“子育て罰”を受ける国、日本のひとり親と貧困

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(3)“子育てによる社会的不利(チャイルド・ペナルティ)の除去”シナリオ

 

次にひとり親世帯の“チャイルド・ペナルティ”を除去したシナリオ(注6)を見てみよう(図2)。

 

(注6)ワーキングペーパーの分析は、”child penalty”を導き出すために、子育て世帯と子どものいない世帯との貧困率を統制してシミュレーションしている(ひとり親世帯と独身世帯、子どものいる二人親世帯と子どものいない二人世帯など)。先のシナリオとあわせて、非就業世帯が就業することで貧困ラインが変動する可能性や、現在の非就業者の属性上の不利(教育水準やスキル)については考慮されておらず、おおまかな推定である点は留意が必要である(Ibid., pp.66-67.)

 

 

図2 ひとり親世帯の貧困率に与える労働政策の影響(チャイルド・ペナルティ除去)

出所:Ibid.,p.71 71 Table5 を基に作成。

 

 

この場合、日本のひとり親の貧困率は、54.7%→25.7%と半分以下にまで下がる。貧困率を29ポイントも下げることができるのは日本だけである。日本に限らず、全体的に貧困率が高い国の方が削減の度合いが大きいが、それはチャイルド・ペナルティがひとり親世帯の貧困を引き起こす発生要因であることを意味している。

 

ほとんどの国において、チャイルド・ペナルティの除去は、貧困率を改善させるが、デンマークとフィンランド、ノルウェー(他にイギリス、アイルランド)では、チャイルド・ペナルティを除去したシナリオの方が、むしろ貧困率は上がる。これは一体どういうことだろうか?

 

北欧のいわゆる高福祉国家においては、子育てをしている養育者を差別するような労働慣行が改められており、充分に制度的に補償されているからである(むしろ子育てしていない世帯よりも貧困リスクが少ない)。こういった国においては、子育てはペナルティ(penalty)ではなく、むしろボーナス(bonus)であると言えるかもしれない。あらためて、貧困は社会的に作られているということがよくわかる。

 

 

(4)“就労支援”が有効な国、“チャイルド・ペナルティ除去”が有効な国

 

ワーキングペーパーでは、子どもの貧困を解決するための政策手段として、「仕事に就かせる」(就労支援)政策と、「チャイルド・ペナルティを除去する」(おもに労働市場、雇用慣行の改革など)の2つを検討し、先のシミュレーションした数値を元に、OECD34カ国のうちより効果的に作用するグループに分類している。たいていの国はどちらも有効ではあるが、”就業率の向上“がより貧困削減に効果的な国が18カ国(アイルランド、オーストラリアなど)、他の16カ国(日本、ルクセンブルクなど)は“チャイルド・ペナルティの除去”の方が、自国の貧困率の削減に効果的であるとしている(注7)。

 

(注7)Ibid., p.68.

 

もう少しOECDワーキングペーパーの分析をみておこう。表1は、ひとり親世帯に限定せず、子育て世帯全般の「子どもの貧困率」について、先と同様のシミュレーションした分析である。

 

①の列が直近の子どもの貧困率。⑥は“就業率の向上”シナリオであり、「ひとり親世帯が全て就業し、二人親世帯が全て共働き」という想定である(≒子育て世帯がみな仕事をした)。⑦⑧は、チャイルド・ペナルティ除去のシナリオであるが、⑦は「ひとり親世帯のchild penalty除去」シナリオ、⑧は「二人親世帯のchild penaltyを除去」シナリオとなっている。それぞれのシナリオでの貧困率の予測推移を表している(②〜⑤は省略)。

 

 

表1 子育て世帯の貧困率に与える労働政策の影響(複数シナリオ)

出所:Ibid.,p.70 Table4 を基に一部改変。

 

 

日本の数値を見てみよう。ひとり親世帯の場合と異なり、子育て世帯の親の就業率向上(⑥)が、貧困率削減に影響している(15.1%→14.1%)。ただし貧困率削減効果が1.0ポイントというのは、OECD諸国のなかでもっとも効果が薄い(OECD平均は6.4ポイント減少)。一方で、ひとり親世帯のチャイルド・ペナルティ除去(⑦)による貧困率削減効果は1.8ポイント(15.1%→13.3%)であり、この項目での削減効果はアメリカ(2.0ポイント減)、チリ(1.9ポイント減)に継いで3番目に大きい。

 

しかし驚くべきは、他のどの国においても、もっとも貧困率が低くなるシナリオは、⑥「ひとり親世帯が全て就業し、二人親世帯が共働き」という全員就労シナリオであるのだが、ここでもただひとり日本だけは、⑦「ひとり親世帯のchild penalty除去」シナリオの方が、全員就労シナリオ(⑥)よりも貧困率が低下する(図3)。貧困率が⑥>⑦へ逆転する国は日本だけである。数の上では、二人親世帯の子どもよりも、ひとり親世帯の子どもの数がずっと少ないのだが、それほどまでに日本のひとり親世帯をめぐる環境は劣悪であることの証左でもある。日本は、ひとり親世帯のchild penaltyの除去が、全体の子どもの貧困率軽減にもっとも有効というきわめて特異な状況にある。

 

 

図3 子育て世帯の貧困率に与える労働政策の影響(就業/チャイルド・ペナルティ除去)

出所:Ibid.,p.70 Table4 を基に作成。

 

 

OECDの分析が示唆しているのは、日本は、ひとり親世帯の就業していない親を働かせる施策よりも、子育て世帯(とくにシングルマザー)の社会的不利を除去し、公正な社会構造へと整備する施策の方がよほど喫緊の課題ということである(child penaltyの除去による貧困改善効果が高いということは、それを放置している現状は、まさにその分だけ彼ら/彼女らを貧困にさせている)。

 

「働くことは、貧困から逃れるための主要な手段である」というのは、個別事例としてはいまも昔も変わらない。しかし国レベルのマクロな労働政策として、「就労支援が貧困改善につながる」ということが“真”だと言えるのは、「普通」の国においてである。働くことが貧困改善につながらない日本は、そもそもこういった「普通」が成り立つ国ではない。

 

 

3.働くことが貧困改善につながらない国で選ばれ続けた政策

 

働くことが貧困改善につながらない異様な国において、20年前から採用されている日本のひとり親家庭支援施策は、就労に追いやるワークフェア(勤労型福祉)改革であった。2002年「母子家庭等自立支援対策大綱」以降、「就労による自立支援」というワークフェア色を強め、経済的支援の厳格化(実質引き下げ)と就労支援の強化のセットが行われている(注8)。

 

(注8)桜井啓太(2015)「母子世帯の貧困と支援施策」埋橋孝文/大塩まゆみ/居神浩編著『子どもの貧困/不利/困難を考えるⅡ-社会的支援をめぐる政策的アプローチ』ミネルヴァ書房

 

日本の母子ひとり親家庭支援施策は、ハローワークの職業紹介件数の増加や母子自立支援プログラムの充実、養育費相談窓口の増設といった「支援(相談)数の増加」で政策評価され、貧困率の改善や可処分所得の向上といった当事者の「所得の上昇」や「生活の安定」は考慮されない。日本は、就労支援の強化・メニューの充実に大きくウェイトをおいてきたが、貧困改善の根本的な問題はそこにはないのである。

 

ところが現実は逆に、「働いているのに貧困」「働いている方が貧困」という日本の特異性を逆手にとって、「働いていないのにズルい」へと議論を矮小化し、生活保護の母子加算を廃止・削減し、最低賃金より生活保護費が高いと批判し、生活保護費を引き下げ続けている。

 

就労している貧困者の存在を使って、無職の福祉受給者をバッシングするような空気は、福祉を切り捨てたいと願う国家にとって、これほど都合の良いものはない。しかし、当たり前だが、就業層の貧困に比べて、福祉受給者の状況が多少マシだといって、福祉を利用している人びとを非難し、社会保障給付を削ったところで、ワーキングプアの貧困は解決しない。ともに沈むだけである。

 

日本において、貧困をなくすための手段は、就労支援にかける政策資源のウェイトを減らし、子どもを育てることの社会的不利(ペナルティ)を精査し、それを一つ一つ除去していくことしかない。就労支援自体が悪いわけではないが、それが効果を生むのは、仕事をすることが貧困脱却につながる普通の国でこそである。その最低条件を満たして、異常を正常な状態に戻してからでないと、就労への“支援”は、貧困者(poor)を、働く貧困者(working-poor)へと“誘導”しているだけになる。

 

そのような労働と社会保障のあり方を問わなければならなかったにも関わらず、それを怠り続けた日本社会のツケを、ひとり親世帯は一身に背負わされている。

 

――ほんとうに怠惰なのは誰で、依存しているのはどちらだろうか?

 

今回は、「就業率の改善(就労支援)」と「チャイルド・ペナルティの除去」という主に労働政策の観点からひとり親世帯の貧困削減策について論じたが、貧困を削減するために必要なのは労働の問題だけではない(注9)。

 

(注9)社会政策研究者の大沢真理は、日本の税・社会保障制度が貧困削減に有効に機能していない(逆機能)点を、貧困削減率の国際比較の観点から実証している。

「子どもを生み育て、世帯として目いっぱい就業することが、税・社会保障制度によっていわば罰を受けているのである」(大沢 2015:33)

大沢真理(2015)「日本の社会政策は就業や育児を罰している」『家族社会学研究』27(1)、:24-35。

 

 

男女差別も育児差別もない賃金構造と雇用慣行、正規非正規の待遇格差の是正(同一労働同一賃金)はもちろんのこと、良質の公営住宅、公的住宅手当といった住宅政策や、安心して子どもを預けられる保育施設の整備といった保育政策、なにより就労の有無にかかわらず貧困に陥らない社会保障制度、他にも税制や家族政策など…。貧困削減にはそれら総合的な政策対応が重要な役割を果たす。いずれもがあまりに充分でない現状では、そういった貧困な社会構造こそがまず是正されなければならない。

 

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vol.266 

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