辺野古移設を強行すれば日本への怒りが広がる──大田昌秀インタビュー

 普天間返還とグアム移転

 

──1995年の少女暴行事件と県民大会から、橋本首相が普天間の返還を発表しましたよね。でもそのあと、それがすぐに辺野古への移設、というより、より大規模な基地の新設になってしまった。

 

その普天間問題はね、実は裏があって。ぼくは知事になってまっさきに公文書館を作ったわけですよ。その前も20年間アメリカに通い続けて、資料集めてきたわけです。

 

最初、日本政府は辺野古と言わないで、沖縄本島の東海岸ってごまかしていた。ところがそれが突然辺野古となったから、どうして辺野古かというのは、ぼくらには疑問だった。

 

橋本首相のときにモンデール駐日大使と話し合って辺野古と決めたと思っていた。ところが、こういうことだったんです。

 

1953年から58年までは、島ぐるみの土地闘争といって、米軍が農民の土地を取り上げて基地にしたのに対して、大きな大衆的抵抗運動が起こった。そして、1965年の段階で、沖縄を日本に返す話が始まったら、米軍は心配したわけです。

 

つまり、米軍がいちばん重要視している基地は、みんな嘉手納以南の、那覇市に近いところに集中している。普天間とか、浦添のキャンプキンザー。巨大な倉庫です。それから司令部が瑞慶覧という、嘉手納の手前にある。その運用ができなくなる恐れがあると。日本に復帰して日本国憲法が適用されると、沖縄住民の権利意識がますます強まってね。だから嘉手納以南の重要な基地をひとまとめにして、どっかに移そうという計画を立てた。

 

それで、アメリカのゼネコンを呼んで、西表島から北部の今帰仁港までぜんぶ調査させた。その結果、大浦湾の辺野古がいちばんいいと。どうしてかというと、那覇軍港は水深が浅くて、航空母艦を入れられない。辺野古は水深が30mある。普天間飛行場の滑走路を作るだけじゃなくて、海軍の巨大な桟橋をつくって、航空母艦も入れるようにしようと。それから反対側の陸地には核兵器を収納できる陸軍の巨大な弾薬庫を作るという計画を立てていたんです。

 

ところがベトナム戦争のさなかだから、金がないわけ。当時は、安保条約も沖縄に適用されていないから、移設費も建設費も維持費も、米軍の自己負担なんですよ。そこで、日本政府と密約を結んで、沖縄が日本に復帰して憲法が適用されても、基地は自由に使用できる、核兵器はいつでも持ち込めると密約を結んで、それが合意されたものだから、安心して放ったらかしにしていた。

 

これが今では、移設も建設も維持費も、思いやり予算もすべて日本の税金で負担するわけです。こんないい話はないわけ、アメリカにとっては。それがわかったものだから、ぼくらは絶対作らせるべきじゃないと。

 

それから少女暴行事件が起きた。そのとき8万5000人の県民が集まって抵抗運動したものだから、日米があわてて沖縄の怒りを鎮めようと、SACO、沖縄に関する特別行動委員会というものをつくって、いくらか基地を返す話をはじめたわけです。

 

ところが、結局は実らなかったけど、そのときにぼくらは基地返還アクションプログラムというのを作って、日米両政府に正式な政策にしてくれと提出したわけです。2015年までに基地を全部返してほしいということでね。

 

そしたら、そのあとの経済の問題は、国際都市を作って、それで、日本にだけ目を向けるんじゃなくて、王国時代と同じように東南アジアと交流すれば充分にやっていけると。

 

ただ、新たに基地を引き受けてっていうことに関しては、ぼくは戦争体験してるからね、これだけは絶対にダメだと。なぜかというと、次に戦争が起きたら、真っ先に嘉手納がやられるというのは、もう軍事評論家が一致している意見なんですよ。沖縄が真っ先にやられると。

 

アメリカの下院の軍事委員会の、ポール・マクヘイルという議員を連れてきて、基地を見せたら、全部撤退するべきだと言ったんです。

 

どうしてかというと、米兵はみんな、10代の若者たちばかりだと。そして、陸・海・空・海兵隊の4軍が、沖縄の小さな島にいると。つぎ戦争が始まったら、この小さな島で、将来のアメリカを背負って立つ若者が、たくさん死ぬ恐れがあるから、ぜんぶ撤退するべきだと言ったんです。

 

 

──かっこうの攻撃目標になってしまっているんですね。

 

そうそう、そうそう。そして、グアムに移す話が、2006年に始まったわけです。再編実施に関するロードマップというのが。

 

ぼくは知事時代にペンタゴンに毎年通っていました。そしたら、ペンタゴンの連中が同情してね、毎年通っているもんだから(笑)。それで、10階から玄関までぼくを見送ってくれて、そのときにね、ぼくに耳打ちして、知事はグアムに寄ったほうがいいよと。

 

グアムに、アンダーセンという空軍基地があって、B52の基地だったけど、がら空きになってる。それからアプラ湾という湾があって、米軍の海軍の基地があったけど、これもいまはなくなってる。だからグアムは経済的に苦しんで、基地を欲しがってると。グアムに行ったら沖縄の基地を引き受けてくれるはずだと言う。

 

グアムから国会議員が出てるわけ。ロバート・アンダーウッドというひとが。彼の事務所に行ったら、じゃあ一緒にグアムに寄ろうと言って、ワシントンから帰るときに一緒に飛行機に乗って、グアムに寄った。そこで知事と議会の議長と商工会議所の会頭の有力者3名に会ったらね、大歓迎すると。沖縄の基地を。

 

そのあと、ぼくはアンダーウッドを沖縄に連れてきて、基地を見せた。嘉手納や普天間を。そうしたら彼がグアムに帰ってから連絡があって、インフラの整備が必要だから、一度に全部引き受けるわけにはいかないけど、まず最初に3500人だけ引き受けようと言ったわけです。

 

とても喜んだわけ。なぜかというと、普天間はね、全部合わせても2500人しかいないからです。だからあと1000人はどこから移そうかなと思っていた。

 

そしたら、グアムが3500人引き受けてくれるって出したとたんにね、日本政府からちょっかいが入ってね……。向こうははっきり日本政府って言わなかったけど、それを匂わせていた。それで、しばらくは数字を出すのは抑えておこうと言ってね。いいですよ、みなさんに迷惑を一切かけたくないからとこちらも言って。

 

そうしたら2006年になって、沖縄の海兵隊8000人と家族9000人をグアムに移すと。その費用は103億ドルかかると。そのなかの60億ドルは日本側がもつと。

 

ぼくは参院議員のときに、参議院の安全保障問題、外交防衛委員会に入っていた。そしたら本土の、同じ外交防衛の議員が、ぼくに向かって、なんで俺たちの税金を沖縄のために7千億あまりも出さんといかんのかって言うから、ぼくは頭にきてね、俺たちは一銭もカネ要らんからキミのところに基地を持っていきなさいと言ったことがある。

 

いまジョン・マケインという、大統領候補になった男が、上院の軍事委員会の会長になっています、今回。さっきも言ったように、国外のアメリカの基地は、上院の軍事委員会

が権限を握っている。

 

マケインとその軍事委員会の有力議員が、103億ドルではとうてい、沖縄の8000人と家族9000人をグアムに移せないと。あと85億ドルぐらいかかるって言って、予算を凍結してしまったわけです。しかもそれを、3か年間予算を凍結してしまって、それで今日に至っているわけです。それでやっと今年になってね、予算を解除するかもしれないという話が出てきている。

 

そうしたら、ハワイの太平洋指令部はね、ちょうど2006年ごろに、グアム統合軍事開発計画というのを作って、グアムに巨大な基地を作ろうとした。どうしてかというと、中国の軍事力が強化されてきて、ミサイルの射程内に沖縄が入っていると。グアムは射程外だから、そこに移したほうが安全だといって、それでグアムに移す話が出てきた。

 

ところが、予算が凍結されてそれができなくなってしまった。今回、予算を凍結したマケインが委員長になってるわけですよ。そうすると、ますます解決は難しくなっているように思うのです。

ただ、いまの状況からするとね、8000人を移すのを、4700人に減らして、オーストラリアのダーウィンという基地と、ハワイと、グアムの三カ所に分散して移そうという計画になっている。これがその計画通りにいくと、だいぶ沖縄の基地が減っていくけどね。ただ日本側が、予算をどれくらい出せるかにかかっている。

 

 

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(写真:辺野古地区  むかって右から、大浦湾、辺野古崎のキャンプ・シュワブ。沖合で工事がはじまっている。)

 

 

 「属国」

 

──そうやって海兵隊が数千人減っても、まだ辺野古は必要なんですか? 辺野古は軍港としては必要なんですね?

 

辺野古の問題はね……。日本政府とアメリカ政府のSACOの、最終報告と中間報告があるわけですよ。その報告書を読むと、両政府がつくった報告書の中身が違うわけです。

 

日本政府はね、辺野古に作る基地は、普天間の5分の1に縮小して作ると。いまの普天間の滑走路は2400から2800mくらいあるけど、それを1500mにすると。建設期間は5年から7年、建設費は5000億以内といってるわけです。そして実際に図面には1500mの滑走路の図面を書いていた。

 

ところが、アメリカ政府は、建設期間は少なくとも10年かかると。MV22オスプレイを24機配備するから、これを安全に運行できるようにするためには、2か年の演習期間が必要だと。従って、建設期間は12年はみないといけない。それから、建設費用は1兆円かかる。1兆5000億と書いてるひともいるけどね、1兆円はかかると。

 

そして、運用年数40年、耐用年数200年になる基地をつくるとはっきり書いてあるわけですよ。国防総省の最終報告書に。だから、耐用年数200年になる基地をつくられたらとんでもないってね、それで僕らは反対したわけです。

 

橋本首相から、県は2001年に10カ所の基地を返してくれって言っているが最優先に返してほしい基地はどこかと聞かれたものだから、それは普天間ですと言った。普天間には周辺に16の学校があって、市役所や病院がすぐ隣りにあると。

 

それから、クリアゾーンといってね、滑走路の延長線上には、建物をつくっちゃいけないし、人が住んじゃいけないことになってる。ところがそこに、普天間第2小学校ができていて、3000人もの人が住んでいるわけですよ、クリアゾーンに。

 

だからいちばん危険だから、まっさきに普天間を返してくれって言ったら、モンデール大使と橋本総理が話し合って普天間を返すことを発表したわけです。それで、10カ所返してくれっていうのを、普天間を付け加えて11返してもらうことに決定したわけです。ぼくたちはとても喜んだわけです。

 

ところが、ずっと後になって、1年くらいあとになってね、そのうちの7つは県内に移設するというわけです。そうすると、県内に移設すると、新たにコンクリートで作るからね、耐用年数が尽きるまで米軍が勝手に使えるわけですよ。だからぼくはそれは絶対できませんっていってね。

 

普天間とか嘉手納では、兵舎をプレハブで作っていた。それが老朽化していまコンクリートに作り替えている。県内移設というと、みんな最初からコンクリートで頑丈に作るからね、そんなことしたら、沖縄はいつまでも基地と共生しなければいけない。これはとうていできませんと言って拒否したわけです。それが今日まで尾を引いているわけです。

 

もうひとつ言っておきたいのは、トーマス・キングといって、普天間の副司令官がいる。これは辺野古に基地を移す委員会のメンバーでもあるけど、彼がNHKのインタビューに答えて、普天間に作る基地は、普天間の代わりの基地じゃなくて、20%軍事力を強化した基地を作ると言っている。

 

その強化の中身は何かというと、いまヘリ部隊がアフガン戦争とかイラク戦争行くときに、爆弾を普天間で積めない。いったん嘉手納に行ってから積んでる。非常に不便だからね、辺野古に基地をつくったら、陸からも海からも自由に爆弾を積める施設をつくると。それからMV22オスプレイを24機配備する。

 

日本政府は最近までね、オスプレイ配備するなんて一切言わなかったわけです。ところが、何十年も前にオスプレイ24機配備するって、もう決まっていたわけです。そうすると、いまの普天間の年間維持費は280万ドルだけども、辺野古に移したら一挙に跳ね上がって、年間2億ドルかかると。これを日本の税金で持ってもらおうと言ってるわけです。

 

ついこないだ世論調査やったらね、沖縄の83%が辺野古に基地を移すの反対してるわけです。ところが本土は過半数のね、56%が賛成してるわけです。辺野古に基地ができたら、本土の納税者の頭の上にどれだけの財政負担が覆い被さってくるか知らないから賛成してるんでしょう。そんな金があるんだったら、福島の復興を一日でもはやくやるべきですよ。

 

そのへんの裏側を知らないもんだからね……新聞記者に話しても、載せられないわけです。いろんな新聞記者が来るけどね、東京のデスクで抑えられてしまうわけです。

 

 

──これも素朴な疑問なんですが、アメリカとしては日本のおかげで基地を作ってもらえたらそれでいいわけですよね。でも、辺野古に基地を作りたがっているのは、アメリカというよりもむしろ日本の側のようにも見えるのですが。なぜ日本政府がそんなに?

 

アメリカのほうはね、繰り返し辺野古に移すのがいいといって、しょっちゅう言っているのはね、いま言ったように、移設費から建設費までみんな日本側が持つわけだから、こんなありがたい話はないわけです。

 

日本政府はアメリカべったりだから……。属国ですよ。オーストラリア国立大学のガバン・マコーマック名誉教授が『属国』という本を書いていますよ。

 

 

──日本政府の中核にいるグループにとっては、権力の源泉はアメリカにあるんでしょうか。

 

そう。そう。だからアメリカに行くと、基地問題は日本政府の内政問題だから、日本政府と交渉しなさいってよく言われるんです(笑)。

 

 

──アメリカの代理みたいなひとが日本政府の中枢にいるんですね……。

 

ジャパン・ハンドラーズっていってね、日本を牛耳ってる連中がいてね。カート・キャンベルなんかがずっと、ジャパンハンドラーズになってやってきたわけです。ぼくはアメリカ行くたびに彼と口論ばかりしとったわけ。キャンベルと(笑)。【次ページに続く】

 

 

 

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vol.2019.4.15 

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