自由と平等の攻防 ―― アメリカでの同性婚合法化の波を理解するために

米最高裁が伝統的な男女の結婚しか本当の結婚と認めないとした連邦法の結婚防衛法(DOMA=Defence Of Marriage Act)を違憲と判断したというニュースは日本でも大きく報道されました。それに付随して新聞各紙やテレビも、たとえば米国でのゲイの認知度の高まりや様々な社会的な変化を、さらには世界ではすでに15カ国で同性婚が認められていることなどを紹介しています。

 

ところが半年ぶりに帰国しているこの日本国内で、そういう事情が一般にどれだけ理解されているのだろうかというと、なんだかみなさん、きょとんとしているというか、うーんと唸ったきり思考停止になっているような感じなのです。ニュースを伝える各メディアのアメリカ特派員たちも、限られた紙面や放送時間の中で何をどう伝えればよいのか、いまひとつ決めかねて米国での報道をそのまま受け売りしたような、結果的にとても断片的な、あるいは断面的なリポートになってしまいました。

 

そこで気づきました。若者を中心に欧米でも日本でもゲイのこと、あるいはもっと広げてLGBT(性的少数者)一般のことを本や映画やテレビなどから、あるいは実生活上でもどんどん知ってきている層がある一方で、そういうことをまったく知らない、LGBTの当事者などとも会ったことのない、というか(たとえば日本では)知っていることと言えばマツコやミッツやはるな愛やのことだけという人たちがどっかりと身動きせずに控えているのです。

 

すると、そういう人たちにとってはゲイっていうのはいまでもなんかおかしな人たち、奇妙な連中、ヘンタイ、オカマ、異常者、性的倒錯者なんだな、と。「だって同性愛とかって、言ってみればエッチなシュミの問題でしょ? そういうのがシュミで結婚して社会的にも認知してほしいだなんて、おかしくね?」みたいな、これはどう考えても反語なのです(欧米の場合はそこに宗教的な断罪が付随します)。

 

 

「性のバケモノ」から「隣の生活者」への変身

 

1969年6月にニューヨークのストーンウォール・インというゲイバーでゲイやレズビアンたちが暴動を起こしたとき(後に近代ゲイ解放運動のきっかけとなった出来事でした)も、米国のマスメディアはそれを地域的な「一部層の」ごくまれな特異事案として報道すらしませんでした。1週間後にやっと報じた際も新聞の見出しは「Homo Nest Raided, Queen Bees Are Stinging Mad(ホモの巣を摘発 狂い刺す女王蜂たち)」でした。そう、このころ「ホモ」たちは、ニュースにすら値しない狂気の倒錯者、セックスのバケモノだったのです。

 

そして日本の大多数の人々もまた、いまでもその段階の情報のまま取り残されている、置き去りになっている状態です。それは性的少数者の問題をずっとキワモノ扱いにして報道を避けてきた日本の旧態依然のメディアの怠慢の結果でもあります。そんな状況で突然「同性婚」の話をされても、「はあっ?」となるのは無理もありません。

 

はてそういう人たちにいったいどう説明すればよいのでしょうか?――「70年代から欧米の大都市部ではゲイたちのカミングアウトによる可視化が進み、80年代のエイズ禍を経験して『理想のアメリカ男性像』だった俳優ロック・ハドソンがゲイだとわかったりしてその悲劇に社会的な同情も急速に拡大し……云々」と説明したところで、それもどうせ外国の話です、例によって「日本は外国とは違うよ」という常套句の壁に阻まれてしまうのがオチでしょう。

 

ストーンウォールから44年かかって、欧米などではLGBTたちはやっと「セックスのバケモノ」という偏見から解放され、やがてほんとうにすぐ隣にいる「身近な生活者」なのだということが徐々に徐々に理解されてきました。そういうものすごく長い時間をかけていまやっと、アメリカでは「自分の周囲の親しい友人や家族親戚にLGBTの人がいる」と答える人が57%いて、しかも同性婚を支持する人が55%という状況になったのです(ともにCNN調べ)。でも、そんな環境も下地も何もない日本で、同性婚がどうしてかくも重大な社会的な課題として扱われるのかを理解するには何をどう考えればよいのでしょうか。

 

 

正体見たり枯れ尾花

 

「同性愛は異常でも倒錯でも何でもない」という言説はすでにちまたに溢れています。しかし知識、頭ではわかっていても、日本人の多くにとっては実感が伴わないのです。カムアウトの運動が大々的に起きたことのない日本では、「周りにだれもLGBTがいない」のと同じことですから。

 

「だからこそLGBT当事者のカムアウト運動を!」というのもすでにありふれた呼びかけです。でも、もうひとつ同時に、逆にカムアウトされる側、つまり圧倒的多数者の側の、こんな思考実験も有効かもしれません。それはたとえば学校なり職場なりで自分の同僚や友人全員がゲイやレズビアンだと仮想してみることです。

 

「えー!」と思われるかもしれません。しかしそこで戸惑ったり疑心暗鬼になったりしている自分がいるとすれば、その自分こそが問題なのだ、と気づくことができます。なぜなら、同僚・友人全員はいままでと何ひとつまったく変わらずにそこにいてそこで仕事をしているのです。女装/男装もせずシナを作るわけでも自分を襲うそぶりを見せるわけでもなくそこにいままでと変わらずに存在している。なのにただ彼らがゲイだレズビアンだと知って不意にうろたえている自分がいる。

 

じつは欧米で44年かけて気づかれてきたことはそういうことなのです。「正体見たり枯れ尾花」。問題は枯れ尾花ではなく、それを幽霊だと見ていた自分だった。だとすれば、オバケでも何でもなかった「彼ら」を、そうと知ってもなお結婚もできない二級市民の地位におとしめているのは大変な間違いなのではないか。これはかつて女性問題や奴隷制度で犯したと同じ公民権に関係する過ちなのではないか。その気づきが現在、同性婚への支持が過半数に逆転した背景なのです。

 

本来ならば44年かかるその気づきを即製で導いてくれる上記の思考実験を経なければ、日本では多く、世界の人権先進国での同性婚合法化の気運を理解できないかもしれません。

 

 

 

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