社会保障の問題は、財源の問題(だけ)ではない

この間、社会保障改革をめぐって報道される政府の考え方は、以下のように聞こえる。

 

 

「高齢化で社会保障支出(年金と医療費)の増大に歯止めがかかりません。なのでいいかげん消費税増税させてください。そのかわりに行政改革を推進しますので、あまり不支持に走るのは勘弁して下さい。」

 

 

この「見返り」として報道されるものといえば、公務員人件費(および年金)削減、独立行政法人統廃合、天下り規制など、公的セクターの雇用をターゲットにしたものが多い。たしかに公務員人件費を削減することの歳出削減効果は大きい。しかしだからといって社会保障改革の中身の議論を軽視していいということにはならない。

 

 

財源議論から中身の議論へ

 

1月6日に閣議報告された「社会保障・税一体改革素案について」や厚労省労政審が昨年9月に発表した「労働政策の重点事項」を見てもわかるが、公式資料にはたんにおカネを右から左へといった財源議論にとどまらない、ある程度の理念が描かれている。こちらは報道に接していてもほとんど伝わってこないので、例によってマスコミの「政局」への誘導が働いているのかもしれない。困ったものである。

 

とはいいつつも、政府が多用する「社会保障と税の一体改革」という改革の呼び名自体にも、「社会保障の問題とは、財源の問題ですよ」というメッセージが込められているようにも思える。

 

しかし「社会保障」と「財源」、この2つの問題を同じ問題だとみなしてしまうと、日本社会の展望はただ暗いものでしかない。財源の問題と並行して、中身の議論を(報道される内容を含めて)充実させていくことが必要である。

 

この論考で提起してみたいのは、意外に見落とされることの多い2つの論点である。ひとつは「社会保障の充実度は支出では測れない」ということ、もうひとつは「社会保障を維持するためには経済成長が必須だが、経済成長のために社会保障を利用するというのは本末転倒だ」ということである。

 

 

政府の社会支出は大きいが気前が良くない日本の社会保障

 

まずは「政府が社会保障にたくさんおカネを費やしているということは、社会保障が充実しているということではない」という事実からである。これはごく簡単な理屈だ。高齢化で年金受給者が増えれば年金支出は増えるし、失業者が増えれば失業給付は増え、貧困者が増えれば生活保護支出は増える。しかしこのことは、個々の社会保障制度が充実して「気前が良く」なったことを意味しているのではない。

 

そして日本で生じていることは、社会保障の充実度はあまり変化していないのに支出だけは「高」福祉国家になりつつある、という変化である。このことをまず国際比較データで確認しておこう。

 

ある国の社会保障の手厚さを測る指標としてしばしば、社会保障支出のGDP比が用いられる(日本政府はしばしば国民負担率という指標を用いるが、国際比較指標としてはあまり一般的ではない)。

 

グラフは2007年のOECD諸国の社会支出GDP比だが、日本は18.7%で中位程度であり、高福祉国家と言われるノルウェイの20.8%と大きく異なるわけではない。やはり、あまり実態に即していないことをうかがわせる数字である。

 

 

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じつは、社会保障の手厚さを指標化する際には、より直接的に「福祉支出の寛容さ」を観察するというやり方の方が適切だ。たとえば年金や雇用保険であれば支給に要する加入年数や所得代替率を指標にするというやり方である。これだと、極端な話、高齢者が社会に存在しないために老齢年金支出がゼロであったとしても、受給要件等の条件が良ければその社会は「高齢者に寛容」だということになる。

 

こういった指標はなかなか作成することが難しいが、ウェブ経由で入手できるものを使ってグラフ化してみた(ここではComparative Welfare Entitlements Datasetを利用)。以下、しばしば言われているように、「近年の日本の社会保障支出の増大は高齢者の増大によるものであり、日本が社会保障に関して寛大な国になっているわけではない」ということを数字によって示してみよう。

 

グラフ本体はGraph Chart of Social Expenditure and Welfare Generosity using Google Motion Chart

 

横軸はGDP比の社会支出、つまり支出の規模である。縦軸は給付要件や所得代替率から構成された「社会保障の寛容さ(気前良さ)」の指標である。

 

下の図をみてほしい。1980年時点では、日本(橙色)の社会保障は社会支出(10.4)、気前良さ(17.4)ともOECDで最低レベルである。このころは日本は人口構成も今より若く、「企業に安定雇用された男性と家庭内で福祉労働を担う女性」という、日本型福祉の黄金期がつづいていた時代だったといえる。

 

 

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左下の矢印をクリックして時間スケールを動かしてみると、2002年までの動きがわかる。

 

 

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日本は社会支出、気前良さとも1995年前後までは最低レベルであったが、これ以降は徐々に社会支出のランクを上げていく。つまり日本のマークは右に移動していくが、上には移動していない。2002年時点では社会支出はGDP比17.8%まで上昇するが、気前良さ指数は19.8とあまり変わっていない。この時点で、日本の社会支出の増加は人口および経済条件の変化によるもので、支出の寛容さが増えた(社会保障が充実した)ことによるわけではないことがうかがい知れる。

 

 

 

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vol.2019.4.15 

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