「自殺」を「生き抜く」。

生きる手ごたえ

 

岩崎 『自殺』に書かれている、「人生の着地点」という月乃光司さんの言葉に心を動かされました。

 

「こんな俺でも五十近くになってようやく着地点があったわけだから、どんな人にもある気がするんですけどね。それを考えると死なないほうがいいなと思ってるんです」という。

 

ぼくも生きていくなかで、そうした着地点みたいなものはあると感じます。末井さんは「人生の着地点」を感じられることがあるでしょうか。

 

末井 月乃さんは、引きこもり、アルコール依存症、自殺未遂、精神科へ入院を繰り返して、いまはお酒もやめて会社で働いていて、その合間に本を書いたり「こわれ者の祭典」というイベントをやっている方なんです。

 

その「こわれ者の祭典」を何度か見させてもらったんですけど、すごく面白いんです。精神を病んだ人たちが出演するんですけど、出ている人も、見ている人も救われるようなイベントなんです。月乃さんは、そのイベントを続けていくことに着地点を見つけたと言っています。

 

ぼくの場合、これまでいろいろよくないことも経験してきましたけど、今ではよくないことも自分にとってはいい経験だったと思っていて、着地点と言うと「今」だと思いますね。また明日になったら明日が着地点のような気がしてるんです。

 

ぼくはいつも早とちりするというか、何も考えないで行動することが多いんですが、そのために無駄な回り道をしてきたと思うんです。

 

たとえば、工場に就職したことも、工場は素晴らしいものだっていうイメージがぼくの中にあって、勤めてみて初めてどんなとこかわかることになるんです。あとキャバレーの宣伝課に勤めたこともあるんですけど、そこに行ったのもキャバレーこそ自由に表現が出来る場所だと思い込んだからです。

 

そういうふうに回り道ばかりしてきたけど、そのぶん経験の幅が広くなったというか、そういう経験を文章などで語れるようになって、それまで無駄のように思っていたことも、自分にとってすべて必要なことだったと思うんです。

 

真っ直ぐじゃなくて、クネクネした人生の道を歩いてきたんですが、借金地獄とか離婚とか結構大変なこともあったんですが、今思うとそれも自分をいい方向に導いてくれていると思うので、着地点は今だと思うんですね。本当にどんどんよくなっている。それは経済的にとかじゃなくて、気持ちのことです。そしてそれは、今日より明日、明日より明後日のほうがよくなると思うので、最終的な着地点は死ぬ時かなと思ったりしてるんです。

 

岩崎 今が着地点というのは、私の中でも本当に、そうだなあと思いますね。本当にいろいろあったりもしたんですけど、昔と今を比べると、確かに体はすごく不自由になってしまって出来ないことが山のように増えてしまって。

 

そこだけを見ると悪くなってるような、どんどん年を重ねるにつれて苦しい状況だけが深まっているように見えてしまうかもしれないけれど、私の中ではそういう感じは全くなくて、末井さんがおっしゃっているような意味では、よくなっている。自分の中では、以前よりも、生きる手ごたえを感じられているんですね。

 

そりゃ、体は、一見すれば本当に不自由で、楽しいことも何もないんじゃないかっていうふうにみんなに見られてしまう向きもあるかもしれないけど、私の中ですごく今、生きてるんですね。

 

確かに、走ったり、歩いたり、いろんなことができたり、おいしいご飯が食べられたりとか、出来たら素晴らしいです。今だってそういうふうに出来たらいいなって思うことはある。別にそういうのはいらないって思ってるわけでもないですし、あったらあったで本当に素晴らしいことだと思うんです。

 

だけどそれ以上に、自分の中で生きる手ごたえっていうものがあれば、その人がどんな状況で、人にどう言われようが、思われようが、関係ないんですね。

 

身体が不自由になったことで困っていることとか、悩んたり、苦しんだりすることもあるんですけど、けどそれ以上に、生きる手ごたえがあるんですね。だからそういうものがちょっとでも感じられたらもう、十分。

 

十分ってここで言ってしまうとあれなんですけど、これから先だっていろいろなことが待っていて、悪いこともあると思うんですけど。けどそれ以上に心が、自分の心、命が輝くような瞬間に会えるっていうようなことは、なんとなく感じているんです。

 

だからぼくは、自分に、もっている寿命が尽きるまで最期まで生き抜こうと思うんです。「生き抜くという旗印」っていうのも、そういうところなんです。

 

 

SaitoPhoto_suei×iwasaki20150221c

 

 

現実の叫びの一行

 

お客さんから質問:お二人ともネット上で文章を発表されている方ですが、匿名の世界なので、いろんな人がいて、たまに嫌な書き込みとかもあるかもしれませんが、ネットの社会に疲れたりすることってないですか。

 

末井 ぼく、批判に弱いんですね(笑)。「自殺」を読んで、「最低のやつだ」みたいなのもあるんですけど、チラッと見て「あ、批判されてる」と思うと読まないようにしてます。読むと気分が落ち込むし、反論書きたくもなるし、反論書くのは無駄なことだし、無視してます。

 

岩崎 ぼくも、すごく少ないんですけど(笑)、何回か、ネットを通じて見ず知らずの人から嫌なことを言われたりすることはあります。単なる揶揄や冷笑、挙げ足取りの類は受け流せばいいんですが、それがなかなか難しい。

 

やっぱりぼくも弱いので、どんなものでも読んだりすれば凹むんですね。気にしなければよいのに気にして、それでしばらく悶々としたりして。だけど、その言われたことを、しばらく時間をおいて考えてみたりすることもあるんです。

 

あるとき、たった一行でぐさりとくることを書かれたことがあって。最初はなんでこんなこと言うんだろうとか、自分自身、かなりの月日、人知れず落ち込んだりもしたんですけど、そうやって考えているうちに、その一行はまぎれもなく、この人の心からの叫びなんじゃないかなって思い直すようになったんですね。

 

そういうふうに考えた時、少し受け取り方が変わったと言いますか、この一行から眼をそらしてはいけないなと。

 

末井 ちなみにその一行って、どういう言葉なんですか。

 

岩崎 私が日常的なことで、ツイッターでつぶやいたことに対して、返ってきた言葉でした。私は常に誰かの介助がないと生きられないし、暮らしていけない。だから祝日の日にもヘルパーさんに助けていただいているんですね。介護や医療の支援者さんの絶え間ない手助けがあって、ぼくの暮らしが成り立っています。そのことについて率直に本当にありがたいという気持ちを持っているんです。その思いを素朴に書いた。

 

そうしたらそれを受けて、見ず知らずの人ですが、たぶんどこかで介護系の仕事に携わっている人ではないかと思うんですけど、「そのために死んでます」という一言が返ってきたんです。「そのために死んだように疲れきっています」という意味だったと思います。

 

介護の仕事の厳しさというのは本当に切羽詰まった大変な状況が、現実にあるんですね。それは国の制度の不備が大きく原因していて……。その改善が遅々として進んでいなくて、結果的に慢性的な人手不足を招いている。少ない人手で多くの人を支えているという困難な現実です。

 

その人がよほどの厳しさに日々直面しているからこそ、そういう言葉が一行、ぱっと出てきたんだと思うんです。現実の叫びの一行なんだと思うんです。そんな言葉が発されなくても済む状況にしなければいけないし、そうしなければなと、時間がかかりましたけれど、思い直したんですね。

 

末井 「そのために死んでます」ってきつい言葉ですね。ぼくだったら相当落ち込んで、相手を恨んでるかもしれません。それを、その人の「叫び」だと思えることはすごいと思います。

 

 

「本当にそう思うこと」が、「祈り」じゃないか

 

末井 『点滴ポール』に「本当に/そう思わなければ/祈りでは/なく/呟きなんだ」という歌がありますが、その「祈り」について思われていることをお聞きしたいと思います。「祈り」の先には神様がいるのでしょうか?

 

祈りっていうのが、わかるようなわかんないような。言葉としてはわかりますよ。ぼくも毎朝、戦争反対て祈ってるんです。ツイッターで毎朝起きたときに「戦争反対!」て一言だけツイートしてるんですけど、でもそれが祈りかっていうと、自信を持って祈りだとは言えないんです。

 

神様っていうことでいえば、神様のようなものがあるとは思うけど、はっきり神を意識して信仰するっていう気持ちになれないんですね。いつかなれるかもしれないけど、今はなれないですね。なんだろう、なれないというか、神ということがわからないんです。だから、祈るってどういうことか聞いてみたかったんです。

 

岩崎 「祈り」ということについて、私自身も、なんだろう? って気持ちはもっています。確かに簡単にこうだと説明できるものではないと思いますし、終わりのない問いのようなものでもあると思います。

 

でも、今の、自分の生きている中での実感として、それは詩にも書いていますが、自分自身が本当に心の底から、一個の存在の底、命の奥底からとでも言えるようなところから、「本当にそう思うこと」が、「祈り」じゃないかなと思うようになっているんですね。

 

身で読むと書いて、「身読」という言い方がありますけれど、それと同じで「身で思う」という感じでしょうか。

 

「本当に/そう思わなければ/祈りでは/なく/呟きなんだ」。そこには、ぼくのこの思いはまだ上滑りしているだけの“つぶやき”に過ぎないんじゃないかと自分に向けての問いが込められてるんです。

 

で、本当にそう思うことが祈りだってことを感じる経験があったんです。まだ絶え間ない吐き気の苦しみにのみ込まれていて、気力も何も出てこなくて、ただただ茫然と月日が流れていくのに身を任せていた時期でした。

 

たまたま、部屋でお茶かなんかを飲ませてもらいながら、母ととりとめのない会話をしていた時、ふいに私がぽそっと言ったんです。別に母に何か愚痴とか恨み言を言うために言ったわけじゃないんですけれど、ふいにこう、出たんですね。「ぼくにはもう夢も希望もないよ」って。

 

そうしたら、母が「お母さん悲しいな」って、ぽそっと言ったんです。たった一言。私がその時点で「もう夢も希望もないよ」って言ったのは、私が心から思ったことだった。

 

その言葉に対して、「お母さんは悲しいな」って言ったっていうのは、やっぱりそこには、子どもが生き生きと輝いて、生きがいをもって生きていって欲しい、子どもが幸せであって欲しいという気持ち、願いっていうのが込められていると思うんです。

 

目の前で子どもが、生きがいを見出せずに苦しんでいる、絶望のどん底で夢も希望もないと言っているのを見て、それを目の前にしたら親は悲しい。そして「悲しい」って言ってくれる、その言葉もまた本当に心の底、命の底から思っている言葉なんだと思うんですね。だから、それも「祈り」だと思うんです。

 

そういう言葉を聞いて、その場では目に見える変化みたいなものは、起こらなかったんですけど、その時、本当に言った言葉に対して、本当で答えてくれる経験と言いますか、自分では自覚出来なかったけれど、何か動かしたんじゃないかと、私は今は思うんです。そういうことは、自分だけじゃなくって、周りの人の気持ちというか命といいますか、そういうのも何かしら揺り動かしていくんじゃないかと思うんです。

 

末井 心の底、命の底から思ってる言葉が祈りに通じるというのは、ぼくもそう思います。

 

岩崎 そういうところで命が動いて、絶望の中にいたような、どうにもできないような気持ちでいた時でも、そこから動き出す、抜け出していくきっかけのような、そういうものにもなったと思うんです。

 

「祈り」っていうのは、個人的な願望を誰かに叶えてもらうためというとらえかたとは、また別のもっと深いところで見るといいますか、命が持っている計り知れない働きを呼び起こすようなものでもあるんじゃないかなと思っています。

 

末井 実際、岩崎さんが絶望から抜け出したわけですから、「祈り」が通じたんだと思います。

 

司会 本日、この会の直前にはじめてお会いしたお二人とみなさんと、濃密な時間を一緒に過ごせたなと思います。最後に一言ずつ、お願いいたします。

 

末井 岩崎さん、ありがとうございました。岩崎さんの言葉は魂から発せられているようで、一言一言が心に響いてきました。今後も歌や文章を書いて、人々を救っていただければと思います。今度、エッセイ集が出るんですよね。

 

岩崎 はい。エッセイ集は今夏に刊行する予定です。末井さんの書かれた『自殺』のように、揺れ動きながらも今を生きている多くの人に深く寄り添えるような本にできたらと願っています。私が文章を書いたり本を出したりとかしていなければ、たぶん末井さんとはお会いできなかったと思うんです。奇跡的なことだなと感じています。今回、言葉を通じて出会えたということがとても不思議と言いますか、幸せなことだなと感じています。末井さん、本日はありがとうございました。

 

 

自殺

自殺書籍

作者末井 昭

発行朝日出版社

発売日2013年11月1日

カテゴリー単行本(ソフトカバー)

ページ数360

ISBN4255007500

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点滴ポール 生き抜くという旗印

点滴ポール 生き抜くという旗印書籍

作者岩崎 航

クリエーター齋藤 陽道

発行ナナロク社

発売日2013年6月28日

カテゴリー単行本

ページ数184

ISBN490429243X

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