「自殺」を「生き抜く」。

どん底で見えてくるもの

 

末井 その心の底から生きてやろうという気持ちが湧きあがってきたというのは、すごいっていうか、その瞬間みたいなのはあるんですか? それともじわじわですか?

 

岩崎 そうですね、その場で本当に死のうと思ってナイフを見つめた時、あふれるように涙がぽろぽろ流れてきました。でもその次の瞬間に湧きあがってきたんです。自分でもなんでそのときに、気持ちがぐわーっと湧き上がってきたのか、不思議なんですけど。

 

なんて言うんでしょう、反発と言いますか、気持ちが沈むところまで沈んでしまって、そこから、起き上がる、反発力で起き上がるような。

 

実際そこで、なぜそういう気持ちが湧いてきたかというと、自分でもなかなか説明がつかないんです。けど、人間に限らないですけど、命っていうものはやっぱり、中心に、芯になっているようなところに、生きようとするエネルギーっていうものがあるんじゃないか。生命力とでも呼べるようなものが。普段はあまり気がつかないですし、自覚もできないんですけど。

 

末井 ぼくにも涙がぽろぽろ流れてくるどん底の時があったんですけど、いま考えると自意識のせいだったように思います。二十歳を過ぎたころですが、仕事もうまくいかなくて、友達もいなくて、お金もなくて、こんな社会なんてぶっ壊れてしまえって思っていたんですけど、自意識が強くて人を遠のけていただけだったような気がするんです。

 

人とうまくつながっていくのはいまだに下手なんですが、人とつながりたい、人とのつながりが一番大事だと思うのは、その経験があるからだと思うんですね。

 

だらだらといい加減に生きていたら、あまりそういうことはないと思いますけど、どん底にいるといろんなことを教えられますね。

 

岩崎さんはどん底で、生きようとするエネルギー、命の芯にぶち当たったわけですね。どん底の時って、命の光を見たというようなことがあるんじゃないですか。攻めるというか、ここではじめて、本当に生きようという気持ちが湧き上がってくる。まあよかったといったら失礼かもしれないですけど、病気がそうしてくれたというところもあるわけですよね。

 

岩崎 そうですね、どん底の暗闇にいたことで、その闇によって見えてくるものがある。命の光といえるかもしれません。病気は医療の力で治せるなら治した方がいいですし、私も持病に治療法があるなら治したいです。

 

けれどそのこととは別の次元で、病によって、こうした実感を持つことができた。その意味では、よかったというと変ですけど、病によって得るものがあったと思います。単純に、病=マイナスとは言い切れないところがありますね。

 

 

看護師さんが優しくしてくれて、死のことが吹っ飛ぶ

 

岩崎 本の中で、ご自身の病のこと(大腸ガンを患われたこと)を書かれていますが、「病」もしくは「病むこと」についてはどう受けとめられているのでしょう。

 

末井 ぼくは子供のころ疫痢になったことはあるんですけど、体は丈夫につくられているらしく、それ以後病気をしたことがなかったんです。だからガンと言われた時、びっくりしましたよ。今は二人か三人に一人くらいがガンになるっていう確率だって聞いたことあるんですけど、まさか自分がガンになるなんて思ってないんですね。皆さんはどう思ってるかわからないけど、ぼくは思ってなかったんです。えっぼくがガンなの? みたいな感じで。最初ちょっとびっくりしましたね。

 

だからといって落ち込むことはなかったんです。『自殺』にも書いたんですけど、かなり重傷のガンなのにむちゃくちゃなことをやっていた作家の永沢光雄さんがいて、そういうのを見ていたので。

 

永沢さんは重傷の喉頭ガンなのに、手術の前に病院を抜け出して奥さんと飲み歩いたりしていたんです。病院に見舞いに行くとベッドはもぬけの殻で、「家に帰ってますからここに電話して下さい」って貼り紙があって、電話すると「こっちに来ませんか?」と誘われて、家に行くと「せっかくガンになったんだから、あの人も呼ぼう」「あの人も呼ぼう」ってどんどん人が増えて、みんなで朝まで酒を飲むみたいな、めちゃくちゃな生活をしている訳です。そういうめちゃくちゃなガンの人がいて、しかも手術して治った訳です。そういうことを知ってましたから。

 

病気に対してどういうふうに思ったかというと、やはりチラッと死のことは考えますね。でもそれまで入院したことがなかったので、病院での生活、たとえば看護師さんたちが優しくしてくれたりするので、何か自分が世界の中心にいるようなハイな気分になって、死のことなんか吹っ飛んでしまったんですね。根っから楽天的に出来てるんだろうと思います。

 

統計で自殺の原因の一位に上げられるのが健康問題なんですけど、体が病むことで心が病んでしまうからだと思うんです。病気を悪いものとしてしか捉えられないことに原因があるんじゃないかと。

 

それで考えたのは、ぼくは体を過信していたんだと思ったんです。朝まで酒を飲んだり、かなり体に負担になるようなことをやっていたので、ガンになったのは「これ以上は体が持ちませんよ」という警告だと考えて、退院後は生活態度をあらためたんです。

 

朝までお酒を飲んでも、最後は気持ち悪くなって吐いていただけなので、無理のない生活のほうが本当は快適なんだってことがよくわかりました。病気によって快適な生活が出来るようになったとも言えますね。

 

だから病気は悪いものではなくて、そういうことを教えてくれることなのではないかと。まあ、ぼくは病気が治ったからそう言えるのかもしれないですけど。

 

 

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表現することで、心が動くようになった

 

末井 岩崎さんは25歳のとき、詩を書き始めたんですよね。表現することでご自分がどのように変わりましたか。

 

岩崎 それまで私は、何かを創作するとか作り出すとかいうことは一切やってきませんでした。詩を書くようになる前、20代の前半にとても体調が悪い時期が4年ほどあったんです。栄養を、口から食べることもだんだん出来なくなってきていまして。それで経管栄養をするということにもなったりして。

 

その20代の前半は、経管栄養を始めたとか人工呼吸器を使うようになったとか、いろいろ自分の中で病気によって生活が変えられてしまったと言いますか……。

 

そういう時期、すごい吐き気にたびたび襲われまして、それは筋ジストロフィーが関わってのことというより、今思えばその一番の原因はストレスからきていたのではないかと思うんですけど。すごい吐き気に絶え間なく苦しめられるんですね。

 

その吐き気っていうのがとんでもない吐き気で、365日ずっとという訳ではないんですけど、定期的に、発作的にくるんです。一回そういう症状が出始めると口からは何も入れられなくなるし、何も受け付けなくなる状態になってしまって、そのままだと命がもたない。

 

そのために入院をして、点滴をしてもらってしばらくそれで落ち着かせて、ようやく退院して家に帰るとまた数ヵ月かそこらで、具合が悪くなって病院に戻る。

 

そういう生活の中では何かを前向きに考える余裕なんてないんです。だから自分がこれからどうやっていこうとか、何をして生きていこうというなんて思えない、浮かんでもこない。もう、ただただその苦しみに飲み込まれて、ぐっと体を丸めて嵐が過ぎ去るのを待つしかない。それ以外の気持ちはないような状態だったんです。

 

末井 比べるのもなんですけど、歯が痛いとき何も考えられないのと同じですよね。

 

岩崎 はい(笑)。これはほんと、そうなんです。考えられるどころじゃないんですね。やっぱり気持ちが悪いとか痛いとか苦しいっていう体の状況は、できるかぎり取り除いていかないといけないですね。しみじみ思います。

 

25歳くらいになるとその吐き気の症状がだんだん落ち着いて起こらなくなってきて、そこで初めて少し考えるようになったんですね。「自分はこれから何をして生きていこう」って。その年になって何をするかといっても、ほとんど手がかりもないような状況でした。

 

でも、やっぱり何かを見つけたい、自分のできること、寝たまま、ベッドの上で、こういう生活をしている自分、体の不自由な自分でもできることがあるんじゃないかと思って、模索を始めたんです。そこで突き当たったのが、短い詩を書くこと。短歌や俳句を書いてみようと思ったんです。

 

私は文章を書くのが得意でもないし、好きでも全くなかったんで。最初は本当に続けていけるのかどうかもわからなかったけど、あれは無理、これはダメって考え出すと何もできないので、すこしでも関心が向いたものを、とにかくはじめてみました。

 

それでも、そういう自分にできること、言葉で表現することを見つけたっていうのは、私の中ではすごく大きくて。それで、何が変わったかというと、だんだんと心が動くようになってきたということ。

 

なんていうのかな、どうしても病気の障害の環境に引っぱられてしまって、人との関わりが希薄になって、生活感が奪われてしまったような状況があったんですけど。そういうのが、何かを表現するということによって、心が動くといいますか。こわばっていた心にだんだん血が通い出したような、そういう感じになったんですね。

 

末井 「心が動くようになった」というのはいい表現ですね。生きているということは、たえず心が動いているということですよね。ぼくらぐらいの年になると、心が動かなくなる人もいるんです。命はあっても死んでるのと同じで。

 

 

イメージ操作から抜け出す想像力

 

末井 ぼくは書店さんで『自殺』選書フェアをやるときに、「ネガティブをポジティブに」っていうことをテーマにしようって思ったんですね。なんでそう思ったかというと、高齢化社会とか格差社会とか過労働で働いている人が疲弊していくとか、世の中がどんどんネガティブになっているような気がしたからです。でも、ネガティブなことでも考え方を変えればポジティブになるんじゃないかと。

 

高齢化社会でも、生産力は落ちるかもしれないけど、年をとっていくことは気持ちが穏やかになることでもあるから、そういう人が増えれば社会がよくなるかもしれないし、病気はよくないことと思われているけど、岩崎さんのように病によって得ることもあると言える人がいるわけです。

 

病気や老化や死というのはネガティブなことの代表選手みたいになっていますけど、人々に不安を与えることで商売になることがいっぱいあるから、テレビなどの媒体でことさら不安を煽っているということもあるんです。そういうマスメディアのイメージ操作から抜け出す想像力が必要じゃないかと。

 

極端なことを言うと、「死」ということは無いんではないかと、死のイメージで死がつくられるだけじゃないか、みたいなことを考えたりしているんです。

 

ネガティブをポジティブにするためのもう一つ大きな要素は、表現するということです。ぼくの母親は、ぼくが小学校1年生のときに近所の男とダイナマイト心中していて、そのことはある時期まで人に話せないことでした。

 

それから、食べるものもないぐらい貧乏だったり、工場に憧れて就職したら、奴隷みたいに働かされる職場だったりで、二十歳ぐらいまではネガティブなことばかりだったんですけど、のちにそれを文章で書いたりすると、みんなが面白がってくれるんですね。それまで自分のなかでネガティブな要素として人に話せなかったことが、表現することでポジティブに変わるんです。

 

母親の自殺のことは、芸術家の篠原勝之さんに話したらウケて、それから平気で人に話せるようになったので、ウケることは大事なことかなと。それがネガティブをポジティブにすることかなと。要するに自分の気持ちのことですね。気持ちがネガティヴになっているものをポジティヴに変えていくっていうことですよね。それが表現するということではないかと思って。【次ページにつづく】

 

 

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