核兵器の廃絶を訴えること、核の傘に安全を頼ること――核兵器禁止条約を事例に考える

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矛盾していないという見解

 

つぎに、矛盾していないという見解がどのような論理に基づいているのかを考えてみよう。「核兵器の廃絶を目指す」(=「核兵器は不要である」と主張する)ことと、「核の傘で自国の安全確保を試みる」(=「核兵器は必要である」と主張する)ことはなぜ矛盾しないのか。

 

日本政府は、核兵器の脅威に対して核の傘に自国の安全を頼っている以上、「核兵器のない世界に向けた軍縮・不拡散外交は、日本の安全保障政策と整合する形で進めなければならないことは言うまでもない」(外務省軍縮不拡散・科学部編2016:7)と述べている。つまり、核兵器の廃絶は目指すものの、日本の安全保障にとってマイナスの効果が出るのであれば、核軍縮・不拡散措置を推し進めないという立場である。

 

たとえば、秋山信将は日本が核兵器の軍縮・不拡散措置を推し進めるのであれば、それが日本の安全保障にとってどのようなマイナスの効果をもつのかを検討しなければならないと述べている(秋山2018:9)。逆にいえば、核兵器の脅威がなくなったとき、日本政府は核の傘から脱却して核軍縮・不拡散措置を強く推し進めていかなければならないということになろう。

 

ところで、日本政府は核兵器の非人道性をどのように考えているのだろうか。政府は核兵器の非人道性を「あらゆる核軍縮・不拡散の取組を根本的に支える原動力であるべき」(外務省軍縮不拡散・科学部編2016:47)としている。また、「核兵器の非人道性についての正しい認識を世代と国境を越えて『広げていく』べきであ」り、「核兵器の非人道的影響に関する科学的知見を一層『深めていく』べき」とも述べている(同上:48)。こうした言及から、日本政府は核兵器の非人道性を十分に重視していることがうかがえる。

 

実際、核兵器の非人道性を伝えるために、海外で原爆展の開催・支援などを行ってもいる。ただし、核兵器の非人道性に対する認識の違いによって国際社会が「分断」されてはならないと考えている(同上)。それゆえ政府は、政治状況を踏まえることを前提として、核兵器の非人道性を重視しているといえよう。

 

 

矛盾している/してないという二項対立の図式を超えて

 

こうしてみると、日本の核軍縮・不拡散外交のスタンスは矛盾していない。真の矛盾とは、核兵器の脅威がなくなった状況であるにもかかわらず、核の傘から脱却せずに核軍縮・不拡散措置を強く推し進めないという行動と選択である。核兵器禁止条約の文脈でいえば、日本政府が核の傘が不要な状況となった場合でさえ、なお核兵器禁止条約に署名しないのであれば、日本の核軍縮・不拡散外交のスタンスには矛盾がみられる、ということになろう。

 

日本のスタンスが矛盾しているという見解の人たちは、日本が核兵器の不存在と存在を同時に求めるという点に着目するあまり、政府が核軍縮・不拡散措置を段階的かつ着実に推し進めながら核兵器の廃絶を目指そうとしていることに目を向けられていない。

 

とはいえ、核軍縮・不拡散に対する日本外交のスタンスが核兵器の不存在と存在を同時に求めている以上、田井中が的確に指摘するように、日本政府は核兵器の非人道性と安全保障とのあいだで「整合性がとれず、もがき続けることになる」(田井中2017:199)。日本政府は、矛盾というより、むしろ板挟みのような状況に陥る可能性があるのだ。

 

 

求められる「橋渡し役」としての日本外交

 

核兵器禁止条約が採択されて以降、2つの対立の溝が深まっている。1つ目の溝は、核兵器禁止条約を拒む核保有国と同条約を推進する非核保有国とのあいだの溝である。2つ目は非核保有国どうしのもので、核保有国の同盟国である非核保有国と、核兵器禁止条約を推進する非核保有国とのあいだの溝である。

 

これらの溝を作ったのは核保有国と非核保有国のどちらなのだろうか。核保有国はその責任が核兵器禁止条約を推進する非核保有国にあるとしている。非核保有国が安全保障をめぐる問題を考慮せずに同条約を成立させたからである。ただ、同条約が成立した背景には、核拡散防止条約(NPT)のもとで核軍縮が進まない状況のなかで、NPTの核保有国とその核の傘に自国の安全を依存している非核保有国への「異議申し立て」という点があったことを見逃してはならない(黒澤2018:29)。

 

とはいえ、浅田正彦が危惧するように、核兵器禁止条約が発効すれば、NPTを軸とする核軍縮の停滞状況を鑑みて、多くの非核保有国の軸足がNPTから核兵器禁止条約へと移っていき、その結果として、上記2つの対立の溝は一層深まる可能性がある(浅田2018:3)。

 

このような状況のもと、矛盾している/していないという二項対立の図式を超えて、日本はどのような政策を実施すべきであろうか。2018年、日本政府は核兵器のない世界を実現するために、「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」を立ち上げ、提言書を取りまとめた(外務省2018)。提言では、対立する溝を「橋渡し」すべく、軍縮と安全保障をめぐる問題に取り組むための措置などが述べられている。その内容は大いに評価に値する。ただ、2つの溝の橋渡し役として、さらにもう少し積極的な外交を展開することはできないだろうか。

 

核兵器禁止条約は、たとえ同条約の締約国でなくとも、締約国の会合に「オブザーバー」として出席できると定めている(第8条5項)。日本政府は、オブザーバーとして、核保有国と非核保有国とのあいだの溝と、非核保有国どうしのあいだの溝を埋めていくという、核軍縮・不拡散外交を展開してもよいのではないだろうか。日本は、安全保障をめぐる問題を踏まえつつも、「唯一の戦争被爆国」として、核兵器のない世界を実現しなければならないからである。

 

参考文献

 

・秋山信将 2018 「核兵器禁止条約成立後の日本の核軍縮政策」『国際問題』No. 672、5-15頁。

・浅田正彦 2018 「『冬の時代』に入った軍備管理・軍縮と日本の役割」『国際問題』No. 672、1-4頁。

・外務省 2018 「『核軍縮の実質的な進展のための賢人会議』提言」

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000403717.pdf(2019年3月11日アクセス)

・外務省軍縮不拡散・科学部(編) 2016 『日本の軍縮・不拡散外交(第七版)』。http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000145531.pdf(2019年2月11日アクセス)

・川崎哲 2018 『新版 核兵器を禁止する―条約が世界を変える』岩波ブックレット、No. 978。

・黒澤満 2018 「核兵器禁止条約の意義と課題」『大阪女学院大学紀要』第14号、15-32頁。

・田井中雅人 2017 『核に縛られる日本』角川新書。

 

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