「生活支援戦略に関する主な論点(案)」における「生活保護の適正化」についての私見

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「医療扶助の適正化」について

 

「医療扶助の適正化」の項目で提示された「検診命令を活用し、長く診療されている方に関して、定期的に他の医療機関にて検診(セカンドオピニオン)を受けるようにする」「指定医療機関の有効期限の導入」「指定医療機関への指導・調査・検査の強化」に関しては、特にそれが「医療扶助の適正化」につながるかどうかについては分からないが、指定医療機関の適正化への施策としてはある一定の評価はしたい。また、ジェネリック医薬品の使用促進については、先述のみわよしこさんの論考を参照されたい。ただいずれも、これらの施策が「医療扶助の適正化」につながるのかどうか疑問である。

 

生活保護費全体のなかで、医療扶助費は平成21年度のデータでは、48.3%にのぼる。

(厚生労働省「生活保護制度等の現状について」7ページ(再掲):http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dmw0-att/2r9852000001do56.pdf

 

生活保護利用者は、もともと医療的なサポートを必要としている場合が多い。また、国民健康保険において滞納している方が2009年度で約442万世帯、事実上無保険状態の被保険者資格証明書交付世帯が同じく2009年度で約31万世帯であるなど、「国民皆保険」と言われる日本で、経済的事情で「保険」に入れていない方は多い。

(厚生労働省「平成21年度国民健康保険(市町村)の財政状況等について」:http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000011vw8-att/2r98520000011vxy.pdf

 

生活保護を利用することができるのに活用していない低所得者層、住所不定のなどのケースの場合、救急搬送されてから(医療扶助において)必要な医療を受けることになる方も多い。また、医療扶助の構成割合としては、「入院59.5%」、「外来+調剤36.7%」、「歯科3.8%」となっている。国民健康保険及び後期高齢者における医療費の構成割合が、「入院44.8%」、「外来+調剤49.7%」、「歯科5.4%」であることを考えると、医療扶助に関しては「入院」の占める割合が突出して高いことが分かる。

(厚生労働省「生活保護制度の現状等について」16ページ(再掲):http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dmw0-att/2r9852000001do56.pdf

 

しかし、「入院」に関するレセプト(診療報酬明細書)1件あたりの医療費は「生活保護」の方が41.6万円なのに対して「市町村国保+後期高齢」の方は48.4万円と、決して生活保護利用者のほうが高いとは言えない。

同様に、「入院外」に関するレセプト1件あたりの医療費は「生活保護」の方が1.5万円なのに対して「市町村国保+後期高齢」の方も1.5万円で、ほとんど差は見られない。

(厚生労働省「生活保護制度の現状等について」17ページ(再掲):http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dmw0-att/2r9852000001do56.pdf

 

しかし、実際に1人当たりにかかる費用を考えると、「入院」にかかる医療扶助は1か月で50.5万円と、高額になっていることは確かである。医療扶助の構成における「入院」の内訳は、「一般病棟43.2%」、「精神病棟37%」、「療養病棟13.8%」となっていて、この中には、いわゆる「社会的入院」と呼ばれるものも多く含まれる。

 

先ほど50.5万円という数字を出したが、もし現在「入院」している人が退院し、地域生活に移行することができれば、生活扶助と住宅扶助、そして外来と調剤の医療扶助の支給に留まり、結果的に「医療扶助」はかなり削減されることが予想される。

 

しかし、実際には退院後の受け皿となる救護施設や老人ホームなどの「空き」は少なく、またアパートでの地域生活には、民間の不動産契約における入居差別の問題や、地域での訪問看護・介護サービスの担い手不足、継続的な見守りや生活支援体制の未整備などの状況もあって現実的には難しい。

 

実際に「地域生活への移行の受け皿がない」ことにより、東京都内で生活保護を利用していた方が、受け入れ先が見つからずに地方の施設に入所する、というような事態が現在進行形で起こっている。この状況は、2009年の4月に群馬県内の無届老人ホームの「たまゆら」で起きた10人の方が亡くなられた出火事件によって、明らかになり注目されるようになった。

 

このように、本来の意味での「医療扶助の適正化」を目指すのであれば、こういった「社会的入院」の解消のためのハード及びソフト面での包括的な体制整備と、医療扶助に頼らないための実態に即した健康保険などの拡充が行われなければならない。

 

その視点がないまま、必要な医療を受けさせないことによって医療費を抑制させる「医療扶助の適正化」がなされれば、問題の本質は先送りされるばかりである。

 

 

「自治体の負担軽減」について

 

最後に、「自治体の負担軽減」である。ここで掲げられている「生活保護ケースワーカー業務の軽減・民間委託化」「新たな生活困窮者支援体系の構築による民間団体との連携」「社会福祉士などの専門職の採用の促進や経験を持ったNPOなどとの協働」などの各項目については、条件付きではあるが一定の評価はできる。

 

ここでのキーワードは「担い手はだれか」ということと「担い手の賃金・生活基盤・継続性をどう担保するか」ということである。具体的には、生活保護ケースワーカーの負担軽減策として挙がっている一部民間委託の案などでは、非常に高度で、かつ総合的な専門性を求められる役割を、それこそ「社会福祉士などの専門職の採用の促進や経験を持ったNPOなどとの協働」において担っていくことが想定される。

 

もちろん、そういった専門職の知識やスキルを活用して、一人ひとりの生活保護利用者に対してサポートをしていくという視点は必要である。ただし、もしこれまで現場の職員が担っていた業務を民間のより専門性の高い「専門職」が担うのであれば、現状の給与体系よりも低額な賃金で担わせるわけにはいかず、財政負担という面でみると、むしろ自治体の負担は軽減されるばかりか重くなってしまうはずだ。しかしそうではなく、実際にはこれは「名目」で、専門職を非正規で、短期で雇うことによって、財政負担も減らしていくことが目的でもある。これは本末転倒であると考えている。

 

「新しい公共」の旗の下で、従来は「公的な守備範囲」であった様々な社会保障のサービスは、民間への「委託」という形での開放が進められてきた。それはもちろん、評価される面も多い。官民の人材交流や連携の促進につながり、さまざまな新しい視点や、制度設計につながっている。しかし、その担い手となってきた民間の「専門家」たち自身も、多くの課題を抱えている。民間の「専門家」は、反比例的に賃金が安かったり、短期雇用など正規職員ではなかったり、団体の財政基盤が委託ありきのものになってしまっているなどの現状がある。

 

こういった、生活困窮者支援を包括的に行う相談支援員が、非正規職員で社会保険に加入していない、などのあべこべの状態が起こってしまう可能性があり、それに対しては、「責任のある委託」として、公務を委ねる以上、国や自治体が担保していかなければならない事はたくさんある。そういった観点からもこの「自治体業務の軽減」については、評価できる部分もあるものの、懐疑的な部分も感じている。

 

 

本当に必要な支援とは

 

さて、ここまで駆け足ではあるが、「生活支援戦略に関する主な論点(案)」における「生活保護の適正化」について、提起されたそれぞれの項目の整理と評価を行った。冒頭でも述べたが、今回発表されたこの「生活支援戦略に関する主な論点(案)」は、あくまで「素案」であり、これがそのまま制度としてすぐ反映されるわけではない。今後、審議会の委員を中心に具体的に議論されていくことになる。しかし、繰り返しになるが、この「生活支援戦略」は、今後の日本の社会保障制度の方向性を大きく左右するものであることは間違いない。

 

このように政府が、包括的かつ総合的な「生活困窮者支援体系の確立」を目指して、このような中期的なプランを策定し、官民の力を結集して取り組んでいくことは非常に評価できる。高度経済成長期、バブル崩壊を経て2000年代に入り、ホームレス自立支援法やDV防止法、自殺対策基本法、子どもの貧困対策基本法など、それぞれの分野で個別に、さまざまな法整備や政策提言が行われ、一人ひとりの抱える困難さについて社会全体で取り組んでいくという動きが、少しずつではあるがコンセンサスを得て広がりをみせている。

 

また同時に現在、その背景の要因や困難さと、それぞれの連鎖、親和性について解決するための「社会的包摂」という理念が注目されていて、相談支援事業としてモデル的に制度化をされ始めている。そういった系譜の中での「生活困窮者支援」としての「生活支援戦略」は、官民の連携と「新しい公共」という日本にこれまでになかった新しい概念を取り込んだ、画期的なものとも言える。

 

ただ、ここで忘れてはならないのは、生活困窮者支援はあくまで処方箋であり、「川下での支援」だということである。「生活支援戦略」は、それまで「個別」に各川の下流で行われてきた支援を、これからは「河口にてネットワーク」を組んで、横断的に、体系的に、総合的に支援を行っていこうというものである。しかし、いくら河口に大きなネットワークを作ったところで、上流の「蛇口」が開きっぱなしの状況では支えていくのには限界がある。本当に必要なことは、上流のそれぞれの、実は重複している「蛇口」を閉じるための方法論である。

 

長引く不況、少子高齢化や財政逼迫。私たちを取り巻く環境は厳しくなる一方である。いま「個人」や「家族」や「企業」や「地域」や「社会全体」が疲弊していて、それぞれを支え合う余裕が失われている。私自身、上流にある「蛇口」を閉じるための方策について、その答えを持ち合わせていない。また、社会全体でもその答えを見出せない状態が続いている。だからこそ、私たちの生活を支える社会保障のことについて、慎重に、かつ丁寧に、そして冷静に議論していく必要がある。

 

「生活支援戦略」についての議論はまだ始まったばかりである。今後の審議会の動きについて注視していくと同時に、広くいろいろな場面や状況で「自分のこと」として議論されていくことを願っている。

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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