虐待――乗り越えるべき四つの困難

「子どもには人権がある」と言われるが、ほんとうにその権利は保障されているか。大人の「管理の都合」ばかりが優先され、「子どもだから仕方ない」で片づけられてはいないか。貧困、虐待、指導死、保育不足など、いま子どもたちに降りかかるさまざまな困難はまさに「人権侵害」。この困難から子どもをまもるべく、現場のアクティビストと憲法学者が手を結び、『子どもの人権をまもるために』(木村草太編)が出版された。本書から第一章「虐待」(宮田雄吾)を公開する。

 

 

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虐待とは何か?

 

証言1「理由は何だったか忘れました。ただ両足首をがっしりと摑まれて、洋服のまま逆さ吊りにされて、そのまま頭から浴槽につけられたことは覚えています。『止めて、止めて、ごめんなさい』最初はそう必死で叫んだんですけど、お母さんは知らんぷりでした。叫んでいると口の中には水が入ってきて苦しいから、水を飲まないように息を止めるしかありませんでした。気が遠くなって、死ぬ寸前になると引き上げられる、その繰り返しでした。とにかくお風呂は今でも怖いです……」

 

証言2「お母さんはいつも酒を飲むとおかしくなるんです。寝ている私を無理やり起こして、包丁を首元に押し当てて『死のうか』と言われた時は怖かったです。それが何度もあったんで、中学校に入ってからは枕の下に包丁を隠してからじゃないと眠れませんでした……」

 

証言3「5歳ごろになるとお母さんは週末しか帰ってこなくなりました。私はおばあちゃんと二人暮らしになったんです。いえ、おばあちゃんが面倒見てくれたわけじゃありません。だっておばあちゃんはもう寝たきりになってたから。おむつは私には替えられないから、おばあちゃんがいつもくさかったのを覚えています。ご飯は作れなかったからいつも一人で買いに行きました。おばあちゃんは海苔巻みたいな物、私はお菓子。小学校に入って少ししておばあちゃんはだんだん弱っていって、結局私の目の前で死にました。一人でどうしたらいいかわからなくて、ただただ怖かった……」

 

証言4「お母さんとその彼氏がエロいことをしているのは嫌だった。大抵私は寝たふりして聞こえないふりをしてた。でもある時、お母さんが私を起こしに来た。お前も一緒に今から気持ちいいことしようって。『えーっ』って言ったけど『いいからいいから』って無理やり連れて行かれた。そしたら彼氏さんが変な道具を持ち出してきてそれを私の股に押し当てた。お母さんと彼氏さんは一緒に笑って見てた……」

 

これらは私が精神科医として出会ってきた子どもから直接聴いた話だ(実際の語り口は長崎弁だったし、もっとたどたどしく、とぎれとぎれだった)。

 

初めて聴いた時に、私は衝撃を受けた。しかし児童福祉の領域で仕事をしていると、これらがさほど珍しい話ではないことが次第に分かってきた。

 

私は「児童心理治療施設(旧情緒障害児短期治療施設)大村椿の森学園」で勤務している。ここは情緒的な問題を持つ子どもが入所する児童福祉施設の一種だ。平成15年4月1日の開設日から平成29年5月31日までの全入所児童155名のうち、118名(76・1%)の子どもが何らかの虐待を受けていた。内訳は身体的虐待50人、ネグレクト(育児放棄)45人、性的虐待29人、心理的虐待52人(重複あり)である。全国に目を向けると平成26 年度に児童相談所が相談・対応した虐待件数は8万8931件に及んでいる。その中では心理的虐待が最多である。虐待を受けている子どもは数多い。

 

ちなみに児童虐待を理解する時に、「虐待」という言葉の持つ残虐なイメージに引っ張られ過ぎてはならない。ネグレクトや心理的虐待の中には残虐さが上手に隠されて、目立たないものもある。しかし子どもに与える悪影響は絶大だ。やはり虐待はもう少し幅広い視点で捉えなければならないのである。

 

児童虐待は英語で“child abuse”という。ちなみに“abuse”という単語は、分解すると“ab(離れた)+ use(使い方)”。すなわち“child abuse”とは「子どもの本来とはかけ離れた使い方」を意味する言葉である。

 

私はこの概念の方が児童虐待を正しく捉えていると考えている。

 

子どもの本来の使い方とは、子ども自身の成長を目的として、温かく育み、正しく導くことである。子どもは決して大人の満足のための愛玩動物ではない。ましてや大人の怒りや哀しみのはけ口ではない。召使いやセクサロイドの役割を担わせるなどもってのほかなのである。

 

この虐待を受けた子どもに向かい合う際には様々な困難な点がある。ここからはそれらを示し、周囲の大人がせめてどうすればよいのかを述べたいと思う。

 

 

発見の困難

 

第一の困難ポイントは「発見」することだ。

 

親は巧妙に虐待を隠す。殴る部位は衣類で覆われた場所が選択されがちだ。通院は発見されぬように手控えられ、行政や学校の介入に対しては親権を振りかざし、抵抗を示す親が少なくない。

 

ある日、私が子どもの袖を捲ると、二の腕に三列の熱傷の跡があった。「落ち着きのない子どもで小さい時にポットで遊んでお湯をかけたんです」と親は言う。「3回もですか?」と尋ねた私に親は平然と「ええ」と答えた。「そんなはずあるか!」と思ったが、それを目撃していない私には何も証明できなかった。何せ横に座る子どもは表情も変えずに押し黙ったままなのだ。それも当然だ。親の前で口を開くはずはない。その後、親に退席してもらって話を聴いたが、やはりその子どもは何も語らなかった。

 

子どもの中には「何も言うなよ、言ったら許さんぞ」と、恐怖と共に口止めされている子どももいる。また口止めなどなくとも最も近しい大人から虐待を受けてきた子どもは「気をつけろ、大人を信じるな」とその体験から散々学んできた。彼らにとって虐待者も支援者も区別はない。にこにこと近寄ってくる支援者はいつ豹変して自分に襲いかかるかわからない存在だ。さらには「こんなこと言いましたよ」と親にチクるかもしれないではないか。だからこそ簡単に虐待の事実を語るはずはないのだ。 

 

しかも虐待の事実を語った場合、その後どうなるかという見通しも彼らは持たない。中には「言うことを聞かなかったら施設にやるよ」と言われてきた子どももいる。虐待を受けたことを告白した後に児童相談所の処遇によりそれはしばしば現実となる。

 

加えて本人は虐待を受けたのは自分の行動が悪いから、いや自分の存在そのものに価値がないからこのような目にあったのだと洗脳されている。さらに特に性虐待の場合に顕著だが、彼らは自らを被害者ではなく、共犯者であると考えている。だから彼らは虐待の事実を隠す。

 

彼らが真実を私たちに語り出すのは、彼らとの関係が深まり、さらに話しても安全が損なわれないと確信してからである。

 

児童虐待防止法第6条の定めにより、虐待を受けたと思われる児童を発見した者は児童相談所、市町村、福祉事務所への通告義務があるとされている。特に学校、児童福祉施設、病院等の「団体」や教職員、児童福祉施設職員、医師、保健師、弁護士等の「個人」には早期発見義務が明記されている。

 

しかし前述したとおり、児童虐待の確証を得るのは困難である。そんな中で通告義務は軽視されがちである。

 

本来、虐待かどうかの判断はあくまでも通告者の主観的判断でよいとされている。もし悩むならば「このような子どもがいます。これは虐待に当てはまるでしょうか?」という相談を、子どもの名を伏せて児童相談所にすればよい。

 

ちなみに虐待通告をしない時に使われる言い訳はパターン化している。

 

「虐待としつけの線引きがわからない」

「家族との関係が悪くなる」

「子どもが望まない」

「このくらい昔は普通だった」

「児童相談所に言っても何もしてくれないorしてくれなかった」

 

このような理由を思いついたとき、〝もめ事は嫌だ〟という本音が本当に隠れていないか、丁寧に自分の心の中を探って欲しい。

 

虐待はいつでも起こりうる。そして誰であっても行いうる。そういった認識を持つことで少しは発見しやすくなる。子どもが虐待にさらされている疑いを抱いた際は〝知らんぷりせず〟、〝抱え込まず〟で、児童相談所等の行政機関へまず連絡することから始めて欲しい。【次ページにつづく】

 

 

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