自然エネルギー開発に冷水を浴びせる――ウィナー『鯨と原子炉』の示唆と予言

メガソーラーのある風景

 

最近、地方に行くと太陽光パネルの姿をよく見かける。しかも、屋根の上に設置されているだけでなく、田んぼや林の中にも多数のパネルが敷きつめられている。いわゆるメガソーラーである。この景色を見ると、「自然エネルギーが普及してきたのだな」という感想よりも先に、「いったいこれは何なのだ」という疑問がわいてくる。ツイッターなどにも、お気に入りの雑木林が切り拓かれてメガソーラーになってしまったことに対する衝撃をつぶやいたものを見かける。

 

田んぼや雑木林がメガソーラーに変わったということは、端的に言えば「開発が行われた」ということである。サイエンスライターのタカーチは、『生物多様性という名の革命』の中で、保全生態学者たちに、生物多様性を守ろうと思った理由を聞きまわっているが、その中で、ジェリー・フランクリンはこう述べている。「九歳くらいの頃、私は木が切り倒されるのを見るのが嫌でたまりませんでした。特に大きな木が切られるのが嫌でした。開発が進み、生き物が姿を消すのを見たくなかった。それは何か正しくないと思えたからです」(274頁、傍点原文)。フランクリンにとって、木が切り倒され、生き物がいなくなることは「正しくない」ことだった。メガソーラーのある風景を見ると、それが何か「正しくない」のではないかという思いに駆られる。

 

 

メガソーラー施設の設置をめぐる紛争

 

そういった個人の思いだけでなく、場所によっては太陽光パネルの設置をめぐって紛争も起きているようだ。

 

2015年7月21日の東京新聞朝刊に次のような記事が掲載されている。

 

 

「大規模太陽光発電所(メガソーラー)の建設計画をめぐり、高知県土佐清水市や大分県由布市で反対運動が起きている。貴重な景観や自然が破壊されかねないからだ。しかも現在の制度では、事業者には多額の利益が転がり込むが、地方は収奪されるばかりである。日本の農山村は再生可能エネルギーの宝庫。次々と参入する巨大資本の「植民地」にさせないためには、地元住民自身による発電事業の立ち上げが急務だ。それこそが真の再生エネ普及への鍵となる」。

 

 

ここからは、自然エネルギーが自然を破壊しているという皮肉な状況が見えてくる。

 

この問題について、本稿では技術哲学の基本書の一つであるラングドン・ウィナーの『鯨と原子炉』の議論を参考にして考えていく。『鯨と原子炉』では、技術に関連するいくつかのキーワード(適正技術、分権化、情報社会、自然、リスク、価値)の内容や用法が吟味されている。本稿では主に適正技術と分権化に関する彼の議論を参照する。

 

 

自然エネルギー開発の経緯

 

まずは現在のように自然エネルギー開発が盛んになった経緯をふりかえっておこう。

 

従来の日本の電力は、大部分が火力、水力、原子力でまかなわれてきた。しかし、火力発電は、石油・石炭という枯渇性資源がいずれ限界に来るという点と、CO2を排出して地球温暖化を進めるという点が懸念されるようになった。また水力発電に関しては、ダム建設による生態系の破壊などが従来から問題視されている。そして原子力発電は、事故の危険性、放射性廃棄物の蓄積、被曝労働、立地地域の偏り、温排水による海洋生態系の攪乱、立地地域の社会変容、テロの危険性などが問題視され、また利点と言われてきた「CO2を出さない」と「コストの安さ」は疑わしいものとなっている(この点についてはシュレーダー=フレチェットと吉岡斉の議論を参照)。

 

このように、これまでの発電方法の問題点については従来から指摘されていたが、特に原子力発電については、2011年の福島第一原発事故によって、その問題の重大さが広く認識されるようになった。そこから「脱原発」の動きが広がったことが、現在の自然エネルギー推進の大きな駆動力になったといえる。

 

自然エネルギーは、化石燃料を使わず、CO2を出さず、事故や放射性廃棄物の問題もない「クリーン」なエネルギーとされ、さらには地域のエネルギーの自給自足と経済の活性化に寄与する発電方法として期待されてもいる(諸富徹による飯田市の事例を参照)。このような自然エネルギーの普及を制度上後押ししたのが、2012年7月に導入された「固定価格買取制度」であった。これによって電力会社は自然エネルギーを20年にわたり固定価格で買い取ることが義務づけられた。この制度は自然エネルギー開発を促進し、2013年度の自然エネルギーによる発電量は、前年度比で32%も増加した。

 

 

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(出典)再生可能エネルギー固定価格買取制度ガイドブック2015年度版(資源エネルギー庁)

 

 

自然エネルギーに潜む問題点

 

その一方で、自然エネルギーが手放しで推奨されてきたわけでもない。例えば風力発電に関しては、比較的早くからその問題点が指摘されている。例えば山肌に林立する風車が景観を壊す、風車建設に伴い自然が破壊される、稀少な鳥が風車に当たって死ぬ(バードストライク)、風車がもたらす低周波によって近隣住民の健康が損なわれているなど。

 

そして最近になって、特に問題視されているのが、冒頭で述べた太陽光パネル、特にメガソーラーといわれる大規模なソーラーパネルの設備である。具体的な問題点として、設置場所の自然や景観を破壊するという問題だけでなく、太陽光パネルの廃棄物の問題も指摘されている。

 

このように自然エネルギーに異議申し立てをすると、自然エネルギーの推進者たちからは、「では従来の火力、水力、原子力に戻るべきというのか」という疑問が投げかけられるだろう。気候変動への影響や原発事故の悲惨さを考えれば、自然エネルギーのほうがだいぶましであるという意見は、総論としては否定できない。自然エネルギー開発は進められるべきだ。しかし、だからといって自然エネルギーであれば何でも許されるということにもならないだろう。

 

従来の発電方法は化石燃料の使用、温暖化の促進、放射性廃棄物の蓄積といった「自然に反する」技術なので、自然の力を利用する「自然エネルギー」として太陽光発電を推進すべき、という言説は、火力発電は地球温暖化を進めるので、CO2を出さないクリーンエネルギーとして原子力発電を推進すべき、というひと昔の言説と構造が同じである。従来のエネルギーを悪とみなし、新しいエネルギーを善とみなす二分法には落とし穴がある。【次ページにつづく】

 

 

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