LGBTが病気になると……

今年の4月。私は、だれもが「2歩先はゾンビ」である事実を発見した……!

 

それまで私はLGBT(セクシュアル・マイノリティ)当事者として社会から1歩分「マイノリティ」だったのだが、4月に難病持ちになったことが発覚し、もう1歩分「マイノリティ」になった。2歩先で垣間見えたのは、ゾンビの世界だった。ゾンビとは、すなわち「肉体的,精神的ならびに社会的に人間としてどうかと思う状態」のことである。

 

日本社会で「ダブル・マイノリティ」は、もはやオリジナルすぎる個人のことを指す。あまりに個性的すぎて、「個性」という爽やかな言葉には溶かしきれない状況がそこにはある。不覚にも「二歩分」進んでしまったとき、私やあなたには、いったい何が起きるのか。本連載は、そんなダブル・マイノリティたちの傾向と対策を綴っていきたい。

 

これは「そんなの関係ないよ~」「1歩分だって進んでないよ」と思っている“フツー”や“マジョリティ”のあなたにも、ふりかかるかもしれない危機なのです。っていうか、たぶんあなた、“フツー“じゃないですよ!

 

 

LGBTであるということ

 

連載第一回は、私個人の「LGBT×病気」な体験から始めたい。

 

私はトランスジェンダーで、女の体で生まれたが、自分のことを男だと感じており、心身の性別が一致していない。幼い頃から性別をめぐるトラブルがあり、思春期には「おれは男だから制服のスカートをはきたくねぇんだよ!」などと悪戦苦闘した。

 

しかし、子どもの頃には、性別への違和感を訴えても、どうせ一過性のこと、テレビやインターネットに影響されすぎているのだろう、思春期で脳みそが発酵している、といった程度にしか扱われなかった。合掌。

 

そんな世間の不条理を正すべく(!)、私は、教育現場や子ども支援に関わる人にLGBTを知ってもらう活動を10年ほど続けてきた。すると、ここ数年はうっかり朝日新聞の「ひと」欄に出たり、本やテレビに出たりと、世間から話を聴いてもらえるようになった。

 

LGBTの問題への関心が高まるにつれ、子どもの頃には聴いてもらえなかったことを、今ではお金を払ってまで聴きたいと「大人」たちがやってくるようになった。

 

まるで、ストリートでギターをかきならして冷たい視線を投げられていた若者が、突然メジャーデビューを果たしたような状況の変化(ある意味、これもまた不条理)。

 

こうして、私は歳を重ねるにつれて、自分の望まない性別で振る舞うように強要されることが劇的に減り、トランスジェンダーである自分自身との付き合いについても「飼い慣らした感」を持っていた。しかし、私は「もう1歩分」進んでしまったのだった。

 

 

カミングアウトする体力がない!

 

冬の終わりに「もうぼくわかんないよ」と近所の病院の医者に言われた。体温計が38.9℃を指しており、私だって意味がわかんないよと思った。なんだこれ。起きているのもつらく、院長が大学病院への紹介状を書いている時間がひたすら長く感じた。翌日には新幹線に乗ってシンポジウムで当壇する予定だったのに、こりゃどうしたって無理じゃんね。申し訳なさで半泣きになりながらことわりをいれ、大学病院に行くと、大至急入院だと言われた。

 

昨年末から立て続けに感染症にかかり、熱がさがらなかった。髪は抜け、肌は荒れ、咳が止まらない。自己免疫疾患のひとつで、全身性エリテマトーデス(SLE)という難病だった。

 

こうやって書くと、いかにも「ご重体」だが、本人は体温計が壊れているのだと思いこんでいた。認識のズレというのは恐ろしい。のほほんとしているうちに、どんどん弱っていき、4月1日に私は某大学病院へと「収監」されたのだった。とんだエイプリル・フールだ。

 

トランスジェンダーの人口は300人~数千人にひとりと言われる。

 

SLEのほうは1万人にひとりなので、この状況、単純に計算すると300万人とか数千万人にひとりだ。『困ってるひと』著者の大野更紗さんは、ご自身が難病になったことを「難病のくじをひいた」と表現をされている。大野さんとは、昨年とある勉強会の打ち上げで偶然一緒になり、隣でごはんを食べる機会があった。そのときは「大変っすね~」と思っていたが、まさか一年後、自分のところにも飛んでくるとは思わなかったよ、くじ……!!

 

さて、ダブル・マイノリティな物語はここから始まる。私のゾンビ問題の中心は「話せない」ことだった。入院当初は具合が悪く、自分のニーズを伝える体力がなかった。入院という環境自体が初めてだったし、話すこともだるい。看護師さんにものを頼むのも慣れないから、「氷枕ください」というのが精いっぱい。

 

そんな環境の中で、「飛べない豚はただの豚」もとい「カミングアウトのできない私はただの女体」で、私は戸籍上の性別のまま扱われるしかなかった。

 

「実は、自分はトランスジェンダーで……」と切り出してカミングアウトするのは、勇気や精神力、体力、もろもろのエネルギーを要する。たいていの場合、LGBTのことを相手は詳しく知らないので、こちらが解説しなくてはいけない。さながらプチ講演のような状況になることもある。そんなことより、入院直後の私は、熱があり、だるくて眠りたかった。

 

入院センターというところで(洗濯をしなくて済むから楽ちんという)パジャマレンタルセットを申し込んだところ、ピンクのしましまパジャマをあてがわれることになった。戸籍上が女性だからだ。

 

しまった、と思ったが、変えてもらうために交渉する体力が無かった。「こんなピンク・パジャマ姿を友達や周りの人には見られたくないな」と頭によぎったが、切り出せない。そのままピンク・パジャマと共に時間がずっと過ぎていった。

 

 

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ピンクパジャマをあてがわれゾンビ化する筆者

 

 

再び、合掌……。

 

 

医療費が数十万円も変わる

 

そして、ピンク・パジャマだけでは済まなかった。治療方針をめぐって、性別問題は大きく影響していった。

 

まず、ステロイドの投薬が始まるにあたり副作用についての説明を受けた。「女性の場合には、こういうのは気になるでしょうけれど…」と担当医は切りだして、毛が濃くなることやムーンフェイス(顔が丸くなること)、妊娠・出産によって症状が悪化する可能性のあることについて触れた。

 

私は、毛が濃くなることについてはむしろ歓迎だったし、妊娠・出産の予定は考えたこともなかったので、「あ、全然気にならないっす!」という感じだった。むしろ、眉毛やもみあげの濃くなることはウェルカムだった。その副作用なら、どんとこい。

 

その程度の会話のすれ違いなら、かわいいものだった。しかし、性別認識をめぐるすれ違いは、やがて大きな問題になる。【次ページにつづく】

 

 

 

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