福祉国家に対する冷静な視線 ―― 福祉レジーム論とジェンダー

注目を集める「北欧型福祉」

 

長い不況が続き、貧困から抜け出せない人びとがメディアに映し出されるなか、日本でもかつてないほど福祉や政府の役割に人びとが注目するようになった。ネット上では経済学者らが金融政策・成長戦略について議論を戦わせているのが目立つ。また、普段ネット上の議論に目を向けない人びとについても、最近になってデフレ、したがって金融政策がひとつの争点であることが徐々に認知されてきた向きもある。

 

とはいえ、おそらく多くの人びとはそうした議論を知らないか、あるいはまったく理解していない。そういった人びとが政府に期待するのは、直接的な福祉、具体的には政府による社会支出の拡大にあるのではないだろうか。

 

他方、不況と並んで日本の将来に不確実性の影をおとしているのが、かつてどの国家も経験したことのない段階に達しつつある少子高齢化である。日本の出生率は独伊と並んで先進国最低レベルにまで落ち込んでいる。他方、先進国でも比較的高い出生率を維持している国もあり、北欧諸国はそのグループに入っている。

 

こういった背景もあって、改めてスウェーデンを代表とする北欧型福祉国家に注目が集まっている。北欧国家は、高い国民負担によって貧困問題を回避し、充実した両立支援と家族手当によって少子化を克服しつつあるからである。一部の人の目には、北欧諸国は「目指すべき理想的な国」として映っているようである。

 

本稿ではとくに福祉レジームとジェンダーについての社会学的研究成果を紹介することで、福祉レジームについてのよりバランスのとれた見方を提供しよう。

 

結論から言えば、高福祉国家は少なくともジェンダーの観点からすれば必ずしも「最優等生」というわけではない。たとえば高福祉国家は、職業のジェンダー分離の根本に存在する問題を解決していない。そのために、いくつかの指標ではアメリカなどの低福祉国家の方が「優っている」ことさえあるのだ。その問題とはなんだろうか?

 

 

福祉レジーム論の簡単な紹介

 

問いに切り込む前に、福祉レジーム論について簡潔に説明しておこう。

 

1960年代までの先進諸国の安定した経済成長がオイルショックでストップし、それ以降の福祉体制は国ごとの特徴をよりはっきりさせていくことになった。この特徴をとらえ、分類しようとしたのがデンマーク人社会学者G. エスピン=アンデルセンである。

 

彼は先進資本主義国家を三つのクラスターに分解した。ユニバーサルな福祉を制度化する社会民主主義国家(北欧)。企業と家族が主な福祉を提供し、政府はそれを補助する形の保守主義国家(中欧・南欧)。そして市場重視で政府による福祉は最低限に抑える自由主義国家(英語圏)である。

 

1980年代までの福祉国家研究では、H.ウィレンスキーを代表的論者とする「収斂理論」が有力であった。収斂理論とは、ごく単純化すれば政府の社会支出をGDPで説明するもので、国家が経済成長すれば福祉はそれにつれて充実していく、という考え方であった。

 

ところが実際には社会保障体制は収斂することがなかった。エスピン=アンデルセンが論じたように、先進国は社会保障のかたちを多様化させていったのである。(実際にはウィレンスキー自身も先進国の内部での多様性には気づいてそれに言及しているのだが、後に続く研究者の中では「経済水準が福祉を決定する」という収斂理論の提唱者として受け止められている。)

 

エスピン=アンデルセンの福祉レジーム論には、大きく分けてふたつの特徴がある。ひとつは、福祉国家の指標を政府の福祉支出ではなく「脱商品化(decommodification)」に置き換えたこと。もうひとつは、その規定要因として政治要因(左翼政党や労働組合がおりなす政治力学)を重視したことであった。

 

脱商品化とは、これも単純化していうと「働かなくても生活できる」度合いのことである。エスピン=アンデルセンが立脚しているデータは、主に失業・傷病・年金の三点における社会保障がどのくらい市場労働と関係なく政府から提供されているか、である。

 

こういった定義でいえば、市場労働に参加することが給付の前提となる社会保険を発達させてきたドイツや日本などの国は、脱商品化指標で北欧諸国よりも低い得点を与えられることになる。

 

 

 

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