「生活支援戦略に関する主な論点(案)」における「生活保護の適正化」についての私見

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「健康・生活支援」について

 

次に「健康・生活支援」について検討したい。まず、ここで問題視したいのは「保護受給者が自ら健康管理を行うことを責務とする」という項目である。先述した「生活保護利用者の世帯類型別の内訳」によれば、生活保護利用者は高齢であったり、何らかの障害や疾病により「働けない」人がもともと多い。その中には、精神疾患や知的障害、認知症などの影響によって、自身の健康管理が難しい人もいる。

 

本来はそういった健康管理などのサポートが必要な方に対して、その必要とする支援を行うことが求められる。しかし、「保護受給者が自ら健康管理を行うことを責務とする」という項目が明文化された場合、本来は健康管理に支援が必要な人に関しても、求められる支援が引き剝がされてしまうおそれがある。

 

また同様の危惧は「領収書の保存や家計簿の作成など、支出を把握できる取り組み」にも言える。家計管理についても、その責務を本人のもとに明文化されることは、先述の健康管理と同様に、過度な「自己責任論」を助長し、本質的なその人の状態や困難さに対して「社会全体として支援が必要だ」という発想を失わせてしまう懸念がある。

 

そして、健康管理については、「専門員の配置を行う」ことは評価できるものの、「健康診断結果を福祉事務所が入手可能とする」という項目がある。これは、健康状態という「個人情報」について踏み込むもので、生活保護利用者の「尊厳を守る」という視点から、実施機関側のモラルが問われる危険性を孕む。

 

もちろん、その情報の管理や活用方法については、当然ながら縛りが生じる。だが、実施機関が現場の判断でどのように運用していくのかについては、ガイドラインの作成など相当丁寧に体制整備をしていく必要があるだろう。実際に「健康診断結果を福祉事務所が入手可能とする」ことと、本人がそれによって得られる適切な助言・指導などのサポートとのバランスが、現状においてどの程度見合うのかという疑問が残る。

 

ただ、この項目のなかにも評価できるものはある。「代理納付を推進」することについては、例えば保護基準に満たない就労収入があり、支給される保護費が住宅扶助分より少ない人に関してどう対応するか、などの疑問が残るものの、概ね賛成できる方向性である。

 

また、「代理納付を推進し居住住宅ストックへの入居の促進を行う」ことも評価できる。しかし、実際には、民間賃貸住宅の大家・不動産業者が生活保護利用者の入居を避ける理由は、生活保護世帯に高齢者、障害や疾病を持っている人が多いことや、入居の際に保証人や緊急連絡先になる家族・親族がいない場合が多いことなどが挙げられる。つまり、そもそも空いている部屋があっても、入居させてもらえないのである。

 

これらの課題を解消するためにも「公的保証制度」の創設などをセットで進めていかないと、実態に即した居住住宅ストックへの入居促進には至らない可能性がある。そして、本来は公的住宅の拡充などの住宅政策との連動も行わなければならないことを忘れてはならない。

 

同様に「居住支援を民間に委託し、地域で見守り・日常生活支援・相談を行う」という項目に関しても、その必要性については賛成するものの、全国的にその担い手と想定されているそれぞれの地域のNPO・NGO、社会福祉法人等をいかに育て、かつ制度として必要な費用負担を行っていけるのかなど、課題は多い。

 

このように、「健康・生活支援」に関しても、評価できる新しい取り組み案もあれば、根本的な発想の仕方に疑念を感じる施策案もあり、この案に対する評価が大きく分かれるところでもある。

 

 

「不正受給対策」について

 

続いて「不正受給対策」について見ていきたい。この項目についてはそのほとんどについて「×←反対」をつけた。ここでは、大きく「調査権限の強化」「扶養義務」「罰則規定」「返還金」の4つの要素に分けることができる。

 

各要素について見ていく前に、現状の「不正受給の実態」について整理しよう。平成15年度から平成21年度の不正受給件数、金額等の推移を見てみると、確かに平成15年度に9264件であった不正受給数は、平成21年度には倍以上の19762件に増加している。しかし、1件当たりの金額は平成15年度に約63万円であったものが、平成21年度には約52万円に減少している。一つひとつの不正受給事例を見てみると、従来批判の対象とされてきたようないわゆる「悪質な事例」は確実に減ってきていると言える。

(厚生労働省「生活保護の現状等について」21ページ:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dmw0-att/2r9852000001do56.pdf

 

不正内容についても稼働収入の無申告、過少申告が約6割を占め、例えば高校生のアルバイト代の申告漏れなどの「意図せずに起きた申告漏れ」や、精神疾患や軽度な知的障害などによって、収入申告の仕組みをきちんと理解できていない事例なども多い。またその中には、きちんと制度についての説明を受けられていないケースも想定される。

 

以上のような「不正受給の実態」ついては、10月4日にシノドスに掲載された、みわよしこさんの論考もご参照いただきたい。

(シノドス・ジャーナル『生活保護をめぐる神話–「働けるのに働かない」を中心に』:https://synodos.jp/welfare/1211

 

このような前提を踏まえたうえで、先述した4つの要素について見ていこうと思う。まず、「調査権限の強化」について考えよう。ここで盛り込まれているのは、「従来は資産および収入の状況のみであった調査権限を、就労の状況や保護費の支出等についても行えるようにする」というものである。

 

しかし、そもそも平成21年度の「不正受給発見の契機の状況」を見てみると、不正受給が発見された理由は、福祉事務所による各関係先に対する「照会、調査」においてが、89.3%とそのほとんどである。

(厚生労働省「生活保護制度の現状等について」21ページ(再掲):http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dmw0-att/2r9852000001do56.pdf

 

つまり、すでに現行の「資産および収入の状況のみであった調査権限」によって、不正受給の大部分を発見・補足することができているということが言える。また今回、「照会・調査に関して官公署が回答義務を負う」という文言が組み込まれているので、精度はより上がることが想定される。

 

「不正受給」はほとんど発見されている現状にも関わらず(現行の調査権限にて成果が出ているわけなので、本来は次の段階として、不正受給発見の担い手である生活保護のケースワーカーの増員などの方法を取ればよい)、なぜあえて今回「就労の状況や保護費の支出等についても行えるようにする」と調査権限を大きく拡大するのだろうか。

 

むしろ、これは「不正受給対策」ではなく、先述した「就労自立支援」や「健康・生活支援」に関する項目とリンクしていると考えられる。すなわち、「就労自立支援」を円滑に行うための就労状況のチェックや、「健康・生活支援」の項目で提起された「領収書の保存や家計簿の作成など、支出を把握できる取り組み」などに関する施策のための文言なのではないだろうか。もしそうであれば、そちらの項目で盛り込まれるべきであり、「不正受給対策」という名目に回収されるのは筋違いであり、現状の問題の認識を歪ませる。

 

また、「過去に保護を利用していた人およびその扶養義務者も調査対象にする」というものが組み込まれている。これは「就労の状況や保護費の支出等について」とどう関連していくのかは分からないが、例えば後に触れる「罰則規定」や「返還金」などのことを想定していると推測はできる。

 

もし仮に、現在は就労自立している方の、過去の生活保護歴のことについて、現在の職場などに対して問い合わせが行くのであるとすると、それは周囲の人に生活保護を利用していたという過去が明らかになることであり、生活保護を利用する/したという「レッテル貼り」を行い、かつ助長するもので、生活保護に対して、今まで以上にスティグマを負わせてしまう。日々現場で、「限界状況の実態」を目の当たりにしている立場からすれば、とてもではないが賛成はできない。

 

次に「扶養義務」についてである。まずは、「調査権限の強化」において盛り込まれている「扶養義務者に対しても調査対象にする」というものである。この扶養義務者を調査対象とすることについては、具体的にどのような効果を想定しているのかイメージがしにくい。この施策案は、過去に生活保護を受給したことがある人の親族などについて、資産および収入の状況や就労の状況を確認することができるようになる、ということを意味する。しかしそもそも、個人のプライバシーについて調査できる権限が一方的に管理者側に与えられることはあってはならない。

 

もちろん、「罰則規定」で後述する、「家庭裁判所による扶養請求調停手続きを活用できるようにマニュアルやモデルケースを提示する」と連動しているものと思われるが(過去に遡及して「扶養請求調停手続き」を行うためであろうと推測する)、肝心の本人の自立支援に対する実効性の低さの割に、扱われる個人情報の性質が明らかに重すぎる。

 

さらに、「扶養義務者が扶養の有無について説明する義務を設ける」というものも提起されている。民法に規定されている「扶養義務」ではあるが、生活保護法上は「保護要件」ではなく、あくまで「優先しておこなわれるものとする」とのみ定められている。DVや虐待など家族や親族と離れて暮らす必要がある場合などは、扶養照会(扶養の有無を扶養義務者に確認すること)を行わないという判断を行えるなど、必要な保護を妨げるものではないと解釈されている。

 

しかし、「扶養義務者が扶養の有無について説明する義務を設ける」ということが決まったら、DVや虐待などの事情があっても、その扶養義務者(場合によっては加害者)に照会が行くことになる。本人の生命の保護に関わる、深刻な事態を招く。また、「扶養するか否か」というものは、それまでの家族環境、人間関係等、さまざまな要因が関わってくるもので、本来、当事者間の話し合いにて行われるべきものである。

 

もちろん、但し書きとして「特段に対応が必要になるケースに関して対応する」と書かれているので、全ての扶養義務者に対して、このような照会と説明の義務が課されるわけではない。しかし、こういった「特段のケース」に対応するためとはいえ、このようなかなり大きな権限が、実施機関である福祉事務所に与えられてしまうことに危惧を感じる。

 

3つめは「罰則規定」に関する項目である。「不正受給の罰則を引き上げる」では、現在の罰則規定である「3年以下の懲役または30万円以下の罰金」を、他法他施策の罰則規定(ここでは国民年金法が例示されている)に基づいて引き上げることが提起されている。

 

他法他施策との整合性について検討していくことは大事であるが、実際に悪質な不正受給とはいえないものに関してまでどのような罰則を訴追するのかなど、現状は各実施機関の判断に委ねられている部分も多く、一概に評価できない。

 

「家庭裁判所による扶養請求調停手続きを活用できるようにマニュアルやモデルケースを提示」も同様で各実施機関の判断に委ねられている部分も多く、また現場レベルでの負担などを考えると、実効性の部分で甚だ疑問だ。

 

一方、「就労意欲のない人の再度の生活保護申請の際の審査を厳格化する」ことに関しては強く反対である。就労意欲がなく生活保護の廃止になった方に関しても、その方が「生活に困っている」状態であれば無差別平等の原則にのっとって、早急に保護するべきである。逆に、もし「就労意欲がないという状況」であれば、その背景にどういった要素や困難さがあるのかなどを考えて、社会全体として「就労意欲がわくような取り組み」をすすめていくしかない。

 

極端な例としては、本人に必ずしも責任を課すことのできない何らかの事情で「就労意欲がわかない」状態に陥ってしまった人が、結果的に「就労意欲のない人」と決められて、その事情について言及されることなく、社会保障の最後の砦である生活保護を利用することが不可能になり、餓死する、といったことが起こりかねない。

もちろんこれは仮定の話だが、生活困窮者の方々の相談支援に毎日奔走している身からすれば、残念ながら十分に「ありえる」ことなのである。「就労意欲がない」という状態を誰がどう判断するのかという事は、現場の実施機関任せになる部分もあり、それこそ、生活保護申請を受理しないなどの「水際作戦」が積極的に行われたり、生活保護の受給抑制に強くつながってしまうおそれがある。

 

最後に「返還金」についてである。そもそも生活保護は最低生活を保障するもので、国で定めた最低生活ライン(生活保護基準)に満たない収入・資産の方しか利用することはできない。

 

「返還金については本人の了承を得られれば保護費との調整を行う」「返還請求の際に本来の金額を超えて一定額の金額を上乗せして求める」「返還請求に関して自治体が民事訴訟上の手続を経ずに財産の差し押さえを行えるようにする」の各項目すべてに言えることだが、最低生活で暮らしている生活保護利用者の方に対して、生活保護費からの「天引き」を行って返還金を徴収したり、金額を上乗せして請求をしたり、財産の差し押さえを行ったりすることは、その人の生活を壊してしまうことである。

 

もちろん、悪質な不正受給に対しては、きちんとした取り締まりが行われるべきであるが、毎月の最低生活基準から、形だけ本人の同意を得て(保護費と返還金の調整は本人の同意を得る必要があると明記してはいるが)、天引きを行うと、それこそ本来の生活保護の主旨である「最低生活を保障する」ことにより「健康で文化的な最低限度の生活」を担保することができない。

 

生活保護中であるにも関わらず、返還請求によって「最低生活を維持できない」ということが起き得る状況になったとき、それは返還請求をされるにいたった本人の責任に帰結させていいのであろうか。この各項目に関しては発想からして論外であると考える。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.268 

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