日本に「市民社会」は存在しないのか?

「会社主義」の勝利

 

――ところが、アンドリュー・バーシェイによると、高度経済成長を経て影響力を持ったのは「企業共同体」あるいは「会社主義」であって、「市民社会論」はヘゲモニー争いに敗れたとのことですね。

 

日本の国民総生産(GNP)は、1968年に当時の西ドイツを抜いて、はじめて西側世界で第2位になりました。日本経済の高度成長は、1971年の「ニクソン・ショック」(金ドル交換停止と変動為替相場制への移行)や1973年の「石油ショック」(第4次中東戦争に連動した石油輸出国機構OPECの石油価格引き上げ)によって終わりを告げます。しかし、世界経済の停滞の中で、日本経済はいち早く不況からの脱出に成功し、1980年代の「経済大国」へ向かう道が始まっていました。

 

このような状況の中で、「市民社会」という言葉は、日本社会の変革の理念という意味を失い始めます。そのことを象徴的に表現しているのが、自由民主党の機関誌『月刊自由民主』1975年11月号に掲載された、自由民主党幹事長(当時)の中曽根康弘と読売新聞政治部長(当時)の渡辺恒雄との対談でした。その題名が「結党20年を迎えて――新しい市民社会への原動力たれ」だったのです。

 

 

――保守の側が「市民社会」を目ざせとしたのですか?

 

表題にある「新しい市民社会」という言葉自体は、対談の中では使われていません。ですが、中曽根の発言を見れば、「エゴイズム」や「傲慢」などを「浄化」した、禁欲的な「民主主義」社会のことを指しているようです。

 

権利を主張するだけではなく、自己抑制的に自分の義務を遂行する国民からなる社会です。保守派にとっても、「市民社会」という言葉は、すでに自分たちの語彙として使えるほどに牙を抜かれていた、ということでしょう。

 

 

――体制を変革するのでなく、体制に奉仕する主体が市民だとされたんですね。

 

はい。その背景にあるのは、やはり日本企業の輸出競争力に支えられた経済的繁栄です。

 

アメリカの経営学者ジェームズ・アベグレンが『日本の工場』という著書を書いています。そこでアベグレンは、日本企業の経営の特徴を「終身雇用・年功序列・企業内組合」という言葉で表現しました。それが『日本の経営』という題名で翻訳されて、ベストセラーになったのは1958年のことでしたが、「日本的経営」という言葉が、「経済大国」としての自信とともに誇らしげに語られるようになるのは、1970年代半ばからです。

 

また、後に中曽根政権のブレーンとなる村上泰亮・公文俊平・佐藤誠三郎の共著『文明としてのイエ社会』が出版されるのが1979年です。この本では、血統に基づく氏族型集団を核とする「ウジ社会」から、中世の関東武士団に由来する「イエ」という集団を核とする「イエ社会」へと、集団の構成原理が転換していく過程として日本の歴史が描かれています。「日本的経営」を日本企業の「イエ型集団」的特性として賛美するこの本は、まさに「会社主義」という国民統合のイデオロギーを提供するものでした。

 

実際に、この時期の大企業の多くは、企業内福利厚生をそれなりに充実して、社員を企業に「実質的に包摂する」努力をしていました。つまり、大企業労働者の多くにとって、政治参加や社会変革よりも、会社内での昇進の方が、具体的な生活改善の目標となりえた、ということです。

 

 

――市民ではなく、会社人間になっていったんですね。

 

そのような状況を捉えて、アメリカの歴史学者アンドリュー・バーシェイは、1960年代から70年代にかけての時期に、「市民社会論」はヘゲモニー闘争に敗北したのであり、「支配階級の政治的・文化的ヘゲモニー装置」を通して勝利を収めたのは、「企業共同体」あるいは「会社主義」の言説だった、と指摘したわけです。

 

 

東欧革命と新しい「市民社会」

 

――さて、ふたたび海外に目を向けると、意外にも英語圏では〈civil society〉という言葉は長い間、死語だったとのことですね。それがふたたび広く使われるようになったのは、1989年の東欧革命による社会主義政権の崩壊をきっかけとしています。

 

東欧の反体制運動の中で〈civil society〉という言葉(あるいはその訳語)が使われるようになるのは、1980年代のポーランドとハンガリーです。1994年に出版された英和辞典『リーダーズ・プラス』では、〈civil society〉は「[東ヨーロッパで独裁的国家体制に反対する]市民団体」と説明されていますが、これはまさに当たっています。

 

ポーランドでは、自主管理労組「連帯Solidarność」のスポークスマンだったアダム・ミフニクが獄中で書いた文書が英訳されて、西側諸国に知られることになります。そこでミフニクは「連帯」を、「市民的・国民的権利」を守るために組織された「市民社会の復活」と呼んでいます。また、ハンガリーに関しては、亡命知識人であるミハーイ・ヴァイダが、「国家に抗する市民社会」の存在を証言していました。

 

実際に1989年に入ると3月に、「ハンガリー民主フォーラムMagyar Demokrata Fórum」が発足し、4月にはポーランドで「連帯」が合法化され、9月には東ドイツで「新フォーラムNeues Forum」が発足します。ベルリンで100万人のデモが行われ、ベルリンの壁が崩壊するのは、その後の11月19日です。同じ11月の下旬には、チェコスロバキアでも「市民フォーラムObčanské fórum」が発足します。

 

このような状況に衝撃を受けて、1990年に西ドイツのユルゲン・ハーバーマスたちが改めて〈civil society〉の直訳語として使い始めたのが〈Zivilgesellschaft〉という新造語でした。ハーバーマスの『公共性の構造転換』の1990年版「序文」での説明に従えば、これは、「公共的な討論」に参加して「世論を形成する諸結社meinungsbildende Assoziationen」という性格づけを与えられた「市民団体」の総称です。

 

ハーバーマスはその具体例として、教会をはじめとするさまざまな「サークルVereinigung、団体Verein、組合Verbände」を列挙していますが、いずれも英語に訳せば〈society〉か〈association〉、つまり「自発的な結社」のことです。

 

 

――「市民社会」というと空間や領域をイメージしますが、もっと具体的な団体や結社のことを意味しているのですね。

 

そうです。このようなハーバーマスの新しい「市民社会」概念は、それ以降、ヨーロッパとアメリカに急速に広がります。政治社会=国家(政府)とも経済社会=市場(企業)とも異なる、第3の社会領域の組織および運動として、「市民社会=市民団体」の影響力を評価する立場が、現在の「市民社会」論の主流になったと言っていいでしょう。

 

そのような「市民社会」論の代表的なものに、メアリ・カルドー『グローバル市民社会論――戦争へのひとつの回答』や李姸焱『中国の市民社会――動き出す草の根NGO』などがあります。

 

 

――新しい「市民社会」論は日本でも受容されたのでしょうか?

 

東欧革命以後、アメリカやヨーロッパに広がった新しい「市民社会=市民団体」論の反響が日本に及ぶのには、やや時間がかかりました。それは、かつての「市民社会論」の影響力がそれなりに大きかったために、かえって新しい概念を理解して咀嚼するのに手間取った、ということになるかもしれません。

 

日本では、新しい「市民社会」論は、かつての「市民社会論」の更新版として現れました。それが1997年です。この年の雑誌『世界』の1月号に、国際政治学者の坂本義和が「相対化の時代――市民の世紀をめざして」という論文を発表します。そこで坂本は、「市民社会」を「人間の尊厳と平等な権利との相互承認に立脚する社会関係がつくる公共空間」だと定義し直しています。

 

そのような「市民社会」の構成員は、「人間の尊厳と平等な権利を認め合った人間関係や社会を創り支えるという行動をしている市民」であり、さらに「国内・民際のNGO組織に限るものではなく、都市に限らず農村も含めて、地域、職場、被災地などで自立的で自発的(ボランタリー)に行動する個人や、また行動はしていないが、そうした活動に共感をいだいて広い裾野を形成している市民をも含んでいる」、と言います。

 

ここでは、かつての「市民社会論」と同様の理念的社会像と、NGO組織を中心とする新しい「市民社会=市民団体」論とが混じり合っています。このような坂本の言説に、1990年代以降の〈civil society〉を「市民社会」と訳すことの問題が現れていると思います。

 

 

――どういうことでしょうか?

 

英和辞典の『リーダーズ・プラス』がこの英語を、「東ヨーロッパの反体制的市民団体」と説明したことは先に述べました。その後のカルドーの「グローバル市民社会論」で中心的に取り上げられているのは国際NGOですし、李姸焱が「中国の市民社会」と呼ぶのも、具体的には「草の根NGO」です。

 

しかし、それが「市民社会」と訳されてしまうと、坂本の例が示しているように、具体的な組織や結社から離れて、さまざまな「市民」が構成する「公共空間」というあいまいで抽象的な、一種の理想化された「社会」を想起させてしまうことになります。それでは、かつての「市民社会論」の二の舞になってしまうのではないか、というのが私の懸念するところです。

 

 

――なるほど。講座派の呪縛と言うべきか、たしかに「市民社会」と言うと変に規範化されて、具体的な実践として理解されにくくなりますね。他方で植村先生は、講座派的な発想が持つ新自由主義との親和性にも警笛を鳴らしています。

 

はい。講座派的な「市民社会」認識は、20世紀末以降、新自由主義的な市場原理主義の側に議論の素材を提供してしまった、というのが私の理解です。

 

つまり、民主主義社会の政治的主体となる「自由・平等な個人」の確立を求める講座派的な議論が、市場経済の枠の中で「自由に」選択して意思決定し、その結果に個人として責任を負う「自立的主体」の確立を求める議論へとすり替わっていった、ということです。

 

そのことを示しているのが、1997年3月に発表された経済同友会の提言『こうして日本を変える――日本経済の仕組みを変える具体策』でした。

 

この提言は、「構造改革推進の基本理念は民主主義と市場原理の尊重」だとした上で、「日本の明治維新以後の近代化の進め方」に言及し、「欧米の近代化は市民革命を経て、『民』主体で進められ、市民社会の上に近代国家が形成された。ところが日本では、近代民主主義国家の前提となる市民社会が十分に育っていなかった」と言います。

 

 

――どこかで聞いたストーリーですね。

 

まるでかつての「市民社会論」の再現です。しかしながら、この提言では「市民社会」が「市場原理の尊重」と同一視され、「民主主義」が「民間企業主導」の意味で使われ、さらに政府による規制を緩和して民間企業の自由な経済活動を実現することが「構造改革」と呼ばれています。

 

この「構造改革」も、もともとはイタリア共産党の綱領にあった社会変革の方法を指す言葉でした。しかしながら、そのような左翼的用語を使いながら、この提言が求めているのは要するに、「透明性の高いルールと自己責任原則に基づく自由競争社会の健全な発展」です。つまり、「市民社会」とは「自己責任論」が支配する新自由主義的な競争社会のことなのです。

 

 

――「自立した市民」が換骨奪胎されてしまったと。

 

そうです。20世紀末以降、労働者派遣法の数次にわたる改正に代表されるように、さまざまな労働規制が緩和され、また政府や自治体が手を引くことによって取り残された社会福祉の分野には、NPOが進出することになりました。

 

それとともに、「自己責任論」に依拠した生活保護受給者に対するバッシングも見られるようになりました。このような社会が、かつての講座派や「市民社会論」者が望んだ社会でないことは明らかです。しかし、「自由主義」と「個人主義」を大義名分とする社会の実現、という意味では、「市民社会論」が目指したものと微妙に重なり合っている、ということも事実だと思います。

 

 

――ともに「自立した市民」がかたちづくる社会ではありますが、似て非なるものですね。

 

ですので、現在なお必要なのは、新自由主義によって活性化を強いられている「市民社会=市民団体」の両義性を明確に認識することだと思います。つまり、「市民社会=市民団体」を持ち上げて、その社会変革的側面に期待したり、それ自体の功罪を議論したりする前に、それが置かれている政治的・経済的文脈を見直すべきだということです。

 

現代の「市民社会=市民団体」論の多くが、国家領域=政府諸機関や経済領域=企業(資本主義的営利組織)とは区別される、非政府組織NGO・非営利組織NPOとしての「市民団体」とそのネットワークに期待をかけるのは、もちろんそれなりの社会的根拠があります。その一つは、政府が企業の際限のない営利活動を有効に規制せず、他方で社会福祉が後退していく中で、政府は頼りにならないという国民の政治的感覚だと思います。

 

だからこそ、NPOやNGOの活動のもつ意味を重視する「市民社会」論や、阪神淡路大震災や東日本大震災、熊本地震などにおけるボランティア活動を賞賛する「市民社会」論など、いくつかの「新しい市民社会論」が現れるわけです。しかし、それが政府や自治体の「公共的責任」を不問に付すことになってはならないし、ますます「ブラック化」していく資本主義企業の営利活動を側面援助するようなことになってはならない、と思います。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

市民社会とは何か-基本概念の系譜 (平凡社新書)

市民社会とは何か-基本概念の系譜 (平凡社新書)書籍

作者植村 邦彦

発行平凡社

発売日2010年12月16日

カテゴリー新書

ページ数352

ISBN4582855598

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