『いいモノ』食ってりゃ幸せか? われわれはみな〈社会的〉に食べている

ストーリーをつくろう

 

五十嵐 ぼくたちは、「安全・安心」を取り戻すために、円卓会議をやってきました。でも、食べることって、味や、安全性だけに左右されているわけではなくて、いろんなことの価値の束で決まっていくじゃないですか。だから、「安心・安全」はアピールできたけれど、これからはそれだけでは、やっていけないとおもっています。

 

今の時代は、競争が激しいですよね。安売りやどこか無理することで競争しています。そんな消耗戦には乗ってけないんだとしたら、あとは「ストーリー」をつくっていくしかないということが、近年よく言われています。単に「美味しい安全な」トマトと宣伝するのではなく、これがどんな風に、どんなおもいを込めてつくられたのかを消費者に伝えて、付加価値をつける。昔はとにかく欲求を満たす時代でしたが、今は、ストーリー込みで購買していく時代だと。

 

でも、じつはぼく、数年前までこんな「ストーリー」にあんまりいい印象を持ってなかったのね。これこそ消費社会的な虚業のようにかんじちゃって。

 

遠藤 インチキくさいからね(笑)。

 

五十嵐 でもやっぱり、ストーリーっていいんじゃないかと、柏の農家さんに深く関わるようになったここ2、3年は感じるようになってきました。

 

人口が減少している中、食料品の国内需要がこれから増えていくことって考えにくいですよね。その中で、産業としての農業を考えた時に、「安全・安心」と「美味しい」以上の、さらなる価値を提示していくということをしないと駄目だとおもうんです。

 

このストーリーを付け加えるっていうのは、なにも生産者の側の「売ろうかな」のためだけではない。ストーリーがあった方が消費者にとっても楽しいんですよね。どういうおもいや歴史的背景でこの野菜はつくられて、「旬はいつで、こんな食べ方がいいよ」とガイドされると、味が2倍3倍になるんです。

 

たとえば、有名な関サバ関アジの話でいくと、佐賀関で取れたら一万円で、隣の漁港だったら2000円ってなんだよとおもいますよね、普通。でも、実際に、佐賀関にいって食べたら、サバもアジもムカつくほどうまいんです(笑)。佐賀関では完璧に品質管理されたサバが出てくるっていうのも大きいですけど、なんかおいしく感じてしまうストーリーと演出が徹底されてることも重要なわけです。

 

それは、そもそもそこまでみんな、正確に味を把握している訳ではないということなのかもしれません。まあでも、それはそれで仕方ないっていうか、飽食の先進国の人間は舌と胃袋だけで食べるわけじゃない以上、頭や気持ちで食べて幸せになれればそれでいいんじゃないですか。ある程度高いお金を出して、ストーリー込みでぼくらは消費して、満足して、生産者にもお金が流れて、流通にも流れて。すごく健全ですよね。成熟社会ではGDPってそうやって増やすもんなんじゃないかなって最近おもっています(笑)。

 

遠藤 今の話はブランディングに絡む話だよね。たしかに、「ストーリー」って非常に胡散臭い部分がある。それは企業サイドや販売サイドからの押し付けの感じがあるからかも。

 

人って本来は自分のストーリーで食事をしているはずだよね。たとえば、今日の夕ご飯になにを食べようか考えている時に、自分の生き方とか、自分なりの食べるストーリーがキチッとあればいいわけで。

 

たとえば、料理があまり美味くないと言われるアメリカでも、「食って生きる」ということになると、やけにしつこくストーリーを考える話しがあるわけ。ある種の生活哲学と言うか。買った牛乳ひとつにしても、飲み方とか。フランス人になると、癪に障る程うるさいわけで(笑)。文化として、食べるストーリーを大事にしている。

 

今の日本では情報に受身の消費者が多いというか。情報誌やインターネットで身の回りに情報があふれているけど、ただ今的な新しいことを追いかけたり、そもそも自分自身が食に対してどういうストーリーを持っているのかを、考える機会が少ないのかもしれないね。

 

だからポジティブに考えれば、インチキ臭いブランディングも、それぞれが食べるストーリーを考えるチャンスになる提案だったらすごくいいんだよね。でも、現時点では、与えられたストーリーに、乗るか乗らないかという話になっている。それは胡散臭い話しですよね。

 

五十嵐 今回の柏の事例でも、逆境の中やっていくこと自体を、ストーリーにしていけるんじゃないかって意識していました。

 

しかし、ストーリーの発信が農家さんの仕事になってしまう流れに、円卓会議が加担してしまったことには、少し申し訳なくもおもっています。この流れはこれからの農業には有望なやり方だとはいえ、みんながみんな、同じようなクオリティーで発信できるかといったら、難しいところがありますから。

 

農家さんの仕事ってとても多いんです。栽培や販売、営業、経営管理、土木作業もする。その上で、本当に寝る間を惜しんで、facebookでストーリーを発信するみたいなことになってしまっている。

 

消費者からみれば、そういうのが得意な農家さんから、直接食品を買うのはたしかに楽しいことです。でも、それって、付加価値の高い農産物を売ることができるようになるとはいえ、農家さんのハードルをすごく上げてしまっていることも忘れちゃいけない。普通の職業と比べると、農家ってただでさえありえないくらいのジェネラリストなところに加えて、それでは労働時間もすごく長くなってしまいます。その部分を行政やNPOなどでフォローすることも大事ですが、やはり農家ごとに差が出てしまいますよね。

 

遠藤 たしかに差が生まれてしまうよね。

 

素晴らしいストーリーで、いい野菜を提供してもらうことはありがたいんだけど、実際にそのような野菜が今の食卓の全部を満たすことは無理なことだよね。今のおれたちの食べている野菜の大部分が、農薬を使って栽培され、スーパーに並べられている。

 

逆に言うと、大部分がそうだから、有機農業が成り立っているという構造もあるわけです。「地産地消」の話が出た時に、いつも考えるのは、地域だけで賄うのは不可能だということ。まず、「農薬を使った他地域からの作物」という大きな流れを認めながら、地域循環の有機農業も育っていくというバランスを考えるべきだよね。

 

料理だって、食材が美味しいから美味しくなる部分もあるし、調理法が優れているから、美味しくなる場合もある。安い居酒屋でそれなりに美味しく食べられるのは、それなりの料理技術のお陰です。すべて地産地消で、無農薬にこだわるのではなくて、農薬を使った野菜でも美味しく食べられるということも認めていく。そうしないと、お互いが成り立たなくなるとおもうんだよね。

 

五十嵐 それはおっしゃる通りです。時間も収入も限りがある中で、外食やコンビニ弁当を利用せずに、スーパーで大量の安いお肉や野菜を買うこととも無縁で生きている人なんていなくて。

 

じつはぼく、この本でうさんくさーい試算をしたんです(笑)。柏が全国的な市場に大量に提供しているカブ・ネギ・ホウレンソウの三つは例外として、それ以外のものを地域の人がどれだけ買えば、柏の野菜を買い支えられるかという試算。その結果、柏市民が生鮮野菜を買う時に、3割くらい柏の野菜を購入すれば、買い支えられちゃうんです。加工品や中食、外食を買うのは今まで通りの便利なライフスタイルを送ってもなお、です。まぁ、そんなもんかという感じなんですよね。

 

遠藤 みんながみんな、有機野菜で全部の食事を賄う必要はないってことだよね。少しでも多く地元の美味しい野菜を食べましょうということでも、ずいぶん違ってくる。

 

 

ensouigarashi

 

 

 

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