セクシュアルマイノリティと自殺リスク

教育の圧倒的不足


荻上 HIV感染者に同性愛者が多いというのは、あくまでHIV検査をした人の中でとられた数値です。つまり、「同性愛者の中で多い」と考えられる一方で、「検査に行った方がいいという文化や規範が同性愛者にあるから、数値も高くなる」とも見れますね。

日高 その通りです。しかし、人口比率を考慮してもなおそう言えるのかどうか、その点は慎重に考え、議論していく必要があると思います。

荻上 掘り起こしをしていこうということでは、やはり「検査を受けよう」「コンドームをつけよう」と啓発キャンペーンを広げていくことが、今は重要なのでしょうか。

日高 いろいろアプローチはあると思いますが、一つは教育環境を変えることだと思います。たとえば教育現場で性的指向に関する情報提供は「ほぼ皆無」という結果が出てきます。数千人のゲイ・バイセクシュアル男性に何度聞いても同じ傾向です。おそらくそれは、文部科学省の現行の学習指導要領に入っていないからであると言えると思います。

では、まったく扱われていないかといったらそうでもなくて、異常なものや否定的なものといった情報提供がされている現状もあります。

※資料5「調査結果が示す、不適切な教育環境」

※資料5「調査結果が示す、不適切な教育環境」

 

2005年のデータを年齢階級別に見てみると、性的指向について一切習っていない人の割合は、10代のほうが低いですが、否定的な情報提供をされた人の割合は、どの年齢層よりも高いです。ですから、最近のほうがセクシュアリティに関する情報が広まってきているかもしれないけれども、それが適切なものであるのかという疑問が残ります。

そんな中、セクシュアルマイノリティの学齢期のいじめ被害経験割合は、最も高値を示した調査では約80%であり、彼らの生きづらさは子どもの頃から既に始まっていることがわかります。自殺未遂を試みた初回の平均年齢が17歳であったことからも、学齢期からセクシュアルマイノリティへの情報提供が、中学校や高校などを通じて実施されることが不可欠です。

先ほど、HIV抗体検査についての指摘がありましたが、ゲイ・バイセクシュアル男性を対象にしたインターネット調査では、HIV抗体検査の生涯受検割合は約5割、過去一年の受検割合は全国平均で約2割という結果が出ています。都市部は検査環境が整いつつあり、検査に行きやすいということもあり、最新の調査では2割後半~3割強との報告もあります。

他の集団に比べれば、検査に行っている割合は圧倒的に高いと思いますが、先ほども申し上げましたが、人口比率を考慮してもなおそう言えるのかどうか、その点は慎重に考え、議論していく必要があると思いますし、実際のところそのあたりの詳しい分析はまだ行われていません。正直にお話しすると、その比較に個人的にはあまり興味がありません。目の前にこれだけ感染が広がっている集団があって、十分な対策ができていないのであれば、そこに手を打つべきだろうと考えるわけです。

自殺防止に取り組むにあたって、ゲイ・バイセクシュアル男性をリスク群と捉え、学校や行政・民間の電話相談などの相談窓口、精神保健医療の領域などで、性同一性障害と性的指向について、それぞれ固有の背景があることを理解することが必要です。その上で、適切な対応と援助技術習得のための研修機会の確保を含めた、効果的な自殺対策・実施が急務と考えます。

性教育の文脈で語らなくてもいい

荻上 民主党の議員有志らが、「性的マイノリティ小委員会」を作り、意見交換をしていますね。日高さんもそちらに呼ばれたと聞いています。調査を受けての、関係者の方々の反応はいかがでしょうか。

日高 ネット上でフィードバックするだけでなく、国会議員や行政に訴えて、どう政策に活かしていくかということを意識しなくてはと思っています。それが、データ(統計)を取ってしまった者の責務、実態を知ってしまった者の義務だと思っています。

地方自治体の感染症対策の担当部局に一連の調査のデータをもっていくと、話はとても早くて、何か一緒にやりましょう、すぐに何が出来るでしょうかという反応をいただくことが多いです。しかし、教育委員会にもっていくと、ここまで渋い顔をされるかというぐらい前に進みません。性的指向と性同一性障害の混乱ぶりも大変目立ちます。教育委員会にこそ動いてほしいことはたくさんあるのですが、反応は概してよくありません。

荻上 一番の要になる部分でもあるはずなのですが、教育の現場が耳を傾けようとしない状況は、具体的にはどのように改善していけばいいのでしょうか。

日高 やはり教育委員会の人たちに、セクシュアルマイノリティの問題を理解してもらうことが一番大事だと思っています。「自分たちの親玉は文科省です。そこからきた話なら聞き入れるが……」と言われてしまうことばかりなので、その状況を変えないといけない。地方自治体がセクシュアルマイノリティ支援に躊躇することなく動き出すためには、文部科学省からの号令が最も必要で、それは急務であるはずです。厚労省管轄では「エイズ予防指針」が改正されて、そこには若者には性的指向を含めた多様性があるという一文が加えられていますし、学習指導要領においても明確に言及される必要があります。

荻上 しかし、教育系の話題はすぐにイデオロギーの象徴闘争となり、特に性教育に関しては、ちょっとした文言を教えるだけでも、「過激」などと叩かれる分野です。実態データに基づかない議論が非常に蔓延る空間でもあります。

日高 そうですね。ただ、すべての教育関係者が目を背けているわけではないのも事実です。教育委員会に訪問した時など、面会の最後のタイミングになって、「自分の教員生活を振り返ってみると、今でも気になる生徒がいるんだよね……」と口を開く先生に何人もお会いしています。制服を嫌がったり、水着を嫌がって夏は体育の授業を見学する子がいたとか、自分の若い頃は同性愛や性同一性障害に関する情報が今ほどなかったから、もしかしたら今思えばそういうことだったのかもしれない……と語る先生方もおられますし、セクシュアルマイノリティの支援を一緒にやっていこうと意欲的な現場の先生もおられます。

また、自分の教え子を自殺で失くしたという先生もおられます。あの時自分は何もできなかった、支援の仕方もわからなかったけど、性的指向が背景要因だったことに気付いていなかった訳ではない……と仰る先生にもお会いしています。いじめ被害や自殺の背景に、もしかしたら性的指向の関与があるかもしれない、という視点でもって現状を捉えていく想像力が必要なのだと思います。

保健やエイズ予防の授業でセクシュアルマイノリティを話題にすることが難しいならば、人権や道徳の授業で扱っていこうとしている自治体もあります。みんながみんなだめというわけではありません。世の中の大きな仕組みをすぐに変えることはできませんが、まったく現実が変わらない訳でもないと思っています。

同性を好きになる人もいれば、異性を好きになる人もいる。男女両方を好きになる人もいれば、誰にも性的な興味をもたない人もいる。性的指向は、志望校や好きな色を選ぶような次元と同じようにご本人の選択の結果ではない、ということを先ずは理解する必要があると思います。選択の結果ではないこともあるかもしれないけれども、人は実に多様である、ということを認識する必要があります。

加えて必要なことは、性の在り様や性的指向の多様性について、教育現場で極めて中立的に情報提供されればいいだけの話です。特別何かの教科でやらないといけない話ではなく、ホームルームでも扱える題材であるはずです。性教育といった大きな枠組みを変えていくのも一つの方法ですが、現場レベルで、今の体制の中でもすぐに出来ることがあり、まずは取り組みを始めてみること。その両方のアプローチが今、急がれていると思います。

荻上 データの強みは、「存在していることを無視するなよ」というメッセージにもなることです。統計的、疫学的な調査も、もっといろんな方が多面的なアプローチでやって欲しい。それ自体が一つのバックアップというか、気運を変えるための駆動要因になると思いますね。それを基に、実情についての議論が盛り上がって欲しいとつとに願います。貴重なお話を、本当にありがとうございました。

 

「ゲイ・バイセクシュアル男性の健康レポート2」
http://www.j-msm.com/report/report02/

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.272 

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