生活保護法改正案への反対意見

困っていることを立証しなければ保護されない

 

まず一つ目の発言についてみてみると、先に引用した反対論とは議論がかみ合っていないことに気づく。「水際作戦」とは、申請書を渡さないとか、書類を添付しなければ申請を受け付けないということであった。各種書類の提出の必要性について議論しているのではない。このかみ合わさなさを理解するために少し歴史を振り返ってみよう(以下の記述の詳細は、拙著『生活保護は最低生活をどう構想したか』第6章を参照されたい)。

 

収入認定に関しては、制度創設以来実施運営上の課題であるが、その書類提出に関する問題が焦点化したのは1970年代後半から1980年にかけてのことである。暴力団関係者の生活保護受給事件が問題化するなかで、いわゆる「123号通知」(1981年11月17日)が出された。

 

「123号通知」は、生活保護の申請時に資産や収入に関する詳細な申告書の提出と記載内容に事実相違ない旨の署名押印、資産・収入等調査のため関係諸機関に照会するにあたっての申請者の同意書提出を求めた。当時の厚生省が説明した意義は二つある。一つは、種々の書面を申請者等から提出させることで「保護の前提要件を明確にし、不正受給防止への心理的効果」を期待すること、もう一つは、「要保護者に対して挙証責任を負わせ」ることである。

 

この「123号通知」発出の意図が、今回の改正案に通じていると考える。改正案により、要保護者の挙証責任を法制化し、保護申請書と添付書類の整備を保護申請の前提要件とすることが合法化する(24条)。言い換えれば、生活に困って福祉事務所の窓口をたずねた人が、自身で困っていることを立証しなければ保護されない。

 

さらに改正案では、添付書類に関する調査が、要保護者とその扶養義務者や同居の親族にまで及ぶ(28条)。そもそも生活保護は世帯単位を原則(住居と生計を同じくする世帯を単位に保護の要否と程度を決める)としながら、これを貫くとかえって法の目的を実現できないとしてさまざまな例外的措置(世帯分離)を設けてきたのに(保護手帳2012年度)、である。扶養義務調査の強化は不合理である。

 

改正案が実現すれば、生活保護とはいったい何を目的にした制度なのか、分からなくなる。

 

 

「水際作戦」の合法化は、生活保護制度を自然死に導く

 

「水際作戦」の合法化という問題を踏まえ、次に、大臣の二つ目の発言について考えたい。「書面を書けない方々は窓口の職員の方々に書いていただいて、最終確認を、署名だけしていただくみたいな形で対応」してきたという発言の真偽のほどである。これまでの「水際作戦」に鑑み、福祉事務所の窓口、実施体制の問題を問わなければならない。さらにいえば、「水際作戦」の合法化の影響力は、どこまでどの程度の資料を出したら挙証責任を果たしたことになるのか、その判断/基準によると考える。

 

ここで一つの調査結果を引用しよう。調査は、『生活保護の相談援助業務に関する評価指標の開発と、指標の業務支援ツールとしての応用に関する研究』(厚生労働科学研究 2007年度 研究代表 森川美絵)による。(http://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do?resrchNum=200701008A

 

下記の表は、生活保護の相談援助過程に関する活動を項目化し、現業員が評価項目の実施状況を答えた結果、つまり自己評価結果のうち「表13相談の受付から申請受理までの過程」の一部を抜き出したものである。比較的実施されている項目とあまり実施されていない項目を選んだ。調査は、全福祉事務所の約1割(120か所)、生活保護担当現業員を対象に行なわれた。

 

 

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この調査結果は、アンケート調査に回答した生活保護現業員の自己評価結果であり、全国の実態をそのまま反映しているとはいえないであろう。とはいえ、アンケート調査の活動項目について、自己評価でも「実施している」と回答した人が100%に達する項目が一つもないことに驚く。さらに注目したいのは、「相談者に自己紹介し、相談者の生活課題の解決がはかれるよう支援することが職務であることを説明する」の「実施している」割合が6割に達していないという点である。

 

いってみれば、初対面の来所者に対し、自己紹介をせず、自分の職務を明らかにしない場合が時おり生じる。福祉事務所の窓口をたずねる人と、窓口のカウンターの内側にいる人とでは、制度に関する知識の量に圧倒的な差がある。だからこそ相談にくるのであり、相談を受ける側は、自分が何をする立場の者か示す必要があることは言うまでもないであろう。表中の活動項目は、「多少実施している」のではすまされない。

 

実施機関の問題は、政府も把握していているようで、2013年度予算案で「自治体ごとの標準的な職員配置数の基準を見直し、体制強化に取り組む」(http://www.47news.jp/CN/201303/CN2013030201001684.html)と報じられている。たしかに人手・時間が足りず十分な支援ができない現状があるのだとは思う。しかし、問題は職員の量だけではない。質も問わなければならない。表にあるような活動項目は、社会福祉の支援者であれば理解しておくべき初歩的・基礎的内容のはずである。生活保護の相談援助業務、支援者の質を担保することが求められる。

 

この事実を踏まえれば、大臣の口約束だけで納得するほどお人好しにはなれない。「書面を書けない方々は窓口の職員の方々に書いていただいて、最終確認を、署名だけしていただくみたいな形で対応」するのでは拙策である。

 

保護申請権が現実に行使できる仕組みを整えるべきだと考える。相談者・申請者が書類を書けない、書類を整えるのに困難があると申し出た場合・判断した場合に、それらの作成を補助する仕組みの構築を実施機関に義務づけ、それを法に明記する必要がある。なお、もし改正案によって申請書提出を義務化するなら、その申請書や添付書類の様式が、すべての福祉事務所の窓口、市役所など公共機関はもちろん、ホームページなどできるだけ多くの場から取得できることを明記することが大前提である。

 

先に指摘した条文案の問題、「水際作戦」の合法化は、生活保護の相談援助過程の現状もあって、生活保護制度を自然死に導くと考える。それゆえ、改正案に反対である。

 

 

無益な改正案の撤回を

 

以前に述べたが(拙稿「『生保』について」https://synodos.jp/welfare/1687)、現行制度はたいへん複雑である。不遜な物言いであることを承知の上でいえば、この指摘には二つの意味を含む。制度が複雑すぎて、福祉事務所の窓口をたずねる相談者をはじめ国民には生活保護が何をするものなのか伝わっていない・理解されていないであろうこと、そして、制度を運用する人により対応、実施内容がまちまちである、ということである。そのうえ今回の改正法案が実現すれば、制度は機能しなくなる。生活保護を必要とする人を窮地に追いこみ、制度の運営をさらなる混乱に陥れる無益な改正案を、どうか撤回してほしい。

 

 

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