新スウェーデンモデルに見る協同組合と政府──「転換X」にのっとる政策その3

金融緩和で雇用を増やした社民党

 

さらにここで、日本の社会政策系のスウェーデン論者からはあまり言及されないことについて確認しておきたいと思います。それは、金融政策のあり方が保守中道連合から社民党への政権交代に前後して変わっていることです。スウェーデンも一応中央銀行の独立は明示されていますが、以下で見るように、実際の金融政策の態度はそのときどきの政権の志向と一致しているように感じられます。

 

保守政権時代の1992年に、スウェーデンから海外に資金がどんどん逃げ出す事件が起こりました。そうすると、スウェーデンの通貨のクローナを売って外貨に交換して逃げ出すのですから、クローナが安くなろうとします。

 

政府と中央銀行はそれを阻止しようとして、クローナの価値を維持するためにあらゆる策をとりました。そこでクローナをどんどん買って外貨を売ったわけですが、それは世の中から自国通貨を吸収することになります。また国内に資金をとどまらせようとして、金利が一時500%になるまで引上げられました。これらは要するに、激しい金融引締め政策をとったということです[*19]。

 

その結果、企業がおカネを借りて設備投資することができなくなって、機械や工場建設資材が売れなくなり、それが波及してスウェーデン経済はひどい不況に陥ってしまいました。こうして、90年には1%台だった失業率が、94年には9%台にまで跳ね上がった[*20]のです。

 

結局、政府も中央銀行も通貨価値維持を諦めます。それまでは通貨価値を維持することが、中央銀行がおカネを出す基準でしたが、それがなくなったので、93年に新たな金融政策ルールとして、インフレ目標政策が導入されます。

 

こうした姿勢は94年に社民党に政権交代しても引き継がれます。通貨価値は下がるに任されました。インフレ目標政策もずっと続いています。すなわち、金融緩和的な経済運営がなされたわけです。

 

図表2は、黒実線がかつて中央銀行が使っていた割引率(公定歩合にあたるもの)、黒点線が今日中央銀行が金融政策の目安にしている金利、ピンクの線が中央銀行が参照に使っている為替相場(外貨の組み合わせのクローナ価値)です。二つの黒線が金融政策を表していて、上がると金融引締めで金利を上げていることを、下がると金融緩和で金利を下げていることを表しています。ピンクの線は、上がるとクローナ安、下がるとクローナ高を表します。おおまかに言って、二つの黒線とピンクの線は逆向き、すなわち、金融引締めすればクローナ高、金融緩和すればクローナ安になっていることがわかります。

 

 

図表2 金融政策と為替相場[*21]

図表2 金融政策と為替相場[*21]

 

 

1992年の11月に固定為替相場維持を諦めて、大幅な金融緩和(黒線の急落)とクローナ価値の急落(ピンク線の急上昇)が起こり、それ以来、社民党政権(1994-2006)の間、基本的に金融緩和(黒線の低下)が続いて、クローナ価値を低く維持していたことがわかります。

 

金融緩和して金利が下がれば設備投資が増えます。正確には名目金利から予想インフレ率を引いた実質利子率に反応するのですが、「実質利子率」ってデータにあるのかと思ったら、世界銀行のWorld Development Indicators[*22]の中に2005年までの数字がありました[*23]。その実体が何かよくわからないのですが、とりあえず、同じWorld Development Indicatorsの中で、設備投資にあたる「実質粗固定資本形成」[*24]とあわせてグラフにすると、次の図表3のようになりました。両グラフは基本的に逆に動いています。経済危機のときには、実質利子率が跳ね上がって設備投資が落ち込んでいるのですが、その後実質利子率がおおむね低下し続けることで設備投資が上昇し続けたことがわかります。

 

 

図表3 実質利子率と設備投資

図表3 実質利子率と設備投資

 

 

また、為替相場がクローナ安になれば輸出が増えます。為替相場の変動はだいたい1年後の貿易に影響するものです。さらに、1993年からEUの市場統合が始まり、1995年にはスウェーデンもEUに加盟したことで、輸出は画期的に伸びることになります。次の図表4は、為替相場と1年後の輸出の推移をグラフにしたものです。だいたい同じ方向にグラフが動いていることがわかると思います。

 

 

図表4 為替相場と1年後の輸出[*25]

図表4 為替相場と1年後の輸出[*25]

 

 

この両効果で雇用が拡大していきました。一時は10%に迫った失業率も5%台に落ち着き、社民党は悠々と2002年の総選挙を勝利することになります。

 

設備投資と輸出の合計の推移を、就業者数の推移と重ねてグラフにかくと次の図表5のようになります。就業者数は若干の遅れをもって動き、今日危機前の水準を超えて上昇し続けていることがわかります。

 

 

図表5 設備投資と輸出の合計と就業者数[*26]

図表5 設備投資と輸出の合計と就業者数[*26]

 

 

すなわち、雇用問題について、供給側の対策だけではなくて、需要側である就業の場を作ることで完全雇用を目指すのが北欧型アクティベーションだというのが宮本さんの見立てでしたが、スウェーデン社民党の場合、金融緩和政策を通じた総需要拡大政策もその重大な一環をなしていたということです。

 

ただし、失業率は今世紀に入って高止まりを続けています。社民党政権のパーション首相はこの問題に対して、「雇用はそのうちやってくる」と楽観して目立った対策をとらず[*27]、2006年に総選挙に敗れてしまいます。

 

そのあとを継いだ保守・中道連合は、中心政党の穏健党が「新しい労働党」と自称した[*28]ように、高福祉水準にもインフレ目標政策にも手をつけず、基本的に「新スウェーデンモデル」を継承することを約束しました。たしかにそれは大枠では守られています。図表2からもわかるように、2008年のリーマンショックに際しては、大胆で機敏な金融緩和を行い、大きくクローナ価値を下落させて、あっという間に危機を収めています。

 

しかし、図表2のその他の期間からは、基本的に金融引き締め気味の志向が伺われます。図表1からは、社会保障支出のGDP比がこの数年減少していることも見て取れます。また、宮本太郎さんからは、保守政権の「新しい労働党」というのは、ブレア労働党型のワークフェア志向の意味だったことが指摘されています。すなわち、「非効率で反生産的」とされた福祉プログラムが次々と廃止され、供給サイドに立って人々を労働に駆り立てる方向に、労働市場政策が転換されています[*29]。このような供給側政策でもちろん失業率が改善することはなく、8%前後の数字がこの五、六年続いています。

 

現在、インフレ目標が2%であるにもかかわらず、スウェーデンのコアインフレ率にあたる数値[*30]は、この一、二年1%に満たない値(ときどきマイナス)が続いています。このように十分な金融緩和がとられていないことについて、とうとうクルーグマンさんが「スウェーデンが日本化している」と痛烈に批判するに至り、物議をかもしています[*31]。

 

[*19] 岡澤前掲書158ページ。

 

[*20] http://ecodb.net/country/SE/imf_persons.html 元ソースは、IMF – World Economic Outlook Databases (2014年4月版)。

 

[*21] スウェーデンの中央銀行(Riksbank)のサイトのデータより筆者作成。 http://www.riksbank.se/en/Interest-and-exchange-rates/search-interest-rates-exchange-rates/

 

[*22] http://data.worldbank.org/country/sweden

 

[*23] Real interest rate (%)

 

[*24] Gross fixed capital formation (constant LCU).

 

[*25] 「輸出」は直接には、「世界経済ネタ帳」サイトより、http://ecodb.net/country/SE/bop_trb.html 元ソースは、OECD統計。為替相場は図表2のものと同じ。

 

[*26] 「就業者数」は直接には、「世界経済ネタ帳」サイトより、http://ecodb.net/country/SE/imf_persons.html 元ソースは、IMF – World Economic Outlook Databases (2014年4月版)。「実質粗固定資本形成」は図表3のものと同じ。「実質財・サービス輸出」は、前掲World Development Indicatorsの”Exports of goods and services (constant LCU)”。

 

[*27] 湯元健治、佐藤吉宗『スウェーデン・パラドックス──高福祉、高競争力経済の真実』(日本経済新聞社、2010年)、242ページ。

 

[*28] 篠田前掲論文28ページ。

 

[*29] 宮本前掲書47ページ。

 

[*30] 物価変動の激しい商品の影響をなるべく除いたインフレ率データ。スウェーデンの中央銀行は、”Trim85”と”Und24”と呼ぶ二種類の数値を、金融政策の指標に用いている。http://www.riksbank.se/en/Statistics/Macro-indicators/Underlying-inflation/

 

[*31] JBPress: みゆきポアチャ「「スウェーデンの日本化」論争勃発」

 

 

 

【ご支援ください!】新しい政治を生み出すために、シノドス国際社会動向研究所をつくりたい!

 

lounge

 

α-synodos03-2

1 2 3 4 5

vol.216 特集:移動

・東京大学大学院超域文化学教授・内野儀氏インタビュー「国境を越える舞台芸術――移動するアーティストと変化する舞台表現」

・松岡洋子「『エイジング・イン・プレイス』と『日本版CCRC構想』」

・上村明「牧畜における移動――不確実性を生きる」

・中田哲也「『フード・マイレージ』から私たちの食を考える」

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「Yeah! めっちゃ平日」