大きな慣性に逆らって――父親たちの語るPTA

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逃げ道はどこだ

 

川端 ぼくは、なにはともあれ、つらい人の緊急避難口の確保が必要だとおもっています。辞めたい人、つらい人が、さらに追い打ちをかけられるような被害を受けずにすむしくみが最低限必要ですよね。

 

木村 国家的スケールでもこれは大事なことで、昔は人権保障って議会が担えばいいという発想だったんですよ。やはり、議会では多数派の人権は守られるんですが、普通の人が気づきにくい少数派の利益にどうしても配慮がいきにくい。そのため、独立の避難口として裁判所に違憲立法審査権をもたせることになりました。

 

このように、PTAから離れて保護してくれるしくみがないと、今のような悲劇がずっと続いていくという状況があります。避難口ってどうやってつくればいいんですかね。

 

川端 PTAの問題に気づいた人たちが中心になった「Think! PTA!」というサイトがあります。ぼくも立ち上げに関わりました。そこは部分的に避難口の役割を担っているのかもしれません。掲示板等で相談もすることができます。

 

一方で、校長先生にも避難口の役割を担ってほしいとおもいます。ぼくの本を読んでPTAを変えようとおもった人にありがちな挫折は、校長の理解が得られないことなんです。校長に理解がないと、傷つき破れて行く人に対してさらに追い打ちをかけるような事態になってしまいます。だから、「校長先生のためのPTA入門」という連載を、校長先生が読むニッチな雑誌でやって、つい最近、それをまとめて無料の電子書籍にしました。

 

木村 緊急窓口がまず学校長であるというのは筋だとおもいますね。学校長が子どもを預かる以上は、PTAという独立の団体との関係において、子どもがいじめに合わないとか、保護者が多大な負担を追わないということに配慮をする義務というのはありますよね。専門用語では「安全配慮義務」と呼ぶのですが、校長先生をはじめ先生方には、安全配慮義務のことをもっと理解してもらわなければなりませんね。

 

川端 あまり気づかれていないですが、校長先生はPTAに関しても責任はあるんです。無償で貸しているPTA室の施設管理者は校長なんですよね。学校内に事務局をもって活動する団体として相応しいかどうかというのは気にするべきでしょう。それに、ほとんどのPTAで校長は顧問や理事、相談役などの肩書きで、PTAに助言ができる立場です。

 

木村 監督者をどう選ぶのかは難しい問題です。ある国会議員の方が、「最近の最高裁の判断はおかしいので、我々政治家が憲法裁判所をつくって、我々政治家のOBがそこの裁判官になるような組織をつくるべきだ」と言っていているんです。それは自分達がつくったものを自分達で監督するということで、それはまずいなとおもうわけです。

 

これに近いようなことが校長とPTAの中に起きているのかもしれません。監督しなければいけない人が中の利益に取り込まれてしまっている。学校の直接の施設管理者は校長先生ですが、自治体が施設を貸しているわけですから、自治体にも施設管理の責任があるはずです。しかし、自治体にとっては、PTAが全保護者組織であるほうが便利なので、改善のために動いてくれません。利害関係の中に監督機関が利害の中に取り込まれてしまっている状況があるんでしょうね。

 

 

法律はPTAを救えるか

 

kimura

 

 

木村 仮に、公的な緊急避難所をつくろうとなった時に、どのような人をそこに配属するのがいいのでしょうか。

 

川端 困難な質問ですね。法律家が担えるのではとおもっていた時期もありました。自治体の人権相談にPTAの問題をもっていったこともあるし、法テラスにも行ってみたことがあるんですよ。5000円はらえば相談できるので。

 

ですが、所定の時間に問題の所在を説明することが難しいんです。説明だけで終わっちゃう。たまたま女性の弁護士にお話しした時があって、問題の構造は把握してらっしゃったんですが「難しい問題ですね」で終わってしまいました。

 

木村 法律の話って、気がついたら30分、1時間なんて簡単にたってしまうんですよね。私もマンション管理組合の理事会があって、難しい規約改定があったんですが、その規約の内容を一つ一つ説明して、質疑応答をしたんです。すごく時間がかかるんですよね。質問者に悪気があるわけじゃないんですが「どういう意味ですか」と聞かれたら、民法の基本から説明しないといけない。総会の時間では到底たりませんでした。

 

たぶん、PTAの問題もそうだとおもうんです。もし自分が弁護士だったとして、いきなり聞いても、なにをどう考えればいいのかわからないとおもいます。まず、学校とPTAの関係がどうなっているのか、普通の弁護士は考えたことがないでしょうし。

 

川端 以前、「部分社会の法理」だからアンタッチャブルだと言われたこともありますね。

 

木村 それはおそらく誤りです。「部分社会の法理」というのは、部分社会の中でしか意味がないことに関しては法律はタッチしないというものです。たとえば、宗教団体の内部などで「これが本当にキリストの遺骨なのかどうか」と争いになった時に、法律家はそこには介入しない。しかし、PTAの中で人権侵害が生じていた場合、それは部分社会の問題とはいえません。

 

実は、法律家にとっても、前例のない事案について、当事者が何に困っているのか、それがどの条文と関わるのか、条文をどう解釈すべきか、具体的にどんな結論を出すべきか、と一つ一つ考えていくのは結構大変なんです。誰かが、きちんと検討して、トレースできるようにしておかなければなりません。

 

川端 やっぱり、法律論から見た時に、PTAがどう見えるかって、素人ではわかりません。法律の勉強した方は法律で物事を解決する時に、どうしたらいいのか特別なトレーニングを受けているので、他の教育を受けている人とは別の発想をされますよね。だから、社会の問題を解決していく上で、法的な整備ってすごく大事なんだけど、素人ではできないし、今から自分が法学を正式に学ぶことも想定しがたいですからね。

 

木村 法科大学院で教えていてもおもうんですが、法学って外国語のようなものなんです。日本語ですが、普通の日本語とは全然ちがうし、普通の人の理解とは違うところにある。自分達はすごく、専門知識があるという自負の一方で、社会の人からは疎ましい存在だとおもわれているという卑屈な感情を感じることもあって。ですから、社会の場でも法律家を求めているんだよということは、法律家にとっても法律家を目指す人達にとっても、勉強するモチベーションになるとおもいますね。

 

川端 将来、親になるであろう学生さんも参入して、PTA研究学派のようなものをつくって欲しいですね(笑)。わたしたちの社会が抱える問題の典型的で極端な形が、そこにあるとおもうので。あと、文化人類学の人なんかがフィールドワークすると面白いかもしれないですよ。これ、本当にそう思ってます。

 

木村 そこを風穴にして、本当に困っている人を助けるという法律家の醍醐味に繋がっていけばとおもいます。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.268 

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