高橋克也被告裁判・証言草稿──地下鉄サリン事件20年に際して

オウム的な思想を作り上げたのは誰か

 

(1)「霊の進化/退化」の理論

 

このように、結論部分だけをお聞きいただくと、これほどまでに荒唐無稽でSF的な計画がどのような経緯によって考案され、さらには、なぜ部分的に実行に移されたのかということが、不思議に感じられるかもしれません。

 

しかしこうした宗教思想は、特にオカルティズムの分野において今からおよそ150年前に流布し始め、20世紀の後半には、日本のオウム真理教のみならず、世界中でポピュラリティを獲得していたのです。

 

その歴史的経緯については、詳しくは先に挙げた私の二冊の研究書をご参照いただきたいのですが、ここではその概要をかいつまんでご説明したいと思います。

 

ここから、二番目の論点、すなわち、オウム的な思想を作り上げたのは誰か、というテーマに入っていきます。

 

先ほど述べたようにオウム真理教においては、「人間の霊魂の進化と退化」という観念が重要な位置を占めていたわけですが、こうした発想を世界で最初に打ち出したのは、19世紀後半に現れた「神智学」と呼ばれるオカルト的な宗教思想でした。

 

その創始者は、ロシア出身の女性霊媒師である、「ブラヴァツキー夫人」という人物です。彼女は世界各地で霊媒師としての活動を続けていましたが、1873年にアメリカに移住した際、同地でダーウィンの進化論がブームを起こしているのを目にし、それを霊魂論と融合させ、人間の肉体のみならず、霊魂もまた進化する、というアイディアを案出したのです。

 

「霊の進化」という考え方を中核とするブラヴァツキーのオカルト的な歴史観は、1888年に公刊された『秘密教義(シークレット・ドクトリン)』という書物において全面的に展開されています。そのなかで、人類は現世におけるさまざまな経験を通じて霊魂を進化させ、「神人」に近づいてゆく一方、堕落して「動物」に退化する人々もいる、ということが語られたのです。

 

神智学の団体である「神智学協会」は、1879年からインドに本部を置いて活動したため、霊の進化のためには、ヨーガや仏教の修行が有効であるという考えも説かれるようになっていきました。ごく簡単に言えば、「ヨーガや仏教の修行による霊の進化」という神智学の考え方が、オウム真理教の教義の原型を形作ることになったのです。

 

19世紀後半から20世紀前半にかけて、「霊の進化」の理論は神智学の内部で発展していきましたが、第二次世界大戦後の20世紀後半、1960年代に入ると、その中心地はアメリカ西海岸に移り、「ニューエイジ」の思想として大衆的なブームを巻き起こすことになりました。

 

「ニューエイジ」とは、日本語に訳すと「新しい時代」という意味で、具体的には、旧来の物質的文明が終焉を迎え、新たな霊的文明が勃興するといった、「霊的革命論」をその根幹としています。

 

「ヒッピー」と呼ばれる当時の若者たちは、物質文明から脱却して精神的に覚醒することに憧れを抱き、彼らの多くは、インドに渡ってヨーガの修行を実践したり、ドラッグを用いた意識変容を経験したりしました。

 

有名なところでは、イギリスの世界的なロックバンドのビートルズや、アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズなどが、ヒッピー・ムーブメントにコミットしていたということをご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

 

またアカデミズムの分野においても、UCLA出身の人類学者カルロス・カスタネダが、メキシコ先住民の呪術師に弟子入りし、さまざまなドラッグの摂取を通じて異次元の世界を体験するプロセスを描いた『ドン・ファンの教え』シリーズ(1968 ~)や、元ハーバード大学心理学部教授のラム・ダスという人物が、インドに渡ってマハラジというグルに帰依し、ヨーガの修行を実践するという内容の書物『ビー・ヒア・ナウ』(1971)等が生み出されていきました。

 

これらの書物は、「ヒッピーの聖典」として世界的なベストセラーとなり、オウム真理教にも大きな影響を与えたことが知られています。

 

ニューエイジ思想は、1970年代以降、日本にも流入し、さまざまな新興宗教の運動やオカルト・ブームを生み出すことになりました。

 

ここでは、オウム真理教と特に関連性の高い新興宗教団体として、桐山靖雄という人物によって創始された「阿含宗」(前身:観音慈恵会)について触れておきたいと思います。というのは、オウムの教祖の麻原彰晃を始め、幹部であった早川紀代秀や林郁夫など、オウム真理教を作り上げた何人かの人々が、かつて阿含宗に入信していたという事実があるからです。

 

高橋被告も、オウム以前に阿含宗に入信し、その教えを受けていました。初期の阿含宗の教義を一言で表現するなら、「ヨーガや密教の修行を積むことにより、人は誰でも超能力者になれる」ということになります。

 

桐山靖雄氏は、念力によって火を熾すことができると喧伝し、一般から「桐山密教」とおこ称されるブームを巻き起こしました。桐山氏の初期の著作である『変身の原理──密教・その持つ秘密神通の力』(1971年)や『密教──超能力の秘密』(1972年)等は、いずれもベストセラーとなっています。

 

しかし当然のことながら、ヨーガや密教の修行によって実際に「超能力者」になることはできず、80年代に入ると桐山靖雄氏と阿含宗は、教えの方向性を「超能力修行」から「祖先崇拝」へと変化させざるを得ませんでした。そして、それに失望した一部の信者たちが、阿含宗を離れ、麻原が設立したオウム真理教に入信してゆくことになったのです。

 

広く知られているように、初期のオウム真理教は、「空中浮揚」に成功したと称し、世間にアピールしていったのですが、これもまた、麻原彰晃の独創ではありません。

 

インドのヨーガ行者であり、アメリカに渡って「超越瞑想」という運動を創始し、ニューエイジの牽引者の一人となったマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーという人物がおり、彼がすでに、ヨーガの修行によって空中浮揚が可能になること、超能力者が発する聖なるバイブレーションによって世界をユートピア化しうることを提唱していました。

 

このようにオウムはもともと、決して特異で独創的な宗教団体ではなく、国内外のニューエイジの運動を継承することによって成立した団体であった、と考えることができます。超越瞑想は当時、日本の多くの会社において、社員研修のプログラムとして採用されていましたので、そうしたことを切っ掛けに、オウムに入信した人もいたかもしれません。

 

 

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先に述べた通り、「ニューエイジ」と称されるさまざまな思想では、人間の霊性を進化させることにより、物質文明から精神文明への転換を起こすことが主唱されていました。そしてこの考えは必然的に、現在の物質文明は遠からず破局を迎えるという、一種の「終末論」を引き寄せることにもなったのです。

 

例えば、阿含宗を創始した先述の桐山靖雄氏は、現在の人類(=ホモ・サピエンス)の文明から新人類(=ホモ・エクセレンス)の文明への転換が起こるということを、次のような仕方で提唱していました。

 

 

ホモ・サピエンスの知能がつくり出した文明は極限に達した。もしもこの世界が生き残ろうと望むならば、あらたな文明が生まれ出なければならない。(中略)限界に達した生物がさいごにえらぶ道は「集団自殺」である。いま、その集団自殺が地上に展開している。環境汚染と公害と戦乱──すべてホモ・サピエンス自身がつくり出したものである。結局、ホモ・サピエンスは集団闘争による集団自殺によって絶滅するであろう。(中略)滅びるべきものは滅び去るがよい。それでヒト・属は絶えはしない。あたらしい種の胎動がここにある。(中略)そのあとに、ホモ・エクセレンスはあたらしい科学、あたらしい技術、あたらしい宗教、あたらしい芸術をつくり出す。それは、ホモ・サピエンスとは比較にならぬ高度の知性と悟性が生み出したあたらしい次元のものである。

(桐山靖雄『密教』33~34頁)

 

 

オウム真理教が最終目的に位置づけていた「人類の種の入れ替え」と同様の思想が、すでに阿含宗でも説かれていたということがお分かりになるかと思います。ある意味でオウム真理教は、先行するさまざまな団体や運動においてすでに観念的・幻想的に説かれていた事柄を、文字通りに実現させようと試みた集団であったわけです。

 

 

(2)グルイズム

 

それでは、他の団体においては思想や観念のレベルに留まっていたにもかかわらず、なぜオウムだけが、具体的な実現に向けた行動に踏み出すことになったのでしょうか。

 

それについてはさまざまな原因を考えることができますが、その一つとしては、オウムにおいて顕著な「グルイズム」が成立したこと、すなわち、信者に対して、自らの意志を完全に放棄し、精神の導師である「グル」に帰依しなければならないとする刷り込みが徹底して行われたことが挙げられるでしょう。

 

そして、オウムのグルイズムに関しては、一冊の書物が決定的とも言い得る影響を与えました。それは、宗教学者・中沢新一氏が1981年に公刊した『虹の階梯──チベット密教の瞑想修行』(平河出版社)です。中沢氏の経歴と同書の内容は、次の通りとなります。

 

中沢氏は、東京大学で宗教学を専攻し、大学院の博士課程在学中の1978年にネパールを訪れ、あるグルに師事し、自らチベット密教の修行を実践しました。

 

その際に中沢氏は、研究者としての客観的立場を維持するという前提で修行に携わったはずなのですが、実際にはまったくそうではなかった、と言わざるを得ません。

 

中沢氏の目的はむしろ、ニューエイジ思想に染まった欧米のヒッピーたちがインドに渡り、ヨーガの修行に没頭したのと同じように、自分の心を満足させる生き方や世界観を会得することにありました。

 

およそ三年間にわたるネパールでの生活を終えた後、彼はチベット密教の修行のプロセスについて論じた『虹の階梯』という書物を著していますが、この本は学術系の出版社ではなく、阿含宗の出版部門である「平河出版社」から公刊されています。すなわち同書は、宗教の研究書と言うより、一つの実践的な宗教書として公刊されたわけです。

 

『虹の階梯』では、「心の本性」に到達することを目的とした密教修行のプロセスが詳細に説明されていますが、そのなかで特に印象深いのは、修行を進めるためには、自らの師匠(「グル」や「ラマ」と呼ばれる)に対して純粋な心で帰依しなければならない、と繰り返し説かれていることです。

 

師匠となる人物が、仏教者であるにもかかわらず平気で殺生を行っていても、それを理由として、彼を師として不適格であると判断してはならない。師匠は弟子に対して、暴力や虐待とも思えるような厳しい仕打ちをすることがあるが、そのような修行を避けてはならない。

 

なぜなら、「心の本性」に到達するための修行においては、自我や自意識を捨て去ることがもっとも肝要ことであるとされるからです。『虹の階梯』には、次のような一節があります。

 

 

さて、ありきたりの考えにしばられていれば、狩人みたいに生きものを殺したり、生きた魚を火にあぶる行者などに出くわしたら、眉をひそめ退散することだろう。しかし、成就者たちはしばしば人の理解を絶した力をふるうものだ。だから、何よりもうぬぼれや奢りを捨て、自分をむなしくして、純粋な心で相手を見つめていなければいけない。そうしなければ、せっかく精神の導師たるべき人が目の前にいても、それに気づかずに終わってしまうだろう。とにかく自分の導師を探しだしたいのなら、ありきたりの考えにしばられていてはだめだ。こうして求めるラマにめぐりあうことができたなら、ラマに自分のすべてを投げだすような純粋な信頼を託して、その教えのすべてをまるで瓶の水をそっくり別の瓶に移し変える気がまえで学びとっていくのである。

(ラマ・ケツン・サンポ+中沢新一『虹の階梯』147頁)

 

 

麻原彰晃は、渋谷でヨーガ教室を開いていた1983年頃、『虹の階梯』の読書会を行っていたと言われています。麻原はかつて阿含宗の信者でしたので、平河出版社から公刊される書物には、常に注目していたことでしょう。この意味で『虹の階梯』は、オウム真理教の出発点となったとさえ言って良いかもしれません。

 

そして、中沢氏が「ニューアカデミズムの旗手」と呼ばれ、社会のなかで知名度を上げていくにつれ、『虹の階梯』を読み、そこに書かれた修行を実践してみたいと考える若者が増え、その多くがオウムに吸い寄せられていきました。

 

さらには、麻原が教団において「グル(尊師)」としての絶対的な位置を占めるようになると、『虹の階梯』に描かれたような師弟関係は、隅々にまで徹底・浸透させられていったのです。

 

すなわち信者たちは、「自分をむなしくして」「自分のすべてを投げだすような純粋な信頼を託して」、グル麻原の指示に従わなければならない、と繰り返し教え込まれていきました。

 

オウムの犯罪を検証しようとする際には、常識的な判断では容易に理解できないことが、たびたび現れます。なかでも顕著なのは、教団上層部の指示によって、究極的には麻原の指示によって、信者が犯罪行為に及ぶとき、彼らがその行為の意図や目的、全体的な計画などを問い質そうとした形跡が見られないということです。

 

一般社会であれば、上司や先生から良く分からない理不尽な指示を受けたとすれば、人は普通、「どうしてそんなことをしなければならないのか」「何を目的にしているのか」「全体の計画のなかで自分が占めている役割はどういうものか」と問い直すでしょう。

 

しかし、オウムの場合にはそれが許されませんでした。グルの指示に対して疑問を抱くことは、修行が進んでいない証、あかしグルと一体化していない証、その信者の霊性が低い証、と見なされたからです。

 

オウムにおいては、「マハームドラー」(即身成仏を達成するための密教の修行法)という名称のもとで、理不尽なこと、不可能なこと、無意味なことにあえて従事させる修行が実践されていました。それは、狭隘で歪な自意識や固定観念から脱却し、解脱へと至るいびつ過程において、必要不可欠な修行であると捉えられていたのです。

 

オウム信者は、グルの指示に対して疑問を呈したり、反論することが原則的に許されなかった──こうした特殊な状況があったということを、今回の審理に際しては銘記しておいていただきたいと思います。

 

 

(3)ポワ──チベット密教の死生観

 

「グルイズム」の称揚の他にも、中沢新一氏の『虹の階梯』には、オウム真理教に大きな影響を与えたもう一つの重要な要素が含まれていました。それは、チベット密教の修行によって熟達することができるとされる「ポワ」(オウムの表記では「ポア」)という技法です。

 

ポワとは、簡単に言えば、「人の魂の行方を自由にコントロールする」技法を意味します。オウムの信者たちが、内心に葛藤を抱えながらも最終的には殺人を遂行してしまったのは、麻原彰晃のポワの技法によって、死者の魂を高い世界に移し変えることができる、すなわち、たとえ人を殺してしまったとしても、最終的には「尊師がポワしてくれる」と思い込んでいたことが、その主要な原因の一つであったと考えられます。

 

『虹の階梯』では、「ポワは、たとえいつ死が訪れても動ずることなく、確実に心(意識)を身体からぬきだして、より高い状態へと移し変えるための身体技法」( 280頁)と説明されています。

 

 

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チベット密教においては、人が死を迎えると、の心は「中有」(チベット語で「バルド」)と呼ばれる生と死の中間状態に入り込み、そこにおいて、次にどのような転生を辿るか、あるいは解脱に至るかということが決定されたどると考えられています。

 

そしてポワとは、この中有の状態にある魂を操作し、より高い世界に転生するよう移し変える、という技法を指しているのです。

 

『虹の階梯』によれば、ポワには実際には、五種類の方法が存在します。そのうちの四つは、自らの魂を操作するための技法なのですが、最後の五番目に、他者の魂を操作する技法について記されているのです。その内容は、次の通りとなります。

 

 

五番目は「死者のポワ」である。人の臨終まぎわ、または死者の意識がバルドにある間、瞑想にたくみでバルドの状態にもよくつうじている密教行者が、死者の意識を追いかけ、つかまえて、悪い生存の状態におちこまないようにするポワである。臨終の床にある人が弱々しく息を吐いて、まだ次の息を吸いこまないうちにこのポワを行えば最も効果的で、その場合にはあまり力のない密教行者によるポワであっても、三悪趣(注:輪廻における、地獄・畜生・餓鬼の三世界)に再生する最悪の事態だけはなんとかまぬかれることができるといわれている。(中略)すでに身体をぬけだしてバルドにある意識にポワを行うためには、死者の意識がバルドのどの状態にあるのかを正確に見ぬく透視力と、その意識をつかまえ、ひきあげられるだけのヨーガの能力とがそなわっていなければならない。

(ラマ・ケツン・サンポ+中沢新一『虹の階梯』282~283頁)

 

 

このように『虹の階梯』には、優れた密教行者であれば、死んだ人間の魂を高い世界に引き上げることができる、と記されており、そして言うまでもなく、オウムにおいて麻原は、ポワの技術に熟達したグルと見なされていたのです。

 

このようなチベット密教の死生観は、『虹の階梯』のみならず、1980年代から90年代に見られた「チベットの死者の書」のブームを介して、日本全体に普及していきました。

 

「チベットの死者の書」とは、14世紀に発掘されたと伝えられる、チベット仏教の「埋蔵経典」の一つです。正式名称は『バルド・トェ・ドルチェンモ』と言い、日本語では、「中有における聴聞による大解脱」と訳されます。

 

そして、日本において同書の知名度が高まる切っ掛けとなったのは、NHKが1993年に放映したスペシャル番組「チベット死者の書」でした。

 

この番組は、中沢新一氏の監修によって制作され、派手なCGや音響を用いて死後の輪廻転生の情景がリアルに表現されると同時に、チベット密教の技法によって死者の魂の行方を導いていく様子が語られました。

 

さらに、この番組は同年、中沢氏の手によって、『三万年の死の教え──チベット『死者の書』の世界』という書籍としても公刊されています。ちなみに同書は、高橋被告の逮捕時の所持品に含まれていたことが報道されていますので、最近に至るまで、高橋被告にとって重要な意味を持つ書物の一つであったと考えられます。

 

1993年以降のオウムの布教活動においては、このようなNHKのスペシャル番組を録画したビデオが、積極的に活用されることになりました。

 

輪廻転生の死生観や、死者の魂をコントロールするという秘法は、何もオウムだけが唱えているわけではない。それは、公共放送や大学教授もすでに認めている話なのだ──と。こうした社会的風潮によって、末期のオウム真理教の運動が陰に陽に後押しされていったということは、無視し得ない事実であると思われます。

 

以上、第二のテーマ、すなわち、オウム的な思想を作り上げたのは誰か、というテーマに関する大枠をお話しいたしました。いささか話が長くなってしまいましたので、最後に再び、簡単に整理しておきます。

 

冒頭でご説明したように、オウムにとっての最終的な目標は、「人類の種の入れ替え」でした。それは公には、修行によって人間の霊を進化させ、「真理国」というユートピアを建設する計画であると発表されていましたが、実はその背後には、霊を退化させ、堕落してゆく人々を粛清するという殺戮計画が隠されていました。

 

この計画を推し進めるため、オウムではある時期から、小乗(ヒナヤーナ)や大乗(マハーヤーナ)を超えた究極の救済方法、すなわち、「金剛乗(ヴァジラヤーナ)」あるいは「秘密真言金剛乗(タントラ・ヴァジラヤーナ)」と呼ばれる教えが説かれるようになります。

 

その教えのなかには、グルを絶対的な立場に置き、自己を空っぽにするよう努力すること、さらには、悪業を積んでいる魂を解脱者(=麻原)が判定し、場合によっては「生命をトランスフォームさせてあげる」、すなわち、殺害して次の転生に送り込むという内容が含まれていました。

 

これらは、チベット密教に存在する「グルイズム」や「ポワ」といった観念を足掛かりに、それを文字通りに解釈する、あるいは拡大解釈することによって導き出されたものと考えることができるでしょう。

 

このように、オウムの教義や世界観、およびそれに基づく犯罪行為は、「人類の種の入れ替え」「グルイズム」「ポワ」といった諸々の観念に支えられていたわけですが、注意しなければならないのは、それらのすべては本来、オウムによって独自に考案されたわけでも、広められたわけでもないということです。

 

「人類の種の入れ替え」という観念は、ブラヴァツキー夫人によって創始された神智学というオカルト思想、世界中にブームを巻き起こしたニューエイジの運動、阿含宗を始めとする日本の新興宗教団体等によって、すでに提唱され、流布されていたものでした。

 

また、グルイズムに依拠した修行の魅力や必要性を社会に訴えたのは、アカデミズムからお墨付きを受けた一人の宗教学者でした。

 

さらに、チベット密教の死生観や「ポワ」という技法については、NHKが制作・放映したスペシャル番組を通して広く認知されることになったのです。

 

ゆえに、オウムをまったく特異な例外的現象と見るのではなく、それはあくまで、社会全体から生み出されたものであるという視点を持つことが、この事件の裁定や総括のためには不可欠なのではないか、と私は考えます。【次ページに続く】

 

 

 

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vol.2019.4.15 

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