LGBTと「異常動物」のゆくえ――差別発言の報道をめぐって

(2)ドキっとする人

 

差別について話題になるとき、私たちの中には必ず「ドキッとする人」があらわれてくる。「うわ~。自分も、知らないうちに差別している側にいたらどうしよう」というアレである。自分も同じように糾弾されてしまったらどうしょうと妄想し、シミュレーションし、冷や汗をかきそうになる。同時に、そのテーマについて何を話してよいのかわからなくなってしまうのだ。

 

たとえば私はLGBT当事者なので、このトピックについてはマイノリティだが、日本国籍があるので、外国人差別について話す場で緊張してしまうこともあるし、高学歴かつ正社員なので、そうでない人たちの目に自分がどのように映っているのかは、なかなかわからない。

 

差別というのはあまりに「してはいけないこと」と固定化されているために、たいていの場合、私たちは「差別について話すとき」に、自分が差別者の側にまわることだけはカンベンこうむりたいと願う。

 

その結果、私たちはお互いのことを話せなくなる。

 

心理学者のA.ミンデルは、反差別主義(差別をなくすべきという考え方)は、マイノリティに対する抑圧や偏見を見えなくさせて、問題に取り組むことを難しくさせてしまうと指摘している。実際のところ、「ダメ・ゼッタイ」的なアプローチでは、私たちは、お互いの違いについてさえ話せなくなってしまうのだし、差別の問題は、本当は「いつも、どこでも、だれにでも」起きていることなのだ。

 

必要な情報を知らなければ、人権を守ることのほうが難しい。

 

 

(3)管理する人

 

傷ついたり、ドキッとしたりする人に対して、あらわれてくるのが「管理する人」だ。私たちは感情的なコミュニケーションや、自分が差別者の側に立つかもしれないという不安からは解放されたいので、なんとかして問題を解決しようとする。

 

すると、結果としてあらわれてくるのは「心で何を思っても良いが、口に出すのがいけない」「差別だとネーミングし、問題視するほうが悪い」「公人としての立場にそぐわないからいけない」「とにかく問題になることが問題」といった、言動のあらわれ方についての議論が立ちあがってくる。感情にふれることはやっかいなので、ここで一つ問題が表面化しないようなルールを作っておこうというわけである。

 

公の場でのマナーや社会常識というのはある程度は必要だし、公務員倫理などの規範をある程度定めておくことは有効だろう。しかし、それでは差別や抑圧の構造はいつにたっても解消されない。前述したように、大半の人はLGBTについて正確な知識をもっていない。

 

その中で、単に「よく知らないが、LGBTについて失礼なことを言うのはマナー違反」という新たな常識ができたところで、新たな常識や新たな多数派、新たな力が、古い常識や古い多数派をやりこめるだけでタブー化していくだけである。

 

必要なのは個人の素質をなじることではなく、人権を守るために最低限必要な知識を、だれもが得られるような環境を作ることだ。

 

 

感情こそが大事

 

昨年ニューヨークを訪れたとき、同性婚の運動を進めていたアクティビストがこう言っていた。「平等には、二つあるんだ。法的な平等(Legal Equality)と、生身の平等(Lived Equality)だ。どれだけ法律や制度が変わっても、感情が変わらなければ安心して生きやすい社会にはならないだろう」と。

 

彼は、たくさんの物語を話してくれた。片方がパーキンソン病にかかったレズビアン・カップルのおばあちゃんの話。その二人の連れ添った人生や、パートナーの献身がどれほど素晴らしかったのか。指輪をつけることができずに、胸におそろいの小さなアクセサリーをいつも身に着けていた彼女たちの権利が守られないことがどれほど悲しいことなのか。

 

あるいは、楽しみにしていたディズニーランドにいった子どもが、突然救急車で運ばれたときのこと。その小さな子どもは「お母さんはだれ?」と言われ、二人のマミーがいると答えているのに「ひとりを選びなさい」と何度も強く言われてしまったこと。ディズニーランドが好きだったのに、それがトラウマになってしまったということ。

 

このような、これまで聞かれなかったような大切な物語は、日本にもたくさん溢れていて、LGBTをめぐる問題の焦点とは、法律や制度などいろいろあっても、結局は感情の問題に集約されていくのだろうと思う。

 

みんなが納得もしていないことを規則で決めても、その規則は実際には重宝されない。それどころか、何がいけないのか理解することもなく感情を封じ込められた人は、傷ついているマイノリティのことを勝手に「力のあるモンスター」のように誤解するようになってしまう。

 

管理する人によって、感情を軽んじられないようにすることがもっとも大事ではないだろうか。「嫌いと言ってはいけません」でも「嫌いになってもいけません」でもなく、「あいつは友だちとして好き」と言える関係をどう増やしていくかを考えていきたい。

 

 

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