「当事者研究」の可能性について語る

「インペアメントのディスアビリティ化」でもなく、「ディスアビリティのインペアメント化」でもなく

 

荒井 「コミュニケーション障害」っていう言われ方がされるんですけど、コミュニケーションってそもそも二人いないと成り立たないですよね。私いま子育てしているんでよくわかるんですけど、祖父母が遊びに来て、4人くらいで子どもを見ていると、何やってもかわいいんですよね。茶碗ひっくり返そうが、机の上に載って踊りだそうが・・・

 

熊谷 余裕がある(笑)。

 

荒井 はい(笑)。でも1対1だと、「お前いい加減にしろよ!!」って(笑)。私たち夫婦は共働きなので、朝は戦場になるんです。NHKのEテレの「いないいないばあ」ってご存知ですか?

 

熊谷 知ってます(笑)。

 

荒井 あれを見せておくと、15分間くらい魔法がかかったように止まってくれるんですよ(笑)。

 

熊谷 大したもんですね(笑)。

 

荒井 すごいんです(笑)。そうすると、私たち夫婦は、戦場の15分間の中で全力を尽くすんです。

 

熊谷 なるほど(笑)。

 

荒井 でも、変な話ですが、「いないいないばあ」に食いつかない子どもだったら、もしかしたら「発達障害」といわれてしまうかもしれません。「両親をパンクさせてしまう子」になってしまうわけですから。

 

私たち夫婦が共働きで余裕がない、というのは社会の縮図なわけです。その余裕のない中で、「いないいないばあ」にきちんと食いついてくれるのがモデルケースとしての発達で、食いつかないというモデルケースからずれた人たちが、結局「医療のサポートが必要なんじゃないか」という形でくくられていってしまう、という気がするんですよね。

 

熊谷 まさにそうです。

 

荒井 私たち夫婦の仕事の量だとか、朝の出勤時間とか、お互いの体調とか、いろんな相互関係の中で、子どもが「いい子」か「いい子じゃない」かが決まってくるんですよね。子どもが「いい子」かどうかは、その子自身に問題があるよりは――もちろんその子自身の問題も重要なのかもしれないけれども――、まずはそれを受け入れる環境との相関関係なのではないでしょうか。そこをすっ飛ばして、その子個人の問題として語ってしまう語り口が、すごく気になるんです。「人と異なる」「標準とずれる」という点を、あまりにも安易に、個人の医療的な問題に還元してしまう発想は、社会のありようを不問に付してしまう危うさがあります。

 

以前、シノドスに「できないことを許さない社会」(生き延びるための「障害」――「できないこと」を許さない社会)というのを書かせて頂いて、そこにも書いたことですが、「発達障害は」、ここ十数年で疫学的に増えてきたという話ではないと思うんです。やっぱり、いまの社会のありようの中ではじかれていく人がいる、という風に理解した方がいいわけですよね。

 

熊谷 いいと思いますね。

 

荒井 でも気になるのは、それでも医療や福祉のサポートが必要な層が出てくるということです。

 

熊谷 そうですね。ディスアビリティのインペアメント化も怖いし、インペアメントのディスアビリティ化も怖いです。何が怖いかっていうと、「全部社会のせいだ」といったときに、個々人の多様性がごっそりと無視されてしまう可能性です。多様性が無視されたときに、「では、どんな社会がいいのか」という構想の拠点が失われます。社会に目が向く方向と、自分に目が向く方向と、循環する必要がある。自分を鏡の前に映して、価値中立的にそのままを見る、ということが、翻って社会に向きなおしたときに戦ううえでの価値基盤を与えるというような気がしています。

 

「ディスアビリティが悪い」「社会が悪い」っていうのは、それだけではイマイチ切れ味が悪い。むしろ、「発達障害」という立ち位置から何を言うかとか、もっと極論すれば、「私」という立ち位置から社会を逆照射するためには、その「私」が何者なのかっていうことを見つめる必要がある。それを1980年代以降、さぼってきたんじゃないかっていうことを自分は感じています。当事者研究と当事者運動が相互循環するためには、そういった作業が必要なんです。

 

荒井 なるほど。でも、障害者運動の現場などでは、これまで「自分を見つめる」ということが、ある種の語りにくさを帯びていたように思います。

 

熊谷 そうです。確かに自分語りはネガティブにとらえられてきた経緯があります。「それはインペアメントの記述じゃないか」とか、「医療化なんじゃないか」とか、「自分を見つめて社会は変えられるのか」言われてきたわけですね。でも、実は社会をするどく逆照射するためには、その作業が必要なんじゃないかなと思うんです。自分と綾屋さんがやろうとしたことは、上手くいっているかどうかわかりませんが、まずは「他人とのかかわりに難がある」という既存の定義を一旦脇に置いて、他人が登場しない場面での記述から始めようとしたんです。

 

「自閉症」において、他人が登場しない場面での記述というのは、実は専門家が一番怠ってきたところです。なぜなら、「他人が登場しない場面の記述」というのは、当事者本人しかできないことだからです。「他人が登場する場面での障害」というふうに定義する背景には、本人と専門家がいる場面で顕在化する問題だけを取り上げようとする発想があって、それは多くの場合、「本人が語れない」という前提からスタートしているんです。

 

だから『発達障害当事者研究』という本の目次も、他人が出てくるのはなるべく後の章に回しました。第一章は「身体」、つまり自分の身体とのつきあい。第二章は「もの」、他人はまだ出さない。で、第三章は「夢」、まだ他人が本格的には出てきていないかもしれない。これは突っ込みどころがあるんですけど。で、第四章で本格的に「他人」が出てくる、という構成にしたんです。この本のこだわりというのは、ディスアビリティをなるべく出さないということなんですよね。じゃあ、それがインペアメントなのかっていうと、わからないけれども。

 

荒井 実は、私はそこがすごく気になったんです。綾屋さんのご著書を読んでいて、「ものとつき合うのにこんなに苦労するのは、やっぱり医療モデル的なインペアメントがあるからじゃないか」って理解というか誤解する人が、きっとでてくるような気がするんです。でもそうじゃなくて、「インペアメント」という前に、もっと他の言葉があるんじゃないかっていう気がするんですね。さっきのレーダーチャートの話じゃないですけど、出っ張ったり凹んだりしている個性みたいな部分とか、自分の身体の特徴みたいなものを、出っ張ったりへこんだりしているから障害だよ、インペアメントだよ、っていう前に、もう少し言葉を詰めて、注釈を付けていったほうがいいんじゃないか、と。

 

熊谷 その辺は確かにそうです。実はインペアメントという言葉は、最近は禁句になっていて、body function and structureって言い換える流れもあります。つまり価値中立的な言い方をしようというわけですよね。自分は、それは「障害」の「害」の字をひらがなにするのと同じような感じがして、あまりしっくり来ていないので、相変わらずインペアメントで通してしまっているんですけど。「そんなの折り込み済みじゃないの…」という気がしてしまう。

 

インペアメントという言葉にすでにネガティブな価値判断が入っているという批判であれば、じゃあbody function and structureでいいです、みたいなことはありますが……。それは最近のICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)とかにも見て取れますよね。つまり「障害分類」さえ言葉が適切じゃなくて、「生活機能分類」にしようと。そういうことの議論の背景にあるのは、まさにデコボコというか、先ほどのレーダーチャートを価値中立的に、多様性を差異として記述しようというニュアンスなのでしょう。

 

(つづきは「α-Synodos vol.136」で! → https://synodos.jp/a-synodos)

 

 

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α-synodos vol.136 「異なる部分」と向き合って

 

荒井裕樹×熊谷晋一郎「『当事者研究』の可能性について語る」

渡邉琢「障害者介助を担う人たち〔バイク屋からの転職篇〕」

坂爪真吾インタビュー「射精介助を考える――『障害者の性』とどう向き合うのか」

松本ハウス×荻上チキ「焦らずに受け入れて――『統合失調症がやってきた』トークショー」

大野更紗「さらさら。」

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.4.15 

・打浪文子「知的障害のある人たちと「ことば」」

・照山絢子「発達障害を文化人類学する」
・野口晃菜「こうすれば「インクルーシブ教育」はもっとよくなる」
・戸谷洋志「トランスヒューマニズムと責任ある想像力」
・濵田江里子「「社会への投資」から考える日本の雇用と社会保障制度」
・山本章子「学びなおしの5冊 「沖縄」とは何か――空間と時間から問いなおす」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(6)――設立準備期、郵政民営化選挙後」