性的マイノリティへのいじめをなくすために

社会が性的マイノリティへのいじめを許容している

 

―― 性的マイノリティの当事者がいじめの被害者になりやすいのはなぜでしょうか。

 

性的マイノリティに対するいじめの発端というのは、学校のなかで比較的「なよなよしている」とか「オカマっぽい」、「女らしくない」ような子をからかうところから始まります。そこから殴る蹴るといった暴力的ないじめに繋がっていってしまう。

 

小中学生だと性自認は揺らぐし、自分が何者なのかもわかっていない、自分で情報や仲間を集めることも難しい時期です。そんな時期に自分を否定されてしまうと、立ち直りが難しくなってしまう。しかし、今の日本社会には「そういった子どもたちはいじめられて当たり前」という風潮が根強くあります。むしろ、「男は男らしく」「女は女らしく」という固定観念は、助ける側であるはずの大人の方が強く持っています。だから親や先生に相談しても、「なよなよしているのを直せばいい」とった的を射ない解決法ばかり提示され、ちゃんと向き合ってもらえないことが多い。これは教育の問題というよりも、日本社会全体の問題です。

 

本当であれば、理由となっているジェンダーハラスメントよりも、殴る蹴るといった具体的ないじめの中身の方が重大な問題なはずです。いじめの中身に焦点を当てたケアがされていないというのはおかしい。とくに性的いじめ、性的暴力に関しては被害を周りに訴えづらいということもあるので、それを受け止め、解決してあげる環境をつくってあげなければいけません。

 

 

身近に相談できる人をつくる必要性

 

―― 現行では具体的にどんな解決策があるでしょうか?

 

チャイルドライン(http://www.childline.or.jp/)などが行っている電話相談が主なものです。あとはメールやインターネット上の掲示板などでの相談です。しかし、これらの方法は知らない大人や仲間に助けてもらうというもので、顔が見える援助ではありません。

 

いじめを受けている子にとって、身近に相談できる人がいないというのは大きな問題です。本当ならば、家族、友人や先生、地域の人や病院の先生、カウンセラーとともに立ち向かっていかなければなりません。でも、いじめや「いじめの後遺症」で苦しむ当事者が病院に行ったとしても、精神病扱いされて薬をもらうだけで終わりになってしまうという現状があります。それは本質的に間違っている。わたしの場合、「うつ病ではない」と自分では思っていますが、おそらく病院に行けば「うつ病」という診断を受けてしまうと思います。でも、それは適切なケアを受けられなかったことに起因するものであり、自分ではなく社会に原因があるはずです。その原因を解消していくことが必要です。

 

 

―― そうですよね。電話相談ができる子って、じつは自分で乗り越えられる力を持っている子だと思います。苦しんでいても電話をすることができない子も大勢いるはずだから、結局のところ根本から社会を変えていかないといけない。

 

大人だったらハラスメントやいじめは裁判になる程の問題です。でも、子ども同士ではなかなか裁判にならない。自分から法的に訴える力もありません。まわりに支えてくれる大人がいない子どもに「一人で立ち向かえ」というのはどう考えても無理があります。子どもの問題に適切に介入していくのが大人の責任であるはずなのに、わたしには大人が大人を放棄しているとしか思えない。本来は大人によって子どもは保護されるべきなのに、子どもが大人をやらされているという気がしています。

 

現在の社会は、偶然にいじめのターゲットになってしまったがために、その傷が癒えずとことん堕ちていってしまうことを許容しています。もし、わたしもいじめに遭っていなければ、カミングアウトをすることもなく今ごろ楽しく生きていたでしょう。いじめのターゲットになるか否かでその後の人生が決まってしまうというのはどうしても納得がいかない。たとえ、いじめにあったとしても、すぐに立ち直れる社会をつくっていく必要があります。

 

 

1 2 3 4
シノドス国際社会動向研究所

vol.277 

・坂口緑「生涯学習論にたどり着くまで──人はいかにして市民になるのか」
・平井和也「ジョージ・フロイド殺害事件から考える米国の人種差別問題」
・野村浩子「日本の女性リーダーたち」
・安達智史「「特殊」を通じて「普遍」を実現する現代イギリスの若者ムスリム」
・太田紘史「道徳脳の科学と哲学」
・石川義正「「少女たちは存在しない」のか?──現代日本「動物」文学案内(2)」