高橋克也被告裁判・証言草稿──地下鉄サリン事件20年に際して

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当時の若者はなぜオウムに引き寄せられたか

 

次に、第三の論点、すなわち、高橋被告を含め、当時の若者たちがどういう理由からオウムに引き寄せられていったのかということに関して、死生観の問題、経済の問題、学問の問題、の三点を指摘させていただきます。

 

 

(1)死生観の問題

 

まず第一に、死生観の問題です。現代の日本社会は実は、人々が共有する公的な死生観が欠如している、また、「死のリアルな姿」に直面する機会に乏しいという点において、歴史的に見てきわめて特異な社会であると言うことができます。

 

近代以前の社会であれば、例えば日本の「祖先崇拝」の信仰におけるように、死後は「祖霊(御先祖様の魂)」となって山に住み、盆や正月になると山から下りて子孫たちと交流する、あるいは、キリスト教やイスラム教におけるように、死後は長い眠りにつき、世の終わりに復活して神の審判を受ける、といった死生観が公的な仕方で存在し、人々のあいだで共有されていました。

 

ところが近代になると、「政教分離」の原則に基づき、公的領域が世俗化・脱宗教化され、それに伴い、公共的な死生観が姿を消していきました。一神教的な伝統が希薄である日本社会においては、その影響が特に顕著であったと言い得るかもしれません。

 

近代社会において、伝統的な死生観の喪失という欠を埋めるものとして登場したのものの一つが、19世紀中葉、フォックス姉妹という霊媒によって創始された、いわゆる「スピリチュアリズム(心霊主義)」という潮流でした。

 

スピリチュアリズムについては、俳優の丹波哲郎さんが制作していた映画『大霊界』シリーズや、江原啓之さんや美輪明宏さんが出演していた『オーラの泉』という番組を通して、その概要を御存知の方もいらっしゃるかもしれません。

 

その思想によれば人間には、物質的な肉体の他に「霊体」が備わっており、霊体は死後も「霊界」で生き続けて、相互の交流を続けることになるのです。

 

先に述べたブラヴァツキーの神智学は、こうしたスピリチュアリズムの死生観に、ダーウィンの進化論や、ヒンドゥー教の輪廻転生論を融合させたものと捉えることができます。それによってブラヴァツキーは、人間の霊魂が輪廻転生を繰り返しながら進化していき、最終的には神に到達するという、「霊の進化」の理論を構築したわけです。

 

神智学の死生観は、世界中で広く普及することになり、そして高橋被告も、阿含宗やオウム真理教の教えを通して、こうした死生観を受容していたということになります。

 

同時に、今日の日本社会では、「死のリアルな姿」に直面する機会の多くが失われています。近代以前の社会においては、人は家庭のなかで老い、病み、死んでいったため、死の姿はきわめて日常的なものでした。

 

しかしながら現在、大半の人々は病院の密室のなかでその生を終えることになるため、実際の死の姿は、なかなか人目に付かないものとなっています。

 

また、従来の社会においては、成年男子であれば、家族を守るため、国家を守るために、敵に対して戦いを挑むということが一つの重要な義務となっていました。そして男子は、敵との戦闘を通して、あるいは、戦闘のための予備的な軍事訓練を通して、「死との向き合い方」を学んでいきました。しかしながら現代では、軍事的職業が専門化され、一般人がそこから遠ざけられていることから、こうした機会も失われています。

 

よく知られているように、麻原彰晃が好んで口にした言葉は、「人は死ぬ、必ず死ぬ、絶対死ぬ。死は避けられない」というものでした。そしてオウムでは、「イニシエーション」と呼ばれる各種の修行の実践を通して、「死のリアルな姿」を自ら触知することが探究されていきました。

 

ある意味でオウムとは、現代の日本社会において欠如している「死のリアルな姿」を凝集点として興隆し、そのなかに多くの若者たちを吸い寄せ、最終的には、大量虐殺の遂行に至った運動として理解することができるでしょう。

 

 

(2)経済の問題

 

第二点としては、経済的な状況、より具体的には、「バブル景気」からの影響を考えることができます。オウムが出現した1980年代後半、日本社会は、後にバブルと称される空前の好景気の渦中にありました。

 

当時は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン(世界一の日本)」という言葉が流行するなど、社会全体が一種の躁状態に陥り、「全能感」に浸されていた、ということができます。オウム真理教も、日本社会に蔓延していた異常な全能感から産み落とされたものの一つであったわけです。

 

同時にバブル経済は、物質的欲望の限界と空しさを教える出来事でもありました。当時の日本人は、好景気によって貯えた財力を用い、可能な限りの贅沢や娯楽に耽ろうとしていましたが、それらはむしろ、心理的空虚さや道徳的荒廃を生み出していきました。これに対し麻原彰晃は、現代の日本社会は、三毒=「貪・瞋・癡」と呼ばれる人間の煩悩に満ちとんじんち満ちており、それらを乗り越えて、純粋な精神的境地を目指すべきであると訴えました。

 

このような、物質的欲望を超越した高度な精神的境地への誘いは、これから日本社会の一員になっていこうとしていた若者にとって、大きな魅力を感じさせるものであったと思われます。

 

 

(3)学問の問題

 

第三点に、当時の学問の世界における風潮があります。まず文系について言えば、先ほどお話しした「ニューエイジ」の思想は、一般社会のみならず、大学の研究者にも大きな影響を与えました。

 

神智学の創始者ブラヴァツキー夫人の後継者の一人であるルドルフ・シュタイナーや、人類学者カルロス・カスタネダの著作は、大学内でもしばしば真剣に取り上げられ、その思想や「霊的革命論」に共鳴する多くの研究者を生み出すことになったのです。

 

中沢新一氏が自らチベット密教の修行を実践し、オウムの教義の土台となる『虹の階梯』を著したというのも、大学内に存在していたこのような風潮を前提としています。

 

また理系の分野では、ニューエイジの思想を自然科学の分野に応用した「ニューサイエンス」という流れがブームを起こしていました。

 

ニューサイエンスにおいては、近代科学の前提である、物質主義や要素還元主義を超克し、地球全体、あるいは宇宙全体を視野に入れた大局的な見地に到達すべきことが唱えられ、「ホロン(ギリシャ語の「全体」)」や「ガイア(ギリシャ神話の大地の女神)」といった概念が重視されました。

 

また、物理学における「相補性原理」や「不完全性原理」が恣意的に解釈され、素粒子のレベルでは、物質的領域と精神的領域が区別なく渾然一体となっている、ということが主張されました。

 

オウムにおけるユートピア社会論や超能力研究、「宗教と科学の融合」といった理念は、ニューサイエンスからの影響を色濃く被っていたのです。

 

高橋被告は理系の研究者であったわけではありませんので、こうした動きから直接的に影響されたのではないでしょうが、オウムの教義はただの理想論ではなく、学問的・科学的裏づけを持っているのだ、という主張は、その魅力を高める一つの要因となっていたことでしょう。

 

以上、宗教観や死生観の問題、バブル景気という経済的現象、学問の動向など、日本社会に内在していた数々の要素がオウムに対して影響を与え、若者がそれに魅力を覚える要因となっていた、ということを指摘させていただきました。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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