交差する人生、行き交う物語

エロビデオとしゃらんしゃらん

 

岸 これ、絶対お伝えしたかったんですが、「かぞくのくに」の小道具がものすごく好きなんです。

 

最初のほうのシーンで、リエの部屋にソンホが入ってきて、しゃらんしゃらん……なんていうんですかね、プラスチックのビーズが入り口にかかっているじゃないですか(※ビーズカーテン)。ソンホが入ってきたとき、その「しゃらん」が一本肩にかかるんですよ。それをリエが「ふーん」と話しながら、見ずに無意識に取るんですよね、あれは演出の……

 

ヤン あれはリエ役の安藤サクラが勝手にやってるんです。サクラちゃんのああいうところすごい色っぽいと思う。あのしゃらんしゃらんは小道具のスタッフが用意してくれて。

 

岸 リエの部屋が完璧で。ザ・実家に住んでいる若い女の子の部屋。

 

ヤン 置いてあるCD、全部オーダーしてます。韓国のCD、韓国に行けないからなおさら韓国のポップス。もしかしたらアドリブで見るかもしれないし、それぐらい自由にしてたんで。あとは「地球の歩き方」、海外に自由に行きにくい立場だからなおさら、ってことで世界地図、韓国の地図、ふつうのファッション雑誌とか。

 

岸 頑張ってフランフランとかで買い揃えてるんだけど、おしゃれになりきってないんですよね。もともと和室だったところを洋間に改築したのかなと想像が浮かびます。

 

でも、ものすごく居心地がよさそうなんですよ、あの部屋。部屋って人柄でますよね。なんというのかな、リエの気取らない人柄を感じました。

 

ヤン すごく優秀なスタッフに恵まれたと思っています。

 

岸 それと、ソンホを偵察するヤン同志がビジネスホテルでひとりになって、部屋を暗くしてタバコをくわえてエロビデオを観るじゃないですか。あれ、すごくリアルで。今この瞬間に何万人といるだろう、世界中に、出張先のビジネスホテルで、観るともなくもう、ぼけーっと流しているだけの人がいるんだろうなと。外を行く車の音とか、エアコンの低い音とか、聴こえてくるようなシーンだった。あれは、みてるビデオはなんでSMにしたんですか(笑)。

 

ヤン リクエストはなかったんですけど(笑)。著作権の問題があって、使えるものが少なくて。あれはおっしゃる通り、ヤンを一人の、罪のない男として見せたかったっていうのもあるし。「彼も社会の犠牲者だ!」とかそういうんでもなくて、そんなもんやん男って、っていうね。

 

岸 そうなんですよね。そうそう。

 

ヤン もう一つは、私自身の経験もありました。旧ソ連、いわゆる東側といわれた社会主義国が崩壊する前は、北朝鮮からそういうところに出張する人も多かったんです。

 

うちの兄が貿易の仕事をして上海に行ったことがあるんですよ。あまりにも経費が使えない。というか、北朝鮮のお金を向こうに持っていっても紙同然です。ホテルに泊まれないから、北朝鮮大使館の片隅で同僚5、6人と雑魚寝して。食パン1斤を分けながら食べている。マーガリンを買うお金もないと。80年代終わりの話だから、今はそんなことないと思いますけど。

 

大阪にその近況を知らせる電話がきて、母が「お金を持っていけ」と私を上海に行かせたんです。兄たちと合流して、とにかく、ご飯食べに行きましょうと、上海の安いけど美味しい店で毎日もりもり食べさせて。お土産も家族に買っていったらと、みなさんにお小遣いも渡して。「ヨンちゃんありがとう」って、女神さまのように感謝されて(笑)。

 

なにしに来たんやこのおっちゃんらと思うわけじゃないですか。そんな状況で貿易まともにできるわけない。でも彼らは、一歩でも国から出てみたいから、チャンスがあれば来るんです。

 

こうやって来て、何するのって聞いたらね、みんなで頑張ってお金を貯めて、一泊だけホテルに泊まるそうなんです。一部屋にみんなで群がって、一日中エロビデオをみると……。国外に出るときのとても大きな楽しみだっていうんですよ、もう、泣かせる話でしょう(笑)。

 

岸 いい話だなー(笑)。

 

ヤン もうちょっと早く言ってくれたらエロビデオどっさり持って行ったのにって(笑)。そういう思い出もあってホテルのシーンに繋がっていきました。

 

岸 ヤン同志が「あんたとあんたのお兄さんが嫌いな国で、ぼくは死ぬまで生きるんだよ」と言うじゃないですか。あのシーンはいいですよね。

 

あの映画自体、すごく大きな悲劇に巻き込まれる話なんですけど、同じ人間なんだなとふっと思う。なにげない何か。あ、こんなもんや。……ちょっと間抜けな存在ですよね、一人でビデオ見るっていうのは。さみしいし。俺もさみしいけどこいつもさみしいねんなって。

 

 

人間ってそんなもんでしょ

 

岸 さっきヤンさんが、社会学者は分析し一般化するんですよとおっしゃった。ぼくもそういう仕事をしているんですけども、この本(『断片的なものの社会学』)はそういうところからこぼれてくるような、どちらかというとビジネスホテルでビデオを見ているような、夜中に道ですれ違ったおじいさんが全裸だったとか(笑)そういう話ばっかり、書いてます。

 

世の中の差別ってカテゴリー化からはじまりますよね。ぼくたちは毎日個人として生きていて、民族問題や基地問題、身体の障害を当事者ほどつよく意識することを免除されていて、日々考えないで暮らしていけます。それが、制度で守られているってことだと思うんですけど。ぼくらは個人的な悩みを個人的に悩むことができる。そうでない人たちは、遠い世界で、一緒くたに見えてしまうと。

 

それが「かぞくのくに」では逆転しています。マイノリティのリエたちが個々人でいろいろな存在で描かれているのに、日本人であるマジョリティは平板な群れとして現れています。それが面白いなと思って。

 

ぼくが書いた『同化と他者化』でもそういうテーマを扱いました。復帰前に沖縄から一人で東京にやってくる少年がいて、その少年がすごくもてはやされるんです。そこに群がってもてなしている日本人の側がすごく平板に(当時の新聞で)描かれているんですね。

 

だから、在日のアイデンティティと日本人のアイデンティティが並んで存在しているわけじゃないんだな、って強く思いましたね。それは在日みたいに、アイデンティティというのをどうしてもどこかで考えざるを得ない存在と、民族的なアイデンティティについてはそもそも何も考えなくてもいいわれわれ日本人。「マジョリティのアイデンティティ」というものはないんじゃないかって。

 

ヤン この本(『断片的なものの社会学』)のなかでもそういう文章がありましたけど、私はよくわかりませんでした。「ぼくはマジョリティ、ヤンヨンヒはマイノリティ」って絶対的なものじゃないと思っているし。

 

たとえば、私は日本社会のなかでコリアンという立場ではマイノリティですけど、DVを受けたこともないし、両親に育てられました。そういうイシューになると私はマジョリティなんです。

 

人間には、いろんな面があると思っています。「かぞくのくに」をみて、「あ、あちらの話だ」と思う人と、「あ、なんや変わらんねんな、私と」と思う人に分かれるとしたら、それは在日に対してというよりも、世界で起こるどんな人たちのどんな事件に対しても、そういうスタンスなんじゃないかな。

 

普遍を探せる人っているじゃないですか。人と出会ったときに、共通項を探して盛り上がる人と、違いだけを見つけて「あんたと私は違うんだ!」と思う人。恋愛だって違うから惹かれるんだけど、共通項もあるから惹かれるのであって。

 

でもそのバランスって難しいですよね。たとえば、日本人の岸さんと私が恋人になったとして、和食も好きだし、日本語がファーストランゲージだし、関西人だし「同じだよね」を強調されたとします。たとえば、「でも北に家族おんねん」と私が言ったとき、「もうええやんかそれは、もっと軽い話しよ」と同じ部分だけ持とうとされたら、関係って深まりません。

 

一方で、「俺とお前は違うんだよ」と言い続けられても困る。「好きやねん」と言ってるのに、ぜんぜん近づいてくれない。両方を上手にバランスよくできる人ってすごく少ない気がします。それは朝鮮学校の教育にも問題があるし、日本の教育でも他者を教えない部分があります。いわゆる先進国でこんなに多様な人が住んでいるのに、日本に住んでいる出自の違う人々について教えない。そういうのをしっかりしないとバランスが良くならない。

 

「かぞくのくに」でヤン同志のポルノを見ているシーンを入れたのは、そういう意図があります。リエやソンホも自分たちと違うのに、ヤン同志ってもっと違う存在です。そこを、ポルノを見てるシーンで、ガーンと近くに感じて欲しかった。

 

岸 ネットで違う解釈しているひとがいて、あれは北朝鮮で見られないからおもしろがっているんだっていう……

 

ヤン 北でも見てるがな、見る以上にやってるがな(笑)。

 

岸 パッとそういう解釈をするのは、どこまでいっても北朝鮮の人間として見てるんですよ。

 

ヤン 私が「人間ってそんなもんでしょ」って言えるのは、いろんな人間見てきたからだと思っています。在日とだけ付き合ってきたんじゃなくて。もっというと、いま私が一番信頼している友達には日本人の方が多いです。

 

在日だからって当たり前ですが、みんなと気が合うわけでもないし。「俺とはちがう!」と映画をみて文句をいう人もいる。「あんたの話ちゃうんねん」って言っているんですけど。これは、私個人の体験に基づいた物語ですから。「私」の話に触れながら「私たち」の共通項や違いを探してほしい。「私」と「私たち」の分け方も色々ありだと思うし。

 

岸 そういうときのフックがあるでしょ。どういうときに、「わかる」ってなるのかとずっと考えてるんですよ。いちばん普遍的な言語で言うと、「差別はダメだー」とか「基本的人権が」になりますよね。でも、やっぱり実感できるのは、リエの部屋にあるしゃらんしゃらんであったり、ヤン同志がみているエロビデオであったりする(笑)。

 

ヤン そうとうフックだったんですね。エロビデオとしゃらんしゃらん……

 

 

ディティールが普遍である

 

岸 あとすごくイイなと思ったシーンがもう一つあります。朝起きてきて、みんな喫茶店にそろって、「ごはんも作れないのにお嫁に行けるのかしら」とオモニが言ったら、リエが「日本人はダメとかいううるさいおっさんがいるから」と答える。そしたら、オトンがちょっとすねた感じで、席を立つでしょ。そのときお母さんがコーヒーを持っていくんですけど、お父さんが飲まずに帰っちゃって、苦笑いしながらそのコーヒーを自分で一口飲むんですよ。

 

ヤン あれは宮崎さんのすばらしいアドリブ。

 

岸 あ、あれはアドリブなんですね。あれね、自分で一口飲むのはめっちゃオカンぽいなっていう(笑)。

 

ヤン あそこで、「あー、在日のお父さんはこういうこと言うんだ」って思うかもしれませんが、この映画はアメリカにもっていってもイタリア系やユダヤ系の人が「うちの父も同じこと言ってた」って言うんですよ。

 

海外にいくと、移民のお父さんに、娘たちがおなじこと言われている。移民のお父さんたちは、やっぱり、惚れたはれた言ってもながく暮らすと、ルーツが同じ方がなんやかんやうまくいくんやっていうのを実体験で知ってたりするんでしょうね。一概には言えないと思いますが。

 

でも、日本人同士のカップルの親御さんでも、ステイタスが違うとか、もっと金持ちみつけろとか、大学出てなきゃあかんとか、いろいろ言う人いると思うんですよ。結局父ちゃんが娘の結婚にごちゃごちゃ言うってのが普遍なわけで、そんなもんやんな、っていうのが普遍なわけで。

 

岸 共通しているんですよね。ごりごりの社会運動家とか政治運動やってて、めんどくさいおっさんなんだけど、愛されてて、すごく。家の中でめんどくさい、こわがられてるんだけど、ちょっと苦笑いされているみたいなのも普遍なんでしょうね。

 

ヤン そうですね。最初は特殊性、オリジナリティから入って「へぇぇぇ」と思ってもらう。この家族っていうのは超特殊。でも、深く掘り下げていくと、普遍性がみえてくる。

 

なんやウチといっしょやないか。お母さんのあの気持ち、お父さんの気持ち、息子と父親の関係とか。妹とお兄ちゃんの関係とか。いっしょやないか、というのは日本人だけじゃなく世界中の映画祭どこ持って行ってもみんな感じてくれるわけです。だからみんな同じところで泣くし、同じところで笑う。

 

岸 『断片的なものの社会学』にも書いたんですけど、ものすごく取るに足りないディテールが、むしろ普遍ですよね。だからいかにディテールを持ってくるのかが表現者の力量です。あの映画はすばらしかった。全体のストーリーももちろん面白かったんですけど。小道具の置き方、部屋の本の置き方一つに至るまで。ディテールの力を感じました。

 

 

「君のこと全然分からないから教えて」

 

岸 「わかるよ、わかるよ」って言われるの、腹がたちますよね。ぼくがやっている仕事は、分析するというよりは、フィールドワークや生活史なので、「わかるよ」ではなく、「わかるでしょ」っていうのを出したいんです。ほんとはね。

 

ヤン 岸さんは、分析とか網羅もしつつ教える仕事もするけれど、この本(『断片的なものの社会学』)を書く人だから面白いなと思って。一人ひとり、面と向かって会って、話を聴いていくじゃないですか。裸のおっちゃんに至るまで。

 

個々人に会うことをせずに、社会やいろんな国のことを文献でしっている人って、頭いっぱいに情報があるんでしょうけど、飲んでもつまんないじゃないですか。別に飲むためだけじゃないけど(笑)。

 

私自身も、家族ととことん話したし、お兄ちゃんに「脱北する気ないか」と聞いたこともある。それと、北朝鮮を見るため、在日社会をみるためには、外を知らなきゃとニューヨークで6年暮らしたり、アジアの色んな国に行ったり。そういうのをいっぱい見ていると。自分の知っている狭いコミュニティの話と、いろんな国の話も意外と似ているところがある。一人一人ほじくりながら、外もいっぱい見ていました、っていうところで、岸さんとは共通項が多いと思っています。くどいてないですよ、大丈夫ですよ(笑)

 

岸 (笑)。

 

ヤン 在日の男の人でたまにいるんですよ、口説くときに、「おなじ在日だから、日本人よりもだれよりもぼくがヨンヒをいちばんわかるんだよ」みたいなの。もー、グラス投げてやろうかと思うんです(笑)

 

岸 あれ、効果あるんかな、と思うんですけどね(笑)。

 

ヤン ない! 少なくとも私にはない! いるんすよけっこう。

 

岸 ぼくのおすすめの口説き方は、「君のこと全然わからないから教えて」っていうほうが。

 

ヤン あーいいですね。

 

岸 でしょー。わかるよっていうと逆効果ですよね。

 

ヤン もっと知りたい、というとね、教えてあげようかな、って気になるのにね。岸さん、素面とは思えない(笑)。

 

岸 よく言われますよ、飲んでも変わらんと言われる(笑)……なので、そうですね、そんなに分析するスタイルではないし、知識も紡ぎたくないので。あったエピソードを並べて、こんなもんでしょう、というのを言いたかったんですよね。【次ページに続く】

 

 

シノドスのコンテンツ

 

●ファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

●電子メールマガジン「αシノドス」

⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

●少人数制セミナー「シノドス・サークル」

⇒ https://synodos.jp/article/20937

 

 

 

 

1 2 3
シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.4.15 

・打浪文子「知的障害のある人たちと「ことば」」

・照山絢子「発達障害を文化人類学する」
・野口晃菜「こうすれば「インクルーシブ教育」はもっとよくなる」
・戸谷洋志「トランスヒューマニズムと責任ある想像力」
・濵田江里子「「社会への投資」から考える日本の雇用と社会保障制度」
・山本章子「学びなおしの5冊 「沖縄」とは何か――空間と時間から問いなおす」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(6)――設立準備期、郵政民営化選挙後」