わからない!から始まるコミュニケーション――津軽語演劇の反逆

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早稲田大学文化構想学部の人気授業「翻訳文化論」。そこで劇団野の上を主宰する山田百次さんのひとり芝居が上演されました。山田さんは津軽の方言を用いて演劇を作る劇作家。「方言って日本語だけれど、広い意味では別の言語なのでは――?」という水谷先生の考察に、山田さん本人が直に答えます。(聞き手・構成/住本麻子)

 

 

「或るめぐらの話」をめぐって

 

水谷 「珈琲法要」(2013)のアフタートークの代わりに山田さんがやったひとり芝居「或るめぐらの話」を見て、これはすごいと思い授業にお呼びしました。このような記事(※当日資料の朝日新聞の記事)を見ると、私は津軽弁をひとつの独立した言語として津軽語と呼びたくなるんですが、山田さんは津軽のご出身なんですか?

 

 

 

 

山田 厳密に言うと南部地方です。青森は津軽地方と南部地方があって、八戸などを含む太平洋側が南部。弘前などの日本海側が津軽で、むつ市などがある半島が下北です。

 

水谷 じゃあ厳密に言うと、言葉も違うんですか?

 

山田 厳密に言うと違います。津軽弁の方が男性的で、南部弁の方がやわらかい、女性的な響きがあります。

 

水谷 山田さんの場合は、小さい頃から、南部弁をしゃべっていたという意識はあったんですか?

 

山田 ないです。まわりはみんな南部弁をしゃべっているので、なまってるなんて、みじんも思ってなかったです。高校卒業してからは津軽に移り住んだんですけど、そしたら「すっげぇおめ、なまってんな!」って言われたのが、すごいショックで。ぼくは「おめぇらがなまってんだよ」って思ったんですけど。

 

会場 (笑)。

 

水谷 関東から見たらそのあたりは東北弁でざっくりまとめられていて、でも青森の中でまた細かく分かれている。その津軽語を後天的に学んだってことですよね。

 

山田 そうです。「弘前劇場」っていう、津軽語で演劇をやっている劇団が弘前にあったので、弘前に移り住んだんです。

 

水谷 それは津軽語で演劇をやるということに、魅力を感じたから?

 

山田 それはありましたね。自分たちの言葉で物語を演じて、それを関東にも持っていくという活動は、すごくかっこいいなと思ってた。

 

水谷 普通の若い人は、「地方を捨てて東京に出て行く」という流れがあると思うんだけど、あえて地方に拠点を置く活動がかっこいいと思ったのはなぜですか?

 

山田 ぼくはテレビで演劇を見ることしかできなくて、演劇をやるのが東京に限られていることには疑問がありました。だから、それを青森でやっているのは、かっこいいなって思ったんです。

 

水谷 今日上演していただいた「或るめぐらの話」は、眼医者であり詩人でもあった高木恭造が書いた台本……台本というか長文詩がもとになってるんですけど、山田さんは演劇の活動をする中で、高木さんの存在を知ったんですか?それとも高木さんは、青森の中ではそれなりに有名な人?

 

山田 青森で伝説的な演劇人、牧良介さんという人がおりまして、その人がこの「或るめぐらの話」というのをやっていたんです。その人はぼくが演劇をやり始めたときにはもう亡くなっていたんですが、彼以後、青森では代々やってたんです。それでぼくもぜひやりたいな、と。ひとり芝居だから、覚えてさえいればどこでもやれるし。

 

水谷 そうですよね、全く別の芝居の本番間近でこうやってやれてるってすごい(笑)。(※授業日は「爛れ、至る」という山田さん出演作の本番九日前)

 

地方の民話を絶やさないように活動しているところはたくさんあると思うんだけど、山田さんの「珈琲法要」なんかを見ていると、それに加えて中央への怒りのようなものが作品の底に流れている気がするんですね。ちょっと「珈琲法要」のあらすじを見るために、YouTubeに上がっている「珈琲法要」の予告編の紙芝居を見てみましょう。

 

山田 恥ずかしいですね……。

 

 

 

 

水谷 大まかな筋としては、江戸時代、ロシアから日本の領土を守るために、津軽藩の藩士たちが、蝦夷地に警備に行くという話なんですけど、これは実話なんですよね?

 

山田 実話です。「津軽藩士殉難事件」という、史実に基づいています。弁慶という名のお手伝いも、史実に出てくる人物です。

 

水谷 しかし「珈琲法要」はその史実の再現ではなくて、山田さんの創作ですよね。そこで史実をフィクションとして組み立てていくときに、そのフィクションの部分でどんなことを浮き立たせようとしたんですか?

 

山田 一言で言うなら、津軽藩士たちのもって行き場のない怒りですね。ロシアから軍隊が攻めてくるというのに、北海道にはアイヌの人々が住んでいて、松前藩はあるけど、それは函館にしかない。それでは北海道は守れない、ということで青森とか東北諸藩に北海道に行かせているんですね。

 

それは国を守るためには必要なんですけど、結局行かされているのは本州の端の人たち。江戸から遠いところ――北でも南でもそうだと思うんですけど――中央から遠い場所が犠牲になるという構図は、地方を題材にすると、どうしても浮かび上がってくる。それは原発とか、今でもそうなんですよね。

 

水谷 そこで標準語でやるのと津軽語でやるのとでは、見えてくるものがかなり違うような気がします。

 

ぼくは今日やってもらった「或るめぐらの話」を三回くらい聞いたから、なんとなくわかるようになってきたけど、はじめて聞くと手探りで物語を構築しなきゃならない。

 

もしこれを、物語をわかりやすくするために標準語に「翻訳」をしたとすると、伝わるものは相当違ってきちゃう気がするんですよね。

 

山田 そうですね、ニュアンスとか、響きみたいなものは。

 

水谷 オノマトペのあたりはそうですよね。「ぽかーら、ぽかーら」「とろらぁ~」「まやらまやらまやら」とか、たくさんの豊かな「音」がありますよね。

 

文字にして台本にした時点で、多分その音の半分くらいは死んでしまう。「声」であることが重要だと思います。簡単に文字では置き換えできない、体の中にある気持ちだとか温度が、音声によって伝わっていくと思うんですよね。その気持ちの一つが怒りだと思うんです。

 

水谷 「珈琲法要」には「なんでこんなところに来ちゃったんだ」って言う場面があるんですけど、ちょっと見てみましょう。音が悪いんですけど、耳を澄まして聞いてください。16:00 ~ 19:35あたりです。

 

 

 

 

極寒の蝦夷地で、まともな装備も食料もないまま、ただロシアが攻めてくるのを待ってるわけですよね。「俺たちはただ死にに来たのか」っていう台詞は津軽語だとものすごく切実な響きがある。

 

攻めてきたら、少なくとも駐屯している意義もあるんだけど、自分たちが何のためにそこに存在しているかわからないような不条理な状況が続く。ロシアは結局、来ないんですよね。

 

山田 史実的には、一回も攻めてこないんですよ。それはロシアの情勢が変わり、内向きに入ってしまったからです。結局攻めてこないのに、北海道に警備に行った人たちは寒さと栄養失調で死んでしまった。だから、まぁ……無駄死にしたんですね。そういう史実はあります。

 

水谷 たとえば太平洋戦争で「玉砕」という言葉が大々的に使われるきっかけとなったアッツ島の戦いなんか、似たような状況だと思いますし、ガダルカナル島などアジアでは、寒さとは逆だけど、全く同じ構造で、多くの兵士が戦うこともなく餓死していますよね。藤原彰(一橋大学名誉教授)の『餓死した英霊たち』には、約230万人の戦没者の約60%が広義の「餓死」に当たるとしてます。

 

それからもうひとつ、山田さんが「珈琲法要」のフィクションの部分で書き加えた要素として、アイヌの弁慶に「カムイ」の話をさせる部分があると思うんですが、そこが、すごくうまいなって思っています。ちょっと見ましょう。32:00 ~ 39:30あたりです。

 

 

 

 

カムイの話――アイヌの神の話は、どうして入れようと思ったんですか。

 

山田 アイヌには日本人と考え方が違う、アニミズムがまだ残っている。日本人は土地所有の概念があるんですね。でもアイヌの人々にとって土地や動物は、自分たちのものではない、神から授かるものだっていう考え方なんです。

 

でも日本人とか欧米諸国は土地所有の概念があって、「ここからここまでは俺たちのもんだ」って柵を立てたら自分たちのものになる。アイヌとか先住民の人たちは、「それはお前たちのものじゃない、神様のものだ。俺たちのものでもない」と言うけど、「お前たちのものじゃないんだろ? じゃあ俺たちのもんだ」っていう理屈で全部侵略されているんです。ここが全ての元凶……。

 

水谷 「珈琲法要」の中で面白いのは、中央から地方の人たち、津軽の人たちが使い捨てにされているのと、蝦夷地ではアイヌの人たちが津軽の人たちによって抑圧されているという、権力構造が二重三重になっているところだと思うんですよね。

 

最初にも言いましたが、方言って周縁にあって淘汰される運命にある、という感覚で片付けられちゃうところがあるけど、本当はひとつの言語として存在していて、ひとつの言語にはひとつの世界観とか宇宙観がある。

 

「珈琲法要」では周縁の周縁に追いやられているアイヌの宇宙観をさりげなく、でも相当力強く語らせている。「珈琲法要」の最後で弁慶は、「倭人はどこまで行ぐの?」って聞きますよね。あの問いは、その後の日本の歩みまで視野に入れた台詞だと思う。

 

このあと、日本は地方を踏み台にして、中央集権化を押し進めていきます。その過程で、「社会」「自由」「個人」「権利」のような実態が伴わない様々な翻訳語が生み出され、近代化したように見える。でもその土地土地から産まれている「言葉」と比べると、その翻訳語のなんと空疎なことかと思ってしまいます。

 

だから、津軽語にこだわって上演していく山田さんの演劇は、とても意味のあることだと思います。山田さんが津軽語でやっていくということには、それ自体に中央に対する、「けっ!」ていう気持ちがあるのかな?

 

山田 それは……あると思いますね。日本のほころびっていうのは地方から出てくると思うんですよね。過疎なり、シャッター商店街なり。高度経済成長にはなかったような問題が、今すごく出てる。そうすると、地方と中央とか、個人と国家という対立構造を考えて作品にしようと思うことはありますね。

 

水谷 そうするとやっぱり、津軽語でやるっていうことがひとつの問題提起になったりしますよね。

 

山田 そうですね。まず、「見る人にすぐにはわかるような物語にはしないぞ」と思って作っています。さっき実演したのも、「何しゃべってんだろうな」って、最初は誰でも聞き耳を立ててくれると思うんですよね。

 

そこから、どうしてもわからなくて「ああもう、無理無理」ってあきらめちゃう人もいれば、最後まで集中して観る人もいるでしょう。でも最初に「うっ」となる瞬間が必要だと思いますね。関心を示すというか、「この人は何を言いたいんだろうか」って考える。そこからコミュニケーションが始まるだろうと思います。

 

単純に標準語だけだと、受け身だけになるという可能性がある。だから、そういう意味でわかりづらい言葉を使っています。【次ページにつづく】

 

 

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