都市に「緑地」はなぜ必要か――「市街化調整区域」を真面目に考える

『都市の環境倫理』の3つの主張

 

私の専門は環境倫理学である。ここ数年は、「都市の環境倫理」についての研究を続けている。2014年に刊行した拙著『都市の環境倫理』では、次の3点を主張した。

 

(1)都市は地球の持続可能性に貢献できる。戸建て住宅に分散して住み、マイカーで移動する郊外型のライフスタイルよりも、集住と公共共通の利用を中心とする都市型のライフスタイルのほうが、資源とエネルギーが節約できるからである。

 

(2)都市における自然に目を向けるべきである。都市の中にも動植物は存在する。緑地も川もある。アスファルトの下には大地のデコボコがある。「都市には自然がない」と言ってしまうと、現にそこにある自然に目が向かなくなる。

 

(3)都市生活はストレスが多いと言われるが、それは仕事のしかたや人間関係の問題が大きく、必ずしも都市生活に起因するわけではない。都市で快適に過ごしている人もいる。地方への逃避を考えるよりも、都市生活のアメニティを高めることを考えるべきである。

 

これらは「都市」を環境倫理学のテーマとして設定することに対する批判に答えたものでもある。そこで繰り返し強調したのは、都市が農村よりも圧倒的に優れた環境であると言いたいわけではないという点である(また、「都市化」を進めるべきだとも全く言っていない。都市のスプロール化は集住のメリットを損なうので抑制されるべきだというのが「都市の環境倫理」から導き出される)。

 

地球の人口の半数以上が都市に住んでいる現在、身近な環境とは都市環境であり、都市環境を射程に入れずに原生自然や里山だけを強調する環境倫理学は人々の実感から離れてしまうのではないか、という懸念から都市に焦点を当てたのである。

 

もちろん、従来からの都市(および都市住民)に対する批判には頷けるものもある。その一つは、都市は自立しておらず、資源、エネルギー、食料を農山漁村に依存しているという点である。もっと強く言えば、都市は農山漁村から資源、エネルギー、食料を搾取しているという論点である。この指摘は間違いではない。例えば電気は送電ロスをもたらしながら遠方から都市へと運ばれてくる。また、食料も自給できていない。地産地消ならば、輸送の燃料も、余分な保存料も使わずに済むだろう。

 

しかし現状では都市における完全な地産地消は夢物語である。それでも、「都市の自給自足」をできるだけ追求すべきだとはいえる。例えば災害時のことを考えるならば、都市の中に小型の発電所や農地を整備することなどによって、少しでも電気や食料を自給できるようにしておかないといけない。近年では企業でも自社発電の取り組みがなされ、また市民農園への関心も強まりつつある。これは望ましい流れといえよう。

 

 

オープンスペースの確保

 

防災や緑という観点からは、日本の都市にはオープンスペースが足りないことが昔から指摘されている。大谷幸夫『空地の思想』(北斗出版)という名著がある。大谷は戦後日本を代表する建築家・都市計画家の一人である。この本は1979年に出版され、現在は絶版になっているが、ここで指摘されている問題点は現在でもほとんど改善されていない。

 

この本で大谷は、施設を作ればよいという「施設主義」の弊害を説く。主管官庁の数だけ施設ができてしまうこと。職員(ここでは特に身障者施設の職員)の待遇改善がなされないまま施設だけが増えるということ。これらは今でも通用する指摘である。

 

また、防災の基本は日常の生活環境を良くすることである、と喝破する。地下街や巨大ビルは、日常性に欠け、容易に異常事態が発生する。大谷はここで、「空地」(くうち)の重要性を説く。それは文字通り、空と地面であり、空気の容量が大きければ火事の際に煙が充満することもないとして、その防災的効果を主張している。逆に地下街や巨大ビルは空地がないために危険になる。

 

このように大谷は、施設づくりを中心とする都市計画を批判し、都市に空地を確保することを主張している。大谷によれば、古代ギリシャでは「施設にできないような、あるいは、特定の施設にはしないほうが良い活動とか、行動や機能が広場に残っている」が、「いまは施設になるものだけが価値があるとしてそれをつくり、施設化できないものは価値がないとか存在しないかのごとく扱っている」。そして「まちのなかのすべてが、既知のものとして、意味づけられたものだけで埋めつくされているのはおかしい」として、「市街地の中の小さな原っぱ、あるいは傾斜地の自然などをそっとして置こう」と述べている。

 

ここから分かるのは、大谷が考えている都市の「空地」とは、「施設化されずに留保された場所」ということである。留保されたところが、オープンスペースとして都市民に寄与するのである。

 

 

「市街化調整区域」を再評価しよう

 

この「空地」の思想を現代の法制度に当てはめると、それを体現しているのは「市街化調整区域」ではないか、というのが本稿の仮説である。

 

現在の日本の都市計画における「市街化区域」と「市街化調整区域」の線引きは、産業の発展のために都市化を進める地域を指定するという意味合いが強い。つまり、力点は「市街化区域」にある。「市街化調整区域」は「市街化を抑制すべき区域」であり、乱開発を避けて緑地や農地を維持することを目的としているが、現状ではその理念があまり強調されていない。しかし、大谷の「空地の思想」を援用することによって、「市街化調整区域」の意義をよりうまく提示できるのではないかと思われる。

 

 

「オーバーユース」を避けるためにも近所に緑地が必要

 

都市地域に必要な「空地」の代表は「緑地」であろう。近年では、自然とのふれあいを求めて地方に移住する人や、観光で訪れる人の数が増えている。しかし、観光客はその地域に対してプラスに働くとは限らない。確かに、観光という産業によって活性化した地域も多いだろう。その一方で「オーバーユース」(過剰利用)による自然破壊や地域の変容という問題も生じている。

 

もちろん観光自体は批判されるべきものではないが、ある場所が「名所」になったために人々が殺到して荒らされてしまう、というのはやりきれない思いがする。それよりも、都市にある自然の魅力を発見し、そこで楽しむことができれば、わざわざ遠くの「名所」に行かなくても済むだろう。地域のオーバーユースだけでなく、長期休みの道路の渋滞も少しは緩和するかもしれない。自然にふれるために、わざわざ別の地域に行く必要はない。自分たちが住んでいる地域に緑地を確保し、そこで自然に親しむことができれば、それが一番である。

 

 

近隣の緑地を守るための運動

 

近隣の緑地を守り抜いた市民運動として有名なのが、1979年から2003年までの25年にわたって繰り広げられた「鎌倉広町の森」の保護運動である。以下では鎌倉の自然を守る連合会『鎌倉広町の森はかくて守られた』(港の人)に従って、運動の経緯を追っていく。

 

1973年に、近隣の森に開発の気配を感じた主婦が近所の人たちに相談したことがきっかけとなり、1979年に自治会を主体とする「広町の山を守る会」が成立した。面白いのは、それまでその森の地域には名前がなかったのだが、この時に「広町」という名前がついたということだ。人々が注目し、守りたいと思ったときに、名前が付けられたのである。

 

「広町の山を守る会」は、現地の観察会から始め、市長への陳情、署名活動などを活発に行っていく。その後、保全を求める自治会が結集し「鎌倉の自然を守る連合会」が結成される。この「連合会」が最後まで運動を牽引することになる。

 

最初の危機は、1989年、当時の市長が開発を認める発言をしたことである。そこで市長の再選阻止を目指すが失敗に終わる。再度の署名活動、陳情、市長への抗議などを展開し、1993年の選挙で保全派の市長を誕生させる。

 

新市長はすぐに開発手続きを凍結させたが、開発事業者はあきらめない。そこで市・市民・開発事業者の三者協議が行われるが、議論は平行線をたどる。1998年には開発手続きが再開される。市が開発事業者から損害賠償請求訴訟を起こすと言われたからである。

 

そこで「連合会」は土地の買い取り資金を集めるべく、トラスト運動に乗り出す。また、環境アセスメントに多数の意見書を提出しつつ、市の保全策を待つことになる。審議会が出した案は都市計画法に基づく「都市林」にするというもので、これで市が具体的に保全に向けて動き出すことになった。その後も開発事業者との駆け引きが続くが、ついに2003年に市の買い取りによる全面保全が実現した。【次ページにつづく】 

 

 

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