断定できるんだろう……。

 

助手 矢作氏が「死後の世界」を信じるのは自由でしょうが、それを既成事実であるかのように本に書くことには大きな問題があると思います。とくに本の表紙に「東京大学大学院医学系研究科・医学部救急医学分野教授、医学部附属病院救急部・集中治療部部長」と記載されている場合は……。

 

矢作氏の著作では、「現実」と「非現実」が区別されないまま同じ文体で語られていくため、いつの間にか読者はスピリチュアルな世界に引き込まれる仕組みになっています。

 

教授 まさにそれは、科学者というよりも宗教者の執筆スタイルだなあ……。

 

助手 たとえば「救急には毎日のように、重篤な患者さんが運ばれてきます。……大半は意識がなく、場合によっては心肺停止状態で担架に乗せられてやって来ます。交通事故、殺傷事件、自殺未遂、脳卒中、心筋梗塞」というのは、明らかに「現実世界」の話。

 

ところが同じ本の後半には、私たちが「競技場で動くプレーヤーのような存在」で、現実世界における苦難を「乗り越え、課題をクリアし、人生という競技を学ばなければならない」とも書いてあります。

 

比喩的に道徳を語るのかと読み進めていくと、「観客席には他界した方々がいて、声援を送りながら私たちを見守ってくれています」と、すでに話は「非現実世界」に飛んでいるんです。

 

「私たちが疲れ果て、へとへとになり、悩んでいるそんな時でも、観客席からは『負けるな』という声援が飛んでいます。そして、何らかの難しい局面を無事に乗り切った時は、『よくやった』とご先祖さまたちは拍手喝采です」(前掲書)

 

教授 すると、難しい局面を乗り切れなかったときには、「ご先祖さまたち」が「観客席」でブーイングするのかな。まるで、おとぎ話かマンガのような世界観だね。

 

助手 私が『週刊文春』のスクープ記事を読んで一番驚いたのは、「手かざし」について記者から尋ねられた矢作氏が、次のように答えていることです。

 

「普通の治療で治らない時にそういうものを成仏させる。誰にも憑いている守護霊団というのがあるんですが、(記者を見つめて)あなた様方のところにも、こう重なって我々には見えるわけですね。エネルギーを出す力はたぶん私が一番強い。先祖の名前くらい言ってくれれば五秒くらいでアクセスできますよ」

 

教授 その記事によれば、矢作氏は、他人の「守護霊」が「見える」と同時に「先祖霊」に「アクセス」でき、医学的治療で治らない患者に対して、「そういうものを成仏させる」こと、すなわち「除霊」を目的として「手かざし」を行っていることを認めているわけか。

 

もしかして矢作氏は、東大病院に救急で運ばれてきた末期患者にも「手かざし」しているのかな?

 

助手 正直言って私、スピリチュアリストが「救急部・集中治療部部長」を務める病院に救急車で運ばれるのは怖いんですが……。

 

『週刊文春』の取材に対して、「東大病院パブリック・リレーションセンター」は、すべての質問に対してノー・コメント、「理由を含めコメントいたしません」と回答したそうです。ちょっと、無責任すぎるんじゃないかしら?

 

 

「未来医療研究会」はオカルト研究会?

 

助手 矢作直樹氏が「顧問」を務めている「未来医療研究会」のサイトを見てみました。

 

第一回研究会は、二〇一四年五月十七日・十八日、東京大学医学部教育研究棟二階のセミナー室で開催されています。

 

教授 未来医療といえば、文部科学省が二〇一三年に「未来医療研究人材養成拠点形成事業」を開始したね。これは「世界の最先端医療の研究・開発等をリードし、将来的にその成果を国内外に普及できる実行力を備えた人材」および「将来の超高齢社会における地域包括ケアシステムに対応できるリサーチマインドを持った優れた総合診療医等」の養成を目的とする総額二十二億五千万円の事業だ。

 

全国で二十五件のプロジェクトが採択され、東大も二件で選定された重要拠点だから、その関連で立ち上がった研究会なのかな?

 

助手 いえいえ、文科省選定プロジェクトとは、まったく関係ないみたいです。未来医療研究会のサイトには、東大医学部附属病院循環器内科助教の稲葉俊郎氏が「個人で主催」と明記してあります。とはいえ「未来医療研究」まで同じ名称なので、紛らわしい気もしますが。

 

教授 いずれにしても、「超高齢社会」を迎える日本にとって、「未来医療」は最優先テーマの一つだ。専門家諸氏には、大いに研究を推進してほしいものだよ。

 

助手 私もそう思って、過去の未来医療研究会のプログラムを調べたら、目が点になってしまって……。

 

第一回研究会のプログラムには、「色や自然のイメージを使った呼吸法」や「アートセラピー」や「ダンスセラピー」があって、これらは心理療法の一種かもしれません。

 

ところが、「神秘龍を媒介とした新しいエネルギー療法」という「神秘龍ヒーリング」、「霊気をさらに応用・発展させた」という「メディカルレイキ」、「花のエネルギーを水に転写し自然の力で活性化」させたという「心のバランスの乱れを調整するフラワーエッセンス」のような発表は、いったい何なのか……。

 

教授 未来医療というよりも、まるでオカルトの研究会みたいじゃないか!

 

助手 第二回研究会は二〇一四年七月十二日に東大医学部教育研究棟で開催。プログラムは、「スピリチュアル・ヨーガ」「樹々・植物との対話法」「カイロプラクティック」「直傳靈氣を現代医療に融合」「ヒプノセラピーを使った自然出産」など。

 

第三回研究会は二〇一四年九月十四日に東大病院中央診療棟の会議室で開催。プログラムは、「インド密教宿曜経」による「からだ占い」「スパイラルセラピー」「エジプトの神秘形状学」に基づく「ダウジングヒーリング」「運動療法とエネルギーヒーリング」など。

 

教授 最先端医療を議論しているはずの東大病院の会議室で、占いやヒーリングの研究会とは驚きだね……。

 

助手 サイトによれば、未来医療研究会は「特定の考え方やヒーリング技術や人の優劣を競う場ではなく、全員が地球で学ぶ同級生としてお互いを認め合い、研鑽しあい、互いに協力していく場」だということです。

 

研究会の「イメージ」は、孔子の「君子は和すれども同ぜず。小人は同ずれども和せず」。「特定の考えの押し付けをせず、『みんな違って全部いい』という自由な立場を何よりも大切」にしているそうです。

 

教授 現代医学に固執せず、代替医療でもスピリチュアリズムでも、良い点は何でも取り入れようという趣旨だろう。いわば「清濁併せ呑む」度量の広い研究会だと自賛したいんだろうが、実はその種の発想は、学問を重視した孔子が最も強く非難したものなんだよ。

 

孔子の「君子は和すれども同ぜず」の本来の意味は、「人と協調することは大事だが、学問の道理に合わないことに同調してはならない」ということ!

 

助手 「みんな違って全部いい」なんてライフスタイルやファッションみたい。人命を預かる医師の研究会として不見識すぎませんか。【次ページにつづく】

 

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vol.264 

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