高校理科の授業スタイルの国際比較

OECDが3年間隔で実施している国際学力調査のPISAをご存知だろうか。そう。読解力の国際順位が何位、科学的リテラシーが何位というように、各国の教育関係者を一喜一憂させるアレである。しかるに、この調査は学力調査だけから成るのではない。生徒質問紙調査や学校質問紙調査も含んでおり、そこには、各国の生徒の家庭環境や学校生活の様相を把握するための設問が盛られている。

 

ありがたいことに、OECDホームページにて、回答結果が入力された段階のローデータ(未加工データ)をダウンロードし、自分の関心に即した自前の分析を行うことも可能である。しかしながら、この恩恵が十分に活かされているとは言い難く、何とも勿体ないことである。この場において、PISA調査のローデータを使えばこういうことができるという、一つの事例をご覧に入れようと思う。

 

 

PISA2006のローデータから見えてくるもの

 

ここにてなすことは、本記事のタイトルの通りである。各国の理科の授業がどのようなものかを明らかにする。PISAの対象は15歳の生徒であり、日本の場合、高校1年生である。国によって違いはあるだろうけれど、大よそ高校生であるとみてよいだろう。理科においては、知識に至る筋道として実験や討議が重要な位置を占めると思われるが、わが国の高校の理科の授業では、この種のことがどれほど重視されているのだろうか。授業の受け手である生徒の目線から吟味してみよう。

用いるのは、PISA2006のローデータである。年次がやや古くなるが、理科の授業の有様について生徒に問うているのは、この年の調査のようである。PISA2006の生徒質問紙調査のQ34では、「理科の授業で、次のようなことがどれくらいあるか」と尋ねている。

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教授のスタイルというのは、既成の知識を湯水のごとく注ぎ込む注入主義と、問題探究能力のような、子どもの諸能力の開発を目指す開発主義に分類される。上記の設問の項目はいずれも、後者の授業スタイルに寄り添うものと読める。したがって、選択肢の数字は、各国の理科の授業がどれほど開発主義の考え方に立つかを測る尺度として使える。

 

1という回答には4点、2には3点、3には2点、4には1点というスコアを与えることにしよう。この場合、それぞれの生徒が受けている理科の授業の「開発主義」度は17点から68点までのスコアで計測される。全部1を選ぶような、バリバリの開発主義授業を受けている生徒は68点となる(4点×17=68点)。逆に全部4に丸をつけるような、知識注入型の授業を受けている生徒は17点となる。ただし、いずれかの項目に無回答ないしは無効回答がある生徒は、スコアの算定ができないので、分析から除外する。

 

私は、調査対象となった57か国、33万8,590人の生徒についてこのスコアを計算し、その分布を参考にして3つの群に区分した。具体的には、44点以上の者は開発主義的な授業を受けている生徒とみなし「開発群」とした。一方、34点までの者は注入主義的な授業を受けている者とし「注入群」と括った。35~43点の者は、双方の中間ということで「中間群」と命名した。このように区切ると、各群の量はほぼ3分となり、均衡のとれたものになる。

 

 

 

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