ひきこもりと犯罪

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自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群と犯罪

 

次にみるのは、自閉スペクトラム症やアスペルガー症候群に犯罪との関連があるかである。これについては井出(2014)にまとめており、シノドスでも本の要約記事が掲載されている(参考リンク)。

 

詳細はリンク先を読んでもらうとして、結論は、自閉スペクトラム症やアスペルガー症候群の大多数の人は犯罪とは無関係だが、リスクの高い群がいるというものであった。ひきこもり状態に至って犯罪を行うよりも、通常の社会生活を送りながら犯罪を起こしているケースの方が多いということも分かった。

 

つまり、ひきこもり全体が事件を起こすのではなく、自閉スペクトラム症やアスペルガー症候群のなかに犯罪と親和的な群がある。その群のなかでひきこもりの人もいれば、ひきこもりでない人もおり、ひきこもり群の犯罪がひきこもりの犯罪として報道されてきたことが多かったということである。

 

しかし、自閉スペクトラム障害(注)だといっても、現れる症状は多様であり、こちらもサブグループを想定しなくてはいけない。自閉スペクトラム症=犯罪予備軍というのは誤りである。自閉スペクトラム症のなかで犯罪を起こすリスクは最大に見積もっても一般人口の89.4倍であるが、それでも、全体からいえばごく一部にすぎない(井出 2014)。

 

(注)アメリカ精神医学会の現在の診断基準であるDSM-5では「自閉スペクトラム症」という呼称が使用されている。その前のバージョンであるDSM-IVでは、おもに知的障害を伴った群を「小児自閉症」と呼び、自閉スペクトラム症は「広汎性発達障害」と呼ばれていた。WHOの診断基準ICD-10には「アスペルガー症候群」という診断名があり、現在でも広く使われている。ただ、定義は一般的な使用法で示す範囲よりも狭い。一般的にアスペルガー症候群は知的障害のない自閉症という意味である。

 

犯罪とひきこもりであったり、自閉スペクトラム症と併せて論じる際には、関連があると指摘するだけではあまり有益ではない。メカニズムを明らかにして、それに対してどのような予防策が打てるのかをワンセットで示すことが重要である。

 

研究するうちに、犯罪リスクの高い群がいくつか確認できた。そのリスクに対しても、ある程度対応可能であることも少しずつ分かってきた。

 

 

自閉スペクトラム症と犯罪の関連性の認識

 

自閉スペクトラム症と犯罪の関係はまだまだ一般的には広まってるとはいえない。自閉スペクトラム症と犯罪を結びつけて論じることにアレルギー反応を示す人は多い。「偏見を助長する」という定型句もよくみかける。

 

しかし、実際に関係があるものを偏見とは言わない。偏見だと主張して放置すると、犯罪が続き、人が死に続ける。それよりも現実を受け入れ、可能な対策を打った方がよいと私は考えている。

 

自閉スペクトラム症と犯罪の関係は専門家の間では周知の事実である。そもそも自閉スペクトラム症とは他者の理解ができなかったり、ルールがわからなかったりすることが主症状なため、行動が犯罪に結びやすいのはごく当たり前のことなのだ。

 

日本自閉症協会の会長も務めた山崎晃資は「広汎性発達障害(自閉スペクトラム症)それ自体、あるいは知能の低さから触法行為が生じていると考えられる」と見解を述べている。

 

山崎のいうように犯罪のメカニズムを分析すると、自閉スペクトラム症やアスペルガー症候群にみられる自閉性そのものに犯罪につながる特性があることがわかる。

 

 

近年の犯罪と自閉スペクトラム症

 

最近起こった事件でも自閉スペクトラム症が疑われる情報が出てきている。

 

 

・川崎20人殺傷事件

 

幼少期を知る男性によると「他人の家に勝手に入り込み、金魚鉢をのぞくような変わった子だった」(産経新聞 2019年5月28日)という。「勝手に人の家に上がり込んで何かをする」というのは、自閉スペクトラム症に特徴的なエピソードの一つである。

 

また、暴力性、他者へのルールの強制とかんしゃくが確認されている。

 

岩崎容疑者と小中学校で同級生だった男性によると、昔から一見、おとなしいが、何か気に入らないことがあると、暴れる、まわりのもの、ごみ箱とかいす、机をけって先生を困らせていた。気に入らないことというのもささいなことで、「靴をそろえて」と言われて大暴れしたり、豹変(ひょうへん)したりしていた。(週刊朝日 2019年5月28日)

 

児童期の暴力性は自閉スペクトラム症に限ったことではなく、ADHD、反抗挑戦症、素行障害、重篤気分調節障害などで発現するが、「靴をそろえて」といった他人へのルールの強制は自閉スペクトラム症でしか起こらない。

 

 

・元農水省事務次官長男刺殺事件

 

被害者の長男は自身のTwitterで「生まれつきアスペルガー症候群」と述べている。この診断が医師からされたものなのかは不明である。

 

また18歳で統合失調症という診断を受けているという書き込みもある。統合失調症の診断は医師以外が行うことはまず考えにくいため、こちらは専門家によるものであろう。

 

では、アスペルガー症候群ではく統合失調症なのではないかという指摘もありそうだが、実際はそれほど単純ではない。

 

被害者は44歳であるため、診断がされたのは1993年である。当時、知的障害のない自閉症があることは一般に知られておらず、アスペルガー症候群を取り上げた論文が日本語で初めて書かれたのは1995年である。被害者少年の診断はその論文より2年早い。1993年の日本で知的障害のない自閉スペクトラム症の診断ができた専門家はおそらく片手で数えられる程度だったはずである。

 

現在でいう知的障害のない自閉スペクトラム症を、1993年当時はどのように見立てを立てたかというと、統合失調症であった。現在の診断基準であるDSM-5には掲載されていないが、前のバージョンであるDSM-IVまで掲載(研究用)があった単純型(Simplex / Simple-type)の統合失調症が具体的な診断名にあたる(Tantam 1991=1996:303)。

 

精神疾患の診断学の発展とは、ざっくりいうと精神病とみなされていたものから個別の診断カテゴリを独立させる歴史だったいえる。有名なのは双極性障害(躁うつ病)である。もっとも近年になって独立したのが自閉スペクトラム症である。もともとは単純型の統合失調症と呼ばれていたものである。

 

したがって、1993年に精神科医に統合失調症と診断され、目立った陽性症状も無いものは、現代では自閉スペクトラム症に相当するものだと考えて問題ない。

 

 

成人の自閉スペクトラム症の診断をめぐる問題

 

これら2つの事件では医師の診断がないという批判があるだろう。しかし、自閉スペクトラム症の診断というのはかなり特殊であるため、ある程度、許容されると考えている。

 

 

1.自閉スペクトラム症は成人してからの診断はできない

 

アメリカ精神医学会の診断基準である『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引』をはじめ精神疾患の診断基準には、小児の診断基準しか掲載されていない。より正確にいうと3~4歳までの児童をリアタイムで観察する必要がある。

 

しかし、世の中では、成人でも自閉スペクトラム症という診断がされている。診断法を正確に知らない医師が多いため、ほとんどの診断は診断方法を勘違いしたものだと推測している。自閉スペクトラム症に精通していて成人の診断をしている医師は、制度上、障害者手帳か取得できるという制度上の便宜のために「みなし」で診断を行っているだけにすぎない。

 

成人の「みなし」診断をする場合に使用する情報は以下の3つである。

 

・現在時の症候の観察

・現在の自閉性エピソード

・家族歴(近親者に自閉症の人がいないかどうか)

・小児期のエピソード

 

診断基準にある項目を明確に観察できるのは4歳くらいまでであり、5歳になると判別が難しくなってくる。成人になると、自閉性を観察できることがあるが、他の精神疾患との弁別が難しい。成人の自閉性で観察されることは、精神疾患全般によくみられる。現在状態の観察「のみ」をもとに、成人の自閉スペクトラム症の診断をするのは無謀でしかない。

 

 

2.エビソードをもとにしたみなし診断

 

そこで、次善策としてエピソードを拾っていくことになる。たとえば、音が他の人より大きく聞こえる、雑音を聞かないようにして必要な声だけ聴くことができない、といった聴覚過敏などの症状である。子ども時代のエピソードも参考になる。「勝手に人の家に上がり込んで何かをする」といったエピソードもその一つである。

 

とはいえ、どこまでいっても「みなし」診断の域を出ることはできない。直接会わずに自閉スペクトラム症の疑いというと、遠隔診断という批判は受けるだろう。しかし、実際に対面してもめぼしい情報が収拾できるわけでもない。通常の疾患の診断と自閉スペクトラム症の診断方法はかなり違い、実際、直接会ってもみなし診断しかできないのである。

 

事件の鑑定で自閉スペクトラム症やアスペルガー症候群といった診断が出されてきたが、それらも「みなし」診断にすぎない。対面で診断をするにしても、結局、自閉症に特徴的なエピソードを集める以上のことは実際にはできないので、遠隔でやっても大きな違いは出てこない。

 

違いがあるとすると、直接会ったり、親に話を聞くと、エピソードが多く取得できるため、エビデンスが厚くなるということである。なお除外診断という点では、遠隔と直接会うことには決定的な差がつく。

 

除外診断とは他の精神疾患や身体疾患ではないことを確かめ、当該の診断であることを決定づける診断手順である。直接会うとこのいくつかの精神疾患は除外診断ができるため、自閉スペクトラム症の診断ができなかったとしても、消去法で自閉スペクトラム症の「みなし」診断の確度は上がる。

 

この除外診断のことを考慮すると、2件の事件の加害者と被害者には「自閉性」がみられた、という表現に留めておくのが良い落としどころであろう。

 

 

犯罪タイプ

 

自閉スペクトラム症の犯罪タイプ分けは、十一(2005)藤川(2005)の研究があるが、ここでは重大事件の説明をするために類型を絞った上で一部変更をして説明する。

 

 

・自暴自棄型

 

拡大自殺ともいわれることがあるタイプである。このタイプでもっとも有名なのが付属池田小事件を起こした宅間守である。犯人の宅間守の半生は鑑定医の一人であった岡江の著書(2013)に詳しいが、他者を巻き込むようなかたちでの自殺と表現するのが妥当な犯行であったことがわかる。

 

しかし、宅間は自殺をしていないため、拡大自殺という概念はそれほどフィットしない。このタイプは、本人は自殺するつもりで犯行を起こしていても、自殺までたどり着くケースはあまりない。そのことを考えると、拡大自殺と位置付けると物事の本質がみえにくくなる。

 

西鉄バスジャック事件や大阪姉妹殺害事件(2005)、奈良自宅放火母子3人殺人事件(2006年)や岡山駅突き落とし事件(2008年)もこのタイプである。川崎20人殺傷事件もこのタイプであろう。

 

なお、このタイプは十一(2004)、藤川(2005)にはない類型である。類型化されていない理由は、比較的大きな事件、多人数を巻き込む事件になりがちであり、研究対象に入りづらいからだろう。なお、自閉スペクトラム症が関連した犯罪は、対人関係にまつわるものと性犯罪が大半を占め、自暴自棄になるタイプは稀である。

 

このタイプは予防法がもっとも難しいタイプである。共通することは、生活・人生が行き詰まりをみせていることである。大阪姉妹殺害事件の山地悠紀夫は犯罪グループに入りそのグループでも居場所がなくなり犯罪を起こしているし、奈良自宅放火母子3人殺人事件の少年は父親による暴力と、成績が下がることへの叱責があった。岡山駅突き落とし事件の少年は成績優秀であったにもかかわらず学費が払えないという家庭の事情で、大学進学ができなくなった末の犯行である。

 

予防は、生活・人生が窮地に追い込まれないようにサポートする他はない。

 

もし、ひきこもり状態にあるならば、本人を追い込まないこと、本人が生活しやすい環境を作ることから始め、落ち着いてから、可能であれば社会との接点を作っていくということになろう。したがって、対応自体は通常のひきこもりと変わりはない。また、ひきこもりという自己防衛がとれており、家族が不満ながらもひきこもり状態を容認している時点で、極端な行動へは発展しにくい。

 

西鉄バスジャック事件はひきこもり状態であったが、犯人の少年を強制入院させたことが少なからず犯罪の原因になったと考えられている。この事件から導かれるのは、家族が極端な行動をしたために本人が追い込まれ、自暴自棄になったということである。ひきこもり状態で自暴自棄になって殺人に至った事件は、過去には西鉄バスジャック事件しかないため、確かなことはあまりいえないが、家族の行動が自暴自棄に至らせる何らかの影響を与えた可能性がある。

 

自暴自棄型の犯罪

井出草平「宅間守と自閉症スペクトラム障害」

・大阪姉妹殺害事件(Wikipedia

・奈良自宅放火母子3人殺人事件(wikipedia

・岡山駅突き落とし事件(Wikipedia

 

 

・(理科・人体)実験型

 

代表例は神戸連続児童殺傷事件(A少年・酒鬼薔薇聖斗)事件である。A少年は人の壊れやすさの実験をしていた。A少年の最初の犯罪はゴムで覆われたハンマーで女児の頭を殴り、死ななかったため、次の事件では金属製のハンマーで一人の女児頭を殴り、ナイフで2人の女児を刺した。即死ではなかったため、A少年は日記に「今回の実験で意外とがんじょうだ」と書き残している。その後、ハンマーで殴った女児は死亡し、ナイフで刺した女児は死ななかったため、日記では「人間は壊れやすいのか壊れにくいのか分からなくなりました」と書き残している。

 

2005年の静岡女子高生タリウム毒殺未遂事件では、女子高生が母親にタリウムを飲ませてどのくらいの分量で死ぬかという実験をしていた。ウェブ上に投与したタリウム量と母親の状態を記した毒殺日記をつけていた。

 

このタイプの派生として殺人体験型がある。「人を殺してみたかった」という犯行動機を述べるタイプである。2000年に起きた豊川市主婦殺人事件が、アスペルガー症候群の診断が精神鑑定で用いられるようになってから最初に起こった事件である。

 

ある人がいうには、おもちゃの構造がどのようになっているかを知りたいため、おもちゃを分解してみたというのと、人がどのように生きたいのか知りたいため、人を分解してみたというのは同じ発想に基づいているらしい。

 

このタイプは人の死に興味を持ちやすい思春期に起きるという特徴がある。

 

自閉スペクトラム症の支援などに関わっている方であれば、自閉スペクトラム症の子どものなかに構造を知りたがったり、限局した知的好奇心を持つタイプがいることに心当たりがあるだろう。死や薬物といったものに興味を持つ思春期の前から、観察し、対応することで犯罪は予防できる。

 

知る限り、ひきこもり状態で実験型の犯罪は確認できていないが、可能性がないとも断言できない。

 

(理科・人体)実験型の犯罪

・神戸連続児童殺傷事件(wikipedia

・豊川市主婦殺人事件(wikipedia

・静岡女子高生タリウム毒殺未遂事件

・名古屋大学女子学生殺人事件(wikipedia

 

 

・家庭内暴力

 

自閉スペクトラム症では家庭内暴力がしばしば起こる。元農水省事務次官長男刺殺事件がこのタイプにあたる。といっても、自閉スペクトラム症の疑いがあるのは被害者の長男であって、暴力性が外へ噴出し、事件化したというわけではない。

 

ひきこもりにおける家庭内暴力の対応法は、ひきこりに詳しい斎藤環氏がまとめている。

 

・斎藤環『家庭内暴力』 http://cocorono.jp/violence.html

・「家庭内暴力、止める方法あります ひきこもり問題専門家」(朝日新聞2019年6月20日)https://digital.asahi.com/articles/ASM6K672BM6KUTFL00N.html

 

ひきこもり状態に伴う家庭内暴力は、斎藤氏の解説の通り実行すると、ほとんどのケースは改善すると私も考えている。しかし、改善しないケースもある。それには自閉スペクトラム症が関連していると考えている。

 

少しややこしいことを言うが、自閉スペクトラム症との関連があるから対話はできないということではない。むしろ自閉症スペクトラム症のケースにこそ斎藤氏の示す丁寧なアプローチが必要である。

 

その理由は、自閉症スペクトラム症の中には記憶力が非常に良く、映像的に記憶する能力を持つ者が少なからずいることに関連している。自閉症スペクトラム症の人には虐待体験が多いといわれているが、親は虐待した記憶がないということもしばしばあり、その理由がこの記憶力の良さだと考えられている。

 

子育てのなかで、保護者による子どもに対する否定的な言動や行動はどうしても起こる。そのことは通常は時と共に忘れられていくのだが、記憶が鮮明な自閉症スペクトラム症の人には昨日体験したことのように感じられる。

 

これは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の心的外傷(例えば死ぬような悲惨な体験)を毎日繰り返して思い出す再体験と同じような状態を起こしうる。この記憶は消えることは難しく、場合によって毎日記憶が呼びだされるため、本人にとっては虐待のように感じるというメカニズムがある。

 

保護者は子どもへの否定的な言動や行動をしても、普通であればすぐに忘れてしまうようなことだと思っているので、たいして重要だと思っていなかったり、すでに忘れていたりするため、親子の間に認識の違いが生まれる。

 

このような記憶が暴力を引き起こしている原因になっていることもある。つまり家族に暴力をふるうのは、過去に自分が虐待をされたというロジックが作られるパターンである。本人と話を十分にしておかないと、家族への恨みが後々の禍根となることは珍しくない。

 

元農相次官の事件ではエルガイムMK-Ⅱのプラモデルを母親が壊したことから暴力が始まったという。プラモデルを壊すことは正しい教育法ではないが、もし壊したとしても、44歳まで恨み続けるということは通常は考えにくい。そこには記憶、とくに被害的記憶を忘れないという自閉スペクトラム症の特性がある可能性を読み取れる。また、プラモデルを壊したから暴力を振るってよいというロジックがみて取れる。

 

このようなことを踏まえ、「なぜ保護者である私たちは次のような行動をするのか」という説明を、保護者自身が「なるべく詳細に」する必要がある。保護者と本人のあいだで認識の違いが発生することが悪い影響として後々に響いてくるのであれば、より冷静に丁寧に対応することが求められる。家庭内暴力を受けているという状況は決して冷静にふるまえる状況ではないため、かなり難しいことではあるが、冷静さが何よりも重要となる。

 

 

自閉症スペクトラム症による重度の暴力の相談先、できること

 

ひきこもりに伴う通常の家庭内暴力と、自閉スペクトラム症が関係している家庭内暴力で明確な違いはないが、ある程度、重度であるものは、自閉症スペクトラム症が関連していることが多いと推測できる。

 

自閉症に伴う暴力の特徴は、1)慢性的である、2)小児期・思春期から持続することが多い、3)家庭内に退避する場所がある、もしくは暴力に耐えかねて一人暮らしをさせるくらい重度のもの、である。

 

これらの条件に当てはまったら自閉スペクトラム症だというわけではないが、十分に疑う根拠となる。家庭内暴力のなかでも惨いもの代表例は、統合失調症のカタトニアと自閉スペクトラム症によるものである。重度の暴力は命の危険があり「話し合いで何とかなる」というレベルを越えている場合がある。

 

このような重度の暴力に対して決定打のようなものは現状ではほとんどないが、各地にある発達障害者支援センターへの相談、および、自閉症に詳しい児童精神科医を探すところから始めるのがよいだろう。

 

発達障害者支援センターはウェブ検索をするとみつかる。管轄があるため、居住地の住所を告げると、適切なセンターへの紹介をしてくれる。発達障害者支援センターは親の相談も受け付けるが、情報のハブのような施設なので、継続的な相談を行っていないところが多い。ただし、適切な施設の情報を得るには最適な機関である。

 

児童精神科医は日本児童精神医学会のウェブページに掲載されているので、通えるところに医師がいるのであれば、所属している病院に相談が可能か問い合わせる。

 

http://child-adolesc.jp/nintei/ninteii/

 

自閉症に詳しい専門家であれば、家庭内暴力についても詳しいため、本人が来院しなくても親だけの相談に応じてもらえるはずである。ただ、児童のみを対象としている医療機関があり、成人の相談を受けているところは限られる。

 

児童の専門ではないものの、自閉スペクトラム症の対応ができる成人専門の精神科医が存在する。その医師らが実際の受け皿になることが多い。発達障害者支援センターや児童精神科医へ相談することによって、成人の対応が可能な精神科医の情報を仕入れたり、紹介によってたどり着くことになる。

 

本人が児童期を過ぎてから精神科による介入として期待できるのは薬物療法である。リスペリドン(リスパダール)やアリピプラゾール(エビリファイ)といった一部の抗精神病薬には、自閉症スペクトラム症の暴力を抑制できることが確認されている。また、バルプロ酸ナトリウム(デパケン・セレニカ)などの気分安定化薬にも同様の効果が認められている(Frazier et al. 2010, McDougle et al. 1998)。

 

抗精神病薬は自閉症スペクトラム症にみられる感覚過敏を和らげる効果もある。聴覚過敏であったり、対人関係・家族関係における易刺激性などである。投薬は暴力に関するいくつかの原因を取り除くことができるかもしれない。気分安定化薬も気分のムラを和らげるためには有用である。

 

精神科に連れていく場合でも、無理強いはしてはいけない。本人と十分に話し合って、少しずつ通院を促す。決して焦って無理やり連れていくようなことにしてはいけない。

 

また、本人を伴って精神科や施設を回るのではなく、家族が先んじて適当な施設を探しておくことも重要な点である。初めて訪れる施設や精神科は適切な場所かはわからない。不快な思いをすることも珍しくはない。最初に本人が嫌な思いをしてしまうと、精神科へ二度と行かないということになりかねないため、家族による十分な下見が必要である。

 

 

事件を繰り返さないために私たちが行うこと

 

自閉症に詳しい人のあいだではある意味常識的なことだが、自閉症スペクトラム症と暴力性には関連がある。

 

自閉症スペクトラム症の専門家である杉山登志郎は、「われわれは、暴力的な噴出を繰り返す児童が存在することに気づいた。全体としては高機能児の5%前後」「グループの子が一人いれば学級崩壊になってしまうほど、この子たちの起こす問題は深刻」「われわれは密かに『暴力アスペ』とニックネームをつけて呼んでいた」(杉山・原 2003)と述べている。

 

このように高機能(知的障害のない)自閉スペクトラム症のなかには暴力性を持つグループがいる。

 

カインとマザーイク(2011)では自閉症者の68%が介護者への、49%が介護者以外の者への暴力行為をしたと指摘している。

 

日本自閉症協会の会長も務めた石井哲夫は次のように述べている。

 

東京都発達障害支援センターにおいて、平成16年度の1年間に相談受理した442例のうち、1割を越える48例に、家族をはじめとする他者への激しい暴力、器物破損などの問題行動がみられた。これらの事例は当然ながら殆どが、家族というフレーム内で他者への暴力や器物破損が繰り返され、本センターに何らかの支援を求めて来所している。すなわち、「家族」という人的シェルターにより、高機能広汎性発達障害(自閉症スペクトラム症)当事者の反社会的行動の家庭外への突出がかろうじて防止されているともいえよう。

 

自閉スペクトラム症に伴う家庭内暴力に耐えかね、親が子を殺す事件はすでに起こっている。例えば、2009年7月には、自宅で父親が自閉スペクトラム症(広汎性発達障害)のある長女(当時20歳)を絞殺するという事件が奈良で起こった。長女の家庭内暴力に悩んだ父親が「このままでは家族みんなが不幸になる。殺すしかない」と考えた末の犯行であったという。2018年には名古屋北区と岐阜県大野町で親による自閉スペクトラム症をもった子どもを殺す事件が起きている。

 

暴力や育児に悩む家庭・親への支援は、行政によるサービスの提供をすべきであるが、社会資源はほぼ存在しない。家庭のなかで起こったことは家族で処理すべきとせず、家庭内暴力や介護で苦しんでいる家族にもサービスの提供を行うべきである。

 

元農水省次官の事件では、父親が長男を殺害したことを「責任をとった」といった論調が散見されるが、このような考え方を多くの人が持つようでは、同じような殺人事件は起こり続けるだろう。家庭のことは家庭で責任を取る、という根強い考え方があるが、この問題は家庭で対処できる事案ではない。

 

今は有用な資源は少ない。自閉スペクトラム症では家庭内暴力が起こり、家族では対応できず、社会的資源を分配する必要があるという説得を社会に向けて行っていく必要性がある。このような犯罪を防ぐにはそれしかない。殺人事件にまでは至らないものの、一つ間違えれば同じことが起こる家庭が日本中にあることを忘れてはいけない。

 

 

参考文献・報道

 

・朝日新聞大阪社会部、2000、『暗い森――神戸連続児童殺傷事件』朝日文庫。

・石井哲夫ほか、2006、「青年期・成人期における高機能広汎性発達障害にみられる反社会的行動に対する社会的支援システムの構築に関する研究」『高機能広汎性発達障害にみられる反社会的行動の成因の解明と社会支援システムの構築に関する研究』平成一七年度報告書。

・井出草平、2014『アスペルガー症候群の難題』光文社。

・大分県精神保健福祉センター、2004、『ひきこもりの実態調査報告書』。

・岡江晃『宅間守 精神鑑定書』(亜紀書房)2013 – 警察庁『犯罪統計』 – 杉山登志郎・原仁、2003、『特別支援教育のための精神・神経医学』学習研究社。

・十一元三、2005、「少年事件・刑事事件と広汎性発達障害」『そだちの科学』5、8-9。

・藤川洋子、2005、「青年期の高機能自閉症・アスペルガー障害の司法的問題–家庭裁判所における実態調査を中心に」『精神科』7(6)、507-11。 – 内閣府、2010、『若者の意識に関する調査(ひきこもりに関する実態調査)』(https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/hikikomori/pdf_gaiyo_index.html)。

・内閣府、2019、『生活状況に関する調査 (平成30年度)』(https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/life/h30/pdf-index.html)。

・山崎晃資ら、2005、「高機能広汎性発達障害の診断マニュアルと精神医学的併存症に関する研究」『高機能広汎性発達障害にみられる反社会的行動の成員の解明と社会支援システムの構築に関する研究』平成17年度 研究報告書。

・Frazier et al., 2010, Effectiveness of medication combined with intensive behavioral intervention for reducing aggression in youth with autism spectrum disorder., J Child Adolesc Psychopharmacol, 20(3):167-77.

・Kanne SM, Mazurek MO. Aggression in children and adolescents with ASD: prevalence and risk factors. J Autism Dev Disord. 2011;41(7):926–937.

・McDougle et al., A double-blind, placebo-controlled study of risperidone in adults with autistic disorder and other pervasive developmental disorders. Arch Gen Psychiatry. 1998;55(7):633–641.

・Tantam, 1991, Asperger’s syndrome of adulthood,”Uta Frith eds. Autism and Asperger syndrome.(冨田真紀訳、1996、「成人期のアスペルガー症候群」、ウタ・フリス編『自閉症とアスペルガー症候群』東京書籍、261-316。

・週刊朝日「川崎”通り魔事件”岩崎容疑者の同級生が語る素顔「おとなしいが、切れると豹変する奴」」(2019月5月28日)、(https://dot.asahi.com/wa/2019052800082.html)。

・東京新聞「関連事件の割合わずか」(2019年6月6日)。 – 毎日新聞、「裁判員裁判:長女絞殺 殺意の有無どう判断 被告、起訴内容否認--初公判 /奈良」(2010年3月24日)。

 

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