婚外子差別問題をより広い視点でみてみよう

日本における婚外子の変遷

 

明治民法の時代、おおよそ20世紀前半では、婚外子の割合は現在よりもずっと多かったことはよく知られている。実際、20世紀初頭(1910年前後)には出生の10%近くが婚外子であった。

 

とはいえ、これは(善積京子(1993)『婚外子の社会学』に詳しいが)一部には、法制度が普及していくことに伴う見かけ上の現象である。明治期に婚姻の役所への「届出」が普及していくのだが、これが普及する段階では届け出がなされなかったり遅れたりするケースも多く、実質的には婚内子であった子どもが法的に婚外子として統計に現れてくることが多かったわけである。

 

もちろんこれに加えて、父系的な家制度の広がりの影響もある。20世紀前半を通じて日本の婚外子の割合は減少していくが、実はその多くは「私生子」割合の減少によって説明できる。「私生子」とは明治民法の用語で(ただし1942年まで)、そこでは婚外子のうち「父親」に認知された者が「庶子」、認知されない者が「私生子」と呼ばれていた。明治民法下における「私生子」割合の減少は、一部には上述の届出習慣の普及によって説明できるだろう。他方で庶子の割合は終戦まであまり減ることはなかったのだが、これは父系の存続という価値観のもと、家制度下における男性庶子の相対的な身分の高さがあったからだと考えられる。

 

たとえば男性庶子は女性「嫡出子」よりも相続の順位が高かった。これは家制度の家督がほとんどの場合男性に与えられる権限であったからだ。また明治民法下においては、戸主が庶子を入家させるにあたり、妻の同意を得る必要はなかった。妻からすれば断りもなく自分の子どもではない庶子が家に組み入れられ、しかも自分は「嫡母」として庶子を扶養する義務を追うのであるから、たまったものではないだろうが、少なくとも法制度上妻はそれに従うしかなかった(もっとも民法親族編のこの規定については、大正期に見直しが検討され、庶子入家の際の妻同意の必要性が一部から主張された。だが結果的に民法改正は見送られた)。

 

戦後の現行民法下においては、父に認知される限りで婚外子の身分はやはり限定的に保証されることになるが(扶養と相続)、家制度が廃止され、婚姻自体が民主的な合意に基づくものになるなかで、婚外子の割合は激減していく。明治民法期にはあった「庶子」と「私生子」の区別は現在では廃止されたが、父による認知が婚外子の身分にとって大きな意味を持つことには変わりがない。そしてこれは、認知された婚外子の相続差別が廃止されても同じことである。

 

現在では登録上、婚外子は無条件に母の戸籍に登録されるが、認知されれば父の戸籍にも登録される。もし父がすでに他の女性と配偶関係にあった場合、遅かれ早かれ父が認知した婚外子がいることは家族の知るところになる。つまり婚外子は認知という制度を通じて社会的に位置づけられているわけであるが、逆に言えばこれは「認知されない場合の問題が大きくなる」ということでもある。

 

このことは、父親が別の女性と結婚している場合(不倫などのケース)には、認知して婚外子の権利を(部分的にでも)保証して父親の家庭に多かれ少なかれネガティブな影響が生じるか、認知せずに婚外子に部分的な権利をも与えないか、という二者択一状況が生まれる、ということである。

 

庶子を家のなかに位置づける制度がまがりなりにも準備されていた明治民法の時代が終わり、戦後の民法改正以降、婚外子を道徳的に許容しない「対等な夫婦」という理念が浸透していくにつれて、(男性認知子も含めて)婚外子の「居場所」が失われていくことになる。このため全体的な婚外子割合は激減し、現在でも2%程度ときわめて低い水準になっている。

 

また、婚外子に占める認知された、したがって父の財産の相続権をもつ子の割合は不明であるが、父系的家制度に守られるかたちで「庶子」の割合が増加していた戦前とは逆に、認知されない婚外子(明治民法の言葉では「私生子」)の比率が増加していったことが想像できる。とはいえ、これから(諸外国と比べて非常に低い水準ではあるが)増加していくことが見込まれる比較的経済的に安定した階層に属する同棲カップルが子どもをもうけるケースのことを考えれば、近年では認知子の比率増加が進行している可能性もある。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.279 

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・神代健彦「道徳、この教育し難きもの」
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