2010.11.17
結婚市場の失敗
少子化に関する問題設定のギャップ
最近は経済不況、外交問題に隠れがちだが、日本における20年来の課題のひとつに少子化問題があることはほとんどの人が知っているだろう。たとえ人口減が現時点では経済や社会に大きな影響を与えていないのだとしても、「人口が減りつつある」という予期は陰に陽に人びとの行動に影響している可能性もある。
他方で、つぎのことに気づいている政府・メディアの人はそれほど多くない印象である。それは、少子化に関する危機意識が政府・メディアから出始めたのは90年代からだが、当時の少子化に関する問題設定と、今日のそれとにはみすごせないギャップがある、ということだ。
他の先進国に比べて婚外出生率が極端に低い日本では、出生率の低下の多くは婚姻率の低下によって引き起こされるものである。したがって「少子化の原因は何か」という問は、「なぜ日本人は結婚しなくなったのか」を問うことでもある。
フルタイムで共働きする夫婦というモデル
90年代に少子化が問題とされ始めたときは、その「問題設定」は80年代のそれを引きずっていた。それは「女性の社会参加(男女機会均等)」である。社会進出する女性は「仕事と結婚・出産のジレンマ」に直面しており、各種の両立支援制度によってこのジレンマを解消してやることが課題だったのだ。
そこでモデルとされたのは、「フルタイムで共働きする夫婦」である。
したがって両立支援とは、公的生活においてはフルタイムで働く女性の継続雇用を可能にする出産・育児休暇であり、私的生活においては夫の家事参加のことであった。
このように定式化すれば気づかれると思うが、現在の若者からすればこのモデルには違和感があるだろう。とくに2000年以降に顕在化した若年者雇用問題を考えれば、「フルタイムで働く夫と妻」を自分の近い将来の姿として想像することができる若者の数は、確実に減ってきたはずである。
となれば、先の「なぜ結婚しないのか」という問に対する答えとしては、「女性が仕事と家庭のジレンマに直面しているから」(両立困難仮説)ではなく、「女性が結婚しようにも(安定した将来を期待できる)相手がいないから」(ミスマッチ仮説)が説得力を持つことになる。そしてこの事実は山田昌弘氏を含む一部論者のあいだでは意識されてきたし、かなり信頼性の高い全国調査データを使った実証研究によっても支持されている。
社会保障レジームと雇用レジーム
福祉レジーム研究の文脈では、宮本太郎氏などは、日本の福祉を「社会保障レジーム」と「雇用レジーム」の両者から分析している。
スウェーデンでは「連帯的賃金政策(同一労働同一賃金)」による賃金の均一化により、競争力のない企業が淘汰され、競争力のある企業が低賃金の恩恵を被り、それに伴なう失業を積極的労働政策によって優良企業に吸収させる、というモデルが(近年は問題に直面しているとはいえ)それなりに機能してきた。
このような体制においては、公的セクターによる女性雇用の吸収もあり、「男女の所得をあわせて生活を成り立たしめる」というモデルが浸透しやすいといえる。ここでは男女の片方の失業や賃金低下はカップル形成をそれほど阻害しない。
これに対して日本では雇用保障は基本的に企業を淘汰することなく(したがって失業を発生させることなく)、公共事業や補助金などの仕組みによって維持されてきた面が強い。その結果、「一家を養える所得を維持する男性、家計を(非正規労働で)補助する女性」というモデルが現在にいたるまで一般的である。
高福祉国家か、自由主義国家か
あるいは雇用が80年代の勢いを失わなかったなら、「フルタイム夫婦モデル」はある程度現実味を帯びたかもしれない。が、いまや若年男性のフルタイム雇用率が減っている時代である。にもかかわらず人びとが思い描く結婚のかたちは「フルタイム夫婦」あるいは「フルタイム男性との結婚」であり、そこにミスマッチが生じる。
雇用の柔軟性とそれを支える仕組みがない社会では、労働市場とともに結婚市場も機能不全に陥ってしまう、ということである。
福祉レジーム論の文脈で言えば、出生率をある程度維持できているのはスウェーデンなどの高福祉国家か、アメリカなどの自由主義国家である。そしてアメリカも「結婚市場の変化」をすでに経験している。
実証研究の結果、アメリカでは高学歴女性の方が早く結婚していることが分かっている。女性だけではなく男性の側も結婚市場において稼ぎ能力のある女性をサーチしており、「二人で所得を維持」できるカップルを目指すモデルが一般化しているのである。
それを目指すべきなのかどうかはさておき、「柔軟な雇用」に伴なう「柔軟な結婚」、これが日本社会に提示されたひとつのモデルであることは間違いない。
推薦図書
一見関連性のなさそうな二冊であるが、政府の雇用戦略と個々人の結婚戦略の関連性を見通すにはよい組み合わせであると思う。
プロフィール
筒井淳也
立命館大学産業社会学部教授。専門は家族社会学、計量社会学、女性労働研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科博士課程後期課程満期退学、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書、2016年)、『社会学入門』(共著、有斐閣、2017年)、Work and Family in Japanese Society(Springer、2019年)、『社会を知るためには』(ちくまプリマー新書、2020年)、『数字のセンスをみがく』(光文社新書、2023年)など。